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第五章 REMOVE

『親愛なるイーリス・マーリンへ

 近日、頂きに参上する MMD』


 この手紙がイーリスの手元へ届いたのは、果たして何度目であろうか。

 季節は既に秋を越え、メートヒエンでもコートなしでは過ごせなくなっていた。

 朝食の後、今日届いた手紙を確認していたイーリスは、手紙がこの一枚だけであると分かると、あからさまに嫌な顔をした。

「よほど暇な子供なんでしょうね。こんな悪戯をまだ続けるなんて」

 MMDと名乗る人物からの悪戯は、週に一回程度の頻度ではあるが、既に三か月以上続いている。明日からはもう十二月だが、年を跨いでまで続けるつもりなのかもしれないと思い至ると、イーリスは心底呆れた。

「こんなことに血道を上げてないで、少しは勉強でもしたらいいのに」

 そう言うイーリスは、あと三十分で家庭教師による語学の授業を受ける。いつ外国人との商談が始まっても良いようにと、父ランツェの提案で語学を学び始めたイーリスだが、英語とドイツ語は既に会話に困らない程度には習得している。

「今度は日本語でも学ぼうかしら? でも時間掛かりそうね。あと他に学ぶと良さそうなものは……」

 独り言を呟きながら、イーリスは新聞を広げた。新聞は文献としては信用ならないが、広範な分野に対して興味を持つためのツールとしては、これ以上のものはない。

 しかし、その日の新聞に書いてあったのは、イーリスの興味を引くなどという次元の記事ではなかった。

『死刑囚脱獄か 執行人が証言』

 あまりにも物騒な見出しが目に飛び込んできたイーリスは、記事の内容に目を走らせる。

「死刑囚が銃殺刑の現場から逃走。関係者には緘口令が敷かれていたが今回その職を離れた人物から、匿名でのタレコミがあり発覚……本当かしら?」

 その匿名の関係者というのが非常に怪しい。わざわざ緘口令が敷かれている事柄について語った理由や、本当に関係者だったことの証明も記事では一切触れられていない。そもそも、最近その職を離れた人物となれば数は限られてくるはずで、匿名の用をなしていない。

 これを書いた記者は、特ダネをものにしたと大層喜んだことだろうが、こんな怪しい情報源をもとに新聞を作っているようでは、この新聞社そのものに信頼が置けない。

「お父様」

「どうした? イーリス」

「この記事をご覧ください」

 イーリスは父に件の記事を見せ、自分の見解を述べて、契約する新聞社を変えてはどうかと提案した。

「そうか、なるほどね……」

 ランツェが納得したふうに頷く。イーリスは安堵する。自分の意見が認められることが嬉しかった。

 しかし、その数秒後、ランツェの表情が一変する。

「な、なんだと!?」

 急に低く鋭い声を出した父に、イーリスはびくりとした。

「ど、どうなさいましたのお父様?」

 ランツェはイーリスへ、新聞を突き返した。

「ここを読むんだ」

 彼が指差したのは、件の記事の一部だった。そこには、こうある。

『脱走したものとみられるのは、今年世間を震撼させた凶悪犯で、年内の死刑執行が強く望まれていたレイ・ルイーネ死刑囚ではないかという見方が強いが、関係者を名乗る人物は黙して語らなかった』

 いつの間にか、手の空いたメイド達までもがイーリスの後ろに立ち、新聞を覗き込んでいた。

「レイ・ルイーネ……? 聞き覚えがありますわ」

 イーリスの言に、ランツェが答えた。

「忘れるのが早いぞイーリス。君が師匠と呼んだ人物じゃあないか」

「やめてくださいお父様。あんな畜生を師と呼んだことは一刻も早く忘れてしまいたいのですから」

「そりゃあすまんが、しかしこれは本当ならえらいことだぞ」

 ランツェはそう言ったが、イーリスは然程気に留めていない。

(どうせあんな男、もし本当に逃げれても野垂れ死にするだけよ。処刑場で執行人の手を煩わせて丁重に葬られるよりお似合いだわ)

 そう高を括っていたイーリスであるから、昼食後にラジオを聞いた時、彼女は思わず耳を疑った。

『本日、A新聞社により報じられた死刑囚脱獄について、エルガロード刑務所は公式にそれを認め、帝国全土にて捜索活動を開始する旨を発表いたしました』

 途端、イーリスは胸の奥に、冷たい水滴が落ちていくのを感じた。

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