表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お花畑  作者: イカニスト
7/11

チョリソーとオウフ

題名「お花畑」

第一章「根拠の塔編」

第七話「チョリソーとオウフ」


ケチェが主張する楽園派の思想はこうだ。

「新しい惑星に行く必要なんかない。今、我々が存在する、この仮想世界こそが人類の楽園なのだ。人類は未来永劫、この楽園で恒久的平和を享受すべきだ。」

進化派の代表ツワルジニは、この主張を次のように罵った。

「臆病で怠慢な変わり者が主張するように、この世界は楽園だ。新しい惑星に到着するまでの時間をつぶすのに、これ以上の場所はない。だが、永遠に居続けようとするなら、ここは実際、地獄だ。この世界は物理的にも学術的にも閉じていて有限だ。それに複雑で大規模な存在を想像も維持もできない。例えば地球にはそこら中にあった500メートルを超える建造物が有限幻界には無い。出来ないからだ。人間には進化が必要だ、進化は人類という種の唯一の糧だ。進化し続けることが人類の証だ。進化できない場所に居続けるということは、人類にとって自殺と同意なのだ。」

この声明の一節「500メートルを超える建造物が有限幻界には無い。」はその後、楽園派を否定する決め台詞になった。

実のところ変人のケチェはツワルジニの反論なんて全く意に介しては居なかった。

他人に何を言われても全く動じない男。

彼は言いたいことを言い、その代わりに他人にも言いたいことを言わせる。

彼ほどの男ならばそれでいい。

しかし、多くの俗人にとって、好き勝手からかわれ放題と言うのは、なんとも腹に据えかねることなのである。

だから、楽園派の支持者は進化派の連中に言われ放題で、全く悔しい思いをしていた。

そんな時、建築家のスパイタがケチェに高さ600メートルの複合施設を建造する計画を持ちかけた。

ケチェはこの計画に大いに興味を持った。特に「有限実装のバグを逆手にとって、僅か20人で計画を成功させる。」という説明に心が踊った。

この20人という人数は、実は多めにサバを読んでおり、計画発表時には14人に改められた。

この塔は楽園派の思想を支え忌々しい進化派の反論を打破するシンボルとなった。

「”500メートルを超える建造物が有限幻界には無い”だって?俺たちは600メートルの塔を建造するぞ!」

「そうしたら、進化派の連中はとんだ嘘つきだな。」

「奴らは俺たちにとんでもない言いがかりをつけてくれた。」

「俺たちの思想には形を伴った根拠がある。他の派閥にはそれがあるか?」

楽園派の信者たちは勢いづく。

そしていつの日か、この高さ600メートルのまだ見ぬ建造物は「根拠の塔」と呼ばれるようになった。

もし根拠の塔の想像が成功したならツワルジニの面目は丸つぶれとなる。

だから声高に楽園派に異論を唱えていた進化派は、根拠の塔を妨害するチャンスをうかがっていた。

そこに丁度良くチャケンダの騒動が起こった。

進化派にとっては全く渡りに船、これを利用しない手はない。

センシェン ガベジの二人、根拠の塔のイメージキャラクターも務める、まさに計画の要石。チョリソーとオウフ。

二人は今、虚無の地平線にウツボカズラの花が咲く、お花畑の世界に居る。

好き好んで、こんなところに来る者はいない。

チャケンダの信者を自称する仮面の男3人に襲撃されている。

「痛い目を見たくなければ、大人しく捕まれ。」

真ん中の少年がその様に脅した。

しかし、銀髪の少女二人が動じる様子は全くない。

むしろオウフは「台詞がだっさーい。」などと、ため息をついている。

チョリソーに至っては「私たち二人相手にあんた達程度が3人?」と、かなり苛立っている。

「念押しだけど、あんたらはわたし達を拉致するつもりなのね?」

チョリソーの冷め切った視線と低いトーンの声に少年はうろたえている。

「そ!その通りだ。覚悟しろ。」

そう言い放った直後、「あ。」と真ん中の少年は驚きの声をあげた。

右に立っていた男が、チョリソーのラリアットで地面に長く伸びてしまった。

彼女は全く余裕綽々で、やや乱れた長い銀髪をかき上げて整える。

オウフがきゃぁきゃぁと喜んでいる。

そして可愛らしくガッツポーズをし、内股でしゃがみ込んでジャンプ。

空中で2回体をひねった。

「え?」真ん中の少年はまたもや驚きの声をあげる。

左に立っていた男が、オウフの踵落としで、ズンと膝をついて前に倒れてしまった。

彼女は嬉しそうにピョンピョンとはね、チョリソーとハイタッチをした後、無邪気に両手のピースサインをふっている。

「残りは一人ね。」チョリソーが邪悪な微笑みを作り、仮面の少年を見下す。

少年は最初声が出せず、口をパクパクとさせてチョリソーとオウフを交互に指さした。

「お、お前たち!何者だっっ!!」

声をキンキンと裏返して狼狽し、足はもう勝手に後ずさりをしている。

「坊やはお姉さんが何者だと思うぅ~?」

チョリソーが飴玉を舌先で転がしながら、少年の頭に手を置こうとする。

「触るな!」

少年は彼女の手を払いのけた。

それが恐怖から出た行動だと判っているから、チョリソーはニタリと顔を崩して少年を小ばかにした。

それで少年はカチンと来た。

「フ、フン!お前たちなんてちょっと聞きかじりの、体術の真似事ができるだけのビッチだ!そんな汚らわしい者が僕の高貴な頭に気安く触るな!」

チョリソーが少年を威圧する悪人の顔でヒヒヒと喉を鳴らした。

「やーねーこの子ったら。よっぽどお姉さんのお仕置きがお望みなのねぇ。」

オウフが「子供相手に大人げないわよ。あんまりからかわないの。」とチョリソーの袖を引く。

大人げないと言っても二人だって姿は17歳。見た目の年齢は少年と何歳も違わない。

「ねぇ、オウフ。お仕置きは痛いのと恥ずかしいの、どちらがいいと思う?」

チョリソーは新しい飴玉を口の中に放り込んだ。

「それはもう恥ずかしいのに決まっているわ。痛みなんて一瞬だけど、恥ずかしいのは記録に残しておけば一生使える…」

つい、芸人根性が出てボケてしまった。

「…――っわーっと。もう、これくらいで勘弁してあげましょうよ。私たちもスケジュールがあるし、早くこの子をマァクに引き渡してしまいましょう。」

マァクの名を聞いて脂汗を流して凍り付く少年。

俺は人間社会と言うのはお互いに共通の規律や規則を必要とするのだろうなと、しみじみ思う。

数十年かけて得た信頼をもって、マァクはその規律や規則になった。

彼女が暴君になり下がらない限り、謙虚で真摯で公平である限り、もしくは残された2310名が新しいルールを確立するまでは、彼女は人類の規律であり規則だ。

「ひぃぃいいいいっっ!!!!」

少年は目を血走らせて逃げ出した。

チョリソーとオウフはお互いに目で合図をして、少年を追った。


少年がチャネルを切り替えて逃げようとしたので、チョリソーとオウフは両側から少年のズボンの縁を掴んだ。

「こら!お前たち!放せ!!」

たどり着いた世界で、少年のズボンは真ん中から裂けてしまった。

「うわああああっ!」

叫んだところでどうにもならない。

パンツもゴム紐がいいように伸びてしまった。

それを手で押さえる。

少年の二の腕にチョリソーの手が迫る。

「ひぃっ!ひぃいっ!」少年は抑えている手がずれて、パンツが今にもずり落ちそうになり、尻がはみ出していることにも気づかず、一目散に逃げだした。

「ねぇ、どうするの?」

オウフがチョリソーの顔を覗き込んだ。

「パンツも引き裂いてしまって、どこか高いところに逆さまに吊るすってのはどうかしら?」

小さな口に3つも飴玉が入っているので、チョリソーはじゅるじゅると話す。

オウフがかわいらしく、両腕をぶんぶんと振る。

「私が聞いているのは、どうやって捕まえましょうかってことよ!」

二人でプチ漫才をしている間に、少年はだいぶ先に逃げてしまった。

先ずは追わなければいけない。

長い銀髪をなびかせて、少女二人がその世界を駆け抜ける。

何とも変わった世界だ。

ここは子供じみた風景の世界。

空はクレヨンで描いたような水色。太陽も子供がクレヨンでグルグルと描いたようだ。

地面は紙粘土に絵の具を混ぜたような淡い茶色。

水彩絵の具を溶いたような水が流れる川を、巨大な割り箸を輪ゴムで結合した橋が渡る。

情けないことに3分も経たないうちに、逃げている少年の息はあがり、二人の接近を許す。

「「はい確保。」」

二人はよりにもよって、少年のほとんどずり落ちているゴムが緩んだパンツを、両側から掴んだ。

しかし、少年にはまだ策があった。

「あそこまで行ければ。」

「あそこって?」

「あそこまで行ければっ!!」

少年は大胆にもパンツを脱ぎ棄てて走った。

アイドル二人の前を真っ白なお尻がぷりぷりと遠のいてゆく。

少年は下半身すっぽんぽんのまま、最後の気力で全力疾走。

流石にあっけにとられたチョリソーとオウフも後を追う。

「ひぃ!ひぃっ!」少年は最後の力も使い果たし、地面を這って、レゴブロックでできた一件の家に転がり込んだ。

閉まりかかったドアを跳ね開けて、チョリソーとオウフも迷わず薄暗い玄関に飛び込んだ。

これが迂闊。

「「きゃあっ!?」」

足元のブロックがバラバラと崩れた。古典的な落とし穴だ。

3メートル近く落ちた。

少年がやってきて、レゴブロックでできた格子で床の穴に蓋をしてしまった。そして、息が切れているので何度もせき込みながら、高笑いをして去ってゆく。

二人は試しにチャンネルを切り替えて見たが、思った通り無駄だった。この落とし穴はビートウドゾーンだ。あの少年はこの世界のあるじである可能性が高い。

「なによ、こんなオモチャの牢屋で、閉じ込めたつもりなのかしら。オウフ、脱出するわよ。」

チョリソーがオウフを肩車して立つと、天井の格子に手が届いた。格子をぐいぐいと押す。

「?」

「どうしたの?」

「ピクリとも動かない。」

「ただのおもちゃのブロックなのに?」

「やっぱりここはあの男の世界なのよ。このブロックはあの男にしか扱えないって言う設定なのよ。」

「してやられたわね。」チョリソーはじゅるじゅると答えた後、ため息をついた。

「ねぇ、接点ちゃんならこの格子を動かせるんじゃない?」

「接点ちゃんは今、ニカイーと一緒にチャケンダ退治よ。」

「そうだったわね。ニカイー達も忙しいんだっけ。」

「取り敢えずあなたはツイカウに連絡しないと。」

「そうね、心配させちゃうけれども。」

「彼は紳士だし、オウフのことを愛しているから、きっとひどくショックを受けるわ。だから慎重に言葉を選ぶのよ。」

「そうね。判ったわ。」

オウフはツイカウに音声通話のインスタンスを送った。チョリソーも通話を聞けるよう、彼女にはライブ音声オブジェクトを送る。

2秒も待たずに彼につながった。

『やぁ、オウフ。愛してるよ。』

俺はさも当然のように、まるで空気を吸うようにその様な言葉を吐く輩を信じない。なぜそんなにさり気なく口にでき、なおかつ100%の確率で周囲に受け入れられるのだ。

俺がイェトにそんなことを言ったら、熱でもあるのかと心配されてしまう。

「わたしも。…でね、」

『なんだい、言い難そうに。ああ、ひょっとしてナゾナゾかい?』

「そうじゃないの。そう、ちょっとした厄介ごとが起こったの。」

『ああ。そういう事か。いいよ、何だか知らないが僕に任せておけ。今、何処に居るんだい?すぐに会おう。僕が相談に乗るよ。』

「それが…分からないの。」

いよいよ彼女の言葉が確信をつかんとしている。そこへ二人の中ではお姉さん格のチョリソーから忠告。

「オウフ、言葉を選んで。」

彼女は小さく頷き「悪漢に拉致されちゃった。てへっ。」と、可愛くて舌を出した。

チョリソーは盛大にずっこけた。

”拉致”って言っちゃってるじゃん。言葉選べてないじゃん。ただ、あんたが可愛いだけじゃん。

音声通話オブジェクトの向こうから、嫌味のない笑い声が聞こえてくる。

『誘拐ごっこかい?可愛いね。』

完全に誤解をされてしまった。話はややこしくなってしまったようだ。

チョリソーからオウフに”話を戻せ”という指示。

オウフはややテンパりながらうんうんと頷く。

「違うの。」

『いいよ、分かってる。』

判ってない。

言葉なんて選んでいられない。この期に及んだら、むしろズバリ直球をぶつけなければ。

「ツイカウ、信じて。今、レゴブロックの牢屋に閉じ込められているの。」

もう、オウフが真剣に話そうとすればするほど、聴こえてくる笑い声は大きくなる。

オウフの声が可愛すぎて、深刻な話に聞こえないのだ。

『じゃあ、牢屋の番人はスパイディーのフィギュアかい?』

このやり取りにいら立ったチョリソーがバリンと飴玉をかみ割った。

チョリソーが音声通話のインスタンスをクリエイトしてオウフに送る。そして苛立った表情で顎をしゃくる。

オウフはお怒りのお姉さまにびくついて、少々焦って自分とツイカウの音声通話オブジェクトのセッターに彼女のインスタンスを食わせた。これで3人同時に話せる。

「ツゥーーーイカァーーーウ。わたしが判るかしら?」

「チョリソー、違うの。わたしがちゃんと話せなかったの。」

「あなたは黙っっっっっってなさいっ!」

オウフはしゅんと小さくなってしまった。

『や、やぁチョリソー。君がカンカンってことは、つまり…え?ウソ!?マジ?』

「おおマジよ!!本当に!!私たちは!!悪漢に!!拉致!!されたのっっ!!」

『それは…悪かった。』

俺はこの時のツイカウの姿をぜひ見てやりたかった。引きこもりのひがみ根性と言われても構わない、クールガイが困る姿を一目見てやりたかった。

「悪かったじゃないの!よくお聞きなさい、平和ボケのおバカさん。わたし達はチャケンダの信者を名乗る3人に襲われ、二人を倒した。残る一人もとっちめてやるつもりが、落とし穴なんて古典的で子供でも作れる罠にひっかかってもう最低。そこはビートウドゾーンで、おまけにどうやら出口の格子は接点ちゃんじゃないと開けられそうにない。自分たちが誰の世界にいるのか全く分からない。記憶にあるのはクレヨンで書いたような空と水彩絵の具のような川。その何処かもわからない世界のレゴブロックの家の床下に閉じ込められている。他に何か質問は!?」

『あ、ありません。』

「ツイカウ。悪いけど、頼れる人があなたしかいないの。」

『解っている。必ず、君たちを助け出すよ。』

チョリソーが音声通話オブジェクトを破棄した。

チョリソーお姉さまの剣幕に、やむなく正座して待機していたオウフが立ち上がる。

「ツイカウ!」

『ああ、僕のオウフ。待っていてくれ。』

「うん。」オウフの頬を涙が伝う。オウフはツイカウの言葉を信じている。安堵の涙。

終話後、ツイカウはリビングのソファーをずらし、隠してあった床下収納庫の鍵を開けた。

「万が一の時の為に想像しておいたが。まさかその万が一が起こるだなんて。」

床下からダッフルバッグを取り出して背負った。

彼は先ず、ニカイーのパン屋へ向かった。チョリソーによれば格子を開けられるのは接点だけ。つまり接点が居ないと話にならないからだ。

しかし、パン屋に到着後。残念な事実を知り唖然。

「ニカイーも接点も、出かけてしまって居ないだって!?」

パン屋に居たのはジェジーただ一人だった。

「ああ、チャケンダを捕える為、ニカイーとイェトは最後の賭けに出た。僕はその支援をしている。」

「そんな!こっちだって大変なんだ!」

ツイカウは天を仰いだ。


ガーウィスの店。

「がああああっっ!!」

俺の目の周り、ガーウィスの機械が触れていたところから血を流して、俺は床に倒れた。

ガーウィスの機械は爆発し、その爆風で俺とガーウィスは壁まで吹き飛ばされた。

「ニカイーすまん。どうやら爆発するタイプだった様じゃ。」白髪の発明家は頭を押さえながらふらふらと立ち上がった。

「ニカイー!」

イェトが駆け寄ってきて、俺を抱き起こす。

「手に入ったぞ…」

「え?」

「チャケンダの居場所の物理アドレスが手に入ったぞ!」

それを聞いて、ガーウィスが目を丸くして驚いている。

「本当か!?本当にわしの機械が世界の壁を超えたのか!?なんてことだ!信じられない。やったぞ!」

彼が驚くのも無理はない。何故なら世界をまたぐ位置情報の検索は基本的に、人類の技術では不可能だからだ。そんなことができるのならば、幽閉されたチョリソーとオウフの居場所はすぐにわかるし、仮面の少年だって何の対策も講じないわけがない。

多少、物理アドレスについて説明しておこう。

まず、俺たちが地球で使っていた幾つかの便利な機能はこの世界でも使えるようになっている。有限実装がエミュレートしているからだ。

そのエミュレートが問題で、融通が利かないというか、運用上の深刻な不都合が無い限り、地球で用いられていたそのままを正確にエミュレートしているのだ。

位置情報も同様で、これが地球の仕様そのままだから”世界”と言う属性が無い。

当然である。2312の世界を有するこの仮想空間の事情を、過去の地球のシステムがあらかじめ予想をつけて組み入れているわけがない。

だから自分の位置情報を求めると、3次元の座標位置を取得できるが、それがどの世界のものであるかはわからない。

エミュレートされている代表格の機能の一つ、トトクーリエでも”世界”なんて情報は取り扱っていない。だからどの世界かを相手に伝えたいときは”誰の世界かを示すテキスト情報”または”物理アドレス”を添付する。

この物理アドレスは「チャンネルを切り替えて他の世界へ移動する機能」を用いるときに偶然発見された。

この機能は地球には存在せず、新規に追加された。

個人的に疑問なのだが、そもそもなぜこの仮想空間は、個別の小さな世界に分割されているのだろうか?

大きな一つの世界にすれば、この様な問題は起こらなかったのに。

まぁいいさ、話を戻そう。

チャンネルを切り替えるとき、俺たちは任意のキーワードを指定できる。世界の主の名前だったり、Global Individual Numberだったりだ。

地球産のトトクーリエは動画や音声データも検索キーに使えるが、チャンネルを切り替えるときはテキストデータだ。

チャンネルを切り替える先の候補が複数ある場合がある。これが実際に行ってみないと分からない場合も多々あり、とても不便だった。

その不便な機能はリサイデュアルモデムでメソッドをコールして使う。皆、そのメソッドに戻り値なんてないと考えていたのだが、実はオブジェクトを一つ返すことが分かった。

そのオブジェクトが物理アドレスである。

おっと俺としたことが、ここはもう少し平たく説明しよう。

他の世界へ移動すると、移動先の世界の物理アドレスをもれなく頂ける…それだけ判って頂ければ十分だ。

物理アドレスの内部情報を解明できた者はいない。ひょっとするとチャケンダは別かもしれないが。

しかし、チャンネルを切り替えるメソッドに引数として物理アドレスを与えると効率よく目的の世界にたどり着けることが分かった。

また、物理アドレスはトトクーリエでも取り扱えた。”その他の形式のデータ”という取り扱いだが。

以後、皆が物理アドレスだ、物理アドレスだと、便利に使うようになったのだ。

また、この説明でチョリソーとオウフが物理アドレスを持っていない理由も理解していただけたと思う。二人は少年の衣類や手回り品と同じ扱いでその世界に行ってしまった。チャンネルを切り替える関数を自分で呼び出さなければ、返却値である物理アドレスは得られない。つまり彼女たちは現在、その世界を示す何の情報も持ってはいないのだ。

頻出する単語”チャンネル”の説明もついでにしたいのだが、どう書いたら簡単だろうか?

そうだな…

俺たち人類の本体は保全機能によってどこかに厳重に保護されている。

どこかは俺達にも知らされていない。

俺達の思考は特別な経路で仮想空間に接続されている。

厳密には仮想空間の特定の記憶領域に接続される。

この記憶領域は世界ごとにそれぞれプロテクトされている。

俺達が世界を移動するとき、この経路を切り替える必要がある。

そしてこの経路を俺達は”チャンネル”と言っているのだ。

世界を移動する=チャンネルを切り替える。俺たち人類は後者の表現を好んで使うようになった。

延々と脱線した。

いや、脱線ではない。

俺たち人類の技術で仮想世界の世界をまたぐシステムを作るのが、どれだけ困難かって話。

そういう解説を、物語の流れを放り投げて、びたっと止めてしまってSF設定を延々と語る。

金をとる小説ではまずできないだろう。だからやってみたかった。

全10話の構成を眺めまわして、7話のここしかないとピンポイントで突っ込んだ。

やりたいことはやった。

さぁ、話を続けよう。

人類の技術の前に立ちはだかる、世界の壁。

ガーウィスがいかなる手段でその世界の壁を突破したのかはわからない。

だが、世界の壁を超えた彼の発明品が、利用者に多大なる負担を課すということは身をもって知った。

俺は目の周りから血を流しながらも一度は立ち上がったのだが、苦痛に顔をゆがめ、足を滑らせた。

「ニカイー、大丈夫?」

イェトに抱きとめられる。

「ああ、問題ない。」

またもや壊れてしまったガーウィスの機械を見やる。

次にこの機械が使えるのは、また一ヶ月以上先。

イェトの顔を見る。

それまできっとイェトは持たない。

つまりこれが最後のチャンス。二度目はない。

「時間が無い。すぐに行こう。」

このタイミングでツイカウから着信。

引き籠りバカの俺がクールガイと話すことなんて一切ない。無視してやりたいが、この時ばかりは嫌な予感がして音声通話を開始した。

『チョリソーとオウフが拉致された!』

なんという弱り目に祟り目。こっちはイェトとコンスースのことで手一杯と言うのに。

しかし、センシェン ガベジのファンとして、チョリソーとオウフの友人として、この大事は放っては置けない。

ツイカウはなおも訴える。

『君たちが大変なのはわかっている。だから二人は僕が何とかする。しかし、どうしても、接点の協力が不可欠なんだ。君のパン屋で待っている。』

時間が無いてぇーのに。どうする?どうする!?

「ガーウィス!奥の部屋を借りるぞ。イェトはついてくるな。」

プライマリを担いで運び、閉じられた部屋に二人だけの状態を作り、彼女の頭部を覆うベールをはぎ取る。

「セカンダリをツイカウの処に向かわせろ。」

プライマリはゆっくりと首を振る。

「だめだ。セカンダリはあくまでも私の予備。二人同時の運用は基本的に許可されていない。」

「そうか。」

プライマリに壁ドン。

俺は彼女を脅したつもりなのだが、何を勘違いしたのか、彼女は頬を赤らめて目を伏せ、両腕を背中側に回し、”早く脱がして”と言わんばかりに彼女のつつましい胸を突き出した。

いかぬ。完全に雌犬モードだ。

待ちきれないようで、表情もだんだんとキス顔になってゆく。

「プライマリ。」

「なんだ。」

「お前、俺のこと嫌いだったよな。嫌いな男に体を許すつもりか?」

「心の意見と体の意見は別だ。何の問題もない。早くしろ。」

ちびっこが何を言ってくれているんだ。

「ビッチが。」

俺は彼女の目を覚まさせる目的で、かるくビンタをした。

しかしプライマリは「そういうプレイは追々にと思っていたが、悪くはないぞ。」などと逆に乗り気。

本当に俺とプライマリは細かいところまでとことん気が合わない。心はすれ違いっぱなしだ。

「時間が無いんだよ!!!!」俺は完全にブチ切れていた。

「ああ、判っている。目標5分だ、早くしろ。」

彼女はついに自らパンティーに手をかけた。

判ってない。

「くっそ!」

俺はやむなく彼女の後頭部をつかんで、彼女の顔面を俺の脇の下にうずめた。

彼女の全身から力が抜けたのを確認して、彼女の顔を脇の下からはがした。

その時の彼女の顔を表現するためには15禁を超える単語を並べる必要があるだろう。したがって今回はその描写を断念したい。

俺はプライマリを脅しつけた。

「セカンダリを動かさなければ、今後一切、俺の脇の下には潜り込ませないぞ。絶対にだ。」

彼女の体はびくっと一回こわばり、くきくきくきと油切れの自転車みたいな動きの悪さで顔を俺の方へと向けた。

きっと「信じられない」とか「悪魔」などと言いたいに違いない。

まぁなんだ、兎に角、効いている。

プライマリはそわそわとしだした。

「ツイカウは俺のパン屋に居る。」

そしてついに、彼女はセカンダリと通信を始めた。

「セカンダリ、緊急事態だ。今すぐにニカイーのパン屋に行き、ツイカウと言う男に手を貸せ。」

通信を終了した後しばし間があり「今回だけは例外だ。接点二体の同時運用を行う。」とプライマリはため息をついた。

「これで話はついたな。」

プライマリが何かを狙っている。

俺はため息をつきながら、右ひじをちょっと持ち上げた。

プライマリが半べそをかきながら俺の体側に抱き付き、脇の下に頭を押し付けている。

彼女の頭にベールをかぶせた。

「時間が無い。行くぞ。」


俺のパン屋にセカンダリが到着。

ツイカウとジェジーは”クレヨンで書いたような空と水彩絵の具のような川”に合致する世界をオンライン検索で探していた。

ツイカウが小さな少女の到着に気付く。

「接点さん。来てくれてありがとう。心から感謝する。」

彼は手を差し出したが、セカンダリは反応なし。当然だ彼女たちは仲介者である俺以外とはコミュニケーションをとろうとはしない。

ツイカウは笑顔で手をひっこめた。

「僕としたことが、すまない。接点と言う存在についてはよく理解している。君はやむを得ない問題にしか手を貸してはくれない。だが判ってくれ。この仮想世界始まって以来と言っていい、人類の手による犯罪が起こったのだ。もちろん、その決着は僕たち人類の手でつける。しかし、やはり、この世界の仕様上、君たちのroot権限に頼らざるを得ないことがあるのだ。助けてほしい。」

二人の向こうでジェジーが天を仰ぐ。

「だめだ!検索エンジンに拒否設定をしている世界かも。」

ツイカウはつかつかとジェジーの方へ歩き、彼の肩をつかんだ。

「ジェジー、僕はたとえ2310ある世界全てを探し回っても、彼女たちを見つけ出すぞ。」

ジェジーはツイカウに肩をゆすられてずれた眼鏡の位置を直す。

「冷静になれ。それにはどれだけの時間がかかるんだい?」

「僕はオウフに約束をした。チャケンダの信者め。」

「そこも疑問だ。」

「チョリソーがそう言った。」

「”自称”の筈だ。僕が研究し心得ている範囲で言えば、チャケンダもその信者もアイドルを拉致するようなまねはしない。」

「チャケンダは根拠の塔の日に何かを企んでいるとうわさで聞いた。」

「耳が早いな。」

「その関係かも。」

「ああ、二人が誘拐されたのはその関係かもしれない。しかし、そうすると目的は根拠の塔の妨害。これがチャケンダの目的と考えるのは、ちょっとしっくりと来ない。」

「じゃあ、誰がやったっていうんだ?」

「少し時間をくれ給え。もうちょっとで全ての情報がつながりそうなんだ。」

「分かった、頼りにしている。」

そうは言ったがツイカウはオウフのことが心配でたまらず、じっとしていられずに、無駄にダッフルバッグを開いて中身を確認し、再び閉じた。

そして思いついたように「スパイタにこの件を説明すれば、応援を頼めるかも。」と、ジェジーに提案した。

ジェジーはこの提案には難色を示す。

「話を大事おおごとにするのは得策ではないよ。犯人の狙いが本当に根拠の塔の妨害なら、ケチェやスパイタが動き出した時点で、捕らわれている二人に何をするかわからない。この世界に居る限り僕達に死はないが、死より恐ろしいことはあるかも。」

ツイカウは言葉を失う。

「ツイカウ、焦るな。もう少しだ。もう少しだけ時間をくれ。」


レゴブロックの家の床下。捕らわれのチョリソーとオウフ。

壁際に座り、チョリソーがオウフの頭を抱き、撫でている。

足音が近づいてくる。怯えるオウフ。

「大丈夫。」

足音が止まり、仮面の男二人が格子の外から覗き込み、すぐに去って行った。

オウフはチョリソーの胸に顔をうずめて、恐怖に耐えている。

「今顔を見せた二人は、ひょっとして私たちに秒殺されたでくの坊さんかしら?」

チョリソーが煽ると、二つの足音がバタバタと戻って来た。

「あら、当りだったかしら?」

仮面の男が格子を蹴飛ばす。

「図に乗るなよ。」

「格子越しだと強気なのね。」

仮面の男の片方は少し冷静で、もう片方を連れて帰ろうと腕を引くのだが、振り切られてしまった。

「黙れ!何もできないくせに。」

「あら、そんなことないわよ。」

チョリソーは飴玉を指ではじいた。

飴玉は格子の外に出て、仮面の男の間を通過中。

仮面の男たちは飴玉を目で追っている。

「バァン。」手を銃の形に握ったチョリソーがそう合図掛け声をかけると、飴玉が砕けてそれぞれの破片が鋼のような強度を持ち、二人の男の顔面を襲った。仮面が砕け散る。

男たちは慌てて顔を手で覆い、顔を見られない様に格子から離れた。

片方の男が銃を持った手だけを格子から檻の中に入れ、狙いもつかないまま引き金を引く。

兆弾に悲鳴を上げるオウフ。

チョリソーは冷静に狙いを定めて、飴玉を弾く。

飴玉は男の手を吹き飛ばし、銃が檻の中に落ちて来た。それをチョリソーがキャッチ。

「はい、拳銃ゲット。この調子で格子の鍵も落としてくれると嬉しいのだけれど。」

格子の向こうで男が悲鳴を上げている。

「どうせそのうち復旧するのだから、ピーピー泣くんじゃないの。」

男二人の話し声が聞こえてくる、どうやら片方が熱心にもう片方を説得しているようだ。

「なぁ、聞いてくれ。」単細胞の方はうまく説得されたようだ。今までとは違う、落ち着いた声色。

チョリソーは声が聞こえてくる方に飴玉を弾き、格子の外で爆裂させた。

ズダンと男が床に倒れる音がした。足でも吹き飛ばせたのか?

チョリソーは、今度は飴玉を5つ同時に放り投げた。

飴玉が格子を出たところで「まってくれ!」と声を裏返した情けない悲鳴が聞こえて来た。

5つの飴玉のうち2つは格子の外の床に落ち、残り3つは檻の中に戻ってきた。

チョリソーが3つともキャッチする。

「二人とも、冷静に話を聞いてくれ。俺たちは君たちに危害を加えるつもりはない。時が来たら、君たちを開放する。」

「時が来たらって、いつよ?」

「根拠の塔計画の実施日の後だ。」

「私たちがそれを了解すると思う?」口の中に飴玉が4つも入っているのでじゅるっじゅると話す。

「頼む、大人しくしていてくれ。」

チョリソーは手の中の3つの飴玉を全て格子の外に向かって投じた。

3つの飴玉を爆裂させると二人の男の悲鳴がした。男たちはなにやら喚きながら去ってゆく。

「これだけやっつけて誰も応援に来ないってことは、見張りは二人だけみたいね。」

チョリソーはツイカウにテキストデータを送った。

”見張りは二人。今、喧嘩を売っておいたわ。あんな腰抜け二人に手古摺ったら許さないわよ。”

チョリソーは敵から奪い取った銃を壁際に放り投げ、ぽてんと座り込む。

オウフが心配そうに寄り添う。

ポケットをまさぐると、飴玉は残り何個もない。

「こんなことならもっといっぱい飴を持っていればよかったわ。100個ぐらいあったら、床ごと吹き飛ばして脱出できたかも。分子配列最適化圧縮ポケットを買いましょう。」

「無理しないで。」オウフがチョリソーの頭をなでる。

チョリソーはオウフの頭を抱きしめた。

「オウフだけは絶対に守るから。」

「大丈夫よチョリソー。ツイカウが来てくれる。」


俺とイェトとプライマリはプピヘという女の有限幻界に居た。

プヒヘは30年程前にイェトとROM化した、お花畑の化け物のうちの一体。

この世界もくちなしの花で埋め尽くされている。

チャケンダはすぐに見つかった。ニューオンも一緒だ。二人とも人間の姿。

距離はおおよそ200m。

俺達に気付いていない。

俺は声を殺して、エントリーポイントから袖搦そでがらみを投じた。

袖搦はチャケンダの腹の真中を貫いて、ROM化されたプピヘに突き刺さった。

吐血するチャケンダ。

3人そろって全力疾走。チャケンダの首を狙う。

50mほど走ると、イェトがギアでも切り替えたかのようにもう一段加速し、俺とプライマリを引き離す。

「イェト!頼んだぞ!!」

「アンタが到着するころには終わってるかも。」

イェトが迫っている。苦しみながら袖搦を引き抜こうとしているチャケンダ。

ニューオンが「先に私をあの姿に!」と、チャケンダの右手を自分の腹部にあてがった。

チャケンダの右手がニューオンの腹部にズブズブと沈み込んで、眼鏡が知的なスーツ姿の女性は巨大な首なしの鶏に変化した。その胴体には無数の矢が刺さっている。

「そのバレリーナは手ごわい。出し惜しみはするな。」チャケンダは吐血に加えて目から血の涙を流しながら、袖搦を引き抜いてゆく。

何処からともなく無数の矢が現れ、イェトめがけて飛んでいく。

実際には矢は鶏めがけて飛んでいくので、鶏が自分と矢の間にイェトが来るよう、必死に動き回っている。

無数と書いたが、これは少々誤解を招く。その言葉から想像されるような、生半可な数ではない。矢でできた壁が飛んでいくようだ。それほど数多くの矢が密集している。

俺は最初イェトの身を案じたが、すぐにそれを止め、代わりにイェトを信じることにした。

事実…

「くだらない。」イェトは札を2枚だけ、矢の壁に向かって投げた。

10本ぐらい矢が消えた。その狭い隙間をイェトはジャンプして潜り抜ける。

一瞬、矢の壁の中にイェトの姿が消え、信じることに決めたのだが、やはり不安になった。

「イェト!」

そんな心配はやはり無用であった。

イェトは無傷で矢の壁の反対側に現れた。

こういう彼女を見るたびに「イェトにはかなう気がしない。」と実感する。戦ったら必ず俺が負けるだろう。絶対に敵に回したくない女だ。

巨大な首なし鶏は、矢の壁を全身に受けて横倒しになり、地面をのたうち回っている。

花以外何もない世界に、くちなしの花の花びらが舞い散る。

巨大な鶏に刺さりきらない矢が、ばらばらと散る。

チャケンダが苦しみながら、袖搦を腹から抜き切った。

俺も200mを走り切った。

チャケンダの顔面を殴り、そのまま地面に奴の頭を叩きつけた。

「君にはうんざりだよ、ニカイー。」

チャケンダが化け物に変化する。巨大な線虫の塊。そのとき俺は右腕を侵食されて失った。

猛烈な心の苦しみに吐きそうになり、唾液や鼻水を垂れ流した。

しかし、俺は耐えきって右腕を復旧した。

「うそっ!」イェトが小さな声を上げた。

彼女は俺を化け物でも見るような目で見た。彼女はチャケンダに小指の先を侵食されただけで、正気を保てないほど苦しみ、お花畑化が始まってしまった。

彼女はチャケンダの浸食の恐ろしさを知った。だから、右腕一本持っていかれて耐えきった俺の強靭さが信じられないのだ。

俺は再生した右腕で、プピヘに刺さっている袖搦を引き抜いた。

チャケンダの上に飛び乗り、俺自身奴の線虫に攻撃されながら、袖搦の先端をドリルに変化させ、化け物の身体を貫き、削り取ってゆく。

イェトはふと空気の流れに違和感を感じて身をひるがえした。

その直後、巨大な鶏が悲鳴を上げる。これは矢を受けた時の反応だ。

何が起こっている?

そう考えて、足を止めてしまった瞬間。

イェトの腕にザクッと矢が刺さり、体重が軽い彼女はその勢いですっころばされてしまった。普通、この勢いで矢が飛んで来たら、イェトの細い体なんて貫通してしまうのだが、ニューオンの矢はクセが悪くて、貫通せずに残るのだ。

腕を見るとガラス製の矢が刺さっている。目に見えないわけだ。

「成程、そうきたか。」札を使って矢を消し、腕の傷を復旧させる。

プライマリは何時もの様に後方で待機している。

「ぬおおおおおっっ!!」

俺は体のところどころ白骨化しながら、激しく回転するドリルを押し込み、奴の体内へと入って行った。

巨大な線虫の塊は激しく苦しみだし、俺を外に吐き出すために、いったんばらばらになった。お花畑に数千匹の線虫が散らばる。

俺は袖搦の先端を芝刈り機の形にし、くちなしの花ごと、線虫をぶつ切りにしていった。

ジェジーからテキストデータが送られてきた。

”気をつけろ、マオカルが向かった。”

直後、俺の足首を銃弾が貫通して骨を砕かれた。

200m先のエントリーポイントからマオカルがハイブリッドハンドガンを撃ったのだ。

俺が銃弾で負傷した体を復旧するそばから、奴は引き金を引き続けて、俺の身体を破壊していく。

だが今は、チャケンダを倒すチャンスなのだ、俺は骨折した足で走り、骨が粉々の手で袖搦を握り、眼球を吹き飛ばされ視界を失っても、記憶に頼って線虫をぶつ切りにし続けた。

イェトもチャケンダにとどめを刺すチャンスと考え、ニューオンの攻撃を無視して、線虫に札を投げ続ける。

首無し鶏とマオカルの銃弾をかわして、まとをチャケンダ一人に絞り、札を投げて俺を援護する。

イェトの札が尽きると、プライマリが新しい札の束を投げてよこす。

俺達は勝利を確信した。プライマリもそろそろ出番かと、前に出てきて袖搦を構えた。

このとき、俺たちは鶏が少しずつ遠ざかって行っているのに気づいていなかった。

チャケンダを倒せる。それで頭の中はいっぱいだった。

突然、すべての線虫の姿が消えた。

代りに、人間の姿のチャケンダが、ボロボロの姿の瀕死の青い髪の青年が、お花畑に横たわっていた。

「観念しな。」

俺が先端を鎌の形に変化させた袖搦を振りかぶったその時、巨大な矢が出現してチャケンダの体を貫いた。

イェトが札を構えた時はもう遅い。奴は巨大な矢に運ばれて地面すれすれを飛び、いや、地面を引きずられて、鶏のところまで運ばれた。

矢は地面に低く寝そべった鶏に突き刺さる。

してやられた。鶏は100m以上離れている。

俺は焦って袖搦の先端を槍の形にして振りかぶった。

イェトは大きく振りかぶって札を束で投げた。

プライマリは既に袖搦を投げている。

息も絶え絶えのチャケンダが人間の姿のニューオンに支えられて、100m先でバイバイと手を振っている。

俺はやっと袖搦を投じた。

イェトの札の束がぶわっと広がって、いったんチャケンダとニューオンを覆い隠した。

イェトの札が飛び去ったあと、チャンネルの切り替えに失敗した二人がそこにうずくまって居る筈だった。

しかし、誰もいない。

「うそだろ?」

俺とイェトが、チャケンダが居たはずの場所に走る。

そこには二人の代りに、ずたずたになった紙人形が地面に横たわっていた。

紙人形の手のあたりにプライマリの袖搦が転がっている。

「なんだぁ?この紙人形は?」

「婚姻届?」イェトは千切れた紙に印刷されている文字を読んだ。

どうやらチャケンダに逃げられてしまったようだ。

マオカルは笑い転げている。

最悪だ。

俺とイェトの最後の賭けは失敗に終わった。

ガーウィスの機械は壊れてしまってもう使えない。

もう、奴の居所を探す手段はない。万策尽きた。

「イェト、残念だが失敗だ。またバックグラウンドに戻るんだ。」

「待って!」彼女は抵抗をする。

「残念だが俺たちの負けだ。」

「やられっぱなしで泣き寝入りなんて、わたし絶対に嫌!」

俺はROM化されたプピヘが俺達をあざ笑って居る様な気がして、むしゃくしゃして、彼女に袖搦を投げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ