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【短編シリーズ集】おもちゃ箱  作者: トネリコ
天才こじらせたあほ兄貴と、その妹
5/7

もやもや後編


 キィ…と錆びた輪金具が小さく擦れる。行く場所が思い浮かばなくて、結局行き着いたのは近くの公園だった。言っちゃったしと泣けなしのお小遣いでジュースを買って、それを膝に乗せてぶらぶらとブランコをこぐ。


「あーあ、なにしてるんだろ」


 こいたろう怒ってないかな。こんな家出みたいなの初めてだな。兄貴めとろのーむは今頃慌てて探知機でも作ってたりなんかして…


 はぁとため息が出た。何だか髪もしょんぼりしてるみたい。

 2匹しかいないパンダとトラの乗り物。傾いたままのシーソー。人気者じゃない大きな怪獣のお腹の中。ガラガラ鳴らないすべり台。それから揺れない隣のブランコ。

 夜の公園は誰もいないから、小学校の校庭みたいにブランコの取り合いにならないけど、その分ひとりだって分かって静かでさみしい。

 ふと気付いた。


「…あ、そっか、さみしかったんだ」


 自分もばかだなぁとおんなじ一人ぼっちのお月さんを眺める。

 こいたろうが人間としてやって来て、そりゃ最初は驚いたし戸惑ったけど、一緒にお話出来ることが嬉しかった。でもこいたろうが兄貴ねぼすけを起こして、買い物してご飯を作ってお喋りして、そしたら自分がいなきゃダメだって思ってた兄貴あほすけは案外そうでもなくって。


「兄貴をとられちゃうって思ったのかな」


 自分の不甲斐なさに上を向いてられなくて下を見たら、花柄の茶色いキャミソールが砂利を鳴らした。

 こいたろうに会いたいと願ったのは自分で、兄貴とっぴは多分いつも通り発想が飛躍し過ぎただけで私を追い出す気なんてなくて、こいたろうは優しいから付き合ってくれてるだけなんだろなって思ってるけど、けど。

 ざぁっと湿ったぬるい風が通り抜ける。

 あんな兄貴あんすかたんなのにと自分を笑ってしまう。

 人間というかあんまり他の生物を家に入れるのが嫌いで、聞いてもいないのに発明品をすぐ説明してくる兄貴おたくが何も言ってくれないのが怖くて、だから聞くのが怖くて。

 私とだけじゃダメだったのかなって、2人のままでいるのが嫌になったのかなって。

 こいたろうが来る前なら、私は兄貴かぞくの一番は私なんだって何の疑いもなく言えてた。

 だけど今はそうじゃなくなるかもしれないって思った。

 だからこいたろうにちょっと他人行儀に接してた。そばに来てもらっといて、追い返そうとしてた。

 でもさ、それってすごくさ…


「身勝手だよね」


 ジュルルララrrr


 突然、聞いたこともない粘ついた異音が響いた。慌ててブランコを降りて周囲を見渡す。

 キィキィ鳴るブランコと地面を転がるジュース缶、そして気付けば理科室の中みたいな酷い薬品の匂いが風に混じっていた。きょろきょろしていると、何かが電柱の濃い影の奥で動いているように見える。

 こくりと乾いた喉で唾を呑み込んだ。こわい、あれ何だろ、でもなんか近づいちゃダメな気がする。

 ジュースが変なのの足元に転がっていってたが、兄貴こじゅうとから言われていた何でも即逃げろ宣言の言う通り、そろそろと公園の出口へ向けて足を動かした。

 変なのから目を離さないまま一歩ずつ音を立てないよう後ろ歩きで進んでいると、その影は私に近づく様に電柱の明かりの下へと移動してきた。その姿は丸まればサッカーボールくらいの大きさで、今はぺしゃぺしゃとゼリーみたいに進んでる。水色の色といい、何というかゲームで見たあのツライムっぽい。

 姿が見えて少し怖さが薄れたけど、弱そうというよりも何この不思議なのという薄気味悪さがある。というか全然可愛くない。

 でも動きが鈍い感じだったので、これならとくるりとツライムもどきに背を向け出口へ全力ダッシュする。


「夜の公園ってこわいなぁ。もしかして兄貴の失敗作とかかな。いやでもそこは言い含めてるからちゃんと異次元廃棄箱ごみばこに捨てるよう怒ってるし…。うん、後で聞いてみよっ。ツチノコみたいにすごいのかもしんないし」

 

 自分でもお喋りになってると分かりつつ走る。公園の出口までもう少し! 兄貴うっかりのせいだったらジュース代返してもらうんだから!


「ニャンニャン、ツチノコよりも珍しいやつなのニャン♪ ぜひ楽しんでいって欲しいニャ~ン♪」

「え?」


 声がした。瞬間、公園にある水飲み場の蛇口から水が空に向かって一気に噴出する。思わず立ち止まって中空の水をぽかんと眺めると、さっきまでもぞもぞ動いていたツライムが突然蛇口へと飛び掛かった。びしゃびしゃとツライムの背に上まで昇った水が落ち、しかしそれ以降水の気配が消える。蛇口は捻られたままなのに。


「これ、なんかヤバイ気がする」


 あははと思わず引き攣って笑うと、目の前で静かになっていたツライムが突然ぼこぼこと膨張しだした。


「うわわわ、きもいきもいきもい! これダメだって!」

「酷いニャン、ツラニャンも悲しんでるニャン」

「えっ、名前ツラニャンなの!?」


 取り敢えず反射でツッコムと、ツラニャンの近くに女の人が立っていた。何だかベロンジョ様みたいな悪い女の人!って感じの黒いセクシーな格好をしてる。お尻くらいまである長い金髪だし、猫耳付けてるし、アイマスクも黒だしファンなんだろうか。蛇口は止められてもう大きくはなってないけど、隣のツラニャンはさっきより半透明の水色になって、お腹いっぱいの関取みたいにぷるぷるしている。でも大きさがジャングルジム程に大きくて横綱どころじゃない。

 これは兄貴どじっこの発明じゃないってことは分かったけど、イマイチ何でこんな非現実的な状況になっているのか思い浮かばなかった。


「えっと、うちの兄貴に御用でしたら、今日は遅いので明日伺いがあるように伝えておきますので、ええっとおやすみなさい」

「今日は君に用があるから遠慮しなくていいニャン♪」

「結構ですと言いたいんですが、私は何も知識とかありませんので無駄足ですよ?」


 向こうが近付いてくるのでずりずりと下がりつつ答える。これはもしかするとあれだろうか。またあの兄貴やくびょうがみがやらかしたのだろうか。ということは次に来る答えは――


「あっ♪ 今更だけどウチはにゃーというアダ名だニャン♪ それからこの子は『つ』つがなく『拉』致出来るツライムというわけでツラニャンだニャン♪ よろしくニャン♪」

「そっちのツとラから取ったんだね!? ある意味やっぱりね!?」


 兄貴てろりすとの復讐のとばっちりが来てるよ!! 最近誘拐とか無かったから安心してたのに来たよ!! 今度は何処の研究所爆破したのさ!?


 ってツッコんでる場合じゃない!こんなん勝てる訳ないしとりあえず逃げるが勝ちだと、出口の境界から見える道路へと踏み出そうとした瞬間、ガンッと顔全体に衝撃が走る。


「いったい!? 何これ!? 壁?」

「ニャフニャフ♪ 次元の壁程じゃニャイけど、使い勝手のいいにゃーの自信作ニャン♪ 既に境界のある公園を場とするのがミソなんニャけど、言っても仕方ないかニャン。簡単に言えば諦めて大人しく捕まるニャよ~」

「透明の壁で逃げられないとか、反則なもの出しちゃダメでしょ! それに初っ端の戦闘で出てくる敵が無理ゲーとか、最弱キャラがボスキャラレベルとか! ゲームだったらクソゲーなんだから!」


 はぁはぁと透明の壁に跳ね返されて尻餅ついた状態から、きっと2人組?を指差して捲し立てる。ジュルジュルと鳴きながら近づいて来るツラニャンは可愛くないし、手の平擦りむいてひりひりするし、絶対寒いからで鼻がずびずび鳴るんだし。というかこれ鼻血出そうなんじゃないの?


「ニャハハ♪ 泣きそうで可愛いニャン♪ まぁ痛くはしないんニャから大丈夫ニャン♪ ツラニャンよろしくニャン♪」


 にゃーがそう言った瞬間、半透明のくらげみたいな触手が2本近付いてくる。両腕で抱っこするみたいに両側から近付いてくるそれは、ゆっくりだけど自分の身長程もあって、瞬きする度に一気に近付いてくるようで圧迫感が凄まじい。

 こわいしニャンニャン煩くて猫が嫌いになりそうだし、未だに足が震えてるけど、私はそんな大人しく捕まってやらないんだからと大声で叫ぶ。


 じゅるるららら


「兄貴のバカバカバカ! 絶対兄貴のせいなんだから!」


 大声で叫んでみたけど、実際は立つだけで腰が抜けててふらふらしている。でも兄貴しすこんも一応武器は渡してくれていたのだ。勿論プラスマイナス計算したら、絶対マイナスな気がするけどね!!

 私は髪留めに手を伸ばした。兄貴あにきがくれたうさちゃん型のプレゼント。赤とピンクペア、橙と黄色ペアの硝子珠が付いたそれはプレゼントとして初めて貰ったもの。だから出来るなら使いたくなかったけど――


 べちゃっと腰が抜けてたからこそ、運良く後ろにこけて触手を避けれた。目の前を風と一緒に触手が通り過ぎる。

 にゃーの目が追いかけっこも楽しそうだと、らんらんと輝いてる。

 足を伸ばせばつま先が当たりそうなところで震える触手の前で、私は髪留めから外した橙色の硝子珠をぎゅっと小さく力を込めて握った。それだけで呆気なくうさちゃんの形は砕けた。


「にゃふ? 何かしたのかニャン?」

「教えてなんてあげないよーだ!」


 手の平を見れば、さっきまであったものが無くなっている。橙色の効果は確か…

 目の前で震えていた触手が今度はグローブみたいに広がって、あっという間に前後左右からぐわっとツラニャンの手が迫った。ああもう!もう少し考えさせてってば!私は兄貴おおざっぱと違って慎重派なのに!

 私の身長よりある壁に囲まれて普通ならこんな状況で逃げ場はないけど、私は思いっきり両足に力を込めた。


「やった! 出来た!って高い高いこわいって!」

「ニャ、まさか逃げられるとは思わなかったニャ」


 だんっと地面を蹴れば、私は電柱の上に乗れそうなくらい高く飛び上がっていた。本当にうさぎにでもなった気分だけどそれよりこわいっ、うわわ内蔵がひゅってなるっ

 それに垂直に跳んじゃったけどこのまま真下に降りたら意味ないやとわたわた手を動かしていると、手が何もない空間に押し返された。どうやら上から逃げるのもズルになるらしい。

 でも今回はラッキーと、勢い付けて空の透明な壁を押して頑張ってツラニャンの手の外側に降りる。心臓がまだばくばくしてるけど、上手く着地出来た。

 いつもはあほぅだけど、やっぱり発明に関してはすごいや

 まだまだ不格好だけど、にゃーの掛け声で追いかけてくる触手を何度も避ける。

 橙色のはライオンの色。身体がライオンみたいに強くなって、ちょっぴり勇気とかが沸くって言ってた気がする。

 本当はこんな非常識なツラニャン対策じゃなくて、普通って言うのも変だけど変質者対策で持たされたんだけどね

 どっちも過剰で非常識な気がするとか考えながら、もそもそとツラニャンの伸びた手をぴょんぴょんと怪獣の頭の上に登ったり、ジャングルジムに登ったりして少しづつ余裕も出てきながら避ける。

 このまま追い返せたらいいんだけど、うん、ここは虚勢ででも強気でいって帰ってもらわなきゃ


「ふん! ツラニャンなんかに捕まらないもんね! 明日も早いんだから、おばさんも早く帰って寝たら?」

「おば…、ニャフ、ちょっと怒ったニャ。ツラニャン本気モードニャよ、どれだけ脚が早くても逃げ場はないニャ」


 うわ、逆効果だったかもっ

 ちょっとぷんすかしながら、にゃーがまた蛇口を捻る。ツラニャンが喜々としてその水を吸い込んでぷくぷくと膨れていく――ってちょっとまって!


「だから反則じゃん! 大人って汚い!」

「悪者だから褒め言葉ニャン♪」


 大人げないよ!どうしよう、今はブランコの一番上の棒の所に立ってるけど、とりあえず一番高い怪獣の頭の上に避難して…

 焦っている間に、いつの間にか地面はもう一面水色のゼリーに埋まっていた。そして今も着実に水位は上がっている。幸か不幸か公園の外側にはいっておらず、外からみたら水族館のプールに水を入れてる途中みたいになるのかもしれない。

 というかどうしよう、にゃーはその水面に立ってるけど、私は絶対捕まるだろうし、でも避難したはいいけど水面はどんどん近付いてるし…

 ギギっと金属音がする。絶対ツラニャンに触りたくないよ、骨になったりしないよね!?

 ええっと、落ち着け、今まで使ったことなかったけど髪飾りの効果は変質者対策で、橙色のはすぐに逃げれる用。他のはなんだっけ、兄貴どやがおが説明してた気がするけどああもう!肝心な時に何で順番も忘れるかな!!

 ガバッと、ネッシーみたいに近付いていた水面から手が伸びる。慌てて反射でジャンプするけど、足首を掴まれてしまった。


「やっと掴まえたニャ~♪ にゃーも早く寝たいし、さっさと行くニャよ~」

「拉致して安眠する気か!! ええいっ、もう知らない! これでいいや!」


 君に決めた!とばかりに手に当たった髪飾りを一つ取り外して投げる。よく見れば赤色のうさちゃんが足首に絡んでいた触手の中へ入った瞬間、そこから真っ黒い大きな穴が現れた。

 平面で楕円型の穴はまるでテレビで見たブラックホールの様で、そんな私のイメージ通りツラニャンの触手が穴に触れた所で千切れる。赤色すごいやと一瞬思ったが、ふと見下ろした下を見て思った。

 ブラックホールみたいな穴のお陰で触手が千切れてくれたけど、このままじゃゼリーに落ちちゃうよね?というかこの穴に当たったら私まで切れちゃうんじゃないかな!?

 本日2度目だが漫画みたいに手をばたばたさせて少しでも移動しようと試みる。

 ってやっぱりムリですよね!ああ重力がっ走馬灯がっ

 冷や汗がぶわっと出た。重力に従って落ちる身体。本当にゆっくりと黒い穴が近付いてきて――

 ってこれじゃあ死因は兄貴かぞくじゃん!ああもうなんてもんを持たすんだよ!これ人に投げてたら死んじゃうから!てか現に今死にそうだから!

 …あれ?それなら怪我しないって言ってたし拉致られた方が良かったんじゃ…

 ああーもうっもうっ!!

 ぎゅっと目をつぶり、え、自爆にゃ?というにゃーの困惑声を掻き消すくらい大声で思わず叫んでしまう。


「兄貴のばかーっっ!!!」

「む? これでもこの惑星基準でIQ777はあるぞ?」

「心配しましたよ、今日は早く帰って寝ましょうね」


 …へ?


 ぱちくり。きょとん。思わずそんな感じでぽかんとしてしまった。え?抱えられてる?怪獣の頭の上?黒い穴は…ない?このお姫様だっこしてるのって


「兄貴? それにこいたろう?」

「うむ、人工衛星の照準を町内に向けたところだったので呼んでくれて丁度良かっ」

「って何をジャックしてんの!! 後で戻しなさい!」


 はっ!思わずいつものあほうぶりに反射でツッコんでいたけどそうじゃない!


「な、何で此処にんの? あっ、というかゼリーがツラニャンで猫耳がにゃーで今逃げててやばくて」

 

 あれ?と、自分でも訳のわからない混乱した説明をしていると、ぽふっとこいたろうが私の頭に手を置きそのまま子どもにするみたいに優しく撫でた。

 ふわっとシトラスみたいな香りがする。

 今戦闘中だよ!にゃーが何するか…とか何とか、口から出ようとして、私は結局無言で俯いてしまった。

 おかしいな、仲良しな2人を見てずるいよさみしいよって思ってたもやもやも。

 嫌われちゃうって思ってたもやもやも、こんなこと考えちゃってたんだって分かちゃったもやもやもあって。いっぱい集まって苦しかったくらいなのに

 ほんとはさ、2人に会いづらいなぁって、帰ったら正直に話して謝んなきゃって思ってたんだ

 だから気まずいだろうって、後ろめたいだろうって思ってた筈なのに

 私は、お姫様だっこのまま下から見る兄貴もやしの顔もこいたろうの顔も見えないように、見られないように腕で顔を隠した。

 2人が分かった風に笑った雰囲気がして、ますます小さくなってしまう。


 だって兄貴おにいちゃんの腕の中も、こいたろうの無言のヨシヨシも、ツラニャンなんかよりいきなり2人が現れたことなんかよりもずっと、魔法みたいに私を安心させちゃったんだもん

 

 ええいっ、今なら言えるかな。絶対腕どけれないけど


「こいたろうあのね」

「はい」

「手叩いちゃってごめんね」

「ふふ、全然痛くもなかったですよ」

「それからっ前みたいに仲良くできなくて、ごめん、ね。私…、さ、さみしかったの。っずっ、こいたろうは綺麗だし優しいし大人だし料理できるし賢いし、私こんな兄貴だけど取られちゃうって、私一人ぼっちになっていらなくなっちゃうって思ったの」

「はい」

「うえっ、でもこいたろうのこと嫌いじゃないの、好きなの。私、こいたろうと仲直りして仲良くなりたいの」


 自分でも支離滅裂で、何言ってるのかわかんない。でももう止まんなくて、うぅーっと犬みたいに唸って少しでも堪えようとしてみる。こいたろうも兄貴むごんも呆れちゃったのかな。こんなずるいし意地悪な子、私だったら嫌だもん。

 2人に背を向けて置いてかれると思ったら、余計ぼろぼろと涙が出た。袖からこぼれ出ちゃうのは嫌で、ぐりぐりと顔を袖に押し付けた。


「ふっふっふ、はっはっは、はあっはっはっは!!! 聞いたかこいたろう! 我輩の妹はかくもこの世の至宝たるなんとも愛らしき存在というわけだ!! そして! その兄として! 取られたくないと!! ふははは! 聞いたか!!」

「浮かれるのは分かりますが煩いですよ。愛らしい目から溢れる涙を止めたのはいいですが、煩いなら猫だまし以下ですから。そこのネコを猿真似する雌1匹でネコは十分です。それとも同種への求愛アピールですか?」

「ふん、其方こそそのだらしない口元を鏡で見てから言うが良い。ほら、丁度良く下に鏡があるぞ?」


 兄貴じひびきの高笑いにびっくりして腕をどけたら、月夜の中で嬉しそうに笑う2人の姿があった。嫌われちゃうんじゃなんて思ったのが馬鹿馬鹿しく思えちゃう、そんな笑顔。兄貴はなうたは今にもここが怪獣の天辺なんて忘れて小躍りしそうだし、こいたろうは…そっと私の目尻を指先で拭った。

 もやもやは、ぱっとほどけた。


「私も、あなたが好きです。どうか仲良くしてくださいませ。一緒に、ゆっくりとでいいんですよ」

「…うん」


 こいたろうの顔を見て小さく頷くそれだけで、へにゃって、何だか一気に力が抜けてしまった。兄貴えらそうもそれが分かったみたいで、よいしょとおんぶに抱え直される。いや、というか少し恥ずかしくなってきたから降ろしてくれてもいいんだけど


「ふむ、天使は就寝の時間だな。我輩は上に居るから後は任せたぞ。所詮質を上げても中レベル培養水。不純物の多い地下水を取り込み質量を増しても培養水の質が下がるだけ。それにしても、逃げる時間をやったのに何故逃げなかったのだ?」


 ふわふわと夢うつつに意識が揺蕩う。今は兄貴とりみたいの足元になんかあって、背負われて空に浮かんでる状態だけど、もうあー飛んでるわーぐらいにしか頭働いてない。にゃーもツラニャンもいるけど、今2時ぐらいだし…


「ニャ、空間転移の陣をあんな小型化して術者以外も転移とか、ほんとにゃーらの夢をどこまでも馬鹿にしてる奴ニャよね。逃げなかった理由かニャ? そんニャの決まってるニャーよ! ツラニャン準備オッケー! まな板の上だと分からせてやるのニャ!」


 ばらばらとにゃーの手から丸いビー玉状のものが何十個もばらまかれる。それがゼリーの海と化していたツラニャンの中へと沈んでいったら、少しして水面がざわざわと波打始めた。


「ふむ、あれだけ大見得を切ったからには我輩が推測したことよりももっと何かあるはず。はっ! なるほど、低コストで相手の手間を増やそうというわけだな。そうして我が天使の睡眠時間を削って脳の休息時間を減らし、肌ツヤを下げることで我輩に精神的損傷を与える―。おおなんと卑劣な技よ、こいたろう、やはり其方と相性抜群というわけだ」

「暫く黙っていてくださいません?」

「馬鹿にするのも今の内ニャ!!」


 主に兄貴やはりばかのせいでにゃーが地団駄を踏みながら合図を出した。途端ツラニャンから手が伸びる。2本4本6本はち……って多いわ!!

 総勢40本ぐらいがまだ怪獣の頭の上に一人立つこいたろうへと襲いかかる。傍から見たら黒髪の和風美女が地獄に引きずり込まれているみたいだ。

 

「こ、こいたろう早く上にっ」


 兄貴じゃまが一向に動かないので背の上でじたばたとこいたろうに手を伸ばす。

 上にまで水面と手が伸びるのも時間の問題かもしれないけど、今は助けなきゃっ。兄貴かめ早くこいたろうを上にあげに行ってよ!何呑気にしてんの!?もうおーろーしーてー!!

 

「ツライムの核それぞれを完璧に同データ値にすることで一が全、全が一の共通思念体ニャ♪ 例え核1個破壊されてもその戦闘経験を共有化できるニャ。そして今投げた核それぞれには別々の戦闘経験を積ませ済みニャよ!」

「やっぱり私には無理ゲーだったじゃん! 兄貴いい加減下ろしてっ」

「ふふ、大丈夫ですよ」

 

 こいたろうの声が小さく聞こえたと思ったら、だぷんっとばかりにこいたろうが水面に飛び込んだ。その上から手が覆い被さる。地獄絵図みたいで、怖くて固まってしまう。こいたろうも怖くて足を滑らせたのかもしれない、一人にしちゃダメだっ。息出来ないかもだし急いで助けなきゃっ、肝心の兄貴ねぼすけは何故か頼りになんないしええっと何か…


「まず1人ニャ♪」

「そうだ髪飾りっ」

「ふむ、妹よ、それを投げると流石のこいたろうとて瀕死となるぞ? うーむ、やはり色味の統一感を持たせたはいいがどんな効果を入れたか覚えにくいというのは難点やもしれんな。もういっそ全部赤にして我輩呼び出し専用機だけにするというのはどうだ? いやしかし選択肢を狭めることは子どもの思考能力の成長に影響を与えるとあったしな、くッ悩ましいことよ」

「今はこいたろうの命がレッドゾーンだからね!? …って、あれ? むしろ投げちゃダメってことは…」

「もうッ、家族ごっこもいい加減にするのニャ! おみゃーのせいで研究所ぶっ壊れてお引越しになるわ資料全部燃えるわ上司に怒られるわ散々だったんニャから!」

「我輩から仕掛けるような、そんな妹以外に時間を割くことはせんぞ」

 

 兄貴おにに仕掛けて自滅したのも、仕返しに爆発させるのもどっちもどっちだから!

 

「行けツラニャン! 一網打尽にして手土産ニャ!」


 にゃーの号令一下ざわりとまた水面が波打、一気に私たちに向かって手が伸びようとして――

 ざばあと突然形が崩れて水面に戻ってしまった。


「な、どうしてニャ!?」

「初戦だからと怠慢だぞ、天使に心配されるとはけしからん!」


 不安そうに周囲を見渡すにゃーの近くから、不意にこいたろうが水面から胸まで顔を出した。しっとりと濡れた顔からは、所々黒い綺羅やかな鱗が顔を覗かせている。月光を浅黒い肌と共に照り返す様子は本当に綺麗だ。

 こいたろうが無事でよかったとほっとしていると、よく見れば下半身はコイの時の状態に戻っていた。ついにこいたろうは人魚にまで変身できるようになったのかと妙に納得していると、私の方を向いてくすくす笑ったこいたろうはにゃーへと声を掛ける。


「まぁ時間はあったものですから、一つ一つ砕かせて頂きました」

「っつ、何故動けるのかニャ? 捕獲に特化させた筈なのニャけど」

「ええ、確かに少し動きづらかったですけど」


 ザバリと黒い尾びれが水面を叩く。そうして指先で摘まんだ小さな黒い玉を転がした。


「陸上も似たものですので」

「…本当に相性が悪いみたいニャね」

「そうですわね。さて、最後の1個、壊して纏めて退治されるか。今後2度と関わらないと誓い逃げる代わりに返してもらうか、どちらが良いですか」


 こ、こいたろうが凄いよ…。うちの兄貴とりあたまなんかさっき家の方見て調合の待ち時間過ぎたな、失敗だとか呟いてたのに。


「…分かったニャよ、大人しく帰るニャ」

「それは良かったです。後片付けもお願いしますね」

「はいはい」


 ぽんっとこいたろうが投げたツラニャンの核?を、大事そうに受け取ったにゃーが何か呟くと、ゼリー面はぷるぷると小さくなり、少ししていつもの見慣れた公園に戻った。

 色が剥げたジャングルジムも登り棒も大中小の鉄棒も元通り。

 さっきまでの非日常がまるでなくて、何だか兄貴の背中の上で狐に抓まれた気分。

 ほんとにあっさり終わったのは、大人の喧嘩に私が巻き込まれたからなのかな。それとも2人が大人過ぎたからなのかな。

 地面に降り元の人型に戻ったこいたろうと合流していると、同じく元の小さなツラニャンを抱えたまま去るにゃーの後ろ姿が見えた。


「…」


 ばしばしと兄貴あつくるしいの背中を叩いて下ろしてもらい、だっと地面に落ちてたジュースを拾ってにゃーに向かって投げる。ツラニャンの手が伸びて缶をキャッチした。にゃーは何するニャとぷんすかしてる。

 多分これは寝不足のハイテンション。別に私はお人よしでも何でもない。でも、にゃーは何だかんだ言っても前の誘拐犯みたいに私を怪我させたりしなかったから、悪い人だって思えなかっただけだし

 ごにょごにょ考えつつ、言いたいことだけ言ってこいたろう達の所へ駆け出した。


「あのさ! これ仲直りさせてくれたお礼! ぬるいのはそっちのせいだからね! 戦いとかほんと勘弁だけど、別に兄貴の被害者ってことで話しだけぐらい聞いてあげてもいいし! んじゃばいばい! おやすみ!」


 兄貴ちまみれは甘いやら天使やら煩いし、こいたろうはやっぱり無言でヨシヨシいてくるけど、膨れつつもここはやっぱり居心地がいい。


 ああ、今日はほんと長い1日だったな


 うとうとしながら少し割れてしまった飴を2人にあげて、結局また兄貴カイロに背負われて家に帰る。

 くすぐったそうに笑うこいたろうと、文字通り小躍りする兄貴こまのせいで、不貞腐れた風に目を瞑る。でも眠たいのに、勿体無い気がして結局家まで寝たふりしたのは絶対内緒の話。

 明日は蓮花とこいたろうの歓迎会について話すん…だ… ん、おやすみ

 




 

 

 

「ツラニャン、あの子はいい子ニャね。動き出した流れはもうにゃーだけじゃどうしようもないニャ。でも、あの子に不幸にあって欲しいとは思わないんニャーよ」

「じゅるららら」



その頃家では


「む? 妹よ、そ、その手は…」

「んぇ? あー擦っただけー」

「くッ、殺菌剤と皮膚創世剤と増血剤を作らねばッ」

「あー、うんもういいや、おやすみぃ…」

「目を開けるんだ妹よ!! 起きろぉ!!」

「寝れんわ!! ほら、こいたろうも呆れて…ってあれ、こいたろう?」

「締めてきますね」

「な、なにを?」


ある意味平和だった


「なんかゾクっとしたニャ」

「じゅ、じゅらぁ」


平和?だった

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