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河田公平による「ある冬の休日1」

 居間の二人掛けソファの上で横になり、半分眠りながらイヤホンで音楽を聴いていると、プツリとそのイヤホンからの音が途切れた。

 やだなに怖い怪奇現象?とかそんなわけはなく、たんに音楽を再生していたスマホのバッテリーが切れたのだった。

 最近人気の出てきているらしいバンドの曲が、サビに入る手前で途切れてしまった。その曲はCMにも使われており、アルバムを聴く以前から俺もよく耳にしていた。友人から勧められ、そしてアルバムを数枚貸してくれたので、俺はそれらをスマホに全曲投入し(そもそも俺はCDプレイヤーやラジカセといったCDを再生できる機器を持っていなかった。スマホに入れるのだって母に土下座してパソコンを借りたのだ)、ここ最近はずっと同じバンドの曲ばかり聴いていた。

 そのバンドのことは気に入り始めていて、なんなら好きと言っても構わないぐらいになっていた。気持ちよくノリノリで聴いていたのに、突如として静寂が俺の耳を覆い、さっきまで聞こえていたボーカルの叫ぶ歌声も、ギターやベースの弦が弾かれる音もドラムの鳴り響く音も、曖昧な記憶のなかに遠ざかっていった。

 俺以外誰もいない居間は突然に静かになり(イヤホンで音楽を聴いていたわけで周りから見りゃもともと静かなわけだが)、うっすらと奇妙な不安感のようなものが体にまとわりつく。

 その不快な感じは、俺を孤独にし、とてつもなく淋しくさせた。

 理由もわからないのに涙が出そうだ。

 外はまだ日が高く、カーテンを開いた窓からは太陽光が注がれているはずなのに、どこかさっきまでよりも薄暗くなった気がした。俺は何かを求めるようにしてあたりを見わたした。だが、俺が求めるもの(それが一体何なのかすらわかってはいない)は見つからず、知らず知らずのうちに手元にあったスマホに目が移った。その光を失った画面には、歪んだ顔の、まるで他人の顔のような自分が映っていた。

 俺はじっとしていられなくなり、ソファから飛び起きた。だが勢いあまってミニテーブルに膝を打ち付け、そのまま大きな音をたてて倒れてしまった。

 ガタ、と数十センチもテーブルは動き、卓上のものは倒れ、あるものは床へ落ちたりした。手に持っていたスマホはスポーンと遥か彼方へと飛んでいった。しかし、膝から全身へと走る痛み、というよりは神経の痺れによって、その瞬間に起きた惨事に俺はすぐ気を回すことなどできなかった。

 床で声を押し殺し膝を抱えながらのたうち回ること三十秒、ようやく立ち上がって俺はテーブルをもとの位置に戻し、床へ落ちた幾つもの雑誌を拾い上げテーブルの上に積み重ねた。からのペットボトルは拾い上げてすぐに台所のほうへと投げ捨てた。それから卓上で倒れているマグカップを手に取った。

 コーヒーの入っていたマグ(いつの間に飲み干したのだろう?)の底には黒い輪っかの跡がついていた。

 コーヒーがなくなっていてよかったと胸を撫でおろす。もしまだいくぶんとも残っていたら、いましがたの災難の際に黒い液体はぶちまけられ、テーブルや床はもちろん、雑誌にも染みわたっていたことだろう。このミニテーブルに置いている雑誌は俺のものが多数だが、なかには母のファッション誌や週刊誌、妹の少女漫画誌なども含まれる。よかった、ともう一度安堵する。

 マグを洗うために台所へ行くと、冷蔵庫に張り紙がされていることに気づいた。

 紙には母の字で、

「今からなっちゃんとお出かけするから。遅くなるかもしれないので、晩御飯にカレーを作っておいてください。お米は三合でね、よろ」

と書かれていた。

 なるほど、昼どきには一緒に飯を食べたはずの母と妹がいないと思ったら、二人してどこかへ出かけてしまったのか。俺を置いてどこへ行ったのだろう。

 まあ、いい。しかし、こんなこと直接言えばよかったのではないか。だが考えて見ると、俺は昼飯を食べ終わってからずっと、ソファで寝転びながら音楽を聴いていた。イヤホンの音量は周りの音が聞こえないほどの大きさで、もし母親が話しかけていたとしても聞こえなかったのだろう。実際、二人が出かけて行ったことにすら気づかなかった。

 では、メールでよいではないか。だが、スマホのバッテリーはついさっき切れてしまった。そういえば音楽を聴いている最中にメールの着信音を聞いた気がする。けれどその場でメールを開きはせず、それから一度もスマホの画面を見ることもしていない。

 メールに気づかないことを懸念して、張り紙という手段を用いたのか。我が母ながら、用心深いというか、しつこいというか。

 マグを洗ってから、カレーの具材を確認するため冷蔵庫を開く。鶏肉、じゃがいも、人参、玉ねぎ。全てある。わざわざ買い物に出かける必要はないようだ。

 あとはカレールゥか。ルゥは確かキッチン上の棚にあったはずだが。


(無い)


 無理やりにでも外へ買い物に連れ出すためか、カレーをカレーたらしめるルゥが無かった。具材の一つや二つなら無くともなんとかなるが、ルゥが無くてはカレーは出来ない。スパイス類は何種類も置いてあるが、それらだけでカレーを作れる自信は無い。(というか、それらだけでカレーは作れるのか?)。

 しょうがないので出かけるしかない。めんどくさいという気持ちが九割以上を占めているが、いつもは母が美味しい夕食(はたまた朝食や昼食)を作っていくれているのだ。たまには作ってやってもいい。

 床でほこりをかぶっていたネックウォーマーを拾い上げ、ほこりを叩き落とす。壁際まですっ飛んでいたスマホも拾い、手のなかでくるくる回しながら点検する。画面にヒビが入っていることもなく、どうやら無傷のようだ。中身が故障している可能性もあるが、まあ、それは充電してから起動してみないことにはわからない。

 まだ夕刻まで時間はあるが、ぷらぷらと散歩をしてから買い物を済ますのもいいかもしれない。それに外はなかなかいい天気だ。出不精である俺にも、出かけないのは勿体ないという気持ちが心の奥底から湧き出していた。

 スマホは部屋で充電しておき、薄っぺらな俺の財布だけをダウンジャケットのポケットに入れ家を出る。鍵をかけてから振り向くと、太陽の光に一瞬目が眩んだ。

 そういえば、さっき感じた不安感はいつの間にか消えていた。

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