第七章 RECEIVE
「結婚だと?」
ランツェが愛娘からの手紙を受け取ったのは、ミゥがローゼに帰還を命じられてから六日後のことであった。ロリガニア国土の南部は地形が厳しく、重要港湾や主要鉄道がない。それ故、ミゥがメートヒエンに戻るのも遅くなってしまった。
しかして、ランツェがローゼの手紙に驚愕した時には、既にクラックヴァレーで結婚式が行なわれていた。そのことも、今後の予定として手紙に記されていたことにより、マーリン家ではこの異常事態への対処に頭を抱えることとなった。
「ミゥ、君はこの相手のことを知っていたのか?」
「はい……」
ランツェにより、ミゥの尋問が行なわれていた。イーリスも同席している。
「どんな人間なんだ? ローゼをそそのかすような真似をしたのか? それに君は気付かなかったのか?」
怒涛の質問が続く。ミゥは緊張のあまり、既に涙を流していた。
「最初は、決して、そのようには……友人ができたのだとローゼ様も仰って……それから、僅か一週間の後に……」
「一週間? その間、君は何も気付かなかったのか?」
「……はい、その間、ローゼ様と相手の方との接触は……少なくとも長時間の接触は、ありませんでした」
「嘘」
イーリスが冷たい声で割って入った。
「嘘よ。あの子は一度会っただけの相手に魅了されるほど飢えていないわ。それとも何? あなたは、ローゼは愛に飢えていた、お父様は愛を注がれていなかったとでも言うの?」
ミゥは目を見開き、声と体を震わせて答えた。
「ち、違います。私は、何もわからないのです」
「まあイーリス、落ち着くのだ」
「はい、お父様」
ランツェがイーリスを重い声で制するが、イーリスは平然と答えた。
「しかし、イーリスの気持ちももっともだが、ミゥの言うこともよくわかる。というより、私も、何もわからないのだ。一体何が起こっていたのか」
「ですからそれはお父様、この女が」
イーリスが再び声を上げた。ミゥが嘘を吐いていると言いたいのだろう。それを読み切って、ランツェは掌をイーリスへ向けて再び制した。
「品格を下げるようなことをしたはならないよイーリス……まあいい。とにかくミゥ、長旅ご苦労だった。休みなさい。イーリスは残ってくれ。話し合わねばならん」
「はい……旦那様」
「はい、お父様」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしたミゥが退室した。イーリスはそのまま微動だにしない。
ドアが完全に閉まるのを待ってから、ランツェは言った。
「さてイーリス……君は、どう思うかね?」
数秒置いて、イーリスは答えた。
「何かの……いえ、何者かの企みを感じます」
「ふむ、私もそう思う。だが、一体どこの誰が? そして、何のために?」
その答えは当然、イーリスにもランツェにもわからなかった。ブルーマーリンには何かと敵が多い。魔法テロリストそのものは言うに及ばず、彼らの支援組織団体も勿論そうであるし、その他にも同業他社、軍内部でブルーマーリンとの契約に反発する者、平和主義団体など数多いる。そんな有象無象の敵の中の一人がヨハンナ・イヴァンカ・コーモトだとして、どうやってその実体像を掴めるだろうか。
「本当にただ、本気でローゼに一目惚れしたのであれば、両人の想いは尊重するが……」
「……」
ランツェの言に不快感を覚えつつも、しかし全く反論の言葉が思い浮かばないイーリスだった。代わりに出て来たのは、対策のための一手だった。
「とにかく……一度その相手と会ってみましょう。ええ、勿論こちらも武装の上で、ですが。断れないように正式に手紙を送って、こちらへ呼び寄せますわ」
「うむ、そうするか……」
ランツェの同意を得たイーリスは、そのまま便箋を取り出して書状を書き始めた。トリリンガルである以上、下手をすれば父以上に言語の知識が広いのではないかとさえ思われる彼女に、ランツェも代筆を頼むことがままあった。
しばらくして書状を書き上げたイーリスは、手紙を翌朝に投函することとし、その日はベッドに入った。
だが、よもや翌朝にあのようなことになろうとは、誰も予想できなかっただろう。