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お花畑  作者: イカニスト
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イェト

題名「お花畑」

第一章「根拠の塔編」

第四話「イェト」


ゾンビ野郎をROM化した俺とプライマリはチャケンダの行方を追っていた。

そう、プライマリは線虫の化け物がチャケンダと言う男が変化した姿であると断言した。

「名前までわかっているなら、何故、ブラックリストを使わなかった?」

本来ならばブラックリストという仕組みを使い、特定の人物を簡単に追跡出来る筈なのだ。

地球で運用されていた仕組みで、それはこの仮想世界にもエミュレートされている筈だ。

何故、マァクやトポルコフに頼る必要があったのか?

「使ってみたさ。お前にその管理をさせるつもりだった。」

「俺は高度に知的な業務とか不可能だぞ。」

「安心しろ。メモリリークが起きてブラックリストシステムに再起動がかかった。お笑い草だ。」

「あー。人類の言葉で頼むわ。」

「ブラックシステムが故障した。」

「はぁ?なぜ?」

「お花畑の化け物は人類のスーパーセットだからだ。」

「何度も言うが、人類の言葉で言ってくれ。」

「お前たちがブラックリストシステムに定義した”人類”の枠組みに化け物を収めようとするとパンクする。」

そう言う訳で奴に限っては古典的な方法で足取りを追うしかない。

しかし、やつを発見したという情報はマァクから都度入ってくるのだが、毎回まんまと逃げられてしまう。

奴の逃げ足は速く、奴の代わりに別のお花畑の化け物を7体もROM化した。

「チャケンダはどうやって私が到着するより早く、チャンネルを切り替えることができるのだ?」root権限を持つプライマリでさえ、その点は理解できないでいた。

この過程で、化け物化した人間の有限幻界は例外なくお花畑化することが分かった。

事件は収束の兆しすら見せない。

長期戦になると読み、俺はマァクに化け物が実は人間が変化した姿であると伝えた。

「そう。」

教会の裏の左側の塔。窓のない密室に俺とマァクだけ。

彼女に驚いた様子はない。

「気付いていたのか?」

「可能性の一つとして考えていただけよ。」柔らかい声、優しい微笑み。

「線虫の塊はチャケンダ…あ、」

「どうしたの?」

「会っている…」

思い…出した…

何十年も前のことで、俺は忘れてしまっていた。

俺はチャケンダと会っている。

接点が調べていたハッカー、そいつはチャケンダに違いない。

「…早く何とかしないと。嫌な、嫌な予感がする。」

だがチャケンダはなかなか尻尾をつかませない。このころはまだお花畑の化け物の監視体制がなかったので、化け物の姿のままでも人目につかずに隠れていられたのだ。

俺はプライマリの措置で肉体のダメージを通常の3倍で回復できるように設定された。

化け物との戦闘を少しでも有利に進められるようにと言う配慮だ。

「なぁ、プライマリ。あの化け物って、何なんだ?保全機能にも解らないのか?」

「それについて、多くの情報は提供できない。お花畑と化け物、あの現象の仕組みを我々は把握している。しかし、それを人類に開示すべきかどうかは議論の余地があるのだ。」

「またそれかよ。うんざりだ。」

「一つだけ忘れてほしくないのは、あの化け物も我々が保全すべき2310名に含まれているということだ。我々が保全という言葉を使った意味も考えて欲しい。社会、文化、思想。ただ、人類という生物を根絶やしにしたくないだけなら、ここまで神経を使わない。お花畑の化け物の問題も出来れば人類が自力で解決してほしい。」

「その人類の自力の中に俺は含まれているのか?」

「お前が役に立つならな。」

「安心した。俺は屁のツッパリにもならない。」

「お前は先ず、もじり術を身につけろ。」

マァクから緊急の音声データ。

『チャケンダを発見。ウロソスの有限幻界に急行されたし。』

マァクからの報告は何度目か?ちゃんと覚えている。8度目だ。

まぁた逃げられ、まぁた俺たちが着いた時には奴はもういない。

別な化け物を一体ROM化するだけ。

そう思っても、ため息をいくらついても、行かざるをえない。今は。

袖搦そでがらみを握りしめ、プライマリと手をつないでチャンネルを切り替えた。

たどり着いた世界は湖底。しかし、何故か呼吸ができる。

しかも、水の抵抗や浮力を感じながらも普通に湖底を走れる。

声を出して話もできる。

この世界の物理法則は何かおかしい。

俺とプライマリが走るとニジマスやテナガエビが驚いて道を開ける。

透明度は20m近くありそうだ。

この美しい湖に似合わない醜い連中が前方に見えてきた。

1、2、3…

「おい!なんだありゃあ!!」

プライマリは言葉を失っている。

今までとは違う。

「団体様じゃねーかっ!!」

化け物の数が多くて、数えるのがめんどくさい。ひのふの…チャケンダ入れて13体!?

何がどうなってこうなったのか?

それを考えるのもまためんどくさい。

「プライマリ、今日はちょっと数が多いな。」

「そうだな。」

「お前一人じゃ大変だろう。セカンダリを呼んで交代でROM化やれよ。」

「黙れ。自分の心配をしろ。」

俺は純粋に心配をしてやったのだが、どうやらバカにされたと勘違いをしたようだ。

俺達は互いにこれっぽっちも信頼していない。親切心から出た言葉は曲解されがちだ。

ちっこいプライマリがへそを曲げている。

接点にこんな可愛らしい感情があったとは意外だ。思わず笑みがこぼれる。

「じゃぁよ。普通に突っ込むけどいいな?」

俺たちはチャケンダは真っ先に逃げてしまうと思っていた。

いつもそうだったからだ。別な一体の化け物を置き去りにして、自分の盾に使うように。

だから俺とプライマリは、はなっからチャケンダを除く12体の化け物に狙いを定めていた。

しかし、今回は違った。

チャケンダ以外の12体の化け物。その12体がチャンネルを切り替えて一斉に逃亡を開始。チャケンダ一体が俺たちに襲い掛かってきたのだ。まるで、彼らの盾になるように。

俺とプライマリはポカンと顔を見合わせてしまった。

だが分っている。分っているとも。

確かにいつもとは段取りが違う。が、これは絶好の好機だ。幾度となく俺達に煮え湯を飲ませてくれやがった、あのクソ線虫ダンゴを退治するチャンスだ。

俺とプライマリは狙いをチャケンダ一体に絞った。

「歓迎するぜ、ミミズ野郎。」

俺は何時もの様に無防備に前進。チャケンダが鞭のように振り下ろす線虫に全身をズタズタに引き裂かれた。

「ぐかっ!!」

息が詰まった。この程度の攻撃なら余裕で耐えられる筈だった。いつもの化け物ならそうだった。

肉体へのダメージは他と変わりないのだが、こいつの攻撃の精神へのダメージはレベルが一桁違う。

気を抜くと自我が破壊され、俺と云う個が失われそうだ。

ヤバイ。

俺の精神力は強靭で、お花畑の化け物にどれだけ攻撃されても、余裕をぶっこいて居られる自信があった。

こいつに限ってはヤバイ。

意識が飛びそうな状態。魂は破壊される寸前。薄れぼやけて行く視界。一匹の線虫が俺めがけて飛んでくる姿だけが、局所的にくっきりと見えた。

それを見て「あれ、俺の額を貫くんじゃないかな。」なんて、まるで他人事みたいに考えていた。

ビキ。

鈍い音がした。もう、俺は終わったと覚悟した。額を貫かれて意識を失ったと思った。

最悪だ。化け物13体、全部逃がしてしまった。

「早く体を復旧しろ!」

その声に目が冴えた。

プライマリがその小さい体で俺の盾となり、袖搦を振りまわして、攻撃を防いでいる。

「俺のことが嫌いなんだろう?負ける姿を笑ったらどうだ。」

朦朧としながらも、俺の口からは達の悪い台詞しか出ない。

「私に助けられる無様さの方が100倍笑える。」

へぇ、プライマリもジョークがうまくなったものだ。

「早く!もう持たない!!」

プライマリがチャケンダの猛攻に押されて背をそらせながら退く。

「すまないな。実はもう治っている。」

「意地が悪いぞ!!」

「お前ほどじゃあない。ホラ、かわれよ。」

俺はプライマリを押しのけて前に出た。

「ニカイー。回避だ!今回だけは、回避行動をとるんだ!」

必死に訴えるプライマリに、俺は振り返ってこうひねくれてやった。

「じゃあ俺はお前が言った逆をやるよ。」

しかし、チャケンダの方へ向き直って、これがびっくり。

「ああ、まいったな。」

奴め、水を吸収して体積が5倍、10倍と膨れ上がっている。

俺は回れ右をして全速力で逃げ出した。

プライマリがついてくる。

「私の指示の逆をやるのでは?」

「今やっているだろう。撤退だ。」

チャケンダの膨れ上がった線虫が急激にしぼむとき、線虫自身の身体を突き破って、強烈な水流が矢のように飛んでくる。

何百という鋭い水圧の矢だ。

「うおおおおおっ!」

湖底に裂け目を発見し、プライマリをわきに抱えて飛び降りた。

これがまた深い。海溝か?ここは湖だよな?海じゃないよな?この世界は設定がおかしい。

切り立った岩盤の側面にぶつかる。俺はプライマリを抱きしめて守った。30mは落ちたろうか?俺は落ちながら岩にぶつかって、全身切り傷だらけだ。

しばしの沈黙。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!

地面が揺れる。

「まじか?」

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

裂け目の奥から真っ赤な何かが顔をのぞがせている。

「まじなのか?」

なぜ、湖にこんなものがある?

活火山なのか!?カルデラなのか!?せめて温泉にしてくれ!!

兎に角、ヤバイ!ヤバイ!ヤバイ!ヤバイ!!

俺は、袖搦をプライマリの襟首に引っ掛けて、裂け目の外に放り投げた。

ゴガアアアアアアッッ!!

沸騰した水、蒸気を伴って真っ赤な溶岩が吹き上がった。

「ぬあああああっっ!」

俺の全身に溶岩がまとわりつき肉を焼く。俺は袖搦の先端をかご状に変形させ、大量の煮えたぎる溶岩をからめとった。

蒸気の勢いに便乗して裂け目の外へ飛び出す。

どろどろの溶岩を身にまとったまま、水ぶくれのチャケンダに突っ込む。

膨大な熱で、チャケンダの体内の水が瞬時に蒸発し、爆発する。

奴は今の一撃で、体の大半を失った。もう一息だ。

「チャケンダぁ。お前をすりつぶして、スープにしてやる。」

全身に重度の火傷を負い水がしみてしかたがないが、復旧を待っている暇はない。

俺は袖搦の先端を5枚重ねのスクリューに変化させた。

スクリューを回転させてカジキマグロのようなスピードで水中を進み、チャケンダを串刺しにして、大岩に叩き付けた。

「どうだ、袖搦の味は?化け物にはことのほか堪える筈だ。」

線虫が俺の首を絞め、引きはがそうとする。

今や虫の息の化け物の最後の悪あがきとたかをくくっていたが、どうやら火事場のクソ力の方だったようだ。

俺は奴に押し負け、スクリューはゆっくりと奴の体から引き抜かれていく。

ズダン!

プライマリが袖搦で俺とチャケンダを串刺しにして先端の鈎爪を開き、俺と奴を固定してしまった。

「逃げられそうだった、助かっただろう?」

プライマリの奴め、さっき俺がひねくれたのを根に持っているな。

「ああサンキューだぜ、クソッタレ。」

線虫に首を絞められているので、皮肉もかすれ声でしか出ない。

「ついでに俺の頭を頼むよ、クソッタレ。」

俺は袖搦の柄を包丁の形に変形させて自分の首を切り飛ばした。これで首から下は楽に動ける。

頭はプライマリが抱きとめた。

スクリューでチャケンダを滅多打ちにして奴の身体を削り取っていく。

やつの体が力を失い、ずるりと左下に崩れ落ちていった。

プライマリが俺の頭を首の上に戻し、俺とチャケンダを繋いでいた彼女の袖搦を引き抜いた。

3倍速で体を復旧した後、俺は「仕上げだ。」と狂気に任せて吐き捨てた。

「これ以上、どうする気だ?」

「軽く火で炙ると、味がしまる。」

もはや戦意を喪失したチャケンダを袖搦の先にひっかけて、湖底の裂け目に飛び込んだ。

そして、ブズブズと膿のように湧き出ては冷えて固まる溶岩に奴を突っ込んだ。

やつの体をなす線虫はのたうち回り焼け焦げていく。

「ニカイー。もう、充分だ。」

プライマリの言葉は俺の耳に届かない。

無邪気に残虐行為を楽しんでいた。

チャケンダを溶岩で焼いているとき、俺はあまりにも楽しくて、笑いが止まらなかった。

俺は裂け目の上に飛び上がり、ほとんど炭になってしまったチャケンダをプライマリに差し出した。


「君はひどい男だな。」

コンスースはコーヒーをすすりながら、じと目で俺に抗議をする。

「チャケンダだからな。とどめをさしておかないと、不安だったんだよ。」

「そうは聞こえなかったよ。」

「そういう事にしておいてくれ。」

「化け物っていっても、相手は人間だよ?程度ってものがあるよ。」

「スープの具にするには焼きすぎた。それだけだ。」

「君はアンチヒーローの類かもな。」

「これから先の話はほとんどお前も知っていることだ。それでも聞くか?」

「ああ。チャケンダの話は十分聞けたし、まだ日も高い。思い出話もいい。」


チャケンダが時間稼ぎをしたおかげで、12体の化け物が逃亡に成功した。

「厄介なことになったな、プライマリ。」

プライマリが難しい顔をして「そうだな。」と唸る。

「誰かさんが、もっと頭を使って手早くチャケンダを倒していれば。」

「おい、俺のせいってか?こんな仕事、いつ辞めてもいいんだぞ。」

「すぐコレだ。こんな原始人未満と付き合わされる私の身にもなって欲しい。」

本当に俺とプライマリはそりが合わない。

話していてイラッと来る。

プライマリのこめかみを拳で挟んでぐりぐりしてみた。

「イタイ!イタイ!やめんか馬鹿者!イタイー!」

「で、これからどうする?」

プライマリはこめかみを抑えて半ベソをかきながら「協力者を探している。」と答えた。

「そうか…え?”いる”って、現在進行形かよ。」

プライマリが酷く驚いた顔をしている。

「ニカイーの感が鋭いだと!?現在進行形などという単語まで使いこなせるだなんて…どこか悪いのか?いや、どこか良くなったのか?頭が。今日はもう寝るといい。きっと疲れているだけだ。」

このチビスケは俺を何だと思っているのだ?

流石に堪忍袋の緒が切れた。

俺は左腕を天高く突き上げて、右手でプライマリの後頭部を鷲掴みにし、左脇の下に彼女の顔面を押し付けた。

人類の蒸れた脇の下の衝撃、とくと味わうがいい。

プライマリは暫くジタバタと抵抗をしていたが、そのうちピクリとも動かなくなった。

さてどうなったか、そろそろ目を回しているころだろうと顔を覗くと、驚愕!単なるメス顔だった。

その小さな体から、かなりエロっぽい臭いを発散させている。

今なら彼女をベッドに押し倒しても、一切の抵抗を受けないだろう。

「しまった!」

俺は動揺して彼女を脇から引きはがして、部屋の隅に放り投げた。

「ちっ、流石root権限保持者。やるじゃねーか、その表情には驚かされたぞ。」

俺は額の冷や汗を手で拭った。

「協力者はセカンダリが選定中だ。」

プライマリが俺の脇の下をうっとりと眺めている。

この一件以来、プライマリの態度から若干、角が取れた気がする。

しかし協力者とは心強い。

そもそもパン屋が化け物と戦うって設定に無理がある。

実践経験者、戦いの専門家が必要だ。筋骨隆々の猛者が仲間になったなら、俺の出番なんか無くなってしまうかもしれない。すばらしい。

セカンダリから呼び出しがかかり、俺はイェトという女性の世界の歌劇場へと向かった。

セカンダリはバレエの演目が終わるのを待っているらしい。彼女は歌劇場の外で、柱に立てかけられたお人形さんのようにちょこんと立っていた。

「おい、中に入ったらどうだ?」

俺は正直、頼れる相棒に会うのが楽しみで、セカンダリを中へと誘った。そのお方はバレエを見る趣味がおありなのか。戦場とのギャップが渋いではないか。く~~!仲良くやっていけそうだ。

そうこうしているうちに、歌劇場の中から雷のような拍手が聞こえてきた。

セカンダリが俺の袖を引く。

客たちがぞくぞくと満足そうな顔で外に出てくる。

俺はどいつが俺の相棒だろうかと、それっぽい男の顔を覗きまくる。

構わず俺を引っ張っていくセカンダリ。

客はほとんど出払ってしまった。

「おい、俺の相棒は何処に居るんだ?」

すると、前の方の席に未だ座っている、一人の男の背中が俺の目に飛び込んできた。

太い首にスポーツ刈り。彼に違いない。その男はやおら立ち上がり、俺たちの方を向いた。

あのごつい手に負けないくらいガッチリと握手をしてやるんだ。期待に胸を膨らませて俺は手を差し出した。

しかし、その男は完全に俺たちを無視して素通りしていった。

「え?」

セカンダリの足が止まった。

目の前に立ち、俺たちを出迎えたのは一人の華奢な少女。

「え?」

セカンダリが俺を標準出力にして、テキストデータを送ってくる。

『彼女の名はイェト。CHMODチェンジモード業務促進のため、今日からコンビを組んでもらう。』

「ふざけるな!」

『不服なのか?』

「当然だ!こんな小娘が化け物と戦えるか!」

『この世界、人は見た目ではない。お前だって私に言わせればマンモスに例えたって控えめなくらいの化け物だ。』

イェトは俺たちの様子を見て如何にも怪訝そうな表情。彼女には俺が一方的にイェトをディスっているようにしか見えない。イェトは手を腰に当てて、遺憾の意を表すきつい視線を俺達に送っている。

俺は一瞬その視線に臆したが、それでもセカンダリに「こんなの単なる足手まといだろう!」と抗議した。

これがいけなかった。イェトの顔は見る見る真っ赤に沸騰し、俺は彼女のとび膝蹴りで何メートルも吹き飛ばされて、座席と座席の間に無様に挟まってしまった。

『どうだ、これでも彼女の戦闘力を疑うのか?』

イェトはジーパンの背中側に挟んでいた手紙を取り出した。

「ちょっと興味があったから話を聞いてやろうって思ったけど、最低。」

その場で手紙を破り捨てた。これを見て慌てたセカンダリが帰ろうとする彼女の前に立ちはだかる。

接点は俺以外の人間と話すわけにはいかないので、手足をじたばたさせてイェトの行く手を阻む。

『早く謝罪しろ!』

「何故その女なんだ?」

『お前にない強さを持っている。』

接点がそこまで彼女にこだわると、流石の頑固な俺も考えてしまう。

試しに一戦だけコンビを組んでみるか。

「あー。イェト。俺が悪かった。どうか話を聞いてくれ。」

足を止めて振り返った彼女の顔は未だ怒りが冷めていない。

「あやまるよ。その…」

こんな時どういえばいいのだ?俺は何の言葉も持たない。悪態の語彙なら豊富なのだが。

『可憐な君に危険な思いをさせたくなかった、と言え。』

セカンダリめ、そんなオシャレなセリフをこの俺に言わせるつもりか?しかしイェトは俺の続く言葉が待てずかなり苛立っている。こいつぁ待ったなしだな。やむなし。

「つまり、可憐な、君みたいな女性にさ、危険な仕事をさせたくなかったん…だ?」

マジ照れの棒読みだが、なんとか言いきって、彼女の顔色を伺った。

どうやら効いているようだ。まんざらでもなさそうな顔をしている。

イェトは絶対にちょろいんだと思った。


「あはは。そうか。そんなことがあったのか。」コンスースが腹を抱えて笑う。

「そう言えばあの時、お前は居なかったな。まだ、恋人同士だったんだろう?」

「ああ、あの頃はあまり会っていない。もう6年も一緒に居たから、そろそろお互いに別な相手を探そうかって、そういう話をしていた時だったんだよ。」

不老不死で何十年も青春のど真ん中に居っぱなしのこの世界の女性は、だいたい5年位で円満に別れて次の恋をするのが一般的なのだ。

「イェトと別れてから3人の女性と付き合ったが、今はまたイェトと付き合いたいと思っている。」

「悪いけど俺たち、今のところ全く別れる気配がないぞ。」

「俺は別な恋をしながら気長に待つよ。」


イェトがCHMOD部隊に加わった翌日の朝。

「わたし、今日からここに住むから。」

彼女がトラック一台分の荷物を持って、俺のパン屋にやってきた。

勝手にずかずかと階段を上がっていく。

「あーっ!この部屋いいじゃない!ここに決めたわ!」

俺はイェトの傍若無人っぷりをパン生地をこねながら傍観していた。

正直、今現在何が起こっているのか飲み込めないでいた。

いきなり押しかけてきて、ここに住むから?この家の持ち主である俺に、一切の断りもなしに?そんな風習が彼女の故郷にはあったのか?

イェトが無遠慮に俺の仕事場に踏み込んでくる。

「ねぇ、ちょっと荷物運びなさいよ。」

「パン作っているから無理だ。」

「なんでパンを作っているの?」

「今日売るパンを用意するためだ。」

「なんでパンを用意するの?」

「店を開くためだ。」

「じゃあ今日店は休業ね。」

その論理展開に用いた公式を述べよ。お兄さんは何故お前がウチに住むんだっていう、根本的な質問すら、あっけにとられて忘れてしまっているんだよ。

「悪いが俺のパン屋は年中無休が売りでね。」

「アンタ、わたしと仕事、どっちが大事なの?」

「そういう台詞は恋人に言え。」

「え?コンスースのことを知っているの?」

「居るのか?じゃあ、俺と住むのマズいだろう。」

「今、別れ話してる感じだから問題ないわよー。」

「そうか。」

「そうそう。理解できたなら早く手伝いなさいよ。」

なんたる強引なマイウェイ。

イェトの笑顔を打ち砕くことができない。

結局、彼女の荷物は全部俺が運んだ。

机とか置き場所をミリ単位で指定してくる。

どんなに重い荷物でも一切俺を手伝おうとしない。

はて、こんな調子ならば行きの荷造りはどうしたのだろうか?

俺は重いベッドを一人で引きずりながら、コンスースとか言う男がきっと荷物運びをやらされたのだろうな、などと思いを巡らせた。


「分かるかい?」

コンスースは当時を思い出してか、ぐったりとテーブルに延びている。

「あの日は確か”まだ私の彼氏のつもりなら、これ全部運べるわよね?”とか言って、早朝にだよ?イェトが自分の部屋の中を指さしてさ。信じられるかい?さも当然のような顔で言われたんだよぉ。」

「イェトは根がお姫様だからな。半端ないわ。」

コンスースの苦労を想像できる俺は、思わず吹き出してしまった。

「時計を見ながら”遅い!早くなさい!”って言うんだ。」

「俺のパン屋に住み着いてどうするのかと思ったら、ウェイトレス始めるし。お前が店に来始めた時は、もう別れていたのか?」

コンスースはテーブルに延びたまま首を縦に振った。

俺はイェトと組んで初めて化け物と戦った時のことを語り始めた。

「イェトは偉そうにしているだけあって、初戦から鬼のように強かった。」


イェトの初戦の相手は全身に1024個の口が生えた鮫だ。

ピラニアの口、カミツキガメの口、蛭の口、ワニの口、アナコンダの口。

様々な生き物の口が俺達を狙っている。

本体の鮫はじたばたとのたうち回るだけで、見ていて滑稽だ。

しかし、全長7mにはなろう巨大な鮫の巨大な口には注意したい。

今回の化け物は5mを超えるかなりの大物なのだが、大物と言えばむしろイェトか?巨大な鮫を前に眉一つ動かさない。

「アンタ何やってるの?ボロボロじゃないの。」

そう、頭半分と肩を食いちぎられた俺を見ても全く平気にしている。

イェトは肝が据わった大物だ。

「俺はこれでいいんだよ。」

「ちょっと待っていなさい。わたしが黙らせて来るから。」

接点から支給された特別な札を彼女はジーパンの背中側に挟んでいる。

両手に3枚ずつとってのたうち回る鮫に向かって走り出した。

速い!が、表情から察するに全速力というわけではなさそうだ。彼女なりに戦いのペース配分を計算しているのだろう。

敵の本体は虚無の地平線の上でじたばたしているだけなのだが、付属品である1024個の口が厄介。

何メートルも伸びてきて、俺の体を食いちぎってゆく。

イェトは1024個の口の壮絶な攻撃を交わす。交わす。交わす。

四方八方から伸びてくる不気味な口を全く恐れず、そんなところ通れるのか?っていう隙間をすり抜けてゆく。

そして投げる札は百発百中。

彼女の札はroot権限で実行されるkillコマンドだ。触れたものをこの有限幻界から落とす。お花畑の化け物もこの世界の住人なのでじきに回復してしまうが、ROM化するための充分な隙を作れる。この札に対してだけ彼女はsudoersに含まれる。だからこの札は接点かイェトしか使えない。

俺が札を投げてもトランプ手裏剣以上の効果はない。

セカンダリが白羽の矢を立てただけはあり、彼女の攻撃はすさまじい。

1024個あった口の200ぐらいを瞬く間に吹き飛ばした。

「なにしてんの?早く!」

「あ?ああ。」

正直、彼女の動きに見とれていた。

神がかった回避能力もそうだが、流石バレリーナ、動作に一々気品がある。

俺は彼女が作った隙に、あの厄介な口どもが一掃された辺りに向かって全力疾走。

袖絡を本体である鮫に深々と突き入れ、その先端を、巨大なウニのような形に変形させた。

「どっせえええぃぃっっ!!!!」

全長7mの鮫を頭上に持ち上げた。

そして、右に左に振り回して虚無の地平線に叩き付ける。

俺は1024個の口にいいように身体中を喰いちぎられる。

「イェト!下側一帯を頼む!」

イェトが遠間から札を乱射。しかし狙いは正確。うねうねと不規則に動く口を一枚も札を無駄にせずに撃ち落とした。

鮫は袖絡がもたらす痛みで完全にグロッキー。

プライマリを呼ぼうと辺りを見渡すと、既に俺の脇の下に寄り添っていた。何やらくんくんと脇の臭いをかいでいる、ベールの下の表情は想像したくない。

プライマリの小さな体から次第にエロい匂いが漂ってくる。

「おい、早くROM化しろよ。」

彼女は名残惜しそうに、俺の脇の下から離れる。

そしてroot権限を持って、袖絡を鮫の横っ腹に突き立てた。

チャケンダの登場から始まり、足かけ2年、延33体の化け物をROM化し、この事件は収束した。

俺はいつの間にかイェトの恋人にされてしまった。それを理由に彼女は事件解決後もうちの2階から出ていこうとしない。

彼女の元恋人コンスースはうちの店の常連となり、イェトは俺を放り出して彼とばかり話をしている。

俺は話好きな方ではないので、その事態をあまり気にせず、一人で動画を見ている。最近はセンシェン ガベジが出てこないのでつまらない。まさか引退したのではあるまいな?

接点との定時連絡時、プライマリは何かと俺の脇の下に寄り添うようになってキモイ。

放っておくと俺の体側に抱き付いて、もの欲しそうに足を絡め、息を荒くする。

まるで発情した雌猫。取り返しのつかないことになる前に、出来るだけ早期に、俺は彼女を時には紳士的に、時には攻撃的に拒絶するのだ。

接点は人間ではないせいかそのあたりのモラルが一切ないようで、ほとほと困っている。

ある日の俺とプライマリの会話を紹介しよう。

「おいプライマリ。俺のことが嫌いなのだろう?」

「ああ、お前のような愚か者は生理的に全く受け付けない。」

「じゃあ俺に抱き付くのやめろよ。」

「残念ながらそれは不可能だ。自分にもあの行為は制御不能なのだ。」

「どうにかしろよ!root権限で、何か強力なコマンドを発行しろよ!」

「構わぬではないか。私とお前がどのような肉体的快楽におぼれようとも、私はお前が大っ嫌いだ。つまり何も変わらない。通常業務に何の支障もない。」

「いや!あるからっ!!」

以上。

お花畑化問題対策委員のジェジーと名乗る男が、俺を尋ねてやってきた。

彼は言う。

「お花畑の化け物も我々2310名の含まれる人類、大事な仲間です。」

この男はチャケンダの攻撃を受け、あの精神的なダメージを経験してもなお、同じセリフをはけるだろうか?

コイツは化け物と戦った経験がない。何も知らない。

理論と理想だけ。

頭でっかちの学のあるマヌケだ。それが俺の第一印象だった。

だから「ウチはパン屋だパンを買わないなら今すぐ帰れ。」などと酷い物言いをしてしまった。

ジェジーは頭でっかちだが、本当にいい奴だったので、あの一言は今でも後悔している。

お人よし同士で気が合うのかコンスースとすぐに仲良くなり、入り口近くの小さな席に好んで座った。男二人が小さなテーブルを挟んで座るのが日常の光景になった。

ジェジーはお花畑の化け物をヒトの姿に戻す方法があると信じて、日々研究を続けていた。

俺がプライマリから受けとったテキストデータをジェジーに転送する。

そのテキストを読んだジェジーが「極秘、極秘、これも極秘!またか!」と天を仰いでいる。

保全機能はお花畑化に関するかなりの情報を持っている。でなければ監視体制なんて設置できないし、人類だけで解決せよなどとも言ってこない。

そう、保全機能はあのおぞましい姿の化け物を人類だけで解決できる問題であると判断できている。

ジェジーは自分の研究に必要な情報を俺を通して問い合わせているのだが、保全機能はその核心部分の開示をかたくなに拒んでくる。

そんな保全機能の対応に落胆するジェジーをコンスースが慰めるのが毎度のパターンになっている。

ケチェをリーダーとする楽園派が、回帰派、進化派に続く第3の勢力として台頭してきたころだ。

カラン。店の入り口のベルが鳴る。

俺の店に入ってきた人物。イェトがいらっしゃいませと言って出迎えた二人。俺は我が目を疑った。

気品のある美しい銀髪。双子を通り越してクローンに近いそっくりな姿。何を言われても憎めない、愛らしい声。他の誰が見間違えても、俺だけは見間違えないぞ。

チョリソーとオウフ。俺一押しのセンシェン ガベジの二人ではないか!

二人は店の中ほどにある窓際の大きなテーブルに座った。

俺は迷わずイェトからトレイを横取りして二人に水を給仕した。

「このテーブル担当のニカイーと申します。今日はどうぞ楽しんでいってください。」

「そうニカイー。今日はよろしくね。」

可愛い。笑顔が無制限に可愛い。これですよ。これがアイドルってやつですよ、まさに!

これでトークが大爆笑なのだから二人は卑怯すぎる。

「このお店は初めてなの。何かお勧めはあるかしら。」

俺は少し考えた後「リンゴとクリームのトーストというのはいかがでしょう?」と提案した。

「あら、美味しそうね。」

「ええ、きっと。」

「きっと?」チョリソーの片方のほっぺたが飴玉で膨れている。

「今思いついたのです。お二人のためだけのスペシャルメニューです。」

二人はまるで天使の様にクスクスと笑っている。

「では、それにするわ。」

「お飲み物は?」

「お任せします。」

「かしこまりました。では、こうご期待と云ことで。」

俺は満面の笑みでカウンターの奥へと戻って来た。

イェトがカウンターの向こうから身を乗り出して「アンタ、あーゆーのが好みなの?」とジト目で耳打ちしてきた。

「バーカ、あの二人をよく見ろ。」

イェトは一回銀髪美少女の方へと振り返り、首を傾げ、また俺の顔を見た。

彼女の間っ平らな無表情。何一つ判っていないようだ。

「あの二人、センシェン ガベジだよ。」俺が興奮して手を忙しく動かしながら、耳打ち。

「あーぁ。アンタが動画でぇ。へー、大ファンって。あの?ふーん。そうなん。」

「おい、文章が成立していないぞ。言いたいことはおおむね伝わったけれども。」

イェトにフレンチキス。

「言っておくが、恋人とアイドルは俺の中では別な存在だ。」

イェトはちょっと頬を染めて「そんなこといちいち言わなくていいから。」と、そっぽを向いてしまった。本当に、イェトのちょろいん臭が半端ないわけだが。

トーストと紅茶をテーブルに並べ、二人が楽しんでいる頃合いを見計らって、いよいよ俺は二人に話しかけた。

「失礼ですがお二人、センシェン ガベジですね?」

「あら。」

「ここしばらく動画に出ていなかったから、みんな忘れてしまったかと思ったのに。」

「忘れるものですか!」俺は拳を握りしめ、ガチヲタの心の形を声色で強く表した。

「覚えていてくれてありがとう。」オウフは可愛いにゃー。今、最も妹にしたいアイドルだ。

そして、満を持して、俺は二人に質問をした。ずっと聞きたかった事。二人が動画に出なくなって、俺は本当に寂しい思いをしているのだ。

「なぜ、アイドル活動をされないのですか?引退されたのではと不安に思う日もありました。また、動画でお二人の姿を見たいです。」

「そうだったんだぁ。ごめんねぇ。」チョリソーが飴を舐めながらじゅるじゅると答えてくれた。

すると、オウフが照れくさそうに頭を掻いている。

「実は私に恋人ができちゃって、それでチョリソーと会う機会が減っちゃって。」

「へぇ~。」俺は、その恋人とやらを今すぐに殺害したい。お兄ちゃんは許しませんよ。オウフはネンネなんだ。恋人なんてまだ早い。

「それまでは、私たちが恋人同士だったの。四六時中一緒にいたから、曲を作ったり、トークのネタを仕込んだり…あれ?え?大丈夫!?」

二人に背を向けて、鼻を両手で押さえて、大きく深呼吸を繰り返す俺。

「大丈夫です。少々お待ちを。」

今や過去形にせよ、この二人が恋人同士。

知らなかった!ありがとうございます。美味しゅうございます。

妄想がはかどりまする。

二人が絡み合う姿を想像して興奮。

今はね、俺はね、鼻血が出てきそうなのを全力でこらえているんですね。

心を無にすること30秒。俺は鼻血をこらえきった。妄想、努力、勝利。

そして、その絡みで、どうしても質問をしたいこと”その2”ができた。

「その…」

「なぁに?」

「新しい恋人も、女性なのですか?」

YESと答えられたら、鼻血待ったなしだ。そして俺はYESという答えを期待している。つまり鼻血なんか覚悟の上だ。盛大に噴き出してやるつもりだ。さぁ来い!!

YES来い!ヲタの夢!ガチユリカモン!!

しかし、二人は不思議そうに顔を見合わせて、そしてなにやらはっと気が付いて「いやだぁ」などと笑っている。

オウフは「いいえ、男よ。」と答えた。

「?」

俺の脳内のクエスチョンマークが取り除かれたのはずっと後の話。

チョリソーとオウフは俺の店を気に入ってくれた。

以後店の常連となり、俺のパン屋を拠点に二人が会う機会は増え、再び動画にも出てくれるようになった。

たまにオウフの恋人とぬかすツイカウというクールガイも来る。

手元に袖絡があったら、奴の心臓を貫いてやるのに。そして、引き抜いた心臓をソテーにして食ってやる。

クールガイの99.999%は中身が空っぽの豚の餌だ。俺が今そう決めた。だからツイカウも豚の餌と考えて問題ない。お兄ちゃんはそんな奴との交際は認めませんよ。そのうち本当に粗微塵にしてブタに食わせてやる。俺はその様に現実に対する憤りを感じながらカウンターの向こう側で包丁を握りしめて、ご注文いただいたサラダを作るのであった。

やはり女の子同士で気安いのか、イェトは彼女たちのテーブルに合席して話していることが多くなった。

コンスースとジェジーが我がパン屋の男組。

センシェン ガベジの二人とイェトが女組。

ツイカウは豚の餌。

俺の友達は動画だけ。

そして、たまにプライマリが俺の脇の下に潜り込んでいる。

気がつけば、ずいぶんと賑やかになったものだ。

そうそう、忘れていた。

第1話でチョリソーとオウフの顎のほくろの説明をすると、俺は約束をしていた。

顎のほくろは俺が提案したのだ。

二人は見た目こそそっくりだが、声も性格も違うし、チョリソーはよく飴を舐めている。

だから実のところ見分けがつかないってわけではない。

しかし俺は、憧れの二人と仲良くなれたのがうれしくて、つい図々しく「その方が見分けがつきやすくてよろしい」などと偉そうに述べてしまったのだ。

元ネタはプライマリとセカンダリ。接点の二人も顎のほくろで見分けがつく。その天丼である。

「よしっ!じゃあ、みんなで海に行くわよっ!!」

イェトが満面の笑みでその様に宣言した。

何を言い出すのかこの娘さんは。判んないなぁーっ。

まず初めの”よし”がどこから出て来た、どういう”よし”なのか判らない。

一つだけ判っていることがある。

あのイェトの笑顔は絶対無敵で打破不可能。

イェトがあの笑顔でやると断言したら、それは断固実施される。

海に行くってことは、家の外に出るってことか?

だって俺の家の中に海無いもん。外だよね?

まいったな、俺はガチでインドア派。おうちが大好きだ。

仕事ならやむないが、それ以外の用事で外に出るとかありえない。動画を見ていた方が楽しい。

な、何とかならないかな。

イェトの元恋人コンスースならば何か対策を知っているかもしれない。俺は権力と戦う志士として彼に協力要請の視線を送った。

コンスースが何かを俺に伝えようとしている。

コンスースの表情を読む──「あ・き・ら・め・ろ」

馬鹿を言うな。あきらめたら終わりだ。

抗うことこそ命の本質だ。

俺はそっと挙手をして「すいませーん。水着持っていないので無理です。」と当り障りのない言い方でお断り申し上げた。

「買う!うーん。いや!わたしが作る!」イェトめぇ。

コンスースが「よかったじゃないか。」などとほざく。

その9文字には「無駄どころか、悪化するって判っているのに、馬鹿だねー。」という意味が込められている。

センシェン ガベジのスケジュールを鑑みて、2週間後の木曜日にXデーが設定された。

イェトは「接点ちゃんも行こうね。」と、ベール越しにプライマリの頭をなでる。

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