第十話 実力
第十話 実力
「ユキオさん、1シン行きますか?」
「うーん、あと一回ナミちゃんと打たせてくれよ」
俺はユキオがそう答えるのは分かっていた 俺に1シンで勝たせたい、ナミとのダブルスで勝ちたい、そう思っているのが分かっていた
「分かってるな 早く決めるんだ だが0−2で負けとかはナシだ だったら長引いたほうがマシだ」
「っす」
今日、ユキオはダブルヘッダーになってしまった 16:30から武道館で試合があるためここには14:30までしかいられない 現在13:55 あと2試合残っているがこの試合までだ 無類のプロレス好きであるユキオは半年も前から武道館の最前列チケットを確保していた そんな日にひよこたまごカップが重なってしまうとは 最後までここにはいられない でもギリギリまでここに残ることを決めたユキオ 恐らく試合前の名物のパフォーマンスには間に合わないだろう それでも残ることを決めたユキオの気持ちに応えるためにも1シンは俺がとる
相手はチームツインズのヒロシ さっき観戦した変則球のプレイヤーだ 何か違う サウスポーだ! ここに来て気付くとは まだ緊張が抜けていないらしい しかし試合前に分かってよかった 15年前俺にはどうしても勝てない相手がいた サウスポーの金子 奴は強かった そしてヒロシの変則サーブ これが返せない あの日のシャツのサーブを思い出す こいつらに二度負けるわけには行かない 俺は七色のサーブで攻めた アンダーとゼロスピン 変則プレイには正攻法で攻める ゼロスピンも3速まで上がってきた アンダーはエースを取りにくいサーブだ これを普通のカットで返すと上に浮いてくる このカットのかかったチャンスボールを叩くのが俺のパターンだが、今日の俺はことごとくネットにかけていた しかしヒロシを相手に俺は敢えてアンダーで攻め続けた 3球目のバッククロス サウスポーのヒロシにとってはフォアになるが関係ない 思い切り振りぬいた俺のバッククロス それを返せるのはユキオしかいない
ヒロシのサウスポーから繰り出されるフォアにはサイドの変則スピンがかかってくる スピンの回転はそう強くはないが奇妙な横揺れで迫ってくる 11点先取の3セットマッチ サーブは2本交代だ 互いに2点ずつ取りながらゲームは進んでいく 終盤に来ると自分のサーブは落とせないというプレッシャーがお互いにのしかかってくる 結局1セット目は僅差でヒロシに取られた しかし俺は確かな手応えをつかんでいた
2セット目 この日5試合目のヒロシに疲労の色が見えてきた ツインズのエースとして5試合連続で1シンの重圧もあったことだろう 俺はこれまでいい所がなかったが脚はよく動いている 相手の急所を突くのは勝負事の鉄則だ 左右に球を振り変則球のヒロシを揺さぶる これが功を奏し、リードを広げる 変則球はやはり難しいがペースはこっちにある ここを攻めるんだ 10−10 ここからデュースに入る サーブは1本交代だ 相手サーブを如何にブレイクするかがポイントだ 互いに1回ずつ相手サーブをブレイクして12−12 ここからの俺は集中力が違った アンダーとバッククロスでキープし13−12 ヒロシの変則サーブをキッチリバック側に返す 我慢比べだ 来た チャンスボール! 噛め! ドライブが決まり浮いた球をフォアにクロスで叩き込む よし! 3セット目だ
「ゲームカウント2−1。試合終了」
「へっ?」
始めは審判側のミスだと思った しかし記録をみると9−11、11−8、14−12 確かに俺が2ゲーム取っている 極度の緊張と集中力が相まって2セット目の記憶が抜け落ちていたらしい どんな形でも勝ちは勝ちだ ヒロシとの死闘を乗り越え、俺は自信を取り戻していた
ツインズのダブルスはヨネコとヒサコ ヨネコはこのブロックで恐らく最高齢でシューズは小学校の上履きである ダブルスはペアが交互に打つというルールがあるためフットワークが重要だ 高齢で上履きのヨネコはダブルスに不向きと思われたが、実に無駄のない動きだ 更にヒサコがヨネコの3倍は動き全てのコースをカバーする ここをユキオとナミは攻めきれるか?
1シンが長引き武道館遅刻が決定的となったユキオは、この日一番の集中力を見せた ナミに対する信頼感が芽生え、早い段階から打って出ている これが決まらなくてもナミが確実につないでくる そこに必殺のスマッシュが決まる つなぐ相手には早く決める 言うほど易しくはないプレイだが調子を上げてきたユキオは面白いほど決めていった ゲームカウント2−0
3シンはミッキーとツインズのミナコ 初心者のミナコをミッキーは容赦なく攻め、ゲームをものにした 3−0 完全勝利だ
つづく