表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/14

第六章 REPLY

 ローゼがヨハンナと出会ってから、一週間が経過した。

 この日、ローゼお抱えのメイドであるミゥ・ヴァイスハイトは、主からの驚くべき命令に度肝を抜かれていた。

 いつも通り、修行先の工房の調理場で、人数分の目玉焼きを作っていた最中の事だった。

「ミゥ、ちょっと良いかしら?」

「はい、ローゼお嬢様。いかがなさいましたか?」

 ミゥは高貴な生まれではなく、ごく普通のメイドでこそあるが、その所作は貴婦人の如く美しかった。それは、万一の際に影武者を務められるようにと、ランツェが望んだことによるものである。彼がそう望んだ結果、選ばれたのがミゥであった。

 そんな彼女に、ローゼは命令を下した。

「あなた、メートヒエンへお帰りなさい」

「はい?」

 ミゥは思わず聞き返してしまった。ここのところローゼの様子が変わったと思っていたのだが、よもやそんなことを言われるとは、彼女は想像だにしていなかった。

「ど、どうしてですかローゼ様? 私に、何か粗相がございましたでしょうか……?」

 不安げに尋ねるミゥに、ローゼは強く首を横に振った。

「いいえ、全然! そんなことはないわ。あなたの仕事は素晴らしいものよ。私はただ……その、あの人と暮らしたいの」

「え? ……あの、コーモト様ですか?」

 ミゥの問いかけに、ローゼの頬が瞬時に紅潮した。そしてもじもじと手を動かしながら答える。

「うん……まあ、そういうこと。でも安心して。ヨハンナは家事も得意だから」

 どんどんと顔を紅くしながら、ローゼは自信満々に言った。実際、何度かヨハンナに会っているミゥは、彼女がたいへん家事が得意なことは知っていた。

「しかし……旦那様へは?」

「手紙を書いたわ。だからあなたは、これを届ける役目も併せて、家に帰ってちょうだい」

 言い終わると同時に、ローゼは懐から封筒を二つ取り出した。白い方にランツェの名が、水色の方にイーリスの名が記されている。

「……」

 黙ってそれを見るミゥの手に、二つの封筒が強く押し付けられた。そのままローゼは、ミゥの手を握って言う。

「お願い、ミゥ。もし私がまた家に戻ったら、私のメイドをして」

 無垢な瞳で見上げる主の願いを、とうとうミゥは断れなかった。

「わかり……ました」

「……ありがとう」

 目を伏せて、静かに気高く感謝の意を示すローゼの手が、おそらくは無類の幸福が故に震えていたのを、ミゥははっきりと感じ取っていた。

 その一部始終を密かに見ていた人物は、小さく微笑んだ。

 美しき黒髪、大人の女性の色気を凝縮したような、引き締まっていながらも主張を怠らない蠱惑的な身体。誰あろうヨハンナ・イヴァンカ・コーモトその人である。

 ローゼとミゥが話していた部屋のクローゼットの中に隠れ、隙間から状況を覗き見ていた彼女は、ローゼが見事にミゥを説得しきったのを確信し、次いで両名とも部屋から出て行ったのも把握すると、クローゼットからその実を露わにした。そしておもむろに窓辺に歩み寄ると、小さな紙切れを、わずかに開けた窓の隙間から、その向こう側で待つ人物のために押し込めた。

 窓の外の人物は紙切れを抜き取ると、足音も立てずに歩み去っていった。

 ヨハンナは相手の影が見えなくなるまで待つと、誰にも聞こえない程小さな声で呟いた。

「I got married and then there were none……」

 言って、彼女は僅かに口角を上げた。その笑みは、ローゼの物とは僅かに異なる香りを放っていた。

結婚の申し込みは、どんなに早くても早過ぎることはない(経験談)。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ