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【短編シリーズ集】おもちゃ箱  作者: トネリコ
一流目指す親分子分
7/7

里帰り(子分視点)

 挿絵が終盤に入っておりますゆえ(´`)


 ミニ説明:あの日の裏側や、勘違いなどを第1弾とリンクさせて書きました。Word2面流です。

 

「よお! さっきコレ渡されたんだけどよ。お前も隅に置けねえなあ。返事は俺に渡してくれればいいから」


 同じ騎士団の仲間に呼び止められて、にやにやと笑いながら渡される。なんだろうと首を傾げつつ受け取ると、なんと人生初の恋文だった。思わずドッキリじゃないかとキョロキョロ周囲を確認していると、同僚が先程までのにやけ笑いを消している。


「あー、ところでよ、なんだ、団長はいいのか?」

「親分っすか? ふつう言うもんすか?」

「あー、ふつうというか何というか…」

「? 歯切れがわ…、あっ! ごめんっす! 話は後で!」


 実は、親分が総長の部屋に殴り込んだと、とある伝手からリークしてもらったのだ。

 前みたいに一人置いてかれては堪らないと、親分の待つ執務室まで全力で急ぐ。着いた!と内心思い、親分を呼びつつ中に入ると、いきなり目の前に何か飛んできた。

 一瞬身構えるも、親分が危ない物など投げてくるわけないと、思考が判断する前に勝手に体の力が抜ける。

 そんなこんなで、無防備なところにベシッとクリーンヒットした。


 うう、ひどいっす…と親分と会話していると、用件を聞かれる。


 なんで総長のところに殴り込んだのか聞こうとして、急に恋文のことが頭に浮かんだ。どうしよう、報告すべきか、いやでも…と、暫しまごつく。


 すると、焦れたのか親分が聞きたかったことを話してくれた。


 ――…まともな休暇!休暇である!あと10年は無いかと思ってたのに、親分はあのオーガもどきから勝ち取ってきたのだ!


 さすが親分!とますます尊敬の念を高めていると、なぜか哀れんだ目で見られた。


 思わず、親分の哀れむ目とか!ファンクラブや親衛隊に流したら崇められるほどのレアっすと考えてしまった。


 結局、なぜそんな目なのかと聞いても答えてくれず、日時と集合場所だけ言い渡される。明日とはまた急な話だが、故郷のためである。情報収集しやすいよう根回しグッズをピックアップしていると、親分に何を目指しているのかと聞かれた。


 もちろん花丸満点の答えを返したが、なぜか外に摘まみ出されてしまった。


 ――…解せぬ


 仕方なしにおやぶーんと呼んでいると、微かな声が聞こえる。いつも何だかんだと親分は甘いのだ。踵を返し、さっさと仕事を終わらせて最高のものをプレゼントしようと意気込む。


 恋文のことを言うのを忘れたと思い出したのは、村人分のクッキーを作り終え、味見をしている時だった。


 ――…やばい。返事どうしようか…。んむむ、よし、任務の後で返そう


 取り敢えずそう決めると、さっさと今日は寝ることにした。





 明け方、六ツ半に家を出る。待ち合わせは八ツ時だ。一応昨日の内にいろいろと情報を集めていたが、心配なので早めにいって調べとこうと考えていると、目の前に朝市場が見えた。

 気軽に挨拶していくと、おはようやら団長様は元気かい?と聞かれる。にこやかに返事を返していると、急に腕を掴まれた。


「なんすか?」

「へえ~、かわいい顔してんじゃん。なあ、俺とどっか行かね~?」


 どうやらこんな朝から酔っ払いのようだ。一応一般人なので、手荒には出来ない。


「離して欲しいっす」

「なあ、いいじゃん」

「はぁ、自分は男っすよ?」

「またまた~。ほら行こうって」

「いい加減にするっす!」


 親分仕込みの投げ技で相手を投げる。地面に激突する前に勢いを殺したが、それでも悶絶している。まあ青あざぐらいだろうと、さっさと行くことにした。


 すると、後ろから呼び止められる。まだ立つのかと驚いていると、


「ここまでコケにされたのは初めてだ…。おい、野郎ども!!」

「「「「「へい!!」」」」」


 どこから現れたのか、わらわらと下っ端ABCDEが出てきた。


「おい、あの女を捕まえろ!」

「「「「わかりやした!」」」」

「嬢ちゃん、すまないが覚悟してもらうぜぇ」

「ちょ、時間ないんで止めてほしいっす! あと、三流の子分達は引っ込んどくっすよ!」


 何故か早朝から始まるストリートファイト。朝市の皆さんは周りで酒を持って来たりり賭けをしたりと、楽しそうにやんややんやと盛り上がっている。


 下っ端A の こうげき!

 子分 は 避けた!

 子分 は A を こうげきした!

 下っ端A は 倒れた!


 下っ端B の バックアタック!

 子分 は 避けた!

 子分 は B を 投げた!

 下っ端B は 倒れた!


 下っ端CDE の トリプルアタック!

 子分 は 魔法 を つかった!

 下っ端CDE は 倒れた!


 酔っ払いが仲間になりたそうにこちらを見ている。


 子分 は 酔っ払い を こうげきした!


「ふう。これに懲りたらもう強引なナンパは止めるっすよー。じゃ、急ぐんで!」


 死屍累々の処理を頼み、おっしゃー!!やら、くそ、大穴狙いだったのにという観客を掻き分けて先に進もうとする。すると、「まてよ」と声が聞こえた。

 思わずギギギっと後ろを振り返ると、よろけながら立ち上がる酔っ払いの姿が。

 観客も思わず静まる。


「あんたのパンチ効いたぜぇ。夢から覚めた気分だ。どうやら俺は本気であんたにほれ」

「言わせないっすよ!!」


 子分 の 会心の一撃!

 クリティカルヒット!

 酔っ払い は 星になった!


 はあっ、はあっと荒い息を吐きつつ、虚しい勝利を噛み締めていると、かなりの時間が経っていたことを思い出す。


 あとはよろしくっす!と頼み、正門までダッシュするのだった。




 ――…やっと正門が見えてきたっすよ


 なんとかヘロヘロになりつつもラストスパートを掛けていると、また声が掛けられる。


 若干キレ気味半分、恐怖半分で答えていると、何故かそこに居るはずのない親分が居た。


 混乱しつつ、考えこんでいる内に馬と一緒に外へと連れ出される。


 どうやら騙されていたようだ。次は負けないと親分に再戦を誓いつつ、気になっていた焼き鳥について聞くと、親分は渋い顔をしていた。

 焼き鳥を貰い、村まで馬でとばすことにする。ちなみに焼き鳥はおいしかった。


 馬に乗り、さあこれから出発という時に、手ぶらなのを訝しみもせず言われる。信頼が嬉しい。

 驚かせようと思い、村人分も作ったと言うと「よくやった」と褒められた。


 逆に驚いて親分を見ると既に馬を走らせている。


 慌てて追いかけつつ、うれしいうれしいと声に出してしまっていた。親分に褒められるなんて、子分冥利に尽きるのだ。





 何事もなく村にたどり着く。一応安全なルートを選び、過去出現した魔物も調べていたけど杞憂でよかったと思った。親分も調べていたようで、考えていたルートも同じだった。

 村の様子は昔と変わらないように思う。親分が目を細めているのを見て、自分も同じように目を細めた。


 入口あたりで馬と一緒に待機していると、昔よりも小さくなったが見覚えのある姿がやってくる。


 思わずシャキシャキと歩いてくる姿に呟いていると、じいさんが一旦立ち止まり、そのあと猛ダッシュでこちらに向かってくる。


 逃げ腰になっていると、親分から「達者でな」という言葉と共にぐいっと引っ張られ、華麗に宙を舞う羽目になった。


 号泣している村長と馬達を引き連れて去る親分を見送り、先に挨拶回りをすることする。


 一軒一軒、クッキーを手渡しつつ昔馴染みと会ったり奥さんや娘さんと会話していくと、ある家では元いじめっ子の親分の奥さんになった同級生に会い、旦那の居ぬ間に愚痴やら惚気やらを聞かされた。

 一応村長の家にも行こうかと思ったが、村長の奥方に道端で会うことが出来たので、その場でクッキーを渡しておいた。





 さて、後回しにしていた最後の家の前に立つ。もう夕方に差し掛かっている。街ならいざ知らず、村では日が落ちれば直ぐに暗くなってしまうのだ。もうパパンもママンも帰っているだろうとドアの前でドキドキしていると、急に目の前でドアが開いた。


 驚いて固まっていると、「もう~、おそいわよ~。早く上がってらっしゃい」と、ママンの声が聞こえる。


「あれ? ママンなんで知ってたんすか?」

「パパが、会う人会う人みんなに言われたっていってたわよ~」


 その言葉と同時に、パパンがママンの後ろから顔を出す。

 思わず無言でいると、「おかえり」という言葉がやさしく聞こえた。


「…ただいまっす」


 なんだか帰ってきたという実感が湧いて、ふにゃりとしてしまった。



 ママン達にクッキーを渡す。親分の分も…と考えていると、ママンが、お礼に親分が一番好きなクッキーの作り方を教えてくれることになった。それを渡して驚かせてみたら?と言われたので、親分の分はそれにしよう!と、親分用のクッキーは自分で消費することにした。


 ママンはもう晩ご飯を作っていたようで、やる気が出たのか更に追加で作っている。手伝いを申し入れるも、今日ぐらいゆっくりしなさい、と無理やり席に座らされてしまった。

 仕方なくそわそわしつつ席に座っていると、パパンから話し掛けられる。


「仕事はどうだ?」

「ばっちりっすよ! ちょっと前に、親分と騎士団でこんなに大きい亜竜を退治したっす!」

「そうか…。元気でやっているんだな」

「もちろんっす。親分の体調管理も自分の仕事なんすから」

「はは、それは頼もしい。もちろんお前も元気そうで安心したよ」

「一流の子分は自分の体調も管理するものなんす。だから安心してほしいっすよ、パパン」


 笑顔で会話していると、ママンが料理を運んでくる。並べるのを手伝っていると、ぐう~とお腹が鳴ってしまった。


 昼飯が15種類の干し肉パーティーだったのが悪いんす…と、誰にともなく言い訳していると、ママンが「先に始めましょうか」と言ってきた。


「ええ! そんなのわるいっす!」

「ふふ、そうね、じゃああの子のお話を聞きながらゆっくりしておきましょうか」

「……。…こはいるのか」

「? パパンどうしたんすか?」

「…か、彼氏は居るのか?」

「まあ、あなたったら、そんなこと気になってたの?」

「仕方ないだろう! で、どうなんだ。その、居るのか? 居ないのか?」

「いないっすよ! 虫はつく前に退治され…いや、何でもないっす。親分は大丈夫っす」

「そ、そうか。あー、じゃあお前はどうなんだ。もっとあいつと仲良くとかだな」 

「そりゃあもちろん。もっと精進していく所存に決まってるっすよ」


 そこまで話したところで、コンコンと玄関のドアをノックする音が聞こえる。


 結局、みんな手を付けずに待っていた。


「そうだ。ママン、遅かった親分にイタズラしやしょう!」

「あらあら楽しそうねえ。じゃあこうしましょうか」

「おいおい」


 呆れるパパンもなんのその。ママンが返事したのを合図に、ガチャリとドアを開ける。



 …少しイタズラしただけなのに、なんかベチョベチョするものを全力で顔面に投げられた。




 四人での食事が始まる。親分の武勇伝をパパン達に教えようとしたら、なぜか足を踏まれて、もぎ取ると脅された。  


 ――解せぬ


 分からぬものは分からぬ、とパパンの許可も得たのでひたすら目の前の料理を食べていると、変わらぬ美味しさに箸が止まらなくなる。

 思わずお代わりを申し入れると、親分が好物を食べられたことに気付いたようで、そこから仁義なき争奪戦が開始された。


 こうして、初日の夜は和やかに更けていった。





 翌朝、早目に起きてママンのお手伝いをすることにした。


 ――さすが親分のママンっす。この手際、知識量、発想力、小さい頃から見ていたけど更に進化してるっす。


 改めてママンの凄さを感じ、自分も負けていられないと意気込んでいると、親分も降りてきたようである。


 なので、きりのいい所で切り上げ、ママンとの合作をパパンと親分の所へ持っていく。


 なぜか親分がチラチラ料理と自分を見てくるので、昨夜のことを思い出しこっそり耳打ちしてあげると、内角をえぐるような鋭いリバーブローが体に突き刺さった。


 せっかくの美味しい食事もままならず、食卓に突っ伏してしまった。





 さて、任務のために村長宅へと向かう。村長の奥方からクッキーの感想を受け取っていると、親分から睨まれてしまった。

 昨日約束したのに渡さなかったことだと思い、まだママンから作り方を聞いていないので、そそくさと逃げるように村長宅へと入った。


 村長からの話で、村人が見たという魔獣はマークの可能性が高いと判断する。


 一応、念の為発見者である村人からも話を聞くことになった。


 少し気になることがあり、ぼんやりしていると親分に置いてかれてしまった。慌てて親分を呼びつつ駆け出すと、予想通りの姿が。


 にまにまとこちらを見ながらバカにしてくるので、昨日聞いた話も入れつつ反撃していると、親分に呆れられながら止められる。


 しっかりしなくては、と姿勢を正して話を伺うと、悪い情報が入ってくる。親分も同じ可能性に至ったのか、難しい顔をして考え込む。


 丁寧なお辞儀をしてその場を去る親分に続こうとして、ぐいっと首元を引っ張られた。


「どいつもこいつも、なんなんすか! 親分に置いてかれるっす!」

「そう怒んなって。で、どうなんだよ」

「どうってなにがっすか! というか、離すっすよー!」

「ほら、ずっと一緒にいて、しかも相手はあんな別嬪なんだ。そんな形でも男だろ。言いたいことは分かるよなあ」

「分からんっすよ!」

「はぁーー、ガキかお前は」

「そっちこそ、親分のこと色目で見てたってチクらせてもらうっすよ」

「ちょ、まて、それは言葉のあやでだなっ」

「問答無用っす!」


 その時一方的な念話が親分から届く。慌てて親分の方を見ると、既に豆粒のようになっている。


「ちょ、おやぶーん!!」

「けけ、置いてかれてやんの」

「…。あ、奥さん丁度良い所に! 聞いて下さい! さっきこの人が…」

「まっ、なんか奢るから!! ごめんって!」

「…。あんた、何の話?」

「いや、久しぶりに会って懐かしいな~とか、な? な?」

「いや違うっす」

「家族会議ね」


ちょ、待てこら!という声を後ろに、さっさと歩き出す。


ざまあみろっすと思いつつも、出てくるため息は堪えられなかった。





 気を取り直して情報収集に専念する。


 親分からは大蛇の痕跡の調査を頼まれたけど、こんな風に地域の情報を直接入手出来る機会など滅多にないので、他の情報も入手していこうと目当てのものを探していく。


 程無くして井戸端会議をしている奥様方を見つけた。


 都市内では変装したりして情報を得ていたが、今回の化粧道具のお仕事は貢ぎ役のようである。


「あら~、クッキーありがとうねぇ。おいしかったわぁ」

「よかったっす! レシピ持ってきたっすけど、いるっすか?」

「まあ! もらっていいかしら」

「ウチも欲しいわ」

「どうぞっす! 簡単なんですぐマスターできるっすよ。あ! 奥さんネイル綺麗っすねぇ」

「よく気付いたわねぇ。これ行商で買ったんだけど、最近は高くなってきてねぇ」


 井戸端会議での話題はくるくる変わる。大蛇の現れる前兆の有無や、物価や流行、ついでに旦那さんの愚痴を聞くと、キリのいいところでその場を去る。


 今度はきこりのお爺さんだ。ここ最近は山への立ち入りを禁止されて困っているらしい。話を聞いていても、動物の減少や不自然な倒木はなかったと言っていた。


 いたずらに大蛇がいるかもしれないと話す訳にはいかないので、様々な人から世間話や魔獣調査と称して話を聞いていく。


 一通り住民から話を聞き終わった後、村長の家へ向かう。もしもに備え、村長夫妻には最悪のパターンを伝えておくためだ。避難方法や連絡先、パパン達との協力をお願いする。



 結果、正座で痺れていたところを号泣ベトベトタックルされた。地面と水平に吹っ飛んで壁にぶつかる。



 ――じいさんまで進化してるっす…。これ魔獣にも勝てるんじゃ…



 一瞬浮かんだ思いも、霞む意識に流される。


 すると、いきなり母さんが出てきた。川の向こうに立っている。


「! 母さっ…?」


 何故か足元にあった石を大きく振りかぶって顔面へフルスイングされた。


 ――解せぬ


 束の間の気絶から分かったことは、昨日のベチョベチョの正体とじいさんと母さんの戦闘力だけだった。





 減りゆくやる気を惜しみつつ、ママン達の家へと戻ることにする。


 もしかしたら先に着いているかもと途中から小走りだったが、どうやら自分の方が先だったようだ。


 もうすぐで五ツ時だったので、玄関の外で待つことにする。


「おかえりなさい。入らなくていいの?」

「もうすぐ親分が来るんで、どうせだし待っとくっすよ~」


 そう言うと、ママンは中へと戻る。少しして甘い匂いがし始めた。どうやらクッキーの準備をしているようだ。


 匂いに気を取られつつ頭の中で情報を整理していると、おかしいことに気づく。


「あれ? 聞き間違えたっすかねぇ…」


 内心で少しも信じていないことを口にしつつ、森の入口がある方を見る。平野なので、かなり先まで見通せる。


 親分が約束を破ったことなどない。有言実行どころか、不可能と言われたことさえも不言実行してきたのである。


 ――もしかして動けない程の怪我をしたんじゃ…


 そう思った瞬間、いてもたってもいられず森に行こうと考える。


 ――あ、ママンに伝言頼んどかなきゃ


 親分とすれ違わないよう、ママンに伝言を伝えるため大急ぎで家の中へ入る。


「ママン! ママン! ちょっと親分探しに行ってくるっす! 伝言頼んでもいいすか?」

「まぁまぁ、そんなに慌ててどうしたの」

「親分が帰って来ないんすよ。今まで約束破った事なんて無かったのに…。怪我してるかもしんないんで、行ってくるっす!」


 そこまで言うと、ママンは急にクスクスと笑い出した。


 驚いて、焦りも忘れてママンを見る。


「過保護ねぇ。心配しなくても大丈夫だと思うわ」

「ママン! そんな悠長な!」

「ふふ、わたしの娘であなたの親分よ? あの子はそんなに弱いかしら?」

「ううー、でも」

「親の勘なんだけどね。あの子はあなたに断りもなく居なくなりはしないわよ」


 ママンが自信満々にそう言うので、そうかもしれないと思った。


 不思議と、ママンの言うことは正しいと思ったのだ。


 それでも、時々そわそわと落ち着かなく窓の外を見ていると、見かねたママンが提案してくれる。


「そうねぇ、じゃあ今からクッキーを教えあいっこしましょうか」

「教えあいっこっすか?」

「ふふ、ウィンウィンの関係でしょ?」

「そうっすね! ウィンウィンっす!」


 それからママンと一緒にクッキーと、どうせだからとそのまま晩ご飯を作り、パパンに味見してもらう。


 黄金比率…さすがママンである。ママン程の域には達しなかったが、なんとかそれなりのものを会得出来た。


 パパンにも出来たと報告すると、口元を抑えつつ涙を流して喜んでくれる。


 ――…、さすがに魔法で時間短縮できるからって、クッキー100枚は作り過ぎたっす


 少しパパンに申し訳なく思っていると、ずっと村に張り巡らせていた広域探知に親分の気配が引っ掛かる。


 魔力の反応を見るに、怪我しているようではなさそうだ。


 手早く調理器具を片付けつつ、ドアの外へと向かう。


 ママンも察したのか、一緒に付いて来てくれた。


 ふつふつと湧いてくる思いのまま、家の前まで来た親分を見る。


 目線を逸らしつつも、流石の親分は堂々とした雰囲気を崩さない。


 しかし、ひたすら笑顔で話していると、親分の顔色が段々と青から白へと変化していく。どうやら、無意識の内に放出していた魔力がオーラのように立ち昇っていたようだ。


 最終的に無言になった親分を笑顔で見ていると、ママンが「ふふ、許してあげなさい」と入ってきた。


 すると親分はママンにキラキラした目を送り、そそくさと中へ入ろうとする。


 ぶすくれたまま親分を見ていたら、すれ違いざまに、親分が本当に小さな声で一言呟いた。驚いて思わず叫んでしまい、咄嗟に頭を庇うもどうやら聞こえていなかったようで、親分はさっさと中へと入ってしまった。


 ママンはクスクス笑い、後へと続く。パパンもこっそり心配していたようで、親分に、心配掛けるなよと言っていた。


 パパンもっと言ってやってくだせぇと隠れて応援していたら、何故か親分にバレてデコピンされた。


 理不尽だと思った。




 ご飯を食べて、情報交換。どうやらマークが番でいたようである。こちらの情報と照らし合わせても、親分の意見と同じになった。


 親分が警告してきたのを見て、少し前までの自分を思い出して苦笑してしまった。


 ちなみに、食事の時に少し動きが鈍かったことを指摘すると最初は気のせいだの一点張りだったので、約束破りを盾に聞き出した後は怒っておいた。


 まったくもって世話の焼ける親分である。


 明日も早いため、親分と別れた後は直ぐに眠るのだった。





 翌朝、早い内から起きて親分用のクッキーを作っておく。村長が、今日順調に行けば宴を催すと言っていたので、その時に渡そうと考えているとママンが起きてきた。


 一緒に朝ごはんを作っていく。


 朝の時間は、何故か忙しなく感じる。


 お互いに無言で手際よく手を動かしていると、ママンがポツリと「新作を考えたから、帰ったら食べて感想を頂戴ね」と言って微笑んだ。


 「もちろんっす。ママンの絶品を毎日食べられるパパンが羨ましいっすよ」と、お互い笑いあった。


 暫くしてパパンに続いて親分が起きてくる。


 食卓に料理を並べ終えたあと、昨夜の打ち合わせ通り、真剣な顔をした親分がパパンとママンに話し始めた。


 辛そうな顔をした二人に、咄嗟に言葉を掛ける。


 それでも笑みが強ばったままなので、さらに言葉を被せようとした時、横から親分が話し始めた。


 あの時みたいな、この人に任せれば大丈夫だと誰もが思う、惹きつけられるような存在感。


 言葉一つ一つが、二人を安堵させていく魔法のようだ。


 柔らかな笑顔を浮かべた二人を見て、二人と同じ様に、もう解決したかのような安心感を抱いた自分を見つけて思わず呟いてしまう。


 早く親分みたいにでっかくなりたいと、取り敢えずは目の前のご飯を口に詰め込んでいくのだった。





 森の手前で探知を起動する。最初聞いた時は驚いていた親分も、出来るのなら、と即座に作戦に組み込んでくれた。


 期待に応えようと、親分から聞いた位置の方へ集中して探知の距離を伸ばしていく。


 見つけた。


 親分を呼びつつ、その反応目指して進む。


 なんとか巣穴と思しき場所まで辿り着いた。反応は二つともその中だ。


 マークに罠など効かない。直接対峙するよりは、先に削れるだけ削らして貰おうと、火や風系の魔法を放っていく。


 もうもうと立ち込める煙の中、探知により捉えていても掠りそうな勢いの攻撃が来る。避けようとする前に親分が首襟を掴んで下げてくれた。


 詠唱していた魔術を煙飛ばし用の風に変える。


 晴れた視界の先にいるのは、右腕のちぎれたオスと、それより少し大きい興奮したメス。


 片方ずついけるか?と考えたところで、親分が飛び出し、2頭相手に立ち回り始める。


 「大きいの一発」という要求に、勝手すぎると返しつつ、絶対に逃げられない魔術を選択して魔力を練り始める。


 魔力を練っている間は無防備になりやすい。


 親分は常にマークとの線上にいる。


 周囲へのごくごく小さい範囲の探知と並行しつつ、魔力を練っているとギュリュウゥゥッという鳴き声が聞こえた。


 視線を其方へやると、メスが動かずに魔力を練り始めている。


 思考を分割し、おそらく火炎系のブレスを吐こうとしているメスへ、見掛け倒しの魔術を放つ。


 咄嗟に避けてしまい行動をキャンセルされたメスは、ひと睨みして向かって来ようとした後、横から入った親分に鼻先を削がれる。


 親分は一瞬こっちを見たあと、またひらりひらりと避けながら攻撃を加えて時間を稼いだ。





 いける!!


 親分に声を掛け、親分の離脱と同時に足止めされたマーク達へと魔術を放つ。


 何とか上手くいったことにホッとし、親分をチラリと横目で見た。


 先程までの戦いを見て、何処で聞いたのか、ふと「置いてかれてやんの」という言葉が頭に浮かぶ。


 いつもなら有り得ないのに、暫しぼうっとしてしまった。


 親分がこちらを見ていたのに気付いて、「いいカットサイズになったっす~」と誤魔化していたら、いきなり親分がこちらに向かってきたと思った瞬間に地面に転がる。


 何が起こったと体を起こした瞬間に、全てを悟った。


 親分が子蛇の口を裂き、地面へと落ちる。無我夢中で風の魔術を使ってそっと受け止めた。


 親分を背に庇い、首を振り回している子蛇を睨む。向こうもこちらに気付いたのか、憎悪の眼差しでこちらを見る。


 後ろで親分が「後は任せた」と言って気を失った気配を感じた。


 ――ああ…、自分の不注意が招いた事態だ。この苦い思いも、全部自分のせいである。ただ…


 そう思い、傷口から血を滴せながらも、動かずこちらを見る子蛇の目を覗き込む。


 八つ当たりだと思いつつも、子蛇への殺意が溢れ出して止まらなかった。


 子蛇の瞳に映る憎悪がぬるま湯に見えるほどの仄暗い殺意を、目に込めて睨みつける。


 何故か攻撃してこない子蛇を油断なく見つつ、只管に低級の無詠唱魔術を準備していく。上級のであると攻撃され途中でキャンセルされる恐れがあるからだ。しかし、低級で上級ほどの威力を望むとなると、馬鹿馬鹿しい程の効率の悪さとなる。


 だが、今此処で発揮せずして何の為の魔力量、何の為に磨いた技術か


 親分の足を引っ張るだけの子分など存在しない方がましである。


 高まる魔力の密度に慄いたのか、弾かれた様に子蛇が動き出した時には全てが終わっていた。


 僅かに残った理性で証明部位のことを思い出し、仕方なく忌々しい頭だけを残して他は跡形もなく細切れにしてこの世から消し去る。


 まだ生きているのか、動けもしないのに睨みつけてくる頭を放置して、念入りに周囲を探知した後はひたすら親分の治療に取り掛かった。


 と言っても血止めの応急処置しか出来ず、顔色の悪い親分をそっと抱え上げる。


 マークだったものを空間魔術内にしまい込み、後ろを振り向く。生きているのなら放置していこうと思っていたが、どうやら事切れていたようだ。


 頭を仕舞うと、村医者のところまで全速力で駆けるのだった。





「先生! 親分の様子は!?」

「大丈夫ですよ。毒も受けていませんでした。目を覚ましたら造血作用のある食事を食べさせてあげて下さい」


 パパンやママンだけでなく気付いた村人全員が、医者の診断を怖々待っていると、先生が微笑みながら「応急処置が的確でした」と言いつつ結果を伝える。


 周囲が歓声に包まれ、目を覚ましたら宴だ!と叫ぶ中、一人黙って俯いているとパパンに肩を叩かれた。


 つい、自分の所為なのだと、約束も守れない自分は子分失格だと泣き言を言ってしまう。


 親分が甘いのをいいことに、足を引っ張るだけの存在になるなど許される筈がない。


「パパン。親分から離れた方がいいっすかねぇ」


 ついつい苦笑いで聞いてしまう。すると、パパンは黙って頭をわしわしと力強く撫でた後、一言「この子を任せられるのは、お前だけだと思っている」そう言って、先生の所へと行ってしまう。


 目を丸くして驚いていると、ママンが横でクスクス笑い「さあ、お家に帰りましょう」と言って手を引いて歩き出す。


 了承を得たのか、パパンが親分を背負って待っていた。


「ごめんなさい。ありがとうっす」


 誰に言った言葉なのか、「後でいっぱい怒りましょうねぇ」と黒い笑みを浮かべるママンと、珍しく頷いているパパンに、自分の分は後にしておこうと親分に合掌しておいた。





 家に帰って暫くしても親分は目を覚まさない。


 パパンやママンに止められつつも、無理を言って寝ずに看病していると、つい親分のいるベッドでうとうとしてしまった。


 浅い眠りで微睡んでいると、ふわふわと夢が浮かび上がる。


 二人して走り回った夢。

 木陰で休憩した夢。

 じいさんの所からこっそり本を取って来て、二人して原っぱで読んでたらその後こってりと怒られた夢。


挿絵(By みてみん)


 そういや村のお祭りの時に花輪を作って貰ったりもしたなぁ…。


 思い起こされる小さい頃の事を眺めていく。


 そして、故郷に居るからか、親分と最初に出会ったころの夢。


 ピーピー泣いていると、いつも颯爽と助けてくれるヒーロー。


 母さんが死んでしまった時も、自分なんかのために一人で森の中に飛び込んで行ってしまった。


 戻って来ない親分を心配して、パパンやママン達の下へとあの時は走ったっけなぁ。


 次々と現れては消える思い出の欠片に、昔から成長していないようだとがっかりしていると、不意に名前を呼ばれた気がした。


 幼い頃の、母さんが自分を呼ぶような感じ。


 驚いて顔を上げると、そこには口元を抑えた親分の姿が。


 ――あれ?さっきの親分が?


 少し寝ぼけていたが、相変わらずの親分の様子に一気に安堵や怒り、それと同時に先生のところで抱いた思いが湧き起こる。


 だが、抱いた思いも即座に却下され、さっさと鼻先でドアを閉じられてしまった。


「親分、右手でドア開けてるっすよ」


 言葉は届いただろうか?少しして親分の悲鳴が届く。けど、


「今度からは無傷でと約束させるべきだな」

「あらあらまあまあ、心配したのよ」


 というパパンとママンの言葉に、もう少しだけ後で助けようと考えたのだった。

 

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