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お花畑  作者: イカニスト
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ツイカウ

題名「お花畑」

第一章「根拠の塔編」

第八話「ツイカウ」


俺達の仮想世界の代表的アイドル。

楽園派の根拠の塔のイメージキャラクター。

センシェン ガベジのチョリソーとオウフが何者かによって拉致されてしまった。

彼女たちが今どの世界に居るのか?

その手掛かりは”クレヨンで書いたような空と水彩絵の具のような川”。

ジェジーとツイカウが彼女たちの行方を追う。

チャケンダの信者を自称する犯人の正体について、ジェジーは一つの結論に達しつつあった。

その上で、彼はツイカウにこう提案した。

「ツイカウ、メロハダーンという男を探そう。」

恋人のオウフを心配し事件解決を焦るツイカウは怪訝そうな表情。

「その男は何者なんだい?」

「旅行者だ。」

「旅行者?」

「ああ、2310全ての世界を旅し、知っている。きっと空がクレヨンの世界も。」

「そいつの公開タイムラインを検索すればよくはないか?」

「それが出来ないんだ。」

「何故だ?旅行好きじゃなくても、もっと言えば特別な場所に行かなくても、タイムラインにログを残すだろう?例えば自分のアリバイを証明できる。そいつは事件に巻き込まれたとき、自分の無実を証明したくはないのか?」

「人間嫌いなんだ。」

「なんだって?」

「メロハダーンと言う男は人間が大嫌いで、極力他人とかかわることを避けるんだ。」

ツイカウは続ける言葉を失い、ウームとうなる。

「まあいいよ。彼に直接聞けばいいんだね。で、どこに行けば会える?」

「解らない。」

「ジェジー、頼むよ。」

「彼はずっと旅をし続けている。今、何処にいるかは解らないんだ。」

「じゃあ、どうやって会うんだ?その男を探している間に僕が2310ある世界全てを旅してしまうかも。」

「安心しろ。あてがあるんだ。」

「だろうと思った。ほっとしたよ。」

しかし、ジェジーはなにか言い難そうにしている。

「どうした?話を続けてくれよ。」

ジェジーはツイカウの反応を探りながらため息をつき「モロウゾの酒場だ。」と白状した。

ツイカウは露骨に嫌そうな顔を見せて、「まじかよ。」と吐き捨てた。


さて、場所は変わりモロウゾの世界。

ツイカウはモロウゾの酒場の前で、その中に入るのをためらっていた。

背負っているダッフルバッグを触りその中身の形を確かめる。

両腕に入れ墨をいれた男が肩でツイカウを弾きどかして、店の中に入っていく。

その男は謝ったりなんかしない。

逆にツイカウがその男の背中に「すまない。入り口で立ち止まっていた僕が悪いんだ。」と謝罪した。

「ハハハ。」

苦笑い。

ため息をついて、ジェジーの言葉を思い出す。

『あの酒場の流儀は分かっているな?』

「参ったな。」

両手でびしゃんと自分のほっぺたを叩いて気合を入れ、タフな表情を作る。

重いダッフルバッグを背負いなおし、心を決めて酒場の中に入った。

ここは、2310名の中でもがらの悪い、つまはじき者のたまり場だ。

素性のよろしいクールガイのオーラを全身から発散させているツイカウを見つけるなり、四方八方から、彼を攻撃的に拒絶する視線が飛んできて、彼を突き刺す。

ちょーアウェイ。

だがここでひるんではいけない。

ツイカウは愛するオウフの顔を思い出した。

入り口の席にいた一人が、ツイカウの足をひっかけてすっころばしてしまった。

どっと下品な笑いがおこり、アルコールとタバコの匂いがひどい店の空気を震わせる。

全く、うんざりだ。チャケンダの脅威、恋人の誘拐、そしてごろつき共の巣窟…ツイカウはそういったこと全部を鼻で笑いながら、やれやれと立ち上がった。

そしてダッフルバッグを開け、中から火炎放射器を取り出した。

店の奥で、エロい衣装のウエイトレスにタバコの火をねだっている男がいる。

ツイカウは火炎放射器をライフル型に変形させ引き金を引いた。

火種を抱えた鳥籠状の弾丸が炎の尾を伸ばして飛び、ウエイトレスの代わりに男のタバコに火をつけ、壁に着弾。

四散した火種が壁一面を火の海にする。

燃え上がる炎を見た瞬間、ツイカウの表情が変わる。

「壁の炎を見ろ!ユニコーンに乗った騎士の様だ!」

その笑顔、狂気だ。

「炎は情熱と夢を練り合わせた芸術だ!この世にある全てのモノは火種だ。いわんや人の子をや!!」

彼はまるでスイッチが切り替わったように、炎に狂った。

力説するあまり、汚らしく唾液が飛び散る。

クールガイは、炎を見ると我を忘れる心の闇を背負っていた。

「こいつぁ亜音速で飛ぶ炎の弾丸だ。誰か100m先に立て。タバコに火をつけてやる…ついでに頭も吹き飛ぶかもしれんがなぁ。」

店の中でどす黒い笑みを湛えながらライフルを乱射する。

壁から散布機がせり出し、炎を窒息させる消火用の霧が放射される。

その散布機は全て、ツイカウのライフルで破壊されてしまった。

荒れ狂う炎。

皆がチャンネルを切り替えて逃げることを考えたが、ツイカウが火炎放射器をガトリングガンの形に変えて乱射、彼らの頭を吹き飛ばしてしまい、多くの者がその場に残留することになった。

店内はパニック。

煙にむせる何人かが、出口に向かって走った。

ツイカウが火炎放射器をもとの形に変形させ、走ってくる連中に残虐な炎を浴びせかけた。

陽気に歌を歌いながら火炎放射器を振り回す。

「てめぇ、狂ってるのか!?てめぇも焼け死ぬんだぞ!」

真っ赤な炎の中に真っ黒な狂人の影が亡霊の様に揺らめいている。

何たる高温の炎。直接人体に触れなくとも、遠間からツイカウの血肉を焼く。衣類は皮膚に融着してしまった。

「この仮想世界にいる限り、誰も死ねるものか!なぁ、今じゃんじゃん酸素が無くなっているんだけど、無酸素状態でどうやって生き続けるのか興味ねぇか?」その声、とてもツイカウとは思えない。全くの別人。狂気に上ずった、絶望を楽しむ声色。

客の一人がついに降参する。

「てめぇいったい、何が目的なんだ!コケにしたことを怒っているなら謝る!」

ふと見渡すと、皆、子猫の様に怯えている。

厳つい禿も、刺青を見せびらかす服装のキレた若造も、けばいビッチも。

くだらない連中だ。ツイカウは全員を鼻で笑った。

「おっと、楽しすぎて目的を忘れるところだった。」

隙をついてチャンネルを切り替えて逃げようとした者が居たので、ガトリングガンで上半身を吹き飛ばした。下半身も炎上、体の復旧には時間がかかりそうだ。

ツイカウはゲラゲラと笑っている。

「待て!もう逃げたりなんかしない!だから撃つな!要件を言え!」

「旅行者のメロハダーンという男を探している。」

ツイカウは火炎放射器を炎の剣に変形させ、質問をしてきた男の首筋にあてがって脅す。

「何処に居るかはだれも知らない!だが、奴のアカウント名ならこの店のマスターが知って居る。」

ツイカウが邪悪な笑みを浮かべて、火炎放射器を元の形に戻した。

「だと思った。実のところ、だいたいそういうオチだ。だから、お前だけは逃がさないように念入りに銃弾を撃ち込んでいた。」

店のマスターの口の中に、チンチンに焼け上がった火炎放射器の先端を突っ込む。

舌や唇がジュウジュウと焼け、いやな匂いが漂ってくる。

「しゃべる必要はない。メロハダーンのアカウント名をテンタティブパブリックL2758に置け。」

一次公開フォルダを介してメロハダーンのアカウント名を受け取ると、ツイカウは火炎放射器を、内側が耐火素材のダッフルバッグに仕舞い、指をはじいた。

すると、炎が一瞬で消え去った。

「また、やってしまった。」ダッフルバッグを担いでモロウゾの酒場を後にするツイカウの背中は、なぜか寂しげであった。


彼はパン屋に戻った。出迎えたジェジーが全身やけどだらけの彼を見て、口をあんぐりと開けている。

「気にするな。この世界ならこんな火傷すぐ治る。」

ジェジーはぶるぶると激しく首を振る。

「いや!違うだろう。何をやった!」

「あの酒場の流儀に従った。」

「何をやった!」

セカンダリは店の階段に座って、二人のやり取りを聞いている。

ジェジーは誠実な男だ。

彼は懺悔する機会を与えてくれている。

きっと、すっかり彼に話して、さっぱりと怒られてしまった方が気持ちは楽だ。

だがそれを上回って、自分が本当は何者かを認めるのは辛いことなのだ。

「すまない。それを思い出させないでくれ。」

ジェジーは彼の今にも泣きだしてしまいそうな瞳を見て、それ以上問い詰めるのを止めた。

「手に入ったのはメロハダーンのアカウント名だけだ。」

「十分だ。」

ふと、何かを察知して、セカンダリが店を出ていく。

接点を必要としているツイカウが彼女を追おうとしたところに、ニカイー達が浮かない顔で帰って来た。

ツイカウは俺にしがみついているプライマリを見つけて、”ああ、接点が戻って来た”と胸をなでおろした。チョリソーとオウフを助け出すまで接点にはいてもらわなければ困る。

何故、接点が一旦外に出てまた戻ってきたのか疑問に思ったが、俺が戻ってきたタイミングと一致していたので、俺を迎えに行ったのだろうと考えた。俺の脇の下にしきりに頭をこすりつけている彼女を見ると特にそう思える。

「どうしたの!?それ!」

イェトがツイカウの火傷を見て驚く。

彼は「交渉がちょっとタフだっただけ。」と首をすくめた。

ジェジーが俺たちの表情を見て「そっちは失敗だったようだな。」とバッサリ聞いてきた。

俺がため息交じりに「そうだ。」と返答しようとしたところ、イェトが俺の前に被ってきて「まだ終わってない!」と息巻いた。

「策はあるのかい?」ジェジーの質問はいつになくて厳しい。

流石のイェトも「まだないけど…」と言葉が無い。イェトは俺に助け舟を出せと視線をくれるけれども、馬鹿の俺にどんな策を考えろというんだ?無理だから。

イェトはジェジーに対抗する言葉が無くむくれている。

ジェジーもお手上げのポーズ。

「イェト。こうなった以上、バックグラウンドに戻った方がいい。化け物化の進行を少しでも遅らせるんだ。」

イェトのほっぺたがパンパンに膨れ上がる。「ぜっ…」ここで頭をぐるんと回して「…ったいに嫌よ!」などと強情を張る。

「今日、あのにやけた青髪男と戦って確信したわ。わたしとニカイーなら勝てるって。」

「だが、取り逃がしたのだろう?彼がどこにいるかわからないなら、戦いようがない。バックグラウンドに戻って、次の機会を待つんだ。」

ジェジー先生。ごもっともなご意見です。

しかしイェトも「コンスースはどうするの?」などと食い下がる。

二人の言い合いはしばらく続きそうだ。

感情 VS 理屈。

両方退かないし、お互いに使っている物差しが違うから落としどころもありはしない。

気が済むまで、言葉が尽きるまで、言わせておこう。

俺はとりあえず動画でも検索することにした。

「うーん、多いな。」

ランキングの上位を根拠の塔のストーリーボードが独占していて、おもしろそうな動画を探しにくい。

先日公開された根拠の塔の宣伝4Dが人気を集め、あっという間に500を超えるストーリーボードが発表された。

4Dとは時間軸付き3Dデータで、カメラ位置を自由に設定できる。

逆に言えば時間軸、つまりモーションデータはすでに出来上がっているので、ストーリーボードデータは事実上カメラワークだけの指定でよく、誰に対しても敷居が低い。

地球では商品のコマーシャル用4Dを発表するときは、そのストーリーボードを募集してコンテストを開くのがお約束になっていた。

人類はもう2310人しかいないのに、500を超えるストーリーボードが発表されるだなんて、もう、お祭り騒ぎと言っていい。

あのケチェがこんな大々的に派手な宣伝をうつなんて、信じられない。

彼はそう言った俗世の諸々にいたって無頓着で、根拠の塔の情報は基本的に口コミの噂話でしか入手できなかった。

センシェン ガベジの二人を根拠の塔の14人に起用してから、ケチェはまるでおもちゃを手にした子供の様に、根拠の塔計画を派手に盛り上げた。

チョリソーとオウフはエンターテイナーとして完成されているからな、ケチェが彼女たちを気に入る気持ちはわかる。ケチェは変人だが、本物を知り、違いが判る男だ。

イェトとジェジーはまだ無駄な掛け合いをしている。お互いに強情なことだ。

コンスースが居てくれたらな。

彼は頭が良いうえによく気が回り、なんでも丸く収めてしまう天才だ。

ぎすぎすした空気は俺のパン屋には似合わない。

コンスースが必要だ。

君に会いたいよ。

ツイカウにチョリソーとオウフから音声通話が来た。

俺達3人もツイカウに音声通話オブジェクトを投げて、同時通話に参加させてもらう。

皆、捕らわれの二人を心配している。彼女たちの声が聞きたい。

「二人とも大丈夫なの?」

音声通話が始まった瞬間、誰よりも早くイェトが口を開いた。

流石、我らが切り込み隊長。一番槍は譲らない。

『わたしが居る限り、オウフには指一本触れさせないわ。』

「あなたならそう言うと思ったわ、チョリソー。」

「おーい、姐御二人。」俺が間の抜けた声で発言する。

「『誰が!姐御ですって!』」はもるなよ、イェトとチョリソー。お前たちだよ。

「ツイカウとオウフに代わってくれ。大事な方の話が進まないだろうが。」

コンスースならばもっとうまい言い方をしたのだろうなと思いつつ、俺が二人を黙らせた。

「オウフ。何かあったのかい?」ツイカウの優しい声。

『実はスパイタからリハーサルに出るよう連絡があったの。』

「なんて答えたんだい?」

『取り敢えず”わかりました”って。わたし嫌よ!せっかく14人に選ばれたのに、こんな理不尽な拉致で14人から外されるなんて!知られたらきっと、別な候補を私たち二人の代りにするわ!』

彼女は明らかに取り乱している。

「オウフ、気持ちはわかるが、落ち着くんだ。」

『リハーサルは2時間後よ!それに出るなんて絶対に無理。』

「オウフ、可愛そうに。僕が何とかするからどうか冷静に。」

俺とイェトは、なぜスパイタに真実を報告しないのか不思議に思っている。トポルコフならともかくスパイタならば相談に乗ってくれるはずだ。

俺とイェトは”今事件を大事おおごとにするのは得策ではない”という、ジェジーの考えを知らない。

マァクが俺の店に入って来た。その場にいる5人のただならぬ雰囲気を気にしつつ、俺に近付いてくる。

「コンスースの発見が遅れていてごめんなさい。」

無論、コンスースの話も重要だが、さしあたってはセンシェン ガベジの二人をなんとかせねばならない。

きっとマァクならば助けになる。

そう思って、音声通話オブジェクトのゲッターからクローンを取得してマァクに投げた。マァクにも会話に参加していただく。

ツイカウはマァクに知られては話が大事おおごとにならないかと懸念したが、ジェジーが大丈夫だと頷いている。

それを確認してから、マァクが参加した状態で、ツイカウは会話を続けた。

「オウフ、そうじゃないんだ。事態はもっと難しい状態なんだ。」

『どういうこと?』

「君たちを誘拐した犯人の狙いが根拠の塔計画の妨害ならば、ケチェやスパイタが君たちの捜索を大々的に始めた瞬間に、君たちを永久に閉じ込めておく、別な策をこうじてくるはずなんだ。それは絶対に避けなければいけない。君たちを永遠に見つけられないかも。」

ツイカウはマァクに事情を説明する意味も含めて、あえてこのような言葉を選んだ。

これは同時に、俺とイェトへの有難い説明にもなった。

『なぜ?』

「君たちの捜索が始まったということは、つまり君たちが根拠の塔に必要不可欠な存在だと、公に認めたことになる。」

イェトが「では、別な二人の候補を立てた場合は?」と質問した。

これにはジェジーが答える。

「やはり二人を幽閉し続けるだろう。センシェン ガベジは絶対的な計画の旗印だ。旗を奪うだけでも犯人にとっては計画の成功にあやをつける立派な成果だ。しかし、幸いなことに今よりも状況が酷くはならないだろう。」

「何故、そう言い切れるのかしら?」ここでマァクから声が上がった。

「二人の状況から、犯人はまだ最悪の犯罪に手を染めることをためらっている様子がうかがえる。二人が大人しくしていれば、根拠の塔計画を失敗させた後、解放されるかもしれない。」

ジェジーは既に犯人が誰なのかあたりをつけているが、今は明言しない。

『確かに犯人はその様なことを言っていたわ。でも、嫌よ!わたしもチョリソーも根拠の塔計画の成功に賭けている!』

状況を把握したマァクが提案をする。

「スパイタには私が話をするわ。そして、話を大事おおごとにせずにセンシェン ガベジの別な候補を仮で立てるよう話をつけます。」

『嫌!わたしは根拠の塔の14人になりたい!』

「私は”仮で”と言った筈よ。4日後の計画当日までに、なんとしても戻っていらっしゃい。」

『マァクは回帰派でしょう?何故、楽園派の計画を助けるの?』

マァクは”うふふ”と上品に微笑む。

「回帰派の代表ホトプテンならば、絶対にそう言うはずだからよ。彼が他の派閥を蹴落とす様な男なら、支持率で進化派の後塵を拝してはいないわ。ホトプテンは今存在する様々な意見は、長い話し合いの期間の中で最良の唯一にまとまると信じているわ。」

その言葉に感動したジェジーがまるで女神を前にした信心深い農夫の様にマァクを拝んでいる。

マァクはそれでなくても拝まずにはいられない美しさだ。もう、マァク教って宗教を作っちゃえよとたまに思う。

「ジェジー。二人を助ける手立てはあるの?」

「メロハダーンという男が頼りで、繰り返し音声データを送っているのですが、今のところ応答がありません。」

「では、私の紹介状を添付なさい。」

「え!?いいんですか?」

ジェジーは再びマァクを拝む。気持ちはわかるが。

「もし、私の紹介状まで無視されたなら、必ず私に連絡を。」

連絡もらった後、何する気ですか?マァク様。怖いですよ。

「ニカイー。」

「はいっ!」マァク怖いと思った直後なので、思わず背筋がピンと伸びる。

「コンスースを見つけるために接点の知恵が必要なの。」

ちらりと俺の傍にいるプライマリを見やった。

先ほどセカンダリを動かすために強引な手口で脅したばかりだから、ちょっとお願いしづらいな。

「何か問題でも起こったのか?」

マァクは少々思案した後「恐らくは。」と答えた。

「おいおい。マァクがはっきりしないなんて珍しいな。」

「いいえ、”恐らく”はとても明確よ。」

「分かっているとは思うが、俺はバカなんだ。なぞなぞはよしにしてくれ。」

「私たちは迅速かつ的確にコンスースの行方を追った。ええ、もちろん今も。」

「感謝している。」

「でも、未だに彼を見つけられないでいる。それはなぜかしら?」

「そうか!捜索隊は既にコンスースを見つけていた。そうなんだね!?」ジェジーが興奮して、がたんと音を立てて椅子から立ち上がった。

マァクは深く頷く。

「そうとしか考えられないの。」

「おいおい、なぞなぞはよしてくれと頼んだ筈だぜ、御利口ちゃんたち。」

「つまり…」

マァクが微笑みを潜めた、本人すら困惑して居る様な、そんな表情を俺に向けた。

「…コンスースは、私たちが簡単には見つけられないような状態にあるのかもしれない。」

「あー…」

頭にはてなマークを浮かべて周囲を見渡すと、どうやら俺だけが判っていないようだ。

ツイカウの野郎。分かったふりをしているんじゃないだろうな?

俺は恥を忍んで「なんだって?どんな状態だって?」と問い返した。

「彼が今、どのような状態にあるのか答えられるのは、恐らくチャケンダだけよ。」

「チャケンダならさっき会ったぜ。先に言ってくれれば聞いておいた。」

俺のジョークでチャケンダにしてやられたのを思い出し癇に障ったらしく、イェトが俺をつねる。

この痛み=イェトのむしゃくしゃ度だ。


「私の感が正しければ、残念だけど、これ以上の捜索は無駄よ。別な方法を考えなければいけない。」

「いや、マァクはきっと正しい。ボクは君の意見に100%賛成だ。」

ジェジーは話の仔細を完全に把握しているようだが、俺はこの期に及んで何一つぴんと来ていない。

「すまない。俺が何をすればいいのかズバリ言ってくれ。いや、むしろ俺の脇の下にぶら下がっている接点に直接言ってくれ。答えは後で聞いておく。」

マァクとジェジーが顔を見合わせて首をすくめている。

ああ、そうだよ。俺は馬鹿だよ。何度言わせるんだ。

マァクは腰をかがめて目の高さをプライマリと同じにした。

俺の体側にいやらしく、じわーりと体をこすりつけていたプライマリは、そのエロ活動を中断して、ベール越しにマァクと視線を合わせた。

「接点ちゃん。チャケンダが使えそうな神隠しの方法を知っていたら私に教えて頂戴。」

マァクは小学生の子供にお使いをお願いする母親の様にささやいた。

俺達の間ではプライマリはペット扱いなので、少々常識から外れたエロ行為に興じていても不問にされる傾向にある。

むしろ、万が一俺がプライマリを一人の女性として意識するようなそぶりを見せたら、全員にエンガチョされてしまうだろう。変態ロリコン野郎と、後ろ指をさされてしまうだろう。イェトは俺を清める為、全身に札を貼りまくるに違いない。

マァクはチャンネルを切り替る手続きを始めた。

「マァク、もう帰るのか?」

「ええ、仕事を山ほど残してきたから。」

「日本人の血でも混じっているのか?」

「え?」

「マァクはよく働く。」

「うふふ。どうかしら?」

彼女は意味深な笑みを残して俺の世界を去った。

突然ジェジーがガッツポーズ。驚くじゃないか。

「マァク様の紹介状すごい効き目だ!おい、ツイカウ!メロハダーンと連絡が取れたぞ!」

とうとう”様”付けが標準になったな、ジェジー。

ツイカウは「もうすぐ助けに行くから、待っていてくれ。」とオウフに断わって終話し、ジェジーと打ち合わせを始めた。

イェト、ツイカウ、チョリソー、オウフ。この四人は俺のパン屋の4人掛けのテーブルのぬしだ。いつもの調子で長話をしていたようだ。

イェトはチョリソーと話をしている。この二人はまるで呼吸をするように自然に下ネタを連発する。オウフ、早く二人にキャピキャピ成分を付加してやってくれ。美少女の会話として、完全にアウトだ。

俺はプライマリが腕を引くので、そっと奥の資材庫に移動した。

二人きりになり、プライマリが頭のベールを脱いだ。

彼女は俺を椅子に座らせ、片方の膝小僧に狙いを定めてまたがった。

全く隙あらばあの手この手で、このちびっこは。

俺は発情した彼女が腰を動かしだすのを未然に防ぐため、彼女の太ももの付け根辺りを抑えた。

プライマリは”きゃ”と小声を出して、俺の顔を真っ赤に染め上げた後、足を開き、俺のてのひらを彼女の股間により近づけようという、root権限を預かる者に全くふさわしくない努力をし始めた。

単なる雌犬じゃねーか。

いつも偉そうなことを言う彼女に心底がっかりした俺は、彼女の脇の下をつかんで上に持ち上げた。

すなわち赤子によくする”たかいたか~い”である。

「プライマリ。話があるなら早くしろ。」

彼女は顔を背けて”ちっ”と舌打ちをした。

段々人間っぽくなっていくな。

今後、より一層、相手をすると心身ともに疲弊しそうだ。

俺のSAN値、ピンチ。

「恐らく暗号化かマスキングだ。」

「何の話だ?」

「マァクの質問への回答だ。許可が下りたので、情報を提供する。」

「その…なんとかってぇのは、人類の言葉で言うとなんだ?」

「言ったまま伝えろ、マァクならば理解できる。」

はいはい、どうせ俺は馬鹿ですよ。

「あーぁ…なんだぁ…俺を標準出力にしてテキストデータで送ってくれんか。まんまマァクに転送するわ。」

テキストデータはすぐに送ってくれた。

一文を添えて、それをマァクに転送するわけだが…

「おい、何をしている。」

プライマリが俺の上着を脱がせようと、小さな手で必死に頑張っている。

「いや、なに。久々に生で楽しもうと思ってな。情報提供の対価だと思ってくれ。」

全く、この、腐れ脇の下フェチが。公然わいせつ物目が。

それに目覚めさせたのは図らずもこの俺だが、それにしても色々と限度がある。自重しやがれ。

俺はプライマリの脳天にゲンコツを落とした。

全身をぴくつかせて目を回している彼女の頭に、そっとベールをかぶせた。

彼女を背負って皆の元に帰ると、イェトがコーヒーを淹れていた。


レゴブロックの家の地下にとらわれているチョリソーとオウフ。

オウフがチョリソーの肩に乗って立ち、格子の外の風景を見る。

薄暗い室内の様子ではあるが、リサイデュアルモデムを使って目で見たものをクラウドに動画データで保存する。

また、捕まるまでの間に見た風景を思い出し、それも動画データにして保存した。

動画データの共有状態を”公開”にして、そのURLをツイカウとジェジーに送った。


再び俺のパン屋。

ジェジーが、オウフが送ったURLをメロハダーンに転送した。

メロハダーンが彼のデータに、オウフの動画をキーにして動画検索をかける手はずになっている。

動画はメロハダーンの要求で二人に作ってもらった。

彼は確かに2310ある世界全てを旅したが、そのすべてを明確に記憶しているわけではなく、膨大な旅の記録のデータと照合する必要があるのだそうだ。

つまり、メロハダーンは”クレヨンで描いた様な空と水彩絵の具のような川のある世界”と聞いても、すぐにはピンと来なかったのである。

彼は確実にチョリソーたちが幽閉されている世界に行ったことがある。

だから彼のローカルの記録をあされば必ずどの世界か判明する筈だ。

だが…

「格子から見えた部屋の一部と、ぼんやりした記憶の動画を、100年以上かけて撮りためたデータと突き合わせるんだ。時間がかかるぞ。」ジェジーは椅子に深く沈みこんだ。

「ああ、あせったら負けだ。」ツイカウも腹を決めて椅子に座った。

イェトが二人にコーヒーを差し出す。

俺の分のコーヒーはカウンターに置いてくれた。流石イェト判ってる。俺はカウンターの向こう側に行って、目を回しているプライマリを床に転がし、コーヒーをすすりながら動画を見る。

イェトはフラフラのプライマリを椅子に座らせ、首筋辺りをチョップして彼女の意識をしゃっきりとさせた。

イェトさん。バレェにはその様な技術も存在するのですか?

初戦から戦い慣れしてたし、地球時代に相当な武勇伝があるのではなかろうか?

イェトはプライマリの向かいの席に座った。

そしてコーヒーをテーブルに置き、返事が無い事を知りつつ、イェトはプライマリに話しかける。

俺はその時、イェトをずっと見ていた。

理由はない。

だが、この話をするなら今かなと思った。

「なぁ、イェト。」

「なーに。」

「今年は、俺たちが恋人同士になって丁度30年なのだが、知っていたか?」

「うーーーーーん…ああ、そうね。何でアンタみたいなショッパイ男がそんな細かいこと気付くのよ。気持ち悪いじゃない。」

えらい言われようだな。

「30年って長いよな?」

「なによ、分かれる気?」

「いや、何か記念になることやらないか?」

すると、イェトが驚きの表情を俺の方へまっすぐ向けてくる。

なんだそのマックでハンバーガーを買う大統領でも見つけたような表情は。

「きしょい!きしょい!きしょい!きしょい!」

「なんだよ?」―――腕で大きなバッテンマークまで作って。

「アンタが言うときしょいわ!そういう乙女チックなことは私に言わせなさいよ。アンタじゃあ似合わないを通り越して気持ち悪いから。」

何言ってやがる。お前だってがらじゃあないだろうに。

「じゃあお前が言えよ。」

頭に来たので、引き出しに入って居たラッピングペーパーを丸めて、イェトの頭めがけて投げてやった。

ひょいと避けてしまうと思ったら、丸めた紙をキャッチして投げ返してきた。俺の額のど真ん中に命中。お見事。

その時やっと俺は、イェトが顔が赤くなってしまうのを必死で我慢していることに気付いた。

何のことはない、彼女は照れていたのだ。

照れ隠しに俺に突っかかっていたのだ。

ちょろい。イェトさん、ちょろすぎです。

「何も言わないのか?」

「い、言ってやるわよ。」

「じゃあ、どうぞ。」

「今年はボンクラとの恋人生活30年記念!派手になんかやらかすわよーっ!!」

両腕を振り上げた笑顔の瞳に少し涙がにじんでいた。

「それのどこが乙女チックなんだ?」

「わたしがやれば、なんでも乙女チックなの!」

照れ隠しで大声張り上げただけのくせに。

ツイカウが指笛を鳴らす。

「君たちの30年記念。みんなでやろうぜ!」

この手の提案について疑問がある。何故、俺が言った場合はさり気なく聞き流され、奴のようなクールガイが言った場合は全員に支持され即採用されるのだろうか?

俺とツイカウの何がそんなに違うのか?馬鹿の俺にもわかりやすく説明してくれ。

ジェジーは既に両手の親指を立てて腕をまっすぐ突き出している。

「いいね。日取りは根拠の塔計画の後が良いな。ニカイー、それで大丈夫か?」

俺はジェジーが俺とイェトの記念日の正確な日付を確認したいのだと勘違いをした。

だから「このパン屋にお前が来たのって何月何日だっけか?」とイェトに聞いた。

イェトさんの大きなため息。

「ほんと馬鹿なんだから。彼に対する答えは大丈夫に決まっているでしょう。」

「なんでだよ。」

「その鈍感馬鹿を治すために、一回死んだらどうよ?」

ツイカウがケラケラ笑っている。

「いい目標ができたってことさ。オウフとチョリソーを救い出し、コンスースを探し出し、勿論イェトの問題も解決する。ついでに根拠の塔の成功も見てからさ。全ての問題解決の祝賀の意味も込めて記念パーティーをやろうって、そう言っているのさ。」

「あぁ。判った。だったら変化球使わずに直球でそう言ってくれよ。」


マァクはプライマリの情報を元に、コンスース捜索隊(マァク信者)に指示を送った。

”コンスースは暗号化されている可能性あり。その場合、彼は無作為に選ばれた文字を積み上げた様な姿に見える。”

この指示に心当たりのある女性隊員(マァク信者)が一人いた。

名をイマルスと言う。

急ぎ、既に捜索を完了した世界に戻った。

そこは、他でもない、チャケンダの世界だ。

まるで生け花をしたように、整然と誇らしげに、虚無の地平線一面に椿の花が敷き詰められている。

空中にも椿の花びらが舞っている。

彼女は記憶をたどって目的の場所に走った。

花を踏みつけて足は赤く染まり、頬には花びらが張り付く。

「そう、この辺り。GPS情報は記憶と合致している。」

盛んに周辺を探すが目に映るのは椿の花びらばかり。

「確かに、ここにあった筈なのに…」

彼女が見たものは、既にそこにはなかった。

しかし、それが無くなっていることで逆に自分が見たものはコンスースで間違いないと確信し、マァクに報告をした。

数分後。

マァクがチャケンダの世界に降り立った。彼女の場合、降臨したという言葉を使ってもよい。

この強くチャケンダの力が及んだこの世界においても、彼女の美しさは鉄壁であった。

椿の花園で優雅に歩を進めるマァク。

彼女に踏まれた椿は摺り潰れそうになると、それ以上の変形を拒む。

何故ならば、彼女の足を赤く汚してしまうから。

彼女の近くを漂う花びらは、必ず彼女を避けて進む。

何故ならば、彼女の修道服に貼り付くと、彼女の完璧さを損ねてしまうから。

イマルスはそんな彼女にあこがれ、見とれていた。

「イマルス。ここに、コンスースが居たのね。」

「はい、そう確信します。私が見たものは暗号化されたコンスースと完全に一致します。はじめ、この世界で見つけたときは彫刻の類だと思い見逃してしまいました。悔しく思います。」

マァクはゆっくりと首を横に振る。

「知らなかったのですから、仕方がありません。反省するのは私の方です。私が、もっと早くに気付いていればよかったのです。」

イマルスはマァクの前にひざまずいて祈りを捧げている。

マァクはコンスース捜索隊全員をチャケンダの世界に集めた。

「この世界を起点に、コンスースの捜索を改めて開始いたします。今も彼が暗号化された状態にあるとは限りません。何か変わったこと、気付いたことがあれば、即時に私に連絡をしてください。」

マァクはコンスースに危険な役目を追わせた責任をとろうと必死だ。

しかしその努力は、残念な結果に終わる。


コンスースとチャケンダ、そしてニューオンはコンスースの工房にいた。

チャケンダが暗号化されたコンスースに「本当にいいのか?」と念を押す。

『何を言っているんだ。ボクがそう望むと期待して、お前は自分とボクとの回線だけ有効にしておいたのだろう?』

「君に対して最低限、誠実な態度を見せただけだ。不便が無いようにね。」

『不便が無いようにか。もっとましな言い訳はなかったのかい?』

「今度は僕の質問に答えてもらおう。何故、僕達の様になりたいと願う?」

『お前たちの言い分も聞いてみようと思っただけだ。』

「君こそもうちょっとましな言い訳を考えた方が良い。」

『ジェジーのおかげで多少の知識はあるんだ。化け物になっても人格を失わないだろうということは予測ができている。それにボクが化け物になっても、ニカイーは変わらず友人として接してくれる。』

「コンスース。」

『なんだ?』

「君が僕達の様になったら、の、話をしよう。」

『?』

「先ず君は、僕達のあの姿を化け物と認識することはない。次に、ニカイーは君を友人と思い続けるかもしれないが、君が彼を友人と思い続けるかははなはだ疑問だ。」

『ニカイーはボクの永遠の親友だ。』

「君は彼が…むしろニカイーが化け物に見えるかも。」

『そのあたりは水掛け論だな。ボクは彼との友情にこれっぽっちの疑いもないよ。なぁ、早く始めてくれないか?』

「まぁ、実際に僕達の立場になってみたらわかるよ。」

コンスースはてっきりチャケンダが彼を化け物にするのかと思った。

しかしチャケンダはコンスースの横に避けて立ち、代わりにニューオンがコンスースの前に歩み出て来た。

「いきなりチャケンダのレベルまで変革をすると大きな痛みを伴うから、私があなたを侵食するわ。」

『キスでもしてくれるのかい?』

チャケンダはニューオンの腹部に手を差し込み、彼女を化け物化。続けてコンスースを復号化、単分子繊維製の上着をマスキングして分離。最後にROM化を解除した。ハッカーらしい手際の良さだ。

下着姿のコンスースが呆然と立ち尽くしている。

既に飛んできていた7本の矢が、コンスースの体に7つの穴をあけた。コンスースは体の体積の60%以上を侵食されてしまった。

コンスースは苦痛のため海老反りになる。

チャケンダが首なし鶏の胴体に腕を突っ込むと、化け物はスーツ姿の知的な美女に戻った。

ニューオンがコンスースにアドバイスをする。

「コツは逆らわない事よ。変革を拒むと長く苦しむわ。きっと、イェトと言う少女がそうであるように。違ったかしら?」

「いや、あっている。イェトはチャケンダがもたらした苦しみに耐え、今も人間の姿を保っている。」

「まさか、あなたも心の痛みに耐えて人間の姿でいるつもり?」

チャケンダが「どちらでもいい。間もなく本物の化け物が来る。撤収だ。」と彼女の腕をとり、チャンネルを切り替えてコンスースの世界を去った。

「残念ながら、痛みに何日ももがいている時間はない。あいつの、ボクの親友の顔を見たら、取り敢えずボクは化け物になるよ。」

ニカイーとイェト、そしてプライマリがコンスースの世界に到着した。

「コンスゥーーーーースッッ!!」

人影が見えた、彼に違いない。俺は走った。彼が心配で、全身のリミッターがふっとんだ。全力で走るイェトに離されずについて行けるほど、100%を超えて走った。

「うそ…」

イェトの足が鈍る。俺はイェトを追い越して走り、目の前の光景が信じられなくて、涙を流しながら夢中で走った。

「コンスース…嘘だろ?」

彼の体の大部分が侵食されている。大好きなコンスースがお花畑の化け物になってしまう。

「ニカイー、遅いよ。やっと来てくれたか。」

彼は苦痛に耐えて笑顔を作っている。

コンスースは俺と再び会えて、本当にうれしかったのだ。

それを伝えるために笑顔を作った。

「お前も俺とイェトが助ける。痛みに耐えて人間の姿を保て。」

首を横に振るコンスース。

「俺には役目がある。すぐに化け物になるよ。」

「やめろ…やめてくれ…」

「化け物にならなければ、チャケンダを理解できない。ボクがチャケンダを捕まえる手掛かりになる。奴のしっぽをつかんで見せる。」

彼は化け物の姿に変化しながら「必ずメッセージを送る!それから君たちのターンだ!任せたぞ!」と言い残した。

彼は巨大な白い馬になってしまった。

口は胸まで裂け、肋骨は全て皮膚の外に突き出し、背中に羽が生えている。

目は四つ、太陽のような強い閃光を放っている。

俺はイェトがショックを受けたに違いないと心配したが、何のことはない。俺の方が数倍ショックを受けていた。

「嫌だあああぁぁ~~~~~~っっ!!!!」

彼の世界が無になってゆく。

空の色は失われ、虚無の地平線が広がる。

そして───ゼラニウムの花が咲き乱れる。昔、何度か見た、お花畑化だ。

何もなくなった虚無の空を、唯一、俺の悲鳴が満たす。

叫びすぎて、上下の間隔を失い、転倒しかけたところをイェトに抱き支えられた。

プライマリが俺とイェトにそれぞれ袖搦そでがらみと札を差し出す。

「俺にコの字をROM化しろって言うのか?」

プライマリは俺を標準出力にして、テキストデータを送ってくる。

『我々の目的は人類の保全だ。』

「俺はコの字をROM化したくない。」俺は完全に駄々っ子になっていた。

『お前がCHMODチェンジモード執行を拒否した場合、我々はプランBを実行せざるを得ない。』

「プランBってなんだ?」

『出来れば実施したくないし、人類に伝えたくもないプランだ。』

イェトが俺を殴り飛ばした。

「何をべそべそしているの?やるわよ。」

「やるって何をだ!何をするのか判っているのか!?」

イェトは俺の頬を容赦なく張り飛ばした。

「彼を信じて。コンスースは頭の良い男よ。きっと考えがある。」

「俺はコンスースも…お前のことだってROM化なんかしたくはない。化け物になったって、俺の世界で暮らせばいい。」

『執行の拒否と断定してよいか?』プライマリの冷たい台詞が直接俺の脳に送られてくる。

「気持ちを強く持って。コンスースもわたしも、両方アンタとわたしが助ける。いいわね?」

俺はプライマリの手から袖搦を受け取った。

「コンスース、信じているぞ。俺はお前をROM化する!」

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