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【短編シリーズ集】おもちゃ箱  作者: トネリコ
一流目指す親分子分
6/7

里帰り〈親分視点)

 終盤に、温かい挿絵が入っております。もし挿絵等が苦手な方がおりましたら、右上より非表示設定にして下さいませね(´`)

 

 ミニあらすじ:やられ役でも何でもない、男性よりも男らしい親分と、女性よりも女性らしい子分のある日の里帰りの風景。基本ほのぼのコメディーでっす

 

 遠くから勢いよく走ってくる音が聞こえる…と思った瞬間、ガチャっと執務室のドアが吹き飛ぶように開いた。ノックもせずにこんな入り方をする者など一人だ。


 私はドアが開いた瞬間、執務机の引き出しを開け、見つけたそれを思いっきりぶん投げる。この間数秒。最早条件反射である。


「お・や・ぶーー…、うぎゃっっ」

「ノックをしろといつも言っているだろう」

「目がぁ、目があーー」

「そこは額だ。あと邪魔だ、中に入ってやれ」


 ひどいっすよーとぶつくさ言っている男を机の前まで呼ぶ。ここまでが一連の流れと化している。


「そんなに痛いなら学習しろ。無理なら避けろ。子分の頭がこれ以上お粗末になったら、父と母に申し訳が立たない」

「えー、無理っすよー。親分の愛のムチは受けるもんっす。一流の子分は様式美も守るんすよ」

「私は賢い子分が欲しい。それで、何の用だ? 用がなくちゃ~とかは省け」

「うえーい。えーっとっすねぇ。…実はっすねぇ…」


 何故かチラチラと此方を見ながら、照れてもじもじしている。


 …、…イラっとした。


 長くなりそうだったので、先に此方の要件を済ますことにする。


「おい、子分。その握っているやつを読んでみろ」

「うげ、これ任務状じゃないっすか」

「よく読め、簡単な魔獣の発生調査任務だ。場所は故郷であるリエス村。本来なら団長と副長が両方離れることは難しいのだが、ここ数年働き詰めだったろう。今は状況も安定しているしな。総長から無理やり有給休暇をもぎ取ってきたんだ。…まあ、ついでに任務も押し付けられた形だがな」

「うおー! さっすが親分! 最高っす! 帰れるのなんてもっと先だと思ってたっすよ!」


 興奮してか大きな瞳がよりキラキラしている。つくづく、こいつは女顔だなと感慨深く思った。華奢で身長も小さく、女にしては大きい方の私と同じくらいだ。そういやこいつ、最近騎士団内で同性の隠れファンクラブ作られてたな…。哀れだし内緒にしといてやるか…。


 私が哀れんだ目で見ていることに気付いたのか、不思議そうな顔をして首を傾げている。


「親分、何故にそげな顔?」

「自分に聞け。取り敢えず明日八ツ時に正門だ」

「ちょっ、明日って早いっすよ!」

「荷物などいつもので良いだろう?」

「化粧道具を買い揃えなくちゃ!」

「…子分よ、お前は何を目指しているのだ」

「え? そりゃあ勿論親分の一流の子分っすよ!!」


 一流の子分に何故化粧道具が必要なのか理解出来なかったが、取り敢えずドヤ顔が鬱陶しかったので部屋から摘まみ出しておいた。


 ドアの外からおやぶーんと空耳が聞こえるが、いつものことである。

 ……急に「明日のクッキー楽しみにしている」と本当に小さな声で独り言が言いたくなった。

 そして、その途端足音がドタバタと去って行くのもいつものことである。


 そういや子分の要件は何だったのかという疑問は、足音が聞こえてから暫くして気付いた。





 明け方、六ツ時半に家を出る。久しぶりに帰ったが、なんだか逆に居心地が悪かった。選択を間違えたかと溜め息を吐きつつ歩いて行くと、早朝から精を出す人々が見えた。向こうも此方に気付いたようだ。


「やあ、団長様じゃないか! 見回りかい?」

「いえ、今から数日間任務で外へ」

「おやまぁ、じゃあこれを持って行きなさいな」

「遠慮すんな、これも持っていけ」


 いつの間にか、あれよあれよという間に袋が用意されて様々なものが詰め込まれていく。

 笑顔で袋を差し出され、お礼を言いつつその場を去るが、十歩も進まない内に新たな人々に囲まれて袋がどんどん膨らんでいく。途中からは何も喋っていないのに、袋ばかりが重くなっていく。


「困った。いい人が多過ぎる」


 冬に現れるという女の呪いか。はたまた禿げた泣いている爺さんの呪いか。

 路地に逃げ入り善意の攻撃に一人慄いていると、後ろから声を掛けられる。思わず身体が強張ってしまう。


「団長ではないですか。何故こんな所に?」

「ああ…、ジェームズか。いや、なに、今から任務に向かうところだ」


 自団の騎士団員に驚いてしまったことを少々恥ずかしく思い、少し視線を逸らし気味で答えた。


「ジェームズこそ、今日の警邏ルートは違うだろう? 何かあったか?」

「ああ、いえ違うのです。ほかの団員達から頼まれまして…」


 何だ?と見やると、一体何処から取り出したのか様々な味付けの干し肉が出てくるわ出てくるわ。おい、たった数日だぞ。


「渡さないと私が怒られてしまうのです。見つかって良かった」


「…、ジェームズ、お前もか…」





 いい笑顔のジェームズに見送られ、覚悟を決めて「戦場へ、いざ行かん」と路地から一歩踏み出したところ、開店の看板を出そうとした行きつけの飲食店の店長と目があった。


「…」

「…」



 店内へ連行された。



 かくかくしかじかと事情を話し、山ほど入った食材に保存魔法を掛けて置いておいてくれることになった。


 盛大に感謝をし、マントに付いてあるフードを被って全速力で通りを抜けよう、と扉に手を掛けたところで店長に肩を叩かれる。


 振り返ると、焼き鳥二本とサムズアップした店長の姿が目に入った。

 …スキンヘッドと白い歯が目に沁みた。





 …なんとか正門が見える場所に着く。


 予想外に長い道のりであった。


 時計を確認すると七ツ時十刻である。急いで正門に向かうと、向こう側から予想通りの姿が走って来るのが目に入った。


「そんな急ぐな」

「またナンパっすか? 自分は男っすよ! いい加減にしないと捕縛するっすよ!」

「それは困るな」

「分かったなら今すぐはなっ…、あれ? 親分ですかい?」

「気付くのが遅いぞ、子分」


 あれ?時間を聞き間違えた?とかブツブツ言っている子分を連れて門を出る。顔見知りなのでチェックも簡易だ。頼んでいた馬2頭も渡してもらう。


 いや、あっしの灰色の脳細胞が間違える筈が…、だがしかし、とうぬうぬ煩いので答えてやる。あと、言っとくがお前の脳細胞はカビているだけだ。


「子分よ、今日は私の勝ちだな」

「…親分騙したっすね!」

「お前の考えを読むなど容易い。親分道の礎となったのだ。良かったな」

「うぐぬぅ。次は負けないっす。…、…ところで親分」

「なんだ?」

「その焼き鳥はなんすか?」

「…もらった」


 子分のまさかのカウンター攻撃にダメージを与えられつつも、二人仲良く焼き鳥を食べた後は目的地を目指して馬を走らせる。とばせば夕方までには着く筈だ。


「クッキーは村で食べるか」

「ふっふっふー、そう言うと思って大量に作ったっすよー」


 こいつ、何処かに隠し持っていると思ったら、無駄な高等テクで異空間にクッキーや化粧道具を収納してたのかと、手ぶらの子分に呆れた視線をやりつつ


「よくやった」


 と、一言褒める。一流の親分は褒めるべき点は褒めるのである。別に、それを聞いて子分が喜んでるだとか、自分の顔が熱いだとかは関係ないのだ。





 順調に村に辿り着くことが出来た。久しぶりの故郷だ。昔と変わらぬ光景に思わず目を細める。


 入口辺りで待機していると、一人近付いて来た。あれは…


「村長、お久しぶりです。御壮健でなにより」

「うげ、じいさんピンピンしてるっす」

「ん?」


 村長は「騎士様がた…」と言おうとした言葉を途中で止め、目を見開くと「よう帰って来たのう」と全力でタックルしてきた。


 子分を盾にし、吹っ飛ばされていくのを見届ける。


 村長はおいおいと泣きながら、家へ案内してくれた。そっとハンカチを渡し、お互いの近況を報告しあう。途中から思い出話が入り、話が長くなっていく。と同時にハンカチは湿り気を帯びていき、チーンと鼻を噛む音が増えていく。


 別に構わなかったのだが、村長の奥方が「家族に早く顔を見せておやり」と気を利かせてくれたので、そこでお暇することにした。


 去り際、村長が慌ててハンカチを渡してきた。これは差し上げますと言っても、「こんな高価なもの受け取れない」と強引に握らされて外に送り出される。



 夜の風は、手の平の体温を集中的に奪っていった。





 家の前まで辿り着く。少し緊張しつつドアをノックする。


「はーい」


 という母の声と共ににドアがガチャリと開き…



「あれ? 親分遅かったっすねぇ~。クッキーもう配り終えちゃったっすよ。お腹空いたんで先に夕飯呼ばれ…ふごおっっ!」



 手の中のハンカチをフルスイングした。






「手紙は貰っていたけど、元気そうな姿を見られて良かったわぁ」


 母からの言葉にくすぐったさを感じつつ、母と父、私と子分の四人で食卓を囲む。


「連絡ぐらい入れてくれれば良かったものを」

「ごめん父さん、思ってたより大変で…」

「確かに、あの総長からもぎ取っただけでも尊敬にいっっ!」


 お前ももぎ取ってやろうか…と、足を踏みつつ囁くと、子分はぷるぷる震えて首を振った。

 全く、いらんことを喋るんじゃない。


「あらあら、相変わらず仲が良いわねえ。微笑ましいわ、ねえ、あなた」

「…そうだな。さあ、二人とも遠慮なく食べろ。酒はダメなんだろう?」

「はい。…料理おいしいです。帰ってきて本当によかった」

「ママン! これお代わりっす!」

「おま、私の好物を平らげおってからに!」

「食卓の上では弱肉強食。下克上という言葉を知ってるっすか?」


 このバカ!と、逆に好物を横取りしつつ、団欒の夜は穏やかに更けていった。





 翌朝、朝食を食べた後は早速村長宅に向かおうと計画を立てていると、階下から声が聞こえてくる。


「ママン、ここはこのぐらいの茹で加減にすると濃い味の出汁が取れるんすよ~」

「あら~、いいわ~。じゃあ、これと合わせるのはどうかしらあ」

「ママン! 天才っすか!! これは考えたことなかったっす!」


 なんとも脱力感溢れる会話が溢れていた。なんとなく入り辛く思っていると、食卓で所在無げな人影が見える。



 …パパン。



 取り敢えず父の向かいに座り、待つこと数分。朝食にしては気合が入り過ぎた量が出てくる。


 お前、この後調査任務なんだぞとアイコンタクトを取ると、子分は首を傾げ、ああ分かっているという少しイラつく顔をした。まあ、分かっているなら仕方ないと、朝食に向き直る。


 隣に座った子分が耳元で「好物は残してあげるっすよ」と囁いたので、食卓の下からリバーブローを決めておいた。



 …残った朝食は夜食に回ることとなった。





 さて、魔獣発生調査の任務である。村長宅を訪れると、奥方が「クッキーおいしかったわよ~」と出迎えてくれた。いつの間に渡したのだと睨むも、「親分先行っとくっすよ~」と中へ入ってしまう。もやっとしたものを抱いた自分に気付きながら、子分に続いてお邪魔させて頂いた。


 村長によると、村人が魔獣らしきものを見かけたのは近くの森。よく山菜や狩りをしに村人が入る山なので、もしもがあると危険である。早急に対処しようと詳しい姿を聞いていると、どうやらマークの可能性が高いことが分かった。マークの特徴は、平均2.5mくらいのイタチっぽいやつで、魔獣の中でもトップクラスの耐性持ちだ。そのため麻痺毒などは効果がないと言ってもいい。ただ、装備を整えれば私たち一人だけでも対処出来るレベルである。油断はしないが、対策を先に練れるというのは有利だ。


 村長夫妻にお礼を言い、今度は魔獣を見たという村人の下へ行くことにした。


 顔を合わせて驚いた。同級生だったのである。結婚していたのか名前が変わっていて分からなかった。


 お互いに驚きつつ相手の顔を見ていると、「おやぶーん」と後ろから声が聞こえた。


 「うるさいぞ子分」と返していると、「まだ続いてたんだな」という言葉が耳に入る。


 バッと後ろを振り返るが、彼は既に此方を見ておらず、にやにやと子分を見ていた。


「なんだあ、へなちょこ。全然成長してねえじゃないか」

「そっちこそ、性格の悪さは相変わらずっすねえ」

「はん。お前こそ尻追っかけまわしてんじゃねえよ」

「いいんすかあ? そんなこと言って?」

「ああ?」

「昔は誰を追っかけてて、今は誰に敷かれてるんすかあ~?」


 悪どい笑みを浮かべる子分と今焦っている男が、昔は元いじめられっ子と元いじめっ子の親分という関係だったとは、今見る限りでは誰も分からないだろう。


 これではいつまで経っても終わらないと、なんだかんだと楽しそうに続く会話を止め、本題について聞く。村長の話と大筋は変わらない。ただ気になる点があった。どうやらマークは興奮しているらしい。もしやと思い子分の方を見ると、同様のことに思い至ったようだ。場合によるが、マークが興奮するのは番でいて出産間近の場合である。そして、本当に確率的に低いが天敵である大蛇がいる場合の2パターン。


 念の為どちらの線からも考えておく。また、もし違う個体の魔獣であった場合も含めプランを練ることにした。


 情報の提供を感謝し、その場を辞す。


 今日中に道具と装備を揃えよう。昼は魔物の動きが鈍る。一度下見に行っておくべきか…。村人からの情報収集はあいつに任せて…と、そこまで考えて子分が付いて来ていないことに気付く。何処いったと振り向くと、後ろの方で同級生に捕まっていた。楽しそうだったので、邪魔しては悪いと思い念話で一方的に伝えておく。


〝一応、大蛇の痕跡が無いか聞いて調べといてくれ。下見に行ってくる。五ツ時までには戻る。″


 後ろで何か言ってる気がしたが、いつもの空耳だろうと気にせず進むことにした。





 森に入る。昔は修行だ!と言って、一人突っ込んでいたことが懐かしい。久しく通っていないのに道が残っていたので、村人に今も変わらず使われているのだろう。


 確か、目印の木の直ぐ近くで見たと言っていたな…。思い出し、探知の魔術を発動させつつ慎重に進む。


 目印の木まで来た。どうするか…と思い、木の上から広範囲の探知に切り替えることにした。樹上からじわじわと範囲を広げていく。狼や猪も入れていたらキリがないので、ある一定以上の魔力をもつ生物のみに絞る。



 一ツ時間――


 …かかった!



 身体強化をし一気に地面へ飛び降りた後、反応があった場所へ走る。まだ広範囲のものとは併用できないが、数mほどの探知なら併用可能だ。進路上の動物のみ避けつつ、先ほど反応があった場所の近くまで短時間で辿り着いた。


 此処からは、より慎重に行動せねばならない。呼吸を整え、隠密の方に力を入れながら目的の場所まで近付くと、獲物を貪っているマークの姿を見つけた。


 今ここで斬るか少し迷うも、今日は下見に徹することにする。


 暫くすると、マークは獲物を咥え走り出した。…思っていたよりも速い。見失うわけにもいかず、仕方なしに探知を消して隠密と身体強化に力を入れる。


 …不味いな…、予定時間を超えそうだと、マークの背中越しに見える空を見て思った。


 そんなことを思っている内に、どうやら巣穴に到着したようである。魔物のくせにキューキューと可愛らしく鳴くと、奥からもう一匹現れた。


 …やはり番か。しかもどちらも標準より大分大きい。…メスは妊娠中のようだな。


 奥からオスより体格の大きいメスが現れ、獲物を受け取ると中へと入っていく。私はそれを見届けると、村へと踵を返すのだった。





「なにか言い訳はあるっすか?」

「…、任務を果たしただけだ」

「約束を破るのは親分道に反しやせんか?」

「仕事はきっちりすべきだろう」

「一流の親分は両立させるっす」

「…」


「まあまあ、無事に帰って来てくれたからいいじゃない」

「ママンだめっすよ! 飴をあげるのは早いっす!」

「お前は飼い主か!」


 「まあ…心配掛けて悪かったな」と、一言呟いて家に入る。一流の親分は、自分の悪いところは素直に謝罪するのだ。後ろで「デレた!」とほざいている声が聞こえたが、一流の親分は懐が大きいのだ…と、震える拳は封印しておいてやった。


 朝より更に豪勢になった夜食を食べ終えた後、部屋で子分と情報を交換する。どうやら大蛇の痕跡も無かったようだ。探知にも引っ掛から無かったので安心していいだろう。


 子分は呑気に「マーク肉は初めてっすー」と呟いている。一応、どちらも標準よりは大きいし、内一頭は興奮しているから注意するよう釘を刺す。すると、子分は「心配性っすねえ」と苦笑した。


 …こんな時の子分は苦手だ。私よりも大人びた風に感じる。


「…場所は分かっている。明日早朝から出発だ。早いとこケリをつけるぞ」

「あいあい、皆の為っすもんね~」

「当然だ。ほら、さっさと寝るぞ」

「あい。では、おやすみなさい」

「…ああ。おやすみ」


 そっとドアが閉まる。魔力を使った影響か、眠りはすぐに訪れた。





 翌朝、同じように階下に降りる。少し寝過ごしたらしい。朝食が並べられ始めていたので手伝う。


 どうやら胃もたれしにくい料理にしてくれたようだ。お礼を言いつつ、どうしても父と母に言わねばならぬことを言う。


「もし、どちらも明日までに帰還しなければ、私たちが乗って来た馬で騎士団へ連絡を。同時に村人へ避難するよう指示してもらえませんか。このことは既に村長とも話がついています」


 …、自分でも酷なことを言っていると思ったが、父と母は村の中で村長に次ぐ発言力を持っている。本当の非常事態に頼るべきは彼等だろう。


「大丈夫っすよ! ママン、パパン。絶対に親分は帰ってくるっす」

「ふん、子分よ、語るに落ちたな」

「なんすか」

「大丈夫です、父さん母さん。先程はああ言いましたが、調査の結果危険性は低いです。それに万が一非常事態が起こったとしても、二人共・・・必ず生きて帰ると誓いましょう。一流の親分は同じ過ちを繰り返しません。約束は守ります」


 すると、先程まで強ばっていた二人の表情も緩んだ。約束を取り付け、再び和やかに談笑が始まる中、一人俯いて黙っていた子分が顔を上げる。


「ずりーっすよ親分」

「何だ、揚げ足を取ったことか」

「違うっす! …あー! やっぱりカッコイイっす! 一生ついていくっすよ!」


 子分はそういうやいなや、朝食を口に詰め込み始める。




 …、子分がこっちを向かなくてよかったと思った。父と母にはバレバレだろう。耳まで真っ赤になりながら、自分にとって最高の殺し文句を言ってきた子分を心底恨めしく思った。





 森の手前まで来る。予定通り、子分が探知を起動した。


 私の二倍以上の探知の広さに、…また上達したのか、と誇らしいやら呆れやらで胸がいっぱいだ。相変わらず魔術の繊細さに掛けては右に出る者などいないだろう。


 私も負けてはいられないなと意気込んでいると、マークを捕捉したのか「こっちっすー」と呼んでいる。


 さて、頑張るとするか。


 前を行く子分の後に付いて暫く、昨日来た見覚えのある場所に辿り着く。此処からは私が前を行く。…巣穴までは簡単に辿り着くことが出来た。


 どうやら巣穴に二匹とも居るようだ。子分と話し合い、先手必勝とばかりに巣穴の入口へ崖ごと壊す勢いで魔術を放つことにした。数分間種々の魔術を放つ。煙で様子は伺えない。再び探知を掛けたところで、間一髪マークの鉤爪を下がることで避けれた。


「ちいっ、一匹ぐらい死んでいればいいものを」

「煙飛ばすっす!」


 瞬間、首根っこを掴んで下げさせた子分が煙を飛ばす。


 晴れた視界の先に右腕の千切れたオスと、怒り狂った傷まみれのメスが立ち塞がっていた。


 状況を見て、一匹ずつ一人が受け持つよりも安全だと考えた。


 「誰がとは言わないがっ…な!」呼気と同時に踏み出す。左手に生成した大剣でオスを牽制しつつ、右手で挑発にしかならない炎球をメスに投げる。


「子分、大きいの一発で終わりだ!」

「ああもう! 勝手すぎるっすよ!」


 と言いつつも、詠唱に入った子分。私は数分マーク達を引き付けるだけでいい。


 メスが頭を振っている内に、右手に新たに長剣を生成。左手の大剣と鍔ぜり合っていたオスの鉤爪ごと、腕を落とそうとするもサッと飛び退かれる。

 瞬間、メスが突進して来た。後ろへ抜かせるわけにはいかない。両手の剣を手放し、それらが粒子となって消えるのを待たず、地面へと手を付ける。イメージは柱。タイミングを合わせ顎先へ一本。横っ飛びで躱されるも、当初の狙い通りこちらを警戒してか突進は仕掛けて来なくなった。





 オスもメスも出血は続いている。ジリ貧だと分かっているのだろう。イライラしてか段々攻撃が大振りになってきた。そのときは遠慮なく脇腹や腕を切り裂く。ただ、勝ちのルートが見えると言っても、一発でも当たれば途端に形勢は逆転される。焦らず、冷静にその時が来るのを待った。


 程無くして「親分! 5秒前!」という声が聞こえた。


 タイミングを合わせ、魔術でオスとメスの足止めをすると同時に離脱する。瞬間、耳の横をヒュオっという風が通り過ぎる。視線をマーク達へやると、丁度竜巻状のかまいたちに切り刻まれ、グギュリュゥゥと一鳴きしてただの肉塊へとなっていく場面だった。



 …まあ、倒せたのだしいいかと、その凶悪な魔術には触れないでおく。



 子分は「いいカットサイズになったっす~」と呟いている。…おい、確信犯か?


 地味に子分へガクブルした目を向けていると、何か違和感を感じた。


 そして気付いた瞬間走り出す。


「馬鹿! こっち来い!」

「えっ? おやぶっ…」


 残った魔力のほぼ全て、先程まで掛けていた身体強化に注ぎ込む。だが足りない。


 時間が引き伸ばされていくように感じ、瞬時に判断を下す。後ろに風の魔術を掛け、今にも牙が子分の肩へ刺さりそうな其処に、無理矢理体を入れてぶち当たる。


「っつ! 大蛇! …の幼生…? 親分なんで!」

「子蛇如きが、私の子分に手を出すな!」


 右腕まるごと蛇の口に入れられ、牙は右肩から右脇腹へぶっ刺さっている。だが、動けないわけじゃない。怒りに突き動かされるままに、残り少ない魔力で右手に剣を生成し、口の中から一気に外まで真横に切り裂いた。


 牙が離れる。振り回された勢いのまま受身も取れず地面に投げ出されそうになって、子分の風の魔術で受け止めてもらう。


 霞む視界のまま、子分が私の前に立つのが分かった。普段はバカでも、ウチの団での実質二番手だ。副長という肩書きは実力無しには得られない。それに…、…私の子分だしな。なので、「後は任せた」と、安心して意識を失った。





 だれかが泣いていた。泣かれると自分も悲しくなるから笑ってほしかった。


 あたらしく引っ越してきた男の子。キラキラした髪と、パチパチしたお目目がとってもかわいらしかった。

 だからかな?いつの間にか除け者にされて一人で泣いていたようだった。


 だから言った。「だいじょうぶだよ。まもってあげる」って。


 それからは男の子と一緒にいた。いじめられてたら助けたし、こらーっていじめっ子を追い返してやった。


 いっしょに絵本を読んで、外で遊びまわって…。


 いつの間にか、男の子はわたしのことをヒーローだ!ってキラキラした目でみてくれた。


 わたしもキラキラした目で見てくれるとくすぐったかった。


 ある日、いつも遊びにくる男の子がこなくなった。パパもママもそっとしておいてあげてって。


 しかたがないから、前に一度だけいったことがあるお家へ自分でいくことにした。


 なんでか村からはポツンとはなれたばしょ。コホコホとたいへんだから、パパとママには来ちゃだめって言われてた。


 あのキレイな女の人と男の子はいないかな?って覗くと、男の子と目があった。


 よかったあ、さがしたんだよってお家に入ると、ママがいなくなっちゃった、たすけてってポロポロ泣いていた。


 泣き止んでほしくて、じゃあ一緒にさがそう!ってお家中さがして、村中さがして、それでもどこにもいないから、もういいよっていう男の子をお家において一人で森に入っていった。


 ままさんどこーって歩き回って、前にままさんと一緒にいたお花をみつけた。好きなのよっていっていたことをおぼえていた。これがあれば、ままさんも男の子のところにかえってくる!と思って、お花をつんで元きたみちをかえろうとして、ここがどこか分かんなくなった。


 歩き回って、とうとうまっくらになった。パパー、ママーってよんでも来てくれなくて、ガサゴソ、ウーウーから逃げて小さな木のしたに隠れた。


 泣いて泣いてねちゃってたら、「いたぞ!」って、気づいたらおじちゃんに抱き上げられてた。


 ちょっとして、パパとママがぎゅってしてくれて。遠くに男の子がいたから、大急ぎでお花をわたしに行った。


 「これでもうだいじょうぶだよ」って渡したお花はくしゃくしゃで。


 「ごめんね、ごめんね」と謝ったら、「ううん。わかってたの。ありがとう」って。


 わかんなくて、ひとりだけ置いてかれた気分になってわんわん泣いたら、男の子もわんわん泣いた。


 うしろで、パパとおじちゃんが話してて、次の日から男の子もいっしょに住むことになった。


 「これでずっといっしょだね」って笑い合って、周りの子にじまんしたら、一番強いいじめっ子が「そんなん嘘っぱちだ!」って言ってきた。「そんなことない!」って言ったら「じゃあ、なんで男の子はひとりぼっちになったの?」って。


 男の子が泣きそうになったから、あわてて「じゃあ、どうやったらずっといっしょにいられるの?」って聞いたら、いじめっ子は「おれたちみたいなら、ずっといっしょに決まってる!」って堂々といった。「ならそうなる!」って言って、これでずっといっしょだよって男の子に言った。うんって男の子が喜んでくれたことがうれしかった。



 さっそく、親分とはなにかっていろんな人に聞いてまわることにした。


 ママにきいたら、パパみたいなあいじょう深いひとだって。

 パパにきいたら、ふところ?が大きくて、たよりになるひとだって。

 えいへいさんにきいたら、うでっぷしが強いひとだって。

 おじちゃんにきいたら、さいごまであきらめなかったあいつかのうって。

 友達にきいたら、絵本のゆうしゃさまを指差して、せいぎのみかたよって。だって、けらいがいっぱいいるでしょって。

 弱っちいいじめっ子にきいたら、親分って親玉のことか?ってきかれた。分かんなくてうなずいたら、絵本のまっくろいやつを指差して、じゃあわるいやつのことだなって。勝つために何でもひきょうな手をつかうんだって。


 村のひと全員に聞いてまわって、頭がぷしゅーってなった。


 くらくらしてたら、同じようにふらふらした男の子にあった。


 そういえばっておもって、男の子に親分ってなに?って聞いたら、「なんでも出来る、ぼくのスーパーヒーローだ」って。


 男の子がいうならそうなんだって、なんでも出来る、みんながいう立派な親分になろうって思った。


 男の子は立派な子分になって一生ついていくって言って、それから、いくっすって言い直した。


挿絵(By みてみん)


 ふたりしてお腹をかかえて大笑いした。





 それから月日はあっという間だった。


 必死に勉強して修行して、毎日毎日我武者羅だった。


 二人の関係は相変わらずだった。


 変わったのは―――私のこころだけだ。


 いつからか、彼の「一生ついていく」に安堵する自分がいた。彼を泣かせないために始めたのに、いつから自分の為になってしまったのか。一流の親分を目指す理由に、新たに加わった理由が自分では許せなかった。


 縛り付けたいわけじゃないんだ。


 段々と覚醒していく思考の中、「まだ続いてたんだな」という言葉が頭を過ぎった。


 うるさい、お前が言うなよ。解放してやれって、潮時だってのは自分が一番解かってるんだ。


 だけどもう少し、もう少しだけこのままで…。





 覚醒する。パチリと目を開くと、自室のベッドの上だった。残念なことに、夢の内容は覚えている。寝覚めの悪い…と苦笑して起き上がると、ベッドにうつ伏せている彼の姿があった。



「……シイ」



 バッと子分が顔を上げる。無意識に口をついて出た言葉に、私は咄嗟に口元を押さえた。


「…急に動くな子分、恩を仇で返すのは一流の子分ではあるまい」

「…親分、目が覚めて良かったっすよお。一日中起きなくて、ほんとうに、しんじゃうかと」

「一流の親分はタフだからな。心配する程の傷でもあるまい」

「バカ言ってんじゃないっすよお! 治癒が間に合わなきゃヤバかったんすから!」

「間に合ったから此処に居るんだ。討伐は達成したか?」

「…したっす。部位も収納してあるっすよ…」

「おそらく、あの大蛇の幼生は本当に孵化したばかりだったんだろう。でないと探知に引っ掛から無かったのも、痕跡が無かったのも腑に落ちん。それに、強化なしの苦し紛れの一撃でも裂けたしな。…、はっきり言って今回はタイミングが悪かったとしか言いようがない」

「でも!」

「…はあ、あれは私のミスだったと言っても聞かないのだろう?」

「…」

「辞職は却下だ。…ああ、なんだか右肩が痛くなってきた。いたいいたい」

「うええっ、安静にするっすよ!」

「よし、子分道に二言はあるまい。私は安静にするから、右肩が動けない間の始末書は頼んだぞ」

「そんなあ」

「これでチャラだ。…はぁ、腹が減った。食べてくる」

「…持って来るっす!」

「いい。父や母に直接顔を見せるつもりだ」

「わわわ、まっ」


 うるさいのでパタンと閉める。


 さあ、と階下へ行こうとしたところで、階段を上がってくる両親の姿が見えた。


「父さん、母さん、そちらに行きましたのに。一応依頼は達成しました。これからは森へ入ることは解禁されると思います。念の為、帰る前にもう一度…、あれ? お母様? そのお玉はどうし…。お、おとうさま、なぜにパキポキと…おままちください、ここここれには深い訳ぎゃあーー」







「あー、だから待つって言ったっすのに…」


 南無と合掌しつつ、カサっと懐で鳴ったものを取り出す。洗ったハンカチと、ママンに教えてもらったクッキー。


 後で渡せばいいかと、懐に戻す時、不意に名前を呼ばれたことを思い出した。


「…、名前なんて久しぶりに呼ばれたなあ」


 その瞬間、何度も何度も、まるでとても大切な宝物とでもいうかのように、彼女が自分の名前を呼ぶ声が繰り返される。


「あれ? なんで…?」


 火照った頬と早まる動悸を不思議に思っていると、「子分!」と自分を呼ぶ声が聞こえる。

 あわてて耳を澄ますと、


「こぶーーん! 親分のピンチだ! たすけっ…。いや、違うのですお母様、これには海より深く山より高い事情が…、…もうだめだ…、頼む子分、早く来てくれ!」


 という救援要請が届いていたので、子分は「はーい! いま行くっすよー」と尊敬する親分を助けるためにドアをガチャリと開くのだった。





 そして、


―― 初めまして、リリーと申します。

    初めて遠くからお伺いした時、一目であなたに惹かれてしまいました。

    つきましては、一度お会いして頂けないでしょうか。


 とある副長の執務机の上では、報告されることのなかった紙が一枚。


 小さな紙が起こすさざ波に、彼等が気付き始めるまで…

 あと、少し。


 

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