魔法使いのはなし
童話風の書き方をしたくて書きましたパート5
あるところに、魔法使いがいました。
魔法使いは、人の願いを叶えることができます。
ある日、魔法使いは友人に願い事をされました。
「恋人と一緒にいたい」
しかし、友人の恋人はずっと前に死んでしまっています。
魔法使いは、できないと言いました。
それでも友人は、
「君しかいない」
「君ならできる」
「僕が知る中でも一番の魔法使いだ」
それでも魔法使いは首を横に振りました。
やがて無理と分かると、友人はうわ言のように、死んだ恋人の運命を呪い始めました。
「僕の心に青空はもう見えないだろう。彼女の人生は終わって、幸せどころか不幸さえないのに、まだ生きてる僕はからっぽだ」
魔法使いが心配して声をかけると、友人は突然おこりだしました。
「お前なんかもう友達じゃない」
「関わらないでくれ」
「絶対だ」
仕方なく、魔法使いは友人の元を離れました。
呪いの言葉を吐き続ける友人は、日に日に食事も摂らなくなり、弱っていきました。
それがどうしても心配でしょうがない魔法使いは、声をかけようとしましたが、「絶対に関わるな」と言われたのを思い出し、近づくこともできませんでした。
飲まず食わずの生活が三日三晩続き、とうとう友人は息を引き取りました。
魔法使いは悲しみ、後悔しました。
たとえ言葉を破ってでも、死んでしまうよりはどんなによかっただろうかと。
友人の葬式にも、魔法使いは行けませんでした。
どうしても友人の言葉に足をとられてしまうのです。
亡くなった恋人と同じく、友人も土葬されると聞いて、魔法使いは思い立ちました。
いつかの友人の願い事を叶える方法を。
魔法使いは、二人が埋められている墓場へ行き、魔法を使って、墓石の根下に生えた苔から種を作りました。
それから、楽団を呼びました。
楽団には総勢五十九人の演奏者がいました。その中で、魔法使いは四人だけを選びました。
まず、中年のヴァイオリニスト。
次に、大きなアコーディオンと対照的な細い婦人。
そして、若いチェロ弾きの青年。
最後に、フルート奏者の少女。
なぜ四人だけなのかと、選ばれなかった五十五人が抗議をすると、魔法使いは動じずに答えました。
「4人の楽器は、特別な楽器だ」
「金の弦のヴァイオリンには愛と怒り」
「傷のないチェロには憎しみと悲しみ」
「銀の鍵のアコーディオンには未来への憧憬」
「古びたフルートには過去への追憶」
魔法使いの言葉に心当たりがあるようで、四人は楽器を見つめて黙りこみました。
「友人には、これらが必要だ」
魔法使いは、友人が死ぬ直前まで唱えた言葉を語りました。
恋人の死を悲しみ、先立たれたことを怒り、思い出に縋り愛し、未来を思えば憎んだこと。
四つの楽器と、友人はよく似ていました。
その友人の墓標に生えた苔から作った植物の種。
魔法使いは、日の当たりの良い場所に種を蒔き、綺麗な砂と水をやり、四つの楽器の音を聴かせました。
種は起き上がるように芽吹きました。
すると、みるみる成長し、枝葉を伸ばし、大きな木になりました。
みんなが喜ぶのも束の間、魔法使いは
「さあ、この木を切ろう」
と言いました。
みんなはこぞって反対しました。
「せっかく育ったのに」
「こんなに立派じゃないか」
「なぜ切ってしまうのか」
魔法使いは言いました。
「この木を燃やさないと、友人を、彼女のところに連れてやれない」
「友人の墓標の苔と、友人の心をうつした音色」
「そして土は、恋人がとっくに還った土」
「この三つから育った木を燃やして灰にして、土と混ぜて灰土にするんだ」
みんなはようやく合点がいきました。
灰と土を混ぜると、植物がよく育つと言われているからです。
「なら、また木を育てるのか」
魔法使いは頷き、
「でも、今度は演奏はいりません。自然に育てましょう」
と言いました。
「四つの楽器は、友人の遺志を反映させるために必要だったもので、今はもうそれが済んでいるから」
そう魔法使いが言うと、
「ならば、私たちはもう何もしなくていいのか」
と聞きました。
魔法使いはまた頷きました。
「あとは苗木を植えて育てるだけ」
「でもそれは、最初に友人との約束を破ったわたしの責任だ」
「だから一人でやる」
それから魔法使いは、一人でずっと、木の面倒をみました。
木の生長はとても長いので、それだけ二人が一緒にいられるのならいいと、魔法使いは思っていました。
楽団は再び旅に出てもういないので、代わりに魔法で音色を出したり、日照りが続いたら雨を降らせたりしました。
そうして数年経ったある日、友人の命日のこと。
思っていたよりも木の生長に時間がかかっていることに、魔法使いは焦り始めました。
このままでは木が大きくなる前に自分が死んでしまいます。
人としての老いは、木の生長を待ってはくれません。
そうすると、木の世話をするものがいなくなってしまいます。
どうすればいいか、魔法使いは悩みました。
そんなとき、あの楽団がまたやってきました。
ヴァイオリンを弾いていた中年の男が、楽団の長となっていました。
「必要はなくても、いけないということはないだろう」
そう言って、一日楽団は霊園で演奏をしました。
翌年も、さらにその翌年も。
楽団は毎年訪れました。
そのうち、ヴァイオリンは別の誰かが引き継ぎ、アコーディオン奏者が楽団長になりました。
やがてアコーディオン、チェロも、別の誰かの手に渡り、フルート奏者が長になった頃。
魔法使いはすっかり年老いてしまい、木の世話をすることができなくなっていました。
しかし、木は十分に大きくなりました。
鮮やかな緑の葉をつけ、幹は太くしっかりと、嵐に耐えるほど強く根付いていました。
楽団が訪れたある日、魔法使いはフルート奏者に言いました。
木のことを知っているのは、もう彼女しかいませんでした。
「わたしはもういなくなる。だから、あの演奏を聞かせて欲しい」
そんな願い事をぽっつり落として、魔法使いは息を引き取りました。
あの日演奏した四人の中で、唯一残っているフルート奏者は、今いる楽団のみんなに魔法使いのことや、木のことをすべて語りました。
楽団のみんなで、毎年ここに来ること、長が変わる度ごとにこの話を語りつごうと決めました。
そして楽団の長は、あの日魔法使いが選んだ楽器を持つ奏者が順番に巡るようにしました。
こうして、楽団は途絶えることなく、毎年霊園を訪れては演奏会を開きました。
二人の写し身である灰土で育った木も、いつまでも枯れることがなく、長い年月と多くの人との絆をかけて、魔法使いはやっと、友人の約束を守ることができたのでした。