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第四章 REBUILD

 メートヒエン宮殿といえば聞こえは良い。

 確かに二百年前は、その名に恥じぬ巨大さであったと聞く。およそ百二十エーカーに迫る敷地に、大小さまざまな建築物と、贅を尽くした庭園。周囲には数多の騎士が警護の為、そこかしこに立っていたという。

 そんなメートヒエン宮殿も、今日では十四エーカーの敷地と五つの建物だけ。庭園は相変わらず贅沢な造りであったが、衛兵は門の周りにいくらかいるのみとなっている。

 その宮殿の一室で、ロリガニア帝国皇帝、ショタコーン八世は報告書に目を通していた。内容は、先の戦艦事件である。

「何度見ても奇怪な事件だ。戦艦一隻の二千名近い乗組員をどうやって支配下に置いたのだ? ただ魔法使いが幾人忍び込んでいても、数で制圧されるものではないのか? 沖合でクーデターが起きた時、何故誰も緊急通信を行なわなかった? そも、アングリフ・シェッファーの解放のためだけにこんな馬鹿げた規模のテロが必要か?」

 皇帝の疑問は尽きない。現在ロリガニアの政治は民衆によって選ばれた政治家たちによって行なわれており、皇帝は最終確認印を押すためだけの存在と化しているが、それでもこのショタコーン八世は、国政の情報について、下手をすると首相以上によく調べている。ほとんどの政治的権限は失っているものの一応の拒否権を持つ皇帝は、自分が間違わなければ国は滅びないという自負のもと、情報収集あるいはその情報を咀嚼するための勉強に暇がない。

 その姿は、支持者の目には『真に尊敬できる皇帝』として映り、反対する者には『独裁復権を企む悪鬼』として映っているが、ロリガニア帝国国民のほとんどは、彼を尊敬する立場にあった。現在の首相、ネクロフ・イリアーも皇帝を敬ってやまない。時には、議会へ通す前の草案を持って、相談のために宮殿へ現れる――無論、アポイントメントは取った上で――ことすらあった。

「この事件に関しては、首謀者が全員死亡したことで収束を見たが……どうも腑に落ちん」

 皇帝の脳内に渦巻くもやもやとした疑問の海は、既に一人の人間が処理できる容量を上回っている。それらの疑問を、皇帝は頭の中でできるだけ簡単に統合しようとする。思考に明確な筋を与えるために、ばらばらに散らばる多数の謎に紐を通して、その紐を真っ直ぐに引っ張るのだ。

 やがて、一つの大きな着眼点が生じた。

「新型戦艦一隻が消えたにしては……政府の動きが大人しすぎる」

 普通なら、莫大な金を投じて日本から買った新型の超弩級戦艦を早々に失ってしまえば、この国は破綻していてもおかしくない。だが今のところ、政府には狼狽している様子もなければ、起死回生の手を打った様子もない。事件後それなりに慌ただしくはなっているが、そこまで酷い有様ではなかった。

「まさか政府ぐるみで仕組んだことじゃあるまいな」

 皇帝の脳裏に不穏な想像が過ぎったが、さすがに考えすぎかと頭を振り、別の案件についての資料に移った。


 同じメートヒエンの中心部にある、首相官邸。こちらは中庭があるのみで庭園など備えてはいないが、建物は宮殿に負けず劣らず豪奢であった。

 その官邸の目の前で、雄々しく拳を振り上げながら、道行く人々へ演説する男がいた。

「魔法使いは現在、国民の平和を脅かす邪悪な存在でしかありません! 既に魔法の時代は終わっています。古い時代の遺物に固執せず、現代の技術と知識を身に付け、日々努力を重ねる我々国民、我々労働者が国を導くのは当然の摂理であります!」

 男の周りには、結構な数の聴衆が集まっていた。彼の政党の支持者はもちろんだが、偶々通りかかった折に、彼の熱弁に足を止めた者も少なからずいる。

「そうであるにも関わらず、現政権は魔法使いという存在をまるで排斥しようとせず、いつまでものさばらせ続け、遂には先の恐ろしい大事件までもが起こってしまいました。ロリガニアを支える労働者の皆さん、いま一度、誰が我が国の主権を主張し、何を排斥して平和を維持するべきなのか、しっかりと考えていただきたい! 世界は勤勉な労働者を決して裏切りません! そして、天性の魔法によってのみ生きようとする愚かな存在には、必ずや天誅が下ることでしょう! 労働者に未来あり! 我らに未来あり!」

 男が演説を締めくくると、聴衆から拍手が沸き起こった。これもサクラの支持者が拍手をしたため連鎖的に生じたものであるが、少なくとも他の聴衆も、拍手をこの男にくれてやることを忌避してはいない証拠であった。

 男の名はマジョーア・マクスィという。野党第二党である労働者社会結束党の共同党首を務めている。もともと小さな政党に過ぎなかった同党を、破竹の勢いで急成長させ続ける名演説家だった。彼の類稀なカリスマにより、同党は間もなく野党第一党となり、場合によっては政権を取るのではないかとさえ噂されている人物であった。


 演説を終え、官邸前を後にするマクスィを、首相イリアーは窓から見下ろしていた。

「白昼堂々こんなところでプロパガンダを垂れ流しおって……政治の何もわからぬ、平民上がりのちょび髭めが」

 悪態をついた直後、ドアをノックする音がする。

「どうぞ」

 静かにドアが開き、秘書が顔を覗かせた。その秘書の後ろから、一人の男が入って来る。約束の時間丁度だった。

「座りたまえ」

 首相に促され、男はソファに腰を下ろした。堂々と、上座を占める。

 イリアーはそれを咎めることも無く、下座に座った。

「事は順調に進んでいるかね?」

 イリアーの問いに、男は口角を上げる。

「全くもって順調ですよ首相閣下。取り外した武装の移送もつい昨日完了致しました。なにぶん、廃艦予定の戦艦でしたので完全武装はなされておりませんでしたが、まあ上々でしょう。日本側に早期売却を迫った甲斐はありました」

「ふん、丁度良い時に軍縮条約が締結されたものだな」

 煙草に火を付けながら、イリアーもまた口角を上げた。

「君も吸うか?」

 イリアーが男にマッチを差し出すと、男も背広から葉巻を取り出した。点火した後のマッチ棒を、灰皿に押し付けながら言った。

「火を付けて、そして消す。テロを主導し、そして鎮圧する。厄介者は巻き添えにし、大衆へ向けては力強さを演出する」

 マッチの火はもう消えていた。二本の煙草から生じた煙が、部屋に複雑なにおいを与える。

 男が続けて言った。

「全く、よくもまあ独裁にこだわりますねあなたは。こんな手段で少しずつ支持率を上げていくなんて、私から見ても十分に非道ですよ」

「この国には……いや、世界には独裁政治こそが必要なのだ。むろん、真に正しき者による独裁だが。そのためには、民衆の支持を一方向に向けてやる必要がある。あのちょび髭は最後に自らのミスにより失脚すべきだ。でなければ私の関与を疑われる」

 イリアーは吸殻を灰皿に放り込み、男の顔を真っ直ぐに見ながら言った。

「この国を、真にあるべき姿へと作り直す。それこそが……私の使命だ」

 イリアーの言葉に、男は身震いした。これほどまでの信念を持てる者はそういない。それは大の男を身震いさせるのに十分なほどに強い信念だった。イリアーはなおも続ける。

「君の協力には感謝しているよ。今後も用立てが必要なら、金でも兵器でも遠慮なく言ってくれたまえよ」

 皇帝の前では絶対に見せることのない、不敵な笑みをイリアーは浮かべた。

 男はそれを見て、やはり同じような笑みで答えた。

「ええ、もちろんですとも」

 その言葉を最後に、アングリフ・シェッファーは部屋を後にした。

ショタコーン八世は男の子が大好きで、宮殿を見学に来ていた男の子の服をいきなりめくって腹にキスをしたことがある。本人の弁明は「かわいくてついやってしまった」。

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