第十二章 REQUIESCAT IN PACE
ミゥが休暇を取ったのは、ショックで打ちひしがれていることを演出するのも目的であった。
ローゼを誘拐され、奇跡的に軽傷で済んだもののイーリスも爆殺されかけたとあって、退職を申し出たがランツェに引き留められた……という体である。
この休暇中、ミゥはメートヒエンを離れた。行き先は告げずに、あてのない旅をするとイーリスには言ってある。だがメートヒエン港に着いたミゥは、迷うことなくエルガロード行きの船に乗り込んだのだった。
そして、エルガロードの商業地区。
件の鐘楼を降りたすぐ近くに、街の共同墓地がある。並んだ墓石の中でも、特に新しいもの。その目の前に、ミゥが目的としていた人物が立っていた。背後から話し掛ける。
「レイ」
今日も死んだ恋人のメイド服を着て、死んだ恋人の墓前に立つレイは、髪を伸ばして顔を見られないよう、俯き加減のまま、小さく手を挙げて返事をした。
ミゥも彼の隣に並んで立つ。ミークの墓には、レイが持ってきた立派な花が供えられていた。その手前に、控えめな花をミゥも供える。
両手を顔の前で組み、祈りを捧げる。
「アングリフは……死んでたよ」
「……」
ミゥが伝える。イーリスの隣のコンパートメントに乗車していたアングリフ・シェッファーは、政府の思惑通りに爆死した。報道では乗客の男性一名と女性一名が死亡とのみ報じられていた。まさかその男性がテロリストの幹部であるなどと政府が公表するはずがないので、何者であるのかは一切報じられていない。ミゥはその情報をレイに伝える意図もあって、この場所へ来たのだった。
しかし、被害者の名前こそ報道されていないが、犯人は大々的に報じられている。レイ・ルイーネが犯人であると。
そのことは、レイ本人も勿論知っていた。
「もともと脱獄囚だ、当然だろう」
「ヨハンナは瀕死の状態で病院に運び込まれたそうよ。今後どうなるかはまだわからないけど」
イーリスに左太腿を撃たれ、自分の銃で左手を撃ち、警官に右腕まで撃たれたヨハンナは、もう魔法テロリストとしては到底立ち直れない。おそらく、病院刑務所で一生を終えることだろう。
レイはヨハンナを殺害するつもりでいたが、正直なところそれはどちらでも構わなかった。邪魔さえしなければ、ヨハンナの生死には興味がなかった。
「だが、タガを失ってしまったのは痛手だったかもしれない」
ずっと俯いたままだったレイが、視線を遠くへ向けた。その先には、車が一台停まっている。
「……あの中に?」
ミゥが問うと、レイは頷いた。
ローゼは爆殺事件の後、クラックヴァレーの修行先から忽然と姿を消していた。そして現在は、車の中にいる。
「縛ったりしてるの?」
「今は手首と足首だけ縛ってる。最初は暴れてたから、全身縛り上げて、そしてわからせてやったんだ。そうしたら大人しくなった」
わからせてやった、というのが何を意味するのか、ミゥは尋ねなかった。
そのまま、二人とも無言になった。
しばらくしてから、レイは墓地から去っていった。車がどこかへ向けて走っていくのを見届け、ミゥはその日の宿へと向かった。
ホテルは季節外れということもあって空いていた。ミゥの部屋の窓からは、山脈の上半分を覆う雪化粧が、夕焼け前の陽に照らされて輝くのがよく見える。
荷を下ろし、ミゥはベッドに体を横たえた。長旅の疲れが一気に睡魔をおびき寄せる。
政府、マーリン家、そしてレイ・ルイーネ。
トリプルクロスとしての生活は、尋常でない程の肉体的および精神的疲労をミゥにもたらしていた。休暇を取ったのは演出でもあったが、実際のところ本当に疲労が溜まっていたのも、紛れもない事実であった。
恐るべきこの娘は、久々に解放された気分に浸り、ベッドで寝息を立てるのだった。
つづく。