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第十一章 REI RUINE

 列車が止まっている様子を、二人の人物が眺めていた。

 一人は、メイド服を着こみ、長い狙撃銃を構えている。

 もう一人は、黒髪を冬の風に靡かせる女性――ヨハンナ・イヴァンカ・コーモト。だが、その名が騙られたものであることを、メイド服の人物は最初から知っていた。

 ヨハンナ・シェッファー――首都メートヒエンで収監されているとされる、魔法テロリストの幹部であるアングリフ・シェッファーの一人娘。

 そのヨハンナが呟く。

「成功ね……」

 メイド服の人物が小さく頷く。

「おめでとう、MMD。あなたの復讐、そして私の復讐は、今達成されたわ」

 MMDと呼ばれたメイド服の人物は、沈黙したままもう一度首肯して答えた。

 遠く煙を上げている列車を見つめながら、二人は白い吐息をゆっくりと宙に舞わせる。

 この作戦において、ヨハンナが行なったのは爆薬の調達と設置だった。そしてそれを、列車が通過するタイミングで狙撃し、爆破する。

 狙いはもちろん、イーリス・マーリンの殺害である。

「テロリストはこういうことには手慣れているのよ。それがあなたの役に立って、私自身の役にも立つ。結構良いコンビだったのかもね、私達」

 黒髪を揺らして、ヨハンナが向き直る。その表情は、およそ年齢に相応しくないほどに子供っぽく、いたずらに成功した少女のそれであった。

 この女にとって、復讐とは最高の清涼剤。先の戦艦サンダルフォン事件の失敗も、その根本的な要因でもあった父アングリフの逮捕も、ヨハンナにとってはいたずらを正当化するための理由付けに過ぎない。根はやんちゃな子供のままなのだ。

 たとえそれが、一人の少女を殺すことだとしても。

「でも、なんで普通に狙撃しなかったの? イーリス・マーリンの髪は、対魔法には効果があるけど、通常弾なら問題ないでしょう?」

「ああ、もちろん」

 MMDが言う。かつて狙撃の名手と呼ばれた人物であることは、当然ながらヨハンナも知っている。当初は狙撃によってイーリスを殺害することを計画していたヨハンナに、MMDは自ら、この爆殺を提案してきた。

 爆弾の手配と設置という手間が掛かるため彼女も渋ったが、その花火は大層興奮するものに相違ないと、ヨハンナは最終的に承諾した。

 少し間をおいて、MMDが答えた。

「……この爆殺には、もう一つ意図があったからだ」

「意図?」

 ヨハンナが首を傾げる。人差し指を顎に当てる仕草が、これまた子供っぽい。MMDは呆れたように溜息をつくと、低い声で言った。

「……君は知らなくていい」

「ええー、ケチ」

 拗ねる。本当に子供だった。

 だが、ヨハンナはただその場の思い付きで行動する、ただの子供ではない。第二次性徴をとっくに終えた、大人の女性である。それ故に、持っている情報については、馬鹿にならない。

「教えてよ、MMD。いえ、ミーク・マクマスター・ドルイット」

「……」

 Meek McMaster Druitt。

 頭文字をとった、MMD。

 こんな簡単なコードネームは、聡明なイーリスならばすぐに思い至るだろうと予測できた。しかしむしろそれこそが、彼がこの名を名乗った理由だった。気付いてもらわねば、ならないのだった。

 自分が殺したはずの相手に、イーリスは殺されなければならないと。

 ミークはその後も『もう一つの意図』について答えそうもないので、ヨハンナはそっぽを向いて双眼鏡を取り出し、列車を遠目に見始めた。万が一にも、イーリス生存の可能性を探るためである。

「救助活動中ね……ターゲットはまだわからないわ……ねえ、本当にあいつは死んだわよね?」

 ヨハンナがミークを振り返る。そして、次の瞬間、それを見てしまった。

「なっ……!」

 ミークは狙撃銃を置き、別の銃を持っていた。

 銀色の拳銃。

 その銃口は、ヨハンナの脳天に向けられていたのだ。

「……何の冗談?」

「冗談じゃない」

 ミークは、これまでにないほど重い声で言った。

「お前は俺の正体も知っているではないか。ならば、消す必要があるのは当然だろう?」

 それを聞くや、ヨハンナは今までの子供っぽい表情を完全に捨てた。

「は? 何を言ってるの? 今回のことを成し遂げられたのは誰のおかげだと思ってるのよ」

「当然」

 ミークが即答する。

「……ミゥ・ヴァイスハイトだ」

 言い終わると同時に、銃声が響いた。

 ヨハンナが崩れ落ちる。

「ぐあああ!」

「!?」

 ミークは後ずさった。

「よ、よくも! 貴様!」

 左脚を押さえ、怒りの目を向けるヨハンナだが、目を向けられた相手は首を横に振った。

「いや、僕ではない……まさか!」

 途端、次の銃声が響いた。しかしそれは、ミークの手元からではなく、遠方から聞こえてきたもののように感じられた。

 すぐさま茂みに身を隠し、双眼鏡で様子を探るミークが、列車の方へレンズを向けた時だった。

 距離があるためはっきりとは見えない。だが、彼はそれを見つけてしまった。

 無残な姿になった客車の前に立ち、こちらへサブマシンガンを向けている、一人の少女の姿を。

「イーリスだ! 生きているぞ!」

 ミークが叫ぶと同時に、後方で土煙が上がった。着弾である。

「撃ってきている!」

「殺せ!」

 ヨハンナも叫ぶ。イーリスが持つのはサブマシンガンであるが、今回は距離が二百メートルほどしかない。当たってもおかしくはない状況であった。現に、一発だけだが、ヨハンナに当たっている。

 そのヨハンナは、左の太腿を押さえ、痛みで顔を歪めながら、次々と怒号を飛ばす。

「ちょっと! 早くあいつを殺して! 私の応急処置をして! 聞こえてるのか! レイ・ルイーネ!」

「その名で呼ぶな!」

 ミークは――

 否。

 ミークのの名を騙り、彼女のメイド服を着たレイは、茂みに身を隠し、地面に伏せたまま、叫ぶ。

「今の僕はミーク・マクマスター・ドルイットだ! ミークの復讐はミークの手でなさねばならん! 僕は、僕はミークなのだ!」

 イーリスからの射撃はまだ続く。匍匐でなら動けるが、レイにヨハンナの処置をしている余裕はない。そのうち、他の乗務員や乗客、警察も騒ぎを聞きつけ、レイ達のいる場所までやって来るだろう。

 レイは匍匐したまま、脱出用の車へ向けて移動を開始した。

「待ちなさい! 私を……私を置いていくつもり!?」

 ヨハンナは脚を撃たれており、満足に動けない。彼女を連れて行くのは、危険であった。

「……あばよ」

 レイが小屋の影に隠していた裏の車へ、匍匐で辿り着いた。ヨハンナはまだ叫んでいるが、追っては来れない。

「……そうだ、さっきのもう一つの意図を教えてやろうか」

「何よ! いいから助けて!」

 懇願するような口調に変わりつつあるヨハンナに向けて、レイは言った。

「あの車両、イーリスの隣の個室には、ある男が乗っている。というより、そうなるように仕組んだのだ」

「何の事?」

 ヨハンナはまるで理解できていなかったが、レイは車へ乗り込みながら話を続けた。

「あの列車の、イーリスの切符を手配したのはミゥだ。そして、その隣の部屋を手配したのは政府関係者。わざわざ爆殺を計画したのは、一石二鳥が狙いというわけだ。政府がその男とイーリスを消すために、死刑囚である僕を利用し、そして僕自身の復讐を成し遂げるために」

「何……何なの? 一体どういうこと?」

 ヨハンナの声は、既に泣き声に近かった。レイはその様を見て、小さく笑った。そして言う。

「政府はテロリストと裏で組んでいたんだ。マッチポンプ式に事件を解決して支持を得るために……あの男、アングリフと組んでな」

 ヨハンナの目が見開かれた。

「ま、まさか……」

 自分の状況も忘れたかのように、ヨハンナが硬直する。彼女の体の奥底を、冷たい何かが支配しつつあった。

 それを見てまた口角を上げたレイが続ける。

「しかしあの男の要求も肥大化しすぎた。いずれ消される運命だったのは間違いないがね。そしてイーリスは……というよりマーリン家も政府とはグルだった。高品質の武器を提供する代わりに、口利きを得ていた。だがそれをほとんど知らなかったイーリスは、先の戦艦事件で、自分なりの行動でマーリン家に利益をもたらそうとして、シナリオを狂わせた」

 本来、政府の考えたシナリオでは、ミークによる狙撃で鎮圧は完了するはずだった。ランツェはそれを知っていたが、イーリスには伝えられていなかった。

「それで、政府にとって障害でしかないイーリスを殺すために、僕があえて脱獄させられた。僕なら、イーリスを殺したところで誰も不思議に思わない。しかもそれでいて世論に同情はされない」

 イーリスからの射撃は止んでいた。弾切れだろうか。ヨハンナはもう動けなかった。

「考えてみれば、予備役とは言えなぜわざわざミークが軍人からメイドになる? そもそも政府の手先だったのさ、ミークは」

 そしてその政府の指示に従い、事件を制圧するのが、ミークの真の仕事だったのだ。

「大事なミークを失った政府は、新たにミゥに息をかけた。そうして、彼女の暗躍のもと、僕はこうして復讐を実行しようとしたわけだけれども……」

 遠く、列車の方から、誰かが走って来ていた。イーリスではない。大柄な人間のように見える。

「もう時間だな。じゃあなヨハンナ……ご協力、感謝するよ」

 レイが乗る車は動き出した。

「ま、待ちなさい……!」

 ヨハンナは傍らに置いてあった、自分の銃に手を伸ばした。伏せた状態のまま、走り去る車へ向けて、リボルビングライフルの引金を引き切る。

 甲高い銃声。

 しかし、発砲に際してヨハンナの視界を覆った白煙が晴れた時、彼女が見たのは。

 血にまみれ、原形を留めていない、自分の左手だった。

「ぎゃあああああ!」

 古いリボルバーはその構造上、発砲した際に別の薬室まで火が回り、本来の撃発位置にない弾まで射出してしまうことがあった。

 これが拳銃ならば問題はない。だが、リボルビングライフルとなると別である。

 シリンダーから飛び出た弾は、フォアエンドを支える射手の左手に命中する。

『そんなものを撃つな。知らないのか?』

 クラックヴァレー近郊の山中で、レイが放った言葉がヨハンナの脳内に甦る。

「あ、ああああああ! アアアアアア!」

 言葉にならない叫びを繰り返しながら、ヨハンナはなおもリボルビングライフルを撃とうとする。右手だけで銃を持ち、まだ弾が残っていることに賭けて、撃鉄を起こしては引金を引いていく。二発目、三発目、どちらももう火を噴かない。そして四回目の撃発を試みた時。

 別の銃声がこだました。

「うあああああああ!!」

 駆け付けた警官が放った拳銃弾が、ヨハンナの右腕に噛みつく。

「アーアーアーアー!」

 最早、人の物とも思えない声が響き渡る。取り押さえられたヨハンナは、そこで意識を失った。

 その時既に、レイの車はどこにも見えなかった。

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