チャケンダ
題名「お花畑」
第一章「根拠の塔編」
第九話「チャケンダ」
俺たちが生活をしている仮想世界には2310の世界がある。
プライマリとセカンダリの世界もあるので正確には2312だが、俺以外の者は接点の世界を知らないので、残された人類と同じ2310個で全てだと認識している。
俺も接点の世界には数えるほどしか行ったことがない。
真っ白い何もない世界だった。
いや、違うかな?ひょっとすると全てがあるがゆえに真っ白だったのかもしれない。
どこまでも真っ白で、俺たちの世界とは違い果てが知れない。
彼女たちの世界の果てはすぐそこに在るようで、しかしその純白はまるで逃げ水のように果てを求めて追うと逃げて、常に少し遠くに見える。
全く落ち着かない場所で、俺はあまり好きではない。
翻って俺たち人類が想像した2310の世界はどれも個性豊かで、不完全で、滑稽でいとおしい。
メロハダーンという男がいた。
彼は大の人間嫌い。俺のお仲間だ。
彼は俺のように動画が好きなわけでも、ビール瓶を片手にテレビゲームをするのが好きなわけでもない。
何にも興味が持てない。そんな引きこもりの鏡のような男だった。
そんな彼がこの仮想世界に来て、人間味あふれる2310の世界に興味を持った。
彼は旅を始めた。
メロハダーンは神がおつくりになった完璧な世界には見向きもしなかったが、人間が作った欠けのある世界は愛した。
彼の旅の目的は2310ある世界の完全制覇ではなかった。
気に入った世界があれば何度でもそこに足を運んだ。
だが、旅を始めて40年以上たって、気が付けばすべての世界を回り切っていた。
彼は、今も愛すべき不完全な世界を旅している。
そんなメロハダーンならば、チョリソーとオウフの居場所を知っている筈なのだ。
”クレヨンで書いたような空と水彩絵の具のような川”
この世界に行ったことがある筈なのだ。
囚われの二人、チョリソーとオウフは牢から確認できるわずかな室内の様子と、おぼろげな記憶を動画にした。
メロハダーンはその動画をキーに自分のログデータに動画検索をかけている。
決定力に欠ける動画をキーに、膨大なデータに対して検索をかけるため、結果が出るまでに相当に時間がかかると予想された。
俺のパン屋では、ジェジーとツイカウが二人っきりで、メロハダーンからの連絡を待っている。
ジェジーは時折顎に指を添えて思慮深げな表情を見せつつ、年代物のタイプライターをたたいている。
実のところリシデュアルモデムを用いれば、キーボードを全く叩かずにオンラインサービスのワードプロセッサで文章を作成できるのだが、彼に言わせれば”この指の感覚が必要”なのだそうだ。
それならばいっそ万年筆で書けばよろしいと思う。
ツイカウは背もたれを前にして椅子に座り、まんじりともせずにジェジーを見ている。
「なぁ、ジェジー。動画検索にどれくらいかかるかな?」
「数時間か、数日か。見当もつかないね。」彼はタイプライターから目を離さずにそう言った。
「ニカイーたちが出動して行ったけど、監視に引っかかった化け物って誰だろうか?」
「見当もつかないね。」彼はタイプライターから目を離さずにそう言った。
「オウフ、大丈夫かなぁ。」
「見当もつかないね。」
彼はタイプライターから目を離し、文章を入力する手を止めた。
「ツイカウ。焦る気持ちはわかる。だが、黙って待つしかないだろう。」
「その通りだ。ボクは焦っているし、ボク達は待つしかない。」
「そうだ。」
「なぜだ?」ツイカウが両手を上に向けて、ジェジーの顔を覗き込んだ。
「見・当・も・つ・か・な・い・ね。」
そのとき、ジェジーとツイカウにテキストデータが送られてきた。
お待ちかねのメロハダーンからだ。
”46年前に行った時とは多少様変わりしているが、トポルコフの世界だと思う。”
「トポルコフだって!?」
トポルコフと云えば進化派の副代表、権力者だ。ただ事ではないとツイカウは戦慄した。
しかし、ジェジーは「やはりか…」と深いため息をつく。
「ジェジー、君は知っていたのか?」
「チョリソーの証言から、犯人は世界の主。メロハダーンの証言から世界の主はトポルコフ。これでウラは取れたな。」
「君は知っていたのか!?」ツイカウがジェジーに詰め寄る。
もし知っていたなら、とっくにオウフを救出できていた。許しがたい。
「犯人として適当な人物はトポルコフしかいないだろうとは思っていた。」
ツイカウはジェジーを張り倒した。
そして手を差し伸べて立ち上がらせた。
「たまには痛い目を見るのもいいだろう?」
「いや、一回で十分だ。一回で判る。二度と御免だってね。」
ツイカウが健康的な白い歯を見せて嫌味なく微笑んだ。
ジェジーが椅子に座り次の話題を切り出すころには、彼の頬の腫れは治っていた。
「ツイカウ。これからマァクと打ち合わせをする。早くオウフを助けたい気持ちはわかるが、君も打ち合わせに参加してくれないかな?」
「断ったら、行かせてくれるかい?」
「疑問形の体裁をとった命令文と言ったら説明になるかな?」
「そして今のは疑問形の体裁をとった脅迫文だ。」
チョリソー、誘拐、居場所判明、トポルコフ等のタグをバシバシ貼り付けた音声通話オブジェクトをマァクに投げると、数秒で彼女に回線がつながった。
「マァク様。急に呼び出してしまい、申し訳ありません。」
『いえ、構いませんよ。でも、実はこちらも立て込んでいるの。手短にお願いできるかしら?』
「分かりました。タグにも書きましたが、チョリソーとオウフが捕まっている世界が分かったのです。」
『そこにトポルコフがかかわっているのね。』
「ええ、彼女たちはどうやら、トポルコフの世界に囚われているようなのです。」
こっそりとダッフルバッグを背負い、俺に接点を貸してほしいとテキストデータを投げ、チャンネルを切り替えようとするツイカウをジェジーは制した。
『そう…分かったわ。私がツワルジニと話をします。あなたたちは二人の救出を。』
ジェジーは「ありがとうございます。」と彼女に礼を言いながら、ツイカウの背を叩いた。
ツイカウは待ってましたと言わんばかりに、トポルコフの世界に向かってチャンネルを切り替えた。
『救出には人手が必要かしら?』
「いえ。恐らく、ツイカウ一人で充分です。」
『では、事後処理のために2人だけ送りましょう。』
「ありがとうございます。」
ジェジーは無意識に手を組んで、彼女に祈りを捧げていた。
完全に信者だ。
マァクはコンスース捜索隊の報告を聞いて、コンスースの有限幻界に来た。
マァク一人だけ。
危険だからと捜索隊はこの世界に近づかない様命じてある。
彼女は自分の目で見るまで信じられなかった。
お花畑と化した彼の世界、そして、化け物と対峙する俺とイェトの姿を見て、全てを察した。
コンスースの捜索に失敗した。
間に合わなかった。
彼をむざむざ化け物にしてしまった。
そう、彼女は自分の目で見るまで信じられなかった。自分の失態を。
よほど悔しかったのか、そして申し訳なかったのか、あのマァクが完璧であるはずの美しい顔を歪めて、唇を噛んでいる。
彼女はその屈辱を飲み込んで、捜索隊全員にテキストメッセージを投げた。
”現時点をもって、コンスース捜索隊は全ての活動を終了、解体します。お疲れさま。”
コンスースは化け物になってしまった。
人間が相手ならば彼女の仕事だろうが、化け物ならば俺とイェトの仕事だ。
彼女にはもうできることはない。
嫌味が許されるなら、彼女は心優しいコンスースを危険な仕事に誘ったことを悔やむことが出来るだろう。
悪いが俺は、まだそのことを根に持っている。
それでもマァクは、まるで自分にできることはないか探すように、俺達を見ていた。
しかし、間もなく沈んだ表情でチャンネルを切り替えて、コンスースの世界を去って行った。
いいよマァク、十分だ。アンタがそこまで気に病んでくれたなんて。
後は俺が何とかする。
マァクは俺と違って忙しい。落ち込んでいる暇なんかない。落ち込んだって、彼女の膨大な仕事は気をきかせていなくなったりなんかしない。
口裂け馬は俺たちが攻撃を始めると、羽を広げて羽ばたき。天高くに逃げた。
虚無の空間は空気無いから羽ばたいたって無駄なんだけど、それを言ったら重力や地平線が存在する時点でこの虚無って設定は破たんしているわけだが。
何もないところで俺達が普通に呼吸して、声を発して話ができているのもおかしい。光がない筈なのに人や者、特に花を目視できるのは何故だろうか。
エーテル。
たしかジェジーは「お花畑の虚無の空間は何かで満たされており、様々な不可思議のつじつまを合わせているのかもしれない。その何かを仮にエーテルと名付けよう。」などと言っていたっけ。
この辺りの謎解きは、また別な話としたい。
第一章も大詰めなので、それはさておき…
やはりな。
俺は口裂け馬がとった行動に何の疑問も抱かなかった。
元々この世界の化け物共は好戦的ではない。
ぶっちゃけ、でかくて臭いだけで、何の戦闘スキルも持たない個体もいた。
どこかのRPG的異世界の様にスライムから魔王までレベルに応じて存在するわけでもない。
それが善良なるコンスースが変化した化け物なのだから、性根が悪いわけがない。
口が胸まで裂けているとはいえ、白い馬の姿は雄々しく、高い戦闘力を感じさせる。
腹から突き出した、野太く先端が鋭くとがった肋骨もまたしかりだ。
これほど立派で強そうな化け物はなかなか見ない。
それなのにその口裂け馬は俺達を襲ってはこず、無の虚空高くに逃げて、争いを避けようとする。
その太陽のような閃光を放つ瞳で俺の目を焼くことだってできるだろうに、俺達を傷つけることを嫌って、目を合わせようともしない。
その正体がコンスースでなくてもROM化をするのがためらわれるほど、性根の良い化け物だ。
「やっかいね。」
流石イェトさん解ってる。
こういう、強いくせに逃げに徹する奴を捕まえるのが、一番骨が折れるのだ。
実はこの時、コンスースが化け物になったその瞬間以降、コンスースは心の中で戦っていた。
彼はお花畑化し、コンスースと言う存在は劇的に拡張された。
人間なんかネズミ程度の存在に思えるほど、彼の概念は巨大になった。
新しい自分と言う巨大な存在と、オリジナルのコンスースは戦っている。
よくスポーツ選手などが”敵は自分自身”などと言うが、コンスースの場合は全く分が悪い。
なにしろ新しい自分が巨大すぎて、これっぽっちの勝ち目もないのだ。
だがそれはあらかじめ予想が出来ていたこと。
ドンキホーテを気取るほど夢見がちではない彼は、勝機の無い喧嘩をするつもりなんかは無い。はじめっからね。
化け物になってチャケンダの思想は瞬時に、当たり前に理解できた。
根拠の塔の秘密と、それに乗じた彼の計画も新しい自分が見出してくれた。
後はそれを俺に伝えるだけ。
そのチャンスは間もなく、たったの一度、一瞬だけ訪れる。
その時まで、オリジナルの自分を…俺の無二の親友であるコンスースを維持して居られればそれでいい。
彼が戦っている自分自身は3つの新しい感覚に言い換えられる。
コンスースは化け物の姿になって、物事が全て、今迄とは全く異なって見えるようになった。
そして3つの新しい感覚を得たのだ。
一つは、お花畑化を肯定してしまいそうな感覚。
今迄、化け物に見えていたものが、真逆のものに認識できるのだ。
極めて理にかなった、論理的に均整が取れた存在。
それが今、彼が認識するお花畑の化け物だ。
今の彼に化け物は美しい姿に見えるし、臭いにおいなんてしない。
醜い姿も、酷い臭いも、理解できないものを拒絶する人間の脳が生み出した、誤った情報だったのだ。
だから今のコンスースは、自分が化け物であることに全く違和感がない。むしろ快適に感じる。
この新しい感覚により、コンスースはチャケンダの思想に傾倒してしまいそうになっている。
彼は俺との友情を貫くために、それと戦っているのだ。
二つ目は、人間を自分と縁遠く感じる感覚。
先にも述べたが、人類がネズミ程度の存在に思えるのだ。
人間の時、イェトは彼にとって恋愛対象であり、イェトは彼の心の中の多くを占めていた。
それが今は、単なる愛らしい小動物に見えてしまい、とても恋愛対象としてとらえられない。彼女を愛おしくは思えるが、その意味合いは劇的に変わってしまった。
また、接点に対する興味にも大きな変化が表れた。
人間だったときの彼は、謎多き接点という存在に少なからず興味があった。
彼にしてはやや下世話だが、彼女のベールの下に、どの様な愛らしい顔が隠れているのか興味があったし、きっと子猫のような声で話すに違いないと想像を膨らませていた。
接点を仔猫や仔犬と同じ、皆の可愛いペットとして、純粋に愛でていた。
しかし化物となった今。コンスースは接点の人間の部分には、全く興味が持てない。
プライマリが今ここで、声を発したって、ベールを脱いだって振り向きもしないだろう。
彼はイェトに対する愛と、彼女を助けるという誓いに嘘をつかないために、その感覚と戦っているのだ。
三つ目、最後の感覚はニカイー、つまり俺に対するものだ。
チャケンダが予言した通り、口裂け馬になった彼の目に、俺は、恐ろしい化物に見えるのだ。
彼が化物に変化し、目の前に居る俺を見た時の感覚。
それは素手の人間がバッタリとクマに出会う…そのときの恐怖に似ている。
コンスースは、口裂け馬は、最初は俺に驚いて、無の虚空に飛び上がったのだ。
危険だとわかっていて、クマやワニに近付く者が居ようか?
彼はチャケンダの予言を覆して己の使命を全うするために、俺に対する恐怖と戦っているのだ。
繰り返すが、新しい拡張されたコンスースという存在に攻撃の意思は全くない。
はるか上空から見下ろして、俺とイェトが自分のことを諦めて去ってはくれないかと考えている。
今の彼にとって人類は下等で脆弱で、文明の運用に失敗して滅びかけた、保護されるべき存在だ。
その思考を完全に受け入れてしまったら、その瞬間に彼の人類の部分は永久に主導権を失う。
『何としても耐えきってみせる。』
彼は、自分と戦っている。
『ボクがニカイーを助けるんだ。』
彼は俺の親友であろうとしてくれている。
『イェト、君を化け物なんかにさせはしない。』
彼はイェトに未練のある気のいい男であろうとしてくれている。
『ニカイー。早く、早くボクをROM化してくれ。』
根性論ですべてが解決するなら世話はない。
物事はなるようにしかならない。
まるで運命に導かれるように、既にそう決まっていたかのように、この世を支配する唯一の理論に従って、公平にそしてゆるぎなく、物事の結果は決まる。
少なくともコンスースはそう信じている。
だから彼はたった一度、一瞬だけ、しかし確実に訪れるチャンスに賭けた。
どうやってチャケンダを捕まえる為のヒントを伝えるのかは、もう決めてある。
元々”どうやって”に関しては、化け物になってしまってから考えるつもりだった。
リシデュアルモデムが使えるならばテキストデータなどを投げればいいし、ダメでもジェジーが居る。長年、お花畑化の研究をしてきた彼になら、化け物が残せる何らかのメッセージに気付いてくれる。
お花畑化という現象のうち、人類に理解可能な側面が美しいお花畑に見え、理解できない側面が醜い化け物に見えている。
これは、コンスースが化け物になって、初めて理解できた。
そして、これならいけると、彼は考えた。
人類に理解可能な側面、つまりお花畑を用いれば、コンスースの人間の部分だけでも何かができる。
俺は袖搦の柄の底部から、ガラガラとチェーンを引き出して左腕に絡めて袖搦を口裂け馬に投げた。
虚無の空間なのに、俺の袖搦は「ボッ」と空気をたたき割るような音を発して突き進む。
袖搦がたたき割ったのがジェジーが言うエーテルってやつか?
俊敏な口裂け馬はこの高速で飛来する棒を辛くもかわしかけるが、俺がチェーンを引いて袖搦を誘導し、馬のどてっぱらに見事命中させた。
袖搦がもたらす苦痛は化け物には堪えるらしく、身をよじって苦しんでいる。
「ッショォ!!」
チェーンを引いてピンと張ると、俺の頭にイェトが飛び乗って、チェーンを駆け上がってゆく。
口裂け馬の腹から突き出した肋骨。
その表面がパラパラと剥がれ、超音速でイェトに向かって飛んでゆく。
どうやら口裂け馬は俺達と戦う覚悟を決めたようだ。
イェトは両手で次々に札を投じて超音速の骨片を空中でダウンさせてごり押しで前進している。
どうやら短期決戦で、相手が奥の手を出す前に勝負を決めるつもりのようだ。
俺はイェトが撃ち落さなかった残りの骨片を体いっぱいに浴びて、肩やら膝やらが爆発的に吹き飛んでいる。
ヤバイ、俺の右肘はほとんど失われて、わずかな骨の表層と肉片のみでつながっている。
チェーンを支えていられないかもしれない。
「おーい、イェト。俺の腕がつながっている内に頼めるか?」
骨片が顎にヒットして爆裂、それ以上喋れなくなってしまった。
「もう大丈夫よ。暫く寝てなさい。」
口裂け馬はイェトの目を焼くためにその瞳を彼女の方へと向けた。
しかしイェトは馬の額に飛び乗り、これをかわす。
馬は激しく首を振るが、イェトはたてがみをつかんで耐えきった。
そして、すぐさま頭の後ろ辺りに進んで札を投げ、翼をダウンさせた。
翼を失った口裂け馬は虚無の空間を落下してゆく。
ズタボロだった体をほぼ復旧した俺は、馬の落下に合わせてチェーンを引きぴんと張る。
イェトがチェーンに飛び移ろうとしたところ、馬のたてがみが蛇のように動きだし、彼女の足に絡みついた。
そんなたてがみ、札一枚でダウンさせられる筈だが、彼女はそうしなかった。
彼女は足首を動かして「へぇ、いい感じに固定されているじゃない。」と舌なめずりをしている。
以前の彼女なら化け物に自分から接触するなんて考えられなかった。チャケンダに侵食されてから、そのあたり吹っ切れたというか、大胆になったようだ。
多少足を侵食されても気にしないでいる。
地面、というか虚無の地平線に激突する瞬間。イェトは自分の足に固定されている口裂け馬の頭を地面に蹴り込んだ。
その衝撃波で周辺の花が四散し、辺り一面に花びらが舞い散る。
ツイカウから「接点を貸してほしい。」とテキストデータで依頼があったので、プライマリにセカンダリの意味で二本指を向け「ツイカウを頼む。」と声をかけた。
さて、イェトが首尾よく口裂け馬を地面にたたき落としてくれた。
経験的に言って、この化け物は相当強い筈だ。
イェトの作戦通りに速攻で、化け物には何もさせずに勝負を決めた方が良いだろう。
「ぬあああぁぁっっ!!」
俺はチェーンを引いて口裂け馬をイェトごと空中に放り投げ、反対側の地面に叩き付ける。
途中、馬の羽が復旧したのでイェトが札で再びダウンさせた。
イェトは地面に激突する瞬間に、また馬の頭を蹴り込む。
「イェト!離れろ!」
俺がそう叫ぶと、彼女はたてがみを札でダウンさせて足を自由にし、真横に飛び退いた。
イェトがかなり口裂け馬にダメージを与え、弱らせてくれた。
今ならとどめの一撃を加えても、相手に逆転をする余力はないだろう。
俺は袖搦の先端を巨大なツルハシ状に変形させた。
馬の喉元と後ろ足の付け根から、ツルハシの先が突出する。
口裂け馬は短い悲鳴を上げて、ぐったりとしてしまった。
「コンスース、すまねぇな。」
元々俺は戦いが好きな方ではない。むしろ嫌々やっている。それでも、こんなに苦い勝利はない。何しろ親友を手にかけたんだ。
袖搦から手を放し、どうにも遣る瀬無くて、その場に座り込んで胡坐をかいた。
プライマリがやってきて、彼をROM化するために、袖搦を馬の腹に引っ掛けた。
『よし!!』
この瞬間を、コンスースの人間の部分は待っていた。虎視眈々と待ち構えていた。
俺とイェトの攻撃でコンスースの化け物に見える部分がほぼ沈黙し、彼の人間である部分が存在の主導権を握りやすくなった。
そしてROM化の手続きの過程。
不正アクセスの結果である化け物側のロールが書き換えられてから、パーミッションが書き換えられるまでの間。
この間だけ、人間である部分が自分のリソースを操れるのだ。
コンスースは俺にメッセージを残すことに成功した。
手際の良い彼は、実のところ、それ以外にもう一つの手続きも成功させていた。
『後は頼んだよ。頭の悪い親友。』
ROM化が完了する間際にコンスースの声が聞こえたような気がした。ハッとした。
泣き虫の俺の顔が、またくしゃくしゃになる。
イェトが俺の胸倉を掴んで、強引に立たせ、顔面をぶん殴った。
「しっかりなさい。コンスースとわたしをわたしとあんたが助ける。何度も言わせないでちょうだい。」
イェトが音声回線でジェジーを呼出す。
彼はちょっと用事があるらしく5分ほどしてから来た。
「待たせたね。」
コンスースのことは彼の耳にも入っている。
彼はROM化された口裂け馬に額を当て、しばらくその化け物をなでていた。
そして、俺たちの方へ向き直った。
「彼のことだ、絶対に手がかりを残している。」ジェジーの言葉が力強い。
「ああ。」
「二人はパン屋で待機を。これはコンスースがその身を犠牲にしてもぎ取ったチャンスだ。間違っても無駄には出来ないぞ。」
「判っている。」
俺はイェトとパン屋に戻った。
いつも仲間達で賑やかな俺たちの店が、広く感じて静かだ。
「チャケンダなんかに負けない。絶対にわたしたちの日常を取り戻す。」
「ああ、」
俺は、がらんとした店に、いつもの仲間たちの喧騒を見ていた。
ツイカウはダッフルバッグを背負い、進化派副代表トポルコフの世界にいた。
本当にクレヨンで描いたような空と、水彩絵の具のような川がそこにはあった。
子供のいたずら書きみたいな世界だ。
「ちょっといただけない趣味だな。」
空を見上げていた彼の背後に忍び寄って来た仮面の男二人に、ツイカウは背中越しに声をかけた。
「なぁ。そうは思わないか?」
ツイカウはいつの間にか火炎放射器を取り出していた。
ミニガンの形に変形させ、彼は血走った目で躊躇なく引き金を引いた。
「お前らがオウフ達を拉致った実行犯だろう?人間違いでもいいさ。もう、撃っちまった。」
仮面の二人は蜂の巣を通り越して千切れ千切れの肉片になって、地面に散らばって燃えている。
「焦げる前に誰かに美味しく食ってもらえ。」
オウフの位置情報を確認し、その方向へ最短距離を走ってゆく。
目の前に障害物があったら焼き尽くして進む。
木も家も歩行者も、彼が進む進路上にいたのが運のつき。
ミニガンから放たれる火種を抱えた弾丸に破砕され、燃やし尽くされる。
彼は鼻歌でセンシェン ガベジの歌を歌いながら、トポルコフの世界を焼き、炎の野原を彼自身身も炎にあぶられて進む。
そして、レゴブロックの家にたどり着いた。
オウフの位置情報もその家の地下を間違いなく示している。
ツイカウは火炎放射器を大剣の形に変え、外壁を三角形にぶった切った。
彼は中に入ろうとしたが逆に3歩下がることになる。
家の中から、等身大のヒーローのアクションフィギュアが何体も出てきたのだ。
その向こう側、玄関のあたりの床から細い少女の手が伸びている。
「ツイコォーーーォ!!」オウフの声だ。
「オーォウフ。おもちゃと一緒に焼かれたくなければ、手を引っ込めな。」
その声色に彼女の腕が一瞬固まる。いつもの優しい彼の声とは明らかに違う。
鋭く黒い、狂気を感じる。
「わ、分かったわ。」
戸惑いながらもチョリソーとオウフは牢屋の床の隅に寄り添って座った。
ツイカウはすっかり、8体のアクションフィギュアに囲まれている。
皆、ストップモーションアニメのような、中割が少なそうな動きをしている。
緑色の服を着たヒーローが放った矢がツイカウの手から火炎剣を奪い、反対側にいる青い獣のようなヒーローに運んだ。
早々に武器を奪われてしまった。
ツイカウの火炎剣がツイカウを襲う。
火炎剣の威力は持ち主である彼がよく知っている。
紙一重で身を交わすと、火炎剣は地面を叩き、足元を溶岩の沼に変えてしまった。
アセチレンと酸素のタンクはダッフルバッグにある。
敵に奪われたとはいえ、火炎剣とタンクはホースでつながっている。
フィギュアとは思えない怪力で、ホースが引っ張られて破断しそうになり、慌てて青い獣のようなヒーローの方へと自ら近付いてゆく。
右から盾が、そして左からハンマーが飛んできた。自分が避けるだけならまだしも、ホースを切られない様にしなければならない。
姿勢を低くして、彼の長い脚でホースを地面に抑え込んだ。
レゴブロックの壁の穴に仮面の少年が一人居て、壁に寄りかかってこちらを見ている。
奴がオウフを拉致した主犯、つまりトポルコフに違いない。
背格好が完全に一致する。
トポルコフを見た瞬間、ツイカウの中にわずかに残っていた良心やら平常心やらが吹き飛び、彼の行動から常識が失われた。
彼はアセチレンと酸素タンクのバルブを全開にし、ホースを外して火炎剣を手にしているヒーローにぶん投げた。
たちまち起こる大爆発。
耳に痛みを伴うど派手な爆音。
ヒーローのアクションフィギュアは全滅。
レゴブロックの家の上屋も半分以上吹き飛び、仮面の少年も巻き添えで宙を舞い、反対側の壁に激突して伸びている。
ツイカウはアクションフィギュアの後ろに低く伏せていたので最小限の火傷ですんでいる。
彼はすぐに起き上がり、オウフが閉じ込められている牢に向かった。
入り口の格子を塞いでいる瓦礫をどける。
オウフの姿が見えた。チョリソーが気をきかせて妹分を肩車している。
ツイカウとオウフ、再び無事に会えた喜びに手を握りあう。
「ああ、しまった。」
彼は牢屋の様子を見て、火炎放射器を破壊してしまったことを悔いた。
ガス切断機に変形させれば、この程度の格子は自力でなんとかできた。もし格子がだめでも、床を吹き飛ばせただろう。
すっと横から小さな手が伸びて来た。
接点───セカンダリだ。
彼女はroot権限を持ってあっという間に格子のロックを解除し、すぐにトポルコフの世界を去って行ってしまった。
ツイカウはチョリソーとオウフを床下の牢屋から引き揚げて、オウフと抱き合った。
「もう、大丈夫だ。」
オウフは彼のたくましい腕にすっかり安心している。
チョリソーは壁にめり込んでいる少年へと歩を進める。
少年の、既にひびが入っていた面はぱかりと割れ、案の定トポルコフの顔が現れた。
「あぁら、今日は女装をしていないのね、黒幕さん。」
「うわあぁぁ!!」
トポルコフは顔を手で覆って逃げ出した。
しかしその歩みは遅い。
背中の大怪我が復旧しきっていないようだ、まだ骨が露出している。
この間抜けな小僧は相変わらず怪我の復旧の速度が遅い。
度々壁に寄りかかり、顔を覆った指の間からチョリソーの位置を確認しつつ、ガタガタと震えて、また逃げる。
「あら可愛いこと。早く逃げないと、お姉さんが捕まえて食べちゃうわよ。」
「無礼者め!ボクは進化派の副代表だぞ!」
「そうね。そう聞くと、ますます美味しそう。」
いたずら者のチョリソーが舌なめずりをする。
「ひいぃぃっっ!!」
腰抜けのトポルコフはブロックの家の外に逃げた。チョリソーはネズミをもてあそぶ猫のように嬉々として追う。
背中の傷が治ったところで、チョリソーは飴玉を弾いて彼のふくらはぎをえぐった。
「ぎゃああああっっ!!」
「ごめんなさい。走って追うの面倒だから、つい、やっちゃったわ。痛かった?」
そこに2人の男女が駆け寄ってくる。
トポルコフの手下だと思い、チョリソーは飴玉を構える。
「お待ちください!味方です。」
女性が「マァク様の使いです。」と手を振っている。
彼女はチョリソーの前で止まり、イマルスと名乗った。
「本件の後始末をしに参りました。お怒りは重々承知しておりますが、どうか我々にお任せください。」
もう一人の男がトポルコフを拘束しようと詰め寄った時、仮面の男二人がマァクの信者二人をそれぞれ組み伏せた。
チョリソーがポケットに仕舞いかけていた飴玉を投じる。
飴玉が仮面の男二人の上方を通過するあたりで、チョリソーは手をたたいた。
飴玉が炸裂し、散弾銃の散弾の様に仮面の男二人を襲撃する。
「どうか!我々にお任せください。」
イマルスがチョリソーに向かって腕を伸ばして懇願する。
「使えない奴らめ!」
トポルコフは自分のために体を張った仮面の二人を罵り、地面を這って、なおも逃げる。
マァクの信者二人が、自分にのしかっかている仮面の男をどけてトポルコフを追う。
「ひゃははは!!もう遅いやい!」
トポルコフの高笑い。
地面から5冊の巨大な絵本がせり出し、箱を作ってトポルコフを覆い隠した。
チョリソーが飴玉を取り出す。
「慎重な対応が肝心なのです。どうか…。」
イマルスに制されて渋々飴玉をひっこめる。
イマルスはポケットから一本のワイヤーを取り出した。
ワイヤーをチェーンソーの形に曲げた。
どうする気かと思ったら、そのワイヤーフレームのチェーンソーから本当にエンジン音がしてきた。
彼女が絵本にそれを振り下ろすと、本はズタズタに切れた。
しかし、絵本の壁の中にトポルコフは既にいない。チャンネルを切り替えた後の様だ。
「逃げられちゃったわね。」チョリソーのため息。
「私の五感の情報は記録してあります。証拠能力は十分。トポルコフはもう終わりです。」
「そう。」チョリソーは伸びをした。
「じゃあ、わたしは帰ろうっかな。根拠の塔のリハーサルあるし。」
チョリソーはツイカウとオウフに、拉致事件がマァク預かりになった旨、テキストデータで連絡し、先にトポルコフの世界を去った。
「ハァ!ハァ!ひいぃぃ!」
トポルコフは進化派代表のツワルジニの元に転がり込んだ。
「ツワルジニ様!ツワルジニ様!二人に逃げられました。僕の顔も見られてしまいました。」
「そうか。」
「どうしましょうっっ!?」
「どうもせぬ。今回の事件はお前が独断で行った。私には関係がない。」
「そんな、ツワルジニ様。それはあまりにも殺生ではありませんか。」
ツワルジニは片膝をついて、床に泣き崩れているトポルコフの顎を引き上げた。
「トハと言う男にかくまってもらえ。安心しろ。悪いようにはせぬ。」
「ツワルジニ様。」
「早く行け。マァクが来たらどうする。」
まさにその時、窓の外にマァクの姿が見えた。
ツワルジニはトポルコフをクローゼットの中に押し込んだ。
「早くチャンネルを切り替えて、この世界から消えろ。」
マァクが部屋に入ってきた。
「何の用だ。マァク。」
「トポルコフは何処?」
「さぁな。」
「居ないなら呼出して頂けるかしら。」
「何の用事だ。」
「おそらく貴方もよく御存知の用事よ。」
「何の事だか解らないが、まるで警察気取りだな。お前に何の権利がある?」
般若の面はあれ程醜く作る必要があったのだろうか?
怨念に目をむき出す必要があったのだろうか?
攻撃的に歯をむき出し、口を吊り上げる必要があったのだろうか?
激情に髪を振り乱す必要があったのだろうか?
マァクを見よ。
静かに微笑んでいるだけなのに、背筋が凍るほど恐ろしい。
女性の恐ろしさを表現するのにこれ以上があろうか?
「私は恐らく、第一勢力である進化派を失墜させる事が出来るでしょう。」
「ぐっ。」
ツワルジニは言葉に詰まった。
根拠の塔の成功は彼が過去に楽園派を罵った言葉を嘘にし、トポルコフの失態は進化派のイメージを著しく損ねる。
「進化派という山を失って、それでもまだ貴方は高い場所に立っていられるのですか?」
「我が進化派を葬って、貴様らが第一勢力に躍り出るつもりか。」
「それは私たち回帰派の理念に反します。貴方はどうせトポルコフを切り捨てるおつもりなのでしょう?でしたら迷わず私に突き出せばよろしいのです。さぁ。」
「魔女め。」それが、進化派代表が最終的に吐き捨てた台詞。
今やゼラニウムの花園と化したコンスースの世界。
ジェジーが一人、ROM化された化物、口裂け馬の横に佇んでいる。
「友よ、僕は知っている。君が意味なく犠牲になる愚か者ではないと。」
ジェジーは口裂け馬を撫でながら、ぐるりとその廻りをゆっくり歩く。
「君は何かを得て、何処かに残した。ニカイーに伝えるために。」
彼は様々な可能性を脳裏にめぐらせながら、しかし行くあても無く歩き出した。
目のまえに冴え立つもの有り。
あれか。
自然と歩が早まる。
息が荒くなり、運動不足の体で胸は苦しいが、足は先を急ぐ。
我が友コンスースを見つけた。
ジェジーは前につんのめって転びながら、その場所にたどり着いた。
一面のゼラニウム。
その中で一輪だけ。
天に向かって手を突き上げるように咲くイースターカクタス。
俺のパン屋にジェジーが戻ってきた。
イェト、ツイカウ、チョリソー、オウフ、そして俺。
皆、ジェジーの帰還を待っていた。
彼がコンスースのメッセージを持ち帰るのを待っていた。
「チャケンダの狙いは恐らく、ROM化されている化物全員の解放だ。」
ジェジーは何の前置きもなく、唐突に結論を述べた。
「チャケンダは化物を自由に人間の姿に戻せるのよね?」イェトが首をかしげている。
「その通りだ。」
「なら、わざわざ根拠の塔に合わせる必要なくない?」
「イェト、君はもう一つ、思い出す必要がある。」
「?」
「チャケンダは有名人だ。実際、ニューオンの一件の時もマァクの手のものに見つかっている。」
「皆が根拠の塔に注目しているから、その日は動きやすいってこと?」
「それもあるだろう。だが、チャケンダが恐れているのはニカイー一人だけだ。他の奴は本当にどうでもいいんだ。」
ジェジーは言葉を探しながら、しかし見つからずに諦めて「きっと、接点の監視の目を欺く秘密が根拠の塔にはあるんだ。」と言った。
「秘密って、何?」
「解らない。技術屋のコンスースなそれに気付いて理解して居る筈なんだが…だから、チャケンダのたくらみに気付けたというか…」
「ジェジー、コンスースのことは言いっこなしだよ。」ツイカウが窘める。
俺達の中でコンスースの存在は大きい。
彼の笑顔がなければ、個性に富んだ俺たちなんかが一つに繋がっては居ない。
コンスース。俺はお前を絶対に助け出してみせる。
また、お前の笑顔が見たいんだ。
「もう少し根拠の塔の情報があれば、ガーウィスの知恵を借りることができるんだが。」俺がぼそりと呟いた。
「それなら私たちに任せて!」
チョリソーとオウフが手を挙げた。
「どうする気だ?」
「スパイタに聞いてくるわ。」
二人は持ち歌の振り付けの一部を踊りながらチャンネルを切り替える手続きをし、最後に向かい合って手を握りあうポーズで「突撃取材、しゅっぱーつ!」とノリノリで俺の世界を去った。
二人のノリには不安を覚えざるを得ないが、その二人に期待するしかない。
俺とイェトは顔を見合わせて、ガーウィスの世界に向かった。
スパイタが住む”床も壁もすべて透明な家”に向かうチョリソーとオウフ。
「いつ見ても変態的な家よね。まじひくわー。」
「さぁ、行くわよ。」
この世界には彼が設計した風変わりな建物が山ほどあったのだが、今は変態スケスケ屋敷しかない。
根拠の塔は彼の世界で想像される。
今はその土台となる一辺255mの基礎、500人収容可能な観客席、そして選ばれた14人が立つステージのみが配置されている。
スパイタが二人に気付いて出迎えに出てきた。
「ねぇ、どうやって聞き出すの?」
オウフがチョリソーに耳打ちする。
「まぁ、お姉さんに任せておきなさい。」
チョリソーが胸を叩いてみせた。
「やぁ二人とも。無事に帰ってきて安心したよ。もう大丈夫なのかい?」
「ご心配をおかけいたしました。あんな奴、本当なら軽く捻ってやるのに、つまらない罠に引っかかってしまいました。」
オウフがチョリソーを肘で突っついて急かす。
「わかってる。」
チョリソーはオウフにひそひそと返事をした後、スパイタに笑顔を向けた。
「ねぇ、スパイタ。ちょーっと、教えて欲しい事が在るんだけど。」
「なんだい?」
「根拠の塔って、何か裏ワザ使っているの?」
「ハハハ。なんだ、そんなことか。」
「えへへへ。そうなの。ちょろーっと教えちゃってくれるかしら。」
「うーん、それはねぇー。」
「なに?なに?」
「ひ・み・つ。」
「てへへ。」
チョリソーは満面の笑顔でスパイタの口に飴玉を放り込み、顎に手のひらを押し当てて口を閉じた。
「わたしが指を鳴らしたら飴玉が爆裂して、あなたの頭は木端微塵。頭は生え変わるから死にはしないけど、ちょっと刺激が強いかも。」
スパイタは恐怖で気絶しかかっている。
「いやなら、あなたのチートのからくりをわたしに教えなさい。」
3日後。いよいよ根拠の塔を想像するその日。
会場であるスパイタの世界には人類のほぼ全員が押し寄せようとした。
世界毎のリソースは厳密に制限されている。
放っておくとスパイタの世界のリソースはパンクする。
流石にこの大騒ぎは自分の出番と判断したらしく、プライマリが出張って「観衆は770人まで。」と仕切ってきた。
root権限でそういう設定をしてきたので、本当にそれ以上はスパイタの世界にエントリーできない。
前日からスパイタの世界にエントリーして場所取りをしていた者たちは、「勝った。」などとドヤ顔で腕を振り上げている。
司会進行はセンシェン ガベジの二人が行うらしい。
いつもの軽妙なトークで掴みはOK。
ここでタイミングよくイントロが流れて、根拠の塔のイメージソングを二人が歌う。
「いやー、あの二人、流石だわ。盛り上げるなー。」
「純粋に動画を楽しんでいるんじゃ無いわよ。」
イェトに後頭部をひっぱたかれてしまった。
「わたしは化け物になる気なんかいっこもないからね。これが正真正銘最後のチャンス。しくじるんじゃないわよ。」
36あるお花畑化した世界にマァクとケチェの手のものが見張りについた。
いよいよ、選ばれた14人による、根拠の塔の想像が始まった。
光のワイヤーフレームが600mの塔の輪郭を表す。
すると、化け物の監視が根拠の塔を多数の化け物出現とご認知。
整合性異常の例外で、事実上その機能を失った。
今、チャケンダが化け物の姿になっても、それを検知することは出来ない。
これは予想出来ていた。
ガーウィスの知恵を借りるまでもなかった。
スパイタが全て把握していたし、ケチェもそれを承知していた。
マァクの手のものからクレという男の世界にチャケンダ出現という報告。
「行くわよ!」
イェトの掛け声で俺とイェト、そしてプライマリの3人は出動した。
「ウ、ウっ…」
ROM化されたコンスースがあげられるはずのないうめき声をあげていた。
クレの世界。
チャケンダが静かに微笑んでいる。
「ニカイー。今日はいい取引をしよう。」




