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お花畑  作者: イカニスト
10/11

ニカイー

題名「お花畑」

第一章「根拠の塔編」

第十話「ニカイー」


根拠の塔プロジェクト当日。

俺達の仮想空間、そのスパイタが所有する世界で、高さ600mの複合施設をたったの14人で想像する。

高さ600mの複合施設…その様な巨大で複雑なオブジェクトはこの限られた窮屈な仮想世界に居る限りは絶対に作りえない。

それが進化派の代表ツワルジニの意見であり、楽園派の支持者はこの一言のおかげで随分と肩身の狭い思いをしてきた。

しかし、それも今日限りだ。

スパイタが企画した根拠の塔。

これが完成しさえすれば、進化派のいけ好かない連中に後ろ指をさされることはない。

むしろツワルジニの奴を嘘つき呼ばわりしてやることができる。

残された2310名の人類のほとんどが、このプロジェクトに注目していた。

楽園派の代表ケチェ。世俗の諸々に全く興味のない変人の彼にしては全く珍しいことなのだが、彼はセンシェン ガベジという個性を大いに気に入り、彼女たちをイメージキャラクターに据えてプロジェクトを盛り上げた。

さてスパイタの世界。

センシェン ガベジの二人を除く12人によって、会場に光のワイヤーフレームが出現。

全高600mの根拠の塔の輪郭を描き出した。

地球では数百メートル級の建造物に見慣れた人類も、滅亡後この仮想世界に来て久しく見ていない。

感動の声が上がり、自然と拍手が沸き起こる。

これから、この光のワイヤーフレームの中に、実物の建造物が出来上がるのだ。

まず初めに12人が想像したのは建物の電気配線だった。

2心ケーブルや3芯ケーブルが建物の輪郭を這い走る。

外壁にツタが這いまわる様子に似ている。

そしてその先端に、朝顔の花が咲くように照明が出現し、様々な色の光を放つ。

そして、そしてだ。

ここでなのだ。

塔の基礎からスモークが立ち昇り、それがぱっと霧散し、人影が二つ現れるのだ。

センシェン ガベジだ。

チョリソーとオウフの二人が丁度塔の真ん前に立っている。

根拠の塔の2万個を超える照明が迫力満点に点滅し、曲のイントロが流れる。

大迫力の光の演出。

キャンバスは高さ600m。

離れた観客席から見たって、視界を覆い尽くしてドンと迫る。

感想を求められたって何も言えやしない。”すごい”それだけだ。

文字や記号、そしてセンシェン ガベジの姿をドン!バン!バシン!と、見る者を圧倒すべく、まさにその目的で描き出す。

その圧倒的なディスプレイを背に全力で歌うチョリソーとオウフ。

「うお。センシェン ガベジ、熱唱だな。」

チャンネルを切り替えるギリギリまで動画を見ていた俺は、イェトに鼻を摘まんで捻りあげられてしまった。

「わたし達も200%で行くわよ。」

痛い。

イェトさんお花畑化が始まってから、肉体言語を用いることが多くなったのではないですか?

ちょっと冷静に話し合いませんか?

判っている。

判っているとも。

コンスースがその身を犠牲にして作ってくれた、掛け値なしの最後のチャンス。

これを逃したら後がないどころか、コの字に申し訳なく、切腹程度では自分を許せない。

イェトにしてみれば、強がってはいたが、実のところ諦めていたところへ思いもよらず転がり込んできた、文字通りまたとない機会。悪魔に魂を売ってだって勝ちたいだろう。

それにつけてもいざ出動というその時にまで動画を見たいと思ってしまう俺は、不謹慎なバカヤロウで間違いない。

俺達3人が向かうのはクレの世界。

30年前にイェトとROM化した男だ。

張り込んでいたマァクの信者がクレの世界に現れたチャケンダを発見した。

当然、化け物となったクレの世界は謎多き虚無の空間。

その虚無の地平線に花が咲いている。

クレの世界はブルーエルフィンという花のお花畑だ。

俺とイェトは例えこの世界でチャケンダのくっっそ野郎を取り逃がしても、蛇のようにしつこく追い続けて、必ずとっつ構えてやる…と、そういうつもりだった。

長期戦を覚悟していた。

しかし、そういう意味では意外なことに、最初のチャレンジであるこの世界で、俺達はチャケンダを捕まえることができた。

見るだけで腹が立つあの青髪ハッカーが俺の視界にある。

俺の恋人と親友を苦しめた張本人がそこに居る。

俺たちが立つエントリーポイントから見える。

チャケンダのくそ野郎とニューオンとクレ。

チャケンダとニューオンは人間の姿。

クレは化物の姿。蛸とイカとクラゲが融合した、例によって見た目は最低の最悪。醜い化け物だ。

プライマリはこの世界に到着するやいなや、エントリーポイントからチャケンダ目がけて袖搦そでがらみを投げた。

ニューオンが袖搦を空中で叩き落そうと試みたが、プライマリが念じて袖搦が飛ぶ軌道を変え、チャケンダの右ひざを吹き飛ばした。

袖搦がもたらす苦痛にチャケンダの顔がゆがむ。

「化け物3体か…」

俺はその後に「分が悪いな。」などとネガティブな発言を付け加えたかったのだが、イェトがそれを許さない。

「わたしが2体引き受けるわ。アンタはチャケンダに専念して。」

このとき俺とイェトはチャケンダとニューオンが戦いになると腹をくくって、化け物に変化する前提で話をしていた。

プライマリはチャケンダの逃亡を阻止するために、イェトの背中から札を10枚ほど失敬してチャケンダに投じている。

右手で札を投げ、左手で袖搦を遠隔操作。

しかし、ニューオンがチャケンダを守るように立ちはだかった瞬間、5体の紙人形が現れて、チャケンダの身代わりとなり、袖搦と札の攻撃を受けた。

ヤバイ。

今、チャケンダがチャンネルを切り替えて逃げるチャンスじゃねーか。

やはり一発目の世界でけりをつけようだなんて虫がいい話で、今日は奴との長い追いかけっこになるのか?

だが、奴に逃げる様子はない。

チャケンダはプライマリを見て微笑む。

仲間に、同意を求めるように。

「接点。君なら断言できるはずだ。ニカイーがえげつない化物だって。そうだろう?」

チャケンダはイェトを見て微笑む。

全てを見透かしているように。

後輩の心中を察するように。

「イェト。今の君なら感じ取れるはずだ。ニカイーの脅威を。」

チャケンダは俺を睨み付ける。

並行線の議論を続ける同僚に心を許さないように。

「ニカイー。僕はお前が恐ろしい。だから逃げ回っていた、お前からだ。」

「それで、今度は何処に逃げるんだ?ママの膝の上…いや、いっそ地獄か?」

「地獄か、そこは楽しい所なのかい?」

「ああ、お前にぴったりの場所だ。今すぐに送ってやるよ。もし、死ねるならな。」

袖搦を担いで走る。

俺の左足首から下が、劣化ウランの銃弾で吹き飛ばされた。

マオカルに違いない。

厄介な奴が現れて、敵は4人になった。

「イェト!俺はチャケンダ一人で手一杯。軍人さんも頼めるか?」

「やるしかないでしょうが。アンタは兎に角チャケンダを!」

流石のイェトさんでも3人相手は荷が勝つとは思う。

だが、やって頂くしかない。

チャケンダは、あいつだけは確実に仕留めなければいけない。

それを分かっているから、イェトだって意地を張る。

俺の目に映るのはチャケンダただ一人。

俺の心に居るのはチャケンダただ一人。

奴の頭を吹き飛ばしてお縄にする、その瞬間までは。

俺の袖搦が奴の心臓を貫いた。

それなのに「いける」という手ごたえが無い。

奴は苦痛に悶えている。

それなのに「これで勝てる」という確信が無い。

袖搦を二つに分けて、チャケンダの首をはねるという次の行動にうつれない。

違和感。

”違う、こうじゃない”っていう、嫌な感触。

俺の冴えない頭が自分自身に問いかける。

”奴は俺の攻撃を避けようともしなかった。”

”ニューオン達も俺を妨害しようとはしなかった。”

「イェトが防いでくれていたのか?」

”相手は手強い奴3人だ。流石のイェトでも完全には無理だ。”

「すると…」

”罠か?”

ハッとしてチャケンダを見る。

チャケンダは接点を睨み付ける。

「ここから先は僕とニカイー、二人だけだ。もし邪魔建てをするなら770人全員、お前たちが言う化物にしてやる。」

チャケンダはそう言って、俺を引き連れてチャンネルを切り替えた。

────してやられた!

たどり着いた先はスパイタの世界。

目の前に建造中の根拠の塔がそびえ立っている。

ステージではセンシェン ガベジが歌っている。

馬鹿な、なぜ此処に来れた?

此処はプライマリがroot権限で入場規制をかけた。

誰も入れるはずがない。

チャケンダは戸惑う俺の隙をついて、袖搦を引き抜いた。

「君と二人きりになりたくてね、随分と前から準備をしていたんだ。でも、苦労した報酬はきっちり払ってもらうよ。君にね。」

チャケンダの姿を見た770人の観衆が叫び声を上げ、パニックになる。

皆、チャンネルを切り替えて逃げようと試みるのだが、パーミッションデナイドのエラーが出て要求が受け付けられない。

叫び声はいよいよテンションを増して金切り声になり、770人は一斉に走り出す。

他人を踏みつけようが、蹴飛ばそうがお構いなし。

他人に申し訳ないという気持ちは一切なく、むしろのろまは邪魔だと押しのける。

「騒ぐな!!!!」

楽園派代表ケチェの一喝。

背中に背負っていたフリント・ロック式ライフルを撃ちながらの一喝。

彼は高い場所からやおらチャケンダを見下ろす。

「始まりの化物よ、お前の目的はニカイーただ一人。そうだな?」

「その通りだ。ひょっとして、知っていたのか?」

「磁石のS極とN極のように相反するものは引き合う。違うのか?」

「そうかもしれない…君は判る方の人類だね。」

俺はチャケンダが話している隙にとこっそり忍び寄って袖搦を振り下ろしたのだが、やすやすとかわされてしまった。

「始まりの化け物と終わりの戦士。この楽園に恐怖をもたらした二人も、今日は我が根拠の塔を盛り上げるパフォーマーだ。」

ケチェがテキストデータをブロードキャストする。

『安心しろ。チャケンダがニカイー以外に危害を加えることはない。』

「フフフ、なんと楽しい日だ。」

諸手を広げたケチェが更にテキストデータをブロードキャストする。

『チャケンダとニカイーの戦いも楽しめ。今日はこの楽園の最も楽しい日だ!』

そう言われても、やはりチャケンダは恐ろしい。

770人は用心して世界の端っこから戻ってこようとはしない。

それでも一応最悪のパニックは収まった。

チャケンダが微笑んでいる。

「僕と君、二人だけだ。770人に見られながらだけど、君はOKかい?」

チャケンダは高く宙を舞い、化物の姿に変化して、根拠の塔の3階に着地した。

根拠の塔はまだ内部を想像中で外壁はない。

俺は袖搦の先端を針と糸の形に変化させ、大きく振りかぶって袖搦を振った。

三ツ又の碇の形をした針が飛んでいく。糸は延々と伸び、針が根拠の塔の4階を捕まえた。

糸を巻き取って宙に浮き、チャケンダが待つ3階に着地する。


一方、クレの世界。

「ちょっと!接点ちゃんも手伝いなさいよ!」

イェトは苦戦していた。

ウォーミングアップは充分で体は軽い。

多勢に無勢とはいえ、そのイェトが敵の攻撃を食らうなんてことはあり得ない。

だからと言って、敵3人に対して、彼らがダメージを回復する速度を超えて攻撃出来るかというと、それは困難な事なのだ。

彼女の役目は俺のサポート。基本的に決定打たる攻撃を持たない。

それでも一対一なら押し勝ったろう。それ程の強さを有する彼女だからこそ、なんとか持ちこたえているともいえる。

イタズラに札を消費して、いよいよ最後の一枚を投げてしまった。

プライマリが紐で縛った新しい札の束をイェトに放る。

イェトは敵の攻撃を避けるため斜め後ろにバク天しながら札の束を踵で引っ掛けて、バラバラにしながら真上に上げた。

更に敵の攻撃を避けながら札の周りを一周。

落下し始めた札の束に驚異的な跳躍力で飛びついた。

空中で適度にばらけている札を、カルタ競技で取り札を跳ね飛ばすように、次々に弾き投げる。

まるでカードシャワー。

イングラムM10の様に1.5秒で一束投げきってしまった。

着地しながら、プライマリが投げた次の札の束を後ろ手に受け取る。

「ちっ!」

華麗な技を披露したにもかかわらず舌打ちするイェト。彼女を苛立たせているのは、OLスーツ姿の美人ニューオン。

彼女は化物の姿にならなくても、相当に強い。

彼女の武器は実のところ婚姻届。

彼女が理想の男性像を思い描き、その架空の名前を婚姻届けに記入。

次に愛を込めて自分の名前を書き、うっとりと押印。

すると婚姻届が彼女の妄想に応じた人間等身大の紙人形になり、彼女の妄想に応じたスキルを発動するのだ。

心優しい家族思いの旦那タイプの紙人形が、身を呈して彼女を守り、いつもは無口で無愛想だけど家族を傷つけるやつは許さないタイプの紙人形がイェトを攻撃する。

ニューオンは男性に対する理想が極めて高い。

それが故、地球にいる時は婚期を逃がした。

そして、結婚を諦めざるを得ない年齢に達してしまった。

しかし今、彼女の自分をすっかり棚に上げた理想の高さと婚期を逃した鬱憤が、紙人形に巨大な力を与えている。

強力な武器になっている。

ニューオンがただ強いだけならば、イェトも苛立ちはしない。

彼女も竹を割ったような性格だから、好敵手に対して敬意すらはらったろう。

イェトはどちらかと言うとガサツな部類に入る女の子だが、それは女の感を鈍らすほどではない。

ニューオンがどういう女で、どういうからくりで紙人形を操っているのか、彼女の所作を観察すれば容易に想像できる。

カラッとして言いたいことはズバズバと言ってしまうイェト。

お姫様のように高飛車な彼女が、男は俺のような冴えない引き籠りで満足している。

対してニューオン。彼女は理想が高すぎてどんな男にも満足できない。

理想の男性に対するあこがれ。

現実の男に対する不満。

全てを心のうちに抱えて表には出さずに生きて来た。

そんな彼女のジメジメした後ろ向きな性根がイェトを苛立たせるのだ。

「売残りオバン、ほんっとーに最低~。」

思わず口をついて出たイェトのその一言は禁句だった。

瞬間、ニューオンの背からどす黒い炎が立ち昇る。

無表情な瞳の奥に怒りが渦巻いている。

唯一ものを言うその瞳は、メガネのガラスに宿った不自然極まりない光沢で隠された。

「Retreat!!(退避)」

マオカルが叫び、彼とイカタコクラゲが、仲間であるニューオンから飛び退いて距離を取った。

ニューオンが11枚の婚姻届を一気呵成に書き上げ、頭上に巻き散らかす。

11枚の婚姻届は連結して一体の巨人の姿をなした。

マオカルとイカタコクラゲがその場にとどまっていたなら、巨人の足に踏みつぶされていたかもしれない。

ボディービルダーの様にポージングを決める紙の巨人。

紙でできている筈なのだが、てらてらとてかる筋肉の質感が生臭い。

それが気持ち悪くて「ひぃぃぃい!」と鳥肌を立てるイェト。

「ちょっと!その気持ち悪いの減点100!早く仕舞いなさい。」イェトが指し示す指を震わせて抗議する。

ニューオンのメガネが更にギラリと光る。

「この巨人は、私の理想の集合体。」

「なんですって?」

「私が理想とする男性像、その究極の11人が合体した姿。」

「なんで究極が11も在るのよ!言葉がおかしいから!国語苦手なの!?」

「だって…」急に眉を寄せ、拳を口元にあてがい、乙女のポーズを実施するニューオン。

「だって?」

「だって!これ以上!絞り込めないんですものっ!全員が私の理想!11人全員愛してるっっ。」

虚無の空間にニューオンの魂の叫びが木霊する。

キモイ、、

イェトは彼女の思想が気持悪すぎて、白目をむいて失神しそうになった。

しかしその巨人。巨体に似合わぬ速さでイェトを強襲。

「うわ!あっぶな。」

今の一撃はギリギリだった。あと5mm逃げたりなければ腹を裂かれていたかもしれない。

「Damn!Damn!Damn!Damn!Damn!Damn!」

ニューオンの声に合わせて、巨人がその巨大な拳を突き出してくる。

全力で回避するイェトに攻撃が当たるわけが無いのだが、巨人の早さは本物だ。

イェトは余裕無しのギリギリ。押されている。退かされている。

巨人の様子をうかがって控えていたマオカルとイカタコクラゲの化け物、こいつらもいよいよ加勢してきた。

劣化ウランの弾丸と毒を有する触手がイェトを襲う。

イェトの表情が歪む。

「ニカイーが何とかするまで!意地でも!耐え切る!」

どんなに絶望的な状況でもイェトは絶対に諦めない。

彼女ほど心が強い女性を俺は知らない。

しかし、意地を張るには状況は厳しすぎる。

俺のように3倍速の回復力に物を言わせて、あえて攻撃を受けて前進する戦闘スタイルならば、追いつめられはしなかったのかもしれない。

これほどの猛攻の中、イェトの様に回避し続けると、追い詰められて最終的に逃げ場を失う。

トン。

虚無の境界面がイェトの背中に当たった。

この世界は、そこまでしかない。

そこまでのリソースしかないのだ。

後は無い。

「負けるものか!」

そう強がるも、明らかに絶望的な状況に涙する。

そのとき…

『お前には2つの希望が残されている。』

頭に直接、声が聞こえた気がした。

ぱっとプライマリの方を見ると、彼女は反射的に口元を抑えた。

ゴウッ!

紙の巨人が炎に包まれる。

あっけに取られる敵3人。

何が何だかわからないが、絶好の好機。ニューオンの横をかすめて敵の背後に逃げ、ついでに札を3枚投げて敵それぞれにダメージを与える。

一人の男がイェトの手を引き自分の後ろに隠した。

「遅れてすまなかった。」

火炎放射器を構えたツイカウがそこにいた。

「ツイカウ、来てくれたのね。」

「ここで活躍しないとオウフにふられてしまう。ボクの火炎放射器は紙人形と相性がよさそうだ。あの女の相手は任せてくれ。」

火炎放射器を構え、ツイカウはニューオンにウィンクをした。

舌打ちするニューオン。

彼女を援護するために、ツイカウに銃口を向けるマオカル。

引き金を引く瞬間、イェトの札に右腕を切り飛ばされた。

「アンタの相手はわたしよ軍人さん。」

イカタコクラゲの化け物がイェトを襲う。

迫り来る触手。しかしイェトは避けようとしない。

イェトの視線はエントリーポイントを向いている。その方向を見ている。

「あなたが来てくれるなんて思わなかった…」

イカタコクラゲを口裂け馬の化け物が体当たりで吹き飛ばした。

「…コンスース。」

あの心優しき青年が帰ってきた。

姿は変わり果てたが、心はヒトのまま戻ってきた。

それが嬉しくて、イェトの目から涙があふれた。

どうやってROM化を脱したのか?ニューオン達は驚いていたが、イェトはコンスースならばそれくらいやってのけると、まるで自分の手柄の様にどや顔で胸を張っている。

マオカルは口裂け馬に銃口を向ける。

しかしイェトの札が彼の鼻先をかすめ、尻餅をついた。

マオカルらしくない。明らかに冷静さを欠いている。

この状況に動揺をしている。

彼ら3人はチャケンダの為にイェトを追いつめて時間稼ぎをすればいい。それだけの予定だった。

それが劣勢にさえ転じそうなこの状況。

札の束を扇状に広げて口元を隠し、高笑いをするイェト。

マオカルが思わず攻撃をためらうほど異様に長く、そして声高に笑い続ける。

「アンタの相手はわたしよ軍人さん。たった一人で、このわたしに勝てるかしら?」


根拠の塔。

その3階で俺とチャケンダが向き合っている。

巨大な線虫の塊が徐々に小さくなってゆく。

それに気付いた。

「あ~ん?」

奴の後ろ側を見てやろうと思ったのだが、チャケンダの奴は向きを調整して、俺に背後を見せない。

だが、奴の足元を見て大体察しがついた。

二重床の隙間に線虫がゾロゾロと逃げてゆく。

きっと奴は今、おわんみたいな形で、出っ張っている部分を俺に向け、何の変化もないように見せかけているはずだ。

それがいよいよ小さくなっていったということは、もう奴を構成する線虫のほとんどが何処かに逃げてしまったということ。

巨大な根拠の塔のあちこちの隙間に、線虫たちは隠れている。

もう俺の背丈と変わらないくらいまで小さくなったそれを袖搦でさらうと線虫はばらばらとほぐれて、四方八方に散らばり、逃げてしまった。

高さ600m、地上152階の根拠の塔は順調に想像され、その内部構造は順次実体化し明らかになり、観衆は感嘆の声を上げる。

「ニカイー!がんばってーっ!」

オウフが手を振っている。

俺はこんな性格で愛想のいい顔が出来ないのだが、まぁ、手を振って応えた。

彼女にはそれで俺の気持ちが通じたらしく、嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねている。

オウフは相変わらず可愛らしい。

と、その時だ。

「うがっ!」

床を突き破って線虫が現れ、足首に絡み付いて、俺をすっ転ばした。

猪口才ちょこざいな、こんなガキの嫌がらせみたいな攻撃。

足元の線虫を切断しようと袖搦を逆手に持ちかえる。

正面から高速で飛来するものあり。

チャケンダの線虫か?

いや、チョリソーの飴玉だ。

俺のこめかみをチョリソーの飴玉がかすめて飛んでいく。

思わず背後に振り返って飴玉の行方を追うと、その先に線虫がいる。

線虫が2匹、俺目がけてニードルガンの針の様に鋭く尖って飛んできていた。

チョリソーの飴玉は彼女が指を弾くのと同時に破裂し、線虫の横っ腹を押して軌道をそらせた。

「助かったぜチョリソー。」

「しっかりーっ!」

チョリソーが笑顔で手を振っている。

彼女のナイスアシストに地面が震えるほどの喝采。

全くセンシェン ガベジには敵わない。

チャケンダとの対決の主役は俺だと言うのに。

声援は彼女たち二人に飛んでいく。

俺は「しっかりしろ。」だの、「ポンコツ。」だのディスられ放題だ。

心配せぬでもチャケンダの野郎はきっちり仕留めるさ。イェトとコンスースを助けるためにな。

それにしても厄介だ。

チャケンダの野郎め。巨大建造物の中に散らばって隠れられてしまった。

線虫共は俺が近づくやいなや、床や壁の裏をカサカサと逃げ、俺に油断があれば音もなく近づいてきて不意を突く。

実際。針状の線虫が四方八方から飛んできて、俺の眼球や肝臓を貫く。

左のほほに刺さり、俺の歯を砕いて進み、右のほほに貫通して壁に刺さり、壁の裏をちょろちょろと逃げる。

そんな攻撃の繰り返し。

だが判らぬな。

こんな攻撃で出来た傷、俺ならあっという間に復旧する。

それはチャケンダの奴だって解っているだろうに。

何故、こんな無駄を続ける?

少なくとも、俺と決着をつけようという男の攻撃ではない。

いったい、何がしたいのだ?

ああ、頭を使う仕事は苦手だ。

プライマリか、せめてイェトが居たら良いのに。俺の代りに考えてくれた。

「チャケンダどうした?まさか770人を人質に籠城なんてのがお前の目的じゃあないよな?キッチリ決着つけようぜ!」

威勢よく煽ってみたが、チャケンダがそれに釣られてべらべらと話すはずもない。

逆に、奴にコケにされているかの様な静寂が俺たちの戦場を満たしている。

苛立って、柱の鉄骨を袖搦で殴打する。

キイィィン、と、甲高い音が、地上600mの天辺まで通る。

4階に上がるとジムになっていて、エアバイクやベンチプレスの機材が並んでいた。

奥には室内プールが見える。

「ごふっ!」

バーベルのウエイトが飛んできて、俺の腹部をえぐった。

ウエイトは次から次に飛んできて、攻撃を避けようとしない俺を吹き飛ばした。

だが打撲や骨折は3倍速で治ってゆく。

「くそっ!だからなんなんだ!こんなしょーもない攻撃っ!!」

そして最終的に、室内プールに突き落とされてしまった。

中には何百という線虫が待ち構えていた。

これだけ居れば、良い出汁が出ていそうだ。旨いかどうかは知らないが。

俺は首や四肢を線虫に締め上げられ、プールの底に固定されてしまった。

息ができない。

見上げた水面にいくつか波紋が見え、なにかがプールに投じられたのが分かった。

きっと、チャケンダの攻撃だ。

追加の線虫が俺を引き裂きに来たに違いない。

着水時に水泡をまとっていたそれが、いよいよ宝石のような姿を現し、実はチョリソーの飴玉だということが分かった。

爆裂した飴玉が俺を縛り付ける線虫を引き千切り、俺の体は水面へと浮上した。

プールを脱出した俺は、内股で心細そうに立っていたチョリソーを床に組み伏せ、周囲を警戒した。

「なぜ来た。」周囲を警戒しつつ彼女を叱咤する。

「だって、ニカイーがピンチだったから。」

「チャケンダが狙っている。今すぐ逃げろ。」

「嫌よ!」

しかし、彼女の手足はチャケンダへの恐怖でガタガタと震えている。

「そんなにびびっていて、戦えるのか。」

「わたしはイェトみたいに強くはないわ。」

「解っているなら戻れ。」

彼女は唇を紫色にして怯えながらも、首を横に振った。

「何故、イェトや接点ちゃんが居ないのか判らないけど…」

「今回の試合の特別ルールでな、奴一人俺一人なんだ。」

「ニカイー翻弄されっぱなしじゃない。」

「ああ、うんざりしている。」

俺は、俺の肩に突き刺さった線虫を引き抜いた。

「あなたには多分、相棒が必要なの。そういう戦士なの。だからわたしは、出来るか?じゃなくて、やらなくてはいけないの!」

彼女が投じた3つの飴玉が、俺目がけて飛んできた3匹の線虫をそれぞれ撃墜した。

「わたしは逃げない。イェトとコンスースを助けたいから。」

俺は彼女の瞳の中に真意を探す。

そしてため息。なんてこった、この目、彼女は本気だ。

「まぁいい。奴の単調な攻撃に飽き飽きしていたところだ。足手まといがいた方が眠くならなくていい。」

天井のコンポジットサーフェスに線虫が何匹か蠢いているのが見えたので、袖搦の先端をハンマー状に変化させて天井ごと粉砕した。

「ちょっと!私たちの根拠の塔を壊さないで!」

「…前向きに善処する。」

「それ、やらないって言う意思表示の定番文句よね?」

「そうなのか?」

「白々しい。でも、戦いが膠着状態にある状況は大体呑み込めたわ。」

四方八方から線虫が飛んできた。

袖搦で上方の線虫共を蹴散らしつつ天井に穴を開ける。

「あーっ!また壊した!」

袖搦を長く伸ばして天井の穴に立てかけ、チョリソーを担いで上の階に駆け上がる。

スポーツ用品店に出たようだ。

ジャージが陳列されているコーナーに駆け込んでラックの影に隠れて座る。

「こんな感じで地味に攻撃されている。俺はこの程度の攻撃、痛くも痒くも無い。奴は何を考えている?」

俺に今一番必要な人間は”考える人”だ。馬鹿な俺に代わって頭を使ってくれる者を欲している。だから、チョリソーに質問をした。

「時間稼ぎ…かしら?」

彼女はそう答えた。

「根拠の塔が完成したら化物の監視機能が復旧する。長期戦は奴にとって不都合だ。」

「イェトは?彼女は大丈夫なの?」

俺ははっとしてイェトにテキストデータを送った。

「イェト、無事か?」


クレの世界。イェトさんは余裕をぶっこいていた。

「無事どころか勝利のBGMが欲しい処よー。」

イェトは上機嫌で戦っている。

意地悪く、マオカルをいたぶる様にだ。

ROM化すべきはニューオンとイカタコクラゲのクレだけなので、既にブラックリストに登録されているマオカルは俺がチャケンダに勝つまで抑えていればいい。

『勝てそうなのか?』

「コンスースとツイカウが来てくれた。負ける気がしないわ。はい、通信終了。」

ツイカウがニューオンを追い詰めている。

彼女が何枚も婚姻届を書いて紙人形を作り出すのだが、ツイカウの炎のチェーンソーでことごとく焼き裂かれてしまう。

「観念するんだ。そうすれば手荒な真似はしないから。」紳士的に提案するツイカウ。

この期に及んで、ニューオンのメガネに負けの色は微塵もない。

彼女には奥の手があった。

「婚姻届は紙だけではないわ。」

彼女はオンラインの入力フォームで婚姻届を書き、デジタルデータの人形を作り出した。

「さぁ、デジタルデータを焼けるものならやってごらんなさい。」

人当たりのいいツイカウの雰囲気がビリっと豹変し、ニューオンが怯む。

「焼き加減に注文があるなら、今の内に言っておけ。ボクが正気のうちにだ。」

チェーンソーから炎を飛び散らせて、バーサーカー状態のツイカウがデジタルデータの人形に襲い掛かった。

チェーンソーが当たる瞬間、デジタルデータの人形は部分的に値を0にして攻撃をやり過ごした。

「存在しない0を、どうやって焼いてくださるのかしら、色男さん。」

人形がツイカウを殴り飛ばした。

「人形はビットで構成されている。ビットが0の時は攻撃できないが攻撃も受けない。1の時は逆。つまらない仕組みだ。」

「そう?0を扱えるのは技術者だけ。あなたには効果的よ。」

ツイカウは火炎放射器を元の形に戻して巨大化させた。

「ならば丸ごと焼く!人形は全てのビットを0にできるのか?」

イカタコクラゲの化け物は毒を含んだ墨を吐いて、上空を舞うコンスースを撃ち落とそうと試みた。

コンスースは胸まで裂けた馬の口から胃酸を吐いて毒墨を迎撃する。

「いける!」

イェトはそう確信した。

仲間と力を合わせて勝利をつかむ。この充実感。

そこに心の隙があったというのか?

「ぐうぅ…」

突如、彼女は頭を抱えて苦しみだす。

「うあああさぁぁっっ!!!!」

少女の叫び声が虚無の天空に吸い込まれてゆく。


スパイタの世界、根拠の塔。

イェトから余裕たっぷりの返事を受け取った俺は、チョリソーと二人でチャケンダを引きずり出す方法を考える。

根拠の塔は13名…実のところオウフもパフォーマンスに専念しているので、12名で建造を続けている。

塔の姿は40%程度しかあらわになっていない。

「屋上に行きましょう。」

「エレベーターも階段も途中までしか無いぞ。」

「柱や梁を飛び移れば行けなくはないわ。」

「サーカスはイェトの専門だ。」

「わたしが屋上に行けば何とかできるの。お願い。わたしを守る人が必要なの。」

「ええ~。ちょっと考えさせてくれ。」

俺は580m先に霞む天井を仰いだ。登るの大変そうだな。

「ニカイー!」

「あぁ~、はい、はい。分かったよ。やるよ。やらせて頂きます。」

俺とチョリソーは柱に三角飛びをして、一つ上の梁にしがみ付いた。

チャケンダの線虫が、今日始めて俺ではなくチョリソー目がけて飛んできた。

「ニカイー!!」

「わーってる!」

袖搦をなぎなたの形に変形させて、線虫共を薙ぎ払った。

「別に大騒ぎせぬでもあれくらい、お前の飴で蹴散らせるだろう?」

「飴は一個でも多く温存したいの。」

その一言でピンと来た。

成程、そういう作戦か。

「大体分かった。」

袖搦を伸ばして上の階の半分完成している床に引っ掛け、チョリソーを抱きかかえて上の階へ飛ぶ。

その袖搦を引っ掛けた床は見る見る出来上がっていく。

完全にふさがってしまったら、俺達は床にぶつかって上の階に行けない。

「きゃあっ!ぶつかるっ!」

チョリソーが俺にしがみ付いてきた。

たまにはこんな役得があってもいい。

俺達は完成直前の床の小さな穴を見事潜り抜けた。

「ニカイーもやるじゃない。」

「二枚目の俺が、頂上まで持つかは保証できないぜ。なにせ俺は残念な引き籠りだからな。」

次の階へは出来上がりつつある螺旋階段を駆け上った。

後ろからニョロニョロと線虫が追ってくる。

「ひっ!」と、怯えるチョリソーが可哀想で、後4段の完成を待てず、彼女を次の階に放り投げた。

彼女の代わりに線虫に体を貫かれる。

「ニカイー!」

「大丈夫だ。」

俺は線虫の尻尾を引っ張り上げて、胴体を噛み千切った。

「不味い。」

「ニカイー。」

「なんだ。」

「思ったより、ワイルドなのね。」

「一日に一回だけな。先を急ぐぞ。」

下からエレベーターの籠が上がってきたのを見て、エレベーターシャフトの壁に穴を開けた。

籠の天井に飛び乗る。

高速で上昇。

線虫が追ってきたのを見て、また壁に穴を開けて、エレベーターの籠ごと斜め上に飛び出した。

天井に激突する前に籠の下側に逃げてぶら下がる。

籠が天井に刺さった後、籠の中をくぐり抜けて、上の階に上がった。

「今のエレベーターで20階は稼げたんじゃぁないか?」

「そうね。でも、まだ100階近く残ってるって知ってた。」

「お前の作戦は屋上でやらなければいかぬのか?30階位じゃダメなのか?」

「飴玉が落ちる方向に想像するのは楽なのだけど、登る方向は大変なの。チャケンダの尻尾だけで満足なら今やってしまうわ。」

「しっぽだけじゃ酒の肴にもならない。」

「じゃあ屋上ね。」

袖搦の端部に飛び乗ったチョリソーを上の階に放り投げた。

彼女に手を引いてもらい、俺も上の階へ。

上りのエスカレーターの上の方で線虫がウジャウジャと待ち構えている。

俺とチョリソーは線虫が居ない下り用のエスカレーターを駆け上がった。

それにしても屋上は遠い。流石にうんざりしてきた。

「おいチョリソー。一気に50階位稼ぐ方法はないのか?」

「無くは、ないけど…」

「じゃあそれで!」

「え?でも…」

「決定!今すぐやってくれ!」

「どうなっても知らないわよ?」

「なにっ!?」

嫌な予感がして決定を撤回しようとしたのだが、もう遅かった。

チョリソーが俺の隣にピッタリ寄り添いながら、オウフに「やって」と連絡をしている。

オウフがパフォーマンスを中断して集中すると、俺たちの足元に小高い台が出来上がってゆく。

「さあ、耳をふさいで。ニカイーの頑丈さだけが頼りよ。」

え?なに?頑丈さって。どゆこと?

俺達は台の上の50cm四方のプレートに立っていて、プレートの四辺に沿って壁が立ち上がった。

「これって…なぁ、これって…」

爆発音が俺の鼓膜を破裂させた。

チョリソーは俺にしがみついている。

プレートは俺達を真上に射出した。

「…ただの人間大砲!!!!」

何階か上に見える天井が、あっという間に目の前に迫ってくる。

その天井は袖搦で突き破れたが、腕の骨が折れてしまった。

次の数階上の天井は俺の体で突き破るしかない。

「チョリソー!しがみ付いて居ろ!」

背中を丸めて彼女の上に覆いかぶさった。

「ごふうっ!」

天井との激突で背中の半分以上を失った。

次の天井は20階近く先、今のうちに体の破損を復旧してしまわないと。

チャケンダの線虫が俺達を狙って飛んでくるが、流石に空を飛ぶ俺達が早すぎて的を外すようだ。

天井!

今度は袖搦の柄を膝にあてがって、腕の負担を減らした。

「うああっ!」

天井を3つ、突破した。

更に20階以上飛んで、天井を一つ突き破ったところで、上昇する勢いが収まった。

落下に転じる前に、袖搦を伸ばして、近くの梁に突き刺す。

「ふうっ。」

見上げれば屋上までもう少し。

「チョリソー、怪我はないか?」

「ありがとう。大丈夫よ。」

俺は飛んでくる線虫をかわしながら、梁に飛び移り、袖搦を引っこ抜きざまに線虫に切りつけた。

細長い線虫が真ん中から二本に切り裂かれてゆく。

それらはチョリソーの頭部の左右を通り過ぎる。

彼女はそれに触れることを恐れて顎をがたがたと震わせつつ左側を目で追った。

やはり、彼女のチャケンダに関する恐怖はぬぐい難いようだ。

「あと少し、走るぞ。」

彼女をチャケンダの攻撃から守りつつ、階段を駆け上がる。

だだっ広い屋上に到着すると、チョリソーはその中央に向かい、パンティーが見えてしまうことも構わずに、アイドル衣装のスカートのポケットの底を外側に引っ張り上げた。

圧縮してポケットに入れていた、彼女が持っている全ての飴玉。

いったい、何万個持っていたのだ?

屋上に小山が二つ出来上がった。

「飴玉よ走れ!」

チョリソーは屋上の床に手を置き集中する。

飴玉は建物の隙間を駆け回る。

俺はチャケンダの地味な攻撃から彼女を守る。

数分後。

「配置完了。」

どうやら建物の隅々にまで、飴玉が行きわたったようだ。

彼女が指を弾くと全ての飴玉が一斉に爆発。

そして…

轟音を伴って根拠の塔が崩れてゆく。

「え?なんで?なんでぇっ!?」

「お前の飴玉爆弾が何万もあれば、こうなるだろう。建物を壊せば奴が隠れる場所がなくなるって、そういう作戦ではなかったのか?」

「冗談じゃないわ。根拠の塔は私たちの夢よ。それを壊すだなんて…」

ズダンズダンと屋上が下に落ちてゆく。

「…え!?きゃあっ!」

「心配するな。お前は俺が守る。傷一つだってつけないさ。」

俺はチョリソーを抱き上げた。

「ついでに、僕のことも守ってくれないかな。」

いつの間にか、屋上にチャケンダが人間の姿で立っていた。

青髪を揺らして。

「いや、彼女にはまいったよ。数万個のオブジェクトを一斉に動かせるだなんてね。」

「根拠の塔の訓練で身につけた技術よ。」

「成程、バグを利用してrootに昇格するチート業か。人間の固定観念が邪魔しなければ、多分登り方向も行けたろうに。」

俺はチョリソーを肩に背負って、袖搦を構えた。

チャケンダは手を挙げている。

「まてよ、ニカイー。まだ、お友達からの連絡はないのかい?」

連絡?何のことだ?

ツイカウからの動画。彼の視覚情報と聴覚情報を合わせたライブ動画が飛んできた。

そこにはイェトが映っていた。

苦しむイェトが。

右足から右わき腹にかけて、すっかり蛇になってしまったイェトの姿が。

「イェト!」

さっき声高らかに勝利宣言をしていた彼女がどうして?

ああ、やはりバックグラウンドから出したのは間違いだった。

イェトが化け物になってしまう。

ツイカウが何か必死で説明をしてくれているが、ショックで理解できない。

「彼女はまだ変化しきっていない。」

しれっとそんなことを言うチャケンダを俺はにらみつけた。

「貴様、イェトがこうなるって知っていたな?こうなるのを待っていたな!?」

「今、問題にすべきはそこじゃぁない。そうだろう?」

「ああ。そして、そんな話ができるのは、ここに接点が居ないからだ。その状態を、お前は作った。貴様の目的は”ROM化されている化物全員の解放”なんかじゃぁない。俺との取引だ。」

「いや、はじめはその通り仲間の開放だったよ。だけどね、状況は常に変化する。僕はそれに柔軟に対応をした。」

ぬかせ。

チョリソーが「何の話をしているの?」とじたばたする。悪いがその質問に答える余裕はない。

「で、どうするんだい?」

「貴様取引をする。こっちの条件は、イェトとコンスースを人間の姿に戻すことだ。」

「接点に僕の秘密がばれるのは困る。二人を預かることになるがいいかい?」

「ああ。クソ忌々しいが、取引の場において、マァクを除けばお前程信用できる人間はいない。おっと、貴様は化け物だったか。」

建物が崩れてゆき、屋上もだんだんその姿を保つことが難しくなり、壊れてゆく。

下を見れば皆パニックに陥っている。

チャンネルを切り替えて逃げようとしているが、チャケンダの仕掛けがそれを許さない。

「僕の要求は、君が僕を追わないこと。それだけだ。」

「貴様が化け物になったら接点の要求に応じて追わざるを得ない。さもなくばプランBが発動される。」

「プランB?ああ、なんとなくわかるよ。その時は僕をROM化してくれ。」

「俺の追跡を逃れようとする目的はなんだ?」

「君らしくない。僕に興味があるのかい?」

「また、誰かを化け物にする気か?」

「それは絶対にしない。今のところする理由が無い。」

「俺を打倒するために、仲間を集めるつもりか?ROM化を解除して。」

「29年前。君とイェトに抗った僕の仲間達はどうなった?」

イェトが最も頼りになるが、今やコンスースやツイカウ、そしてチョリソーも戦力にカウントできる。たしかに化け物共を圧倒できそうな気がした。

「分かった、交渉成立だ。下の奴らは逃がしてやってくれ。」

「いいだろう。」

チャケンダがそう言うと、もう彼がこの世界に課したルールは消え去っていた。

他の世界にチャンネルを切り替えることは可能だ。

下でパニックを起こしている連中はそれに気付くやいなや、我先にとチャンネルを切り替える手続きを始めた。

チャケンダが右手を差し出してきた。

「何のつもりだ。」

「交渉成立の握手だよ。」

「クソ御免だ。」

「イェトが心配だろう?僕と一緒にクレの世界に行く方が早い。さぁ、手を握りなよ。」

「チート野郎が。」

チャケンダが「ふふっ」と含み笑い。

「なんだ?」

「実は手をつなぐ相手が化け物の姿にある時はこの技が使えなくてね。初めて知った時は驚いた。」

「そうなのか?ああ、それで…この前は仲間の化け物を置いて一人で逃げたのか。」

「膨大な知識とその理解力を手に入れてもなお、この世は知らないことだらけなんだよ。」

チャケンダはいたずら小僧の様に舌を出した。


以降、第二章「切離し実験編」に続く。

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