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【短編シリーズ集】おもちゃ箱  作者: トネリコ
天才こじらせたあほ兄貴と、その妹
4/7

もやもや前編

こいたろうが家に来て1週間経ちました。

どうやらひと波乱あるようで…

  

 きゅうきゅうきゅきゅきゅ~、ぴょんこぴょんこぴょ―――ぺちっ!


「んんっ! 危な! 寝坊寸前! 兄貴干からびてないといいけどっ」


 兄貴きぶんや特製目覚ましぴょ子の、機械なのに何故かふわふわの白い毛皮の頭を叩いて止める。見た目は可愛らしい白うさぎで真っ黒お目目が庇護欲を擽るぴょ子のすごい所は、10分経っても起きないとベッドの淵上からジャンプして起こしてくれるところだ。ただ、ちょこんとした可愛らしい見かけに寄らず地味に頭に当たるとごつって音がする重さだから、初めて貰って不覚にも浮かれて寝坊した翌朝に、完全不意打ちのジャンプアタックをされ頭にたんこぶが出来てしまった思い出がある。

 勿論その足で感想を聞きにやけにきらきらした目でやって来た兄貴ゆだんたいてきに、おびき寄せた後無言で顎を狙って頭突きをしたけれどね…

 たんこぶが酷くなったし兄貴ゴーレムはきょとんとしてるしで散々だったから、それ以来ほとんど寝坊してない。


 急いで寝巻から制服に着替える。別に遅刻しそうなわけじゃなく朝ごはんの支度をしに行くだけなんだけど、兄貴ふせっせいは研究に熱中すると昼なんてすっぽかしちゃうから、朝は無理やり引っ張り出して食べさせたり用意したりと大忙しなのだ。

 一瞬寝巻のうさ耳に足が絡んで、切っちゃおうかとか思いながら着替え終えてばたばたと階段を降りる。


「えっと、卵残ってたっけ。兄貴ー、どうせ起きてるでしょー、ちゃんと生きてるー?」


 料理の匂いがあると釣りやすいので、いつも料理が出来てから引っ張り出しに行くのだけれど、毎回階段降りてすぐの兄貴ひきこもりむしの部屋の前を通る時に癖でついつい声を掛けてしまう。

 いつもなら「おお!! 福音が聞こえるぞ!! そうか、もうそんな時間か! マイスウィートエンジェルッッ、今日はハムエッグが食べたいぞ!」という頭を叩きたくなる声が聞こえるのだが、今日は何故かリビングの方から声が聞こえた。


「おお! 我が天使よ! 大丈夫、我輩は既に覚醒状態であるし呼吸も正常に行っているぞ!」

「おはようございます。もう少し寝ていてもよろしかったのですよ?」


 リビングに入り、防水加工済み翠緑色マーメイド風エプロンを着け手にはおたまを持ったこいたろうと、食卓の上に変な機械をばらまいてるボサボサ頭の兄貴がきんちょがこっちを一緒に振り向いたの見て、寝坊したと慌ててた為にすっかり忘れていたことを思い出す。

 

「ん? どうしたのだマイエンジェル、元気がないように見えるぞ? ふむ…、はっ! さてはやはり計画は中止にしようとあれだけ言っていたのに、昨日こいたろうがこっそり強行して入れていたピーマッもがもがっっ」

「あら、こんなところにごみがいっぱいありますね。邪魔ですのでお片付けしてあげましょうか」


 にこやかに布巾でごっそりと細かい部品を集めて、そのまま用意したごみばこへと流れ作業の如く落としていくこいたろう。ついでに兄貴カラフルの芸術的に汚れた丸底眼鏡を布巾で拭いてあげている。


「待てっ! その部品は自立学習型人工知能の基になる希少なだな――」

「あら、ここにもごみが」

「ええい! 例え我輩を異次元廃棄箱ごみばこに入れようとしていたとしても眼鏡は渡さん! マイフェイバリットエンジェルの顔が見えなくなる! …寛大な我輩をここまで怒らせるとは――家主に対する天使を拝めなくさせようとするこの悪行、クビにするぞこいたろう!」

「この現代にあって、なんて横暴な雇用主なのでしょう。元々の計画を発案したのは私の逆らえぬお方ですのに、それをあたかも部下一人が行ったものとなすりつけ、好感度を維持しようという浅ましい――」

「…、わかった。部品なんぞすぐに創れるしな。異次元廃棄箱ごみばこに遠慮なく入れるがよいぞ」


 こいたろうのエプロンと艶めいた黒髪がひらりと舞う。兄貴いばりがおとこいたろうの仲良さそうな様子に、会話が何故か頭の中に入って来なくなって、廊下からリビングに入り辛く感じた。

 こいたろうが来て1週間経って、そろそろ体に慣れてきたからと昨日から朝ごはんを作って貰えるようになったんだっけと、今更実感を持って納得する。


「妹よ、例えばだ、例えばもし昨日の夜にこっそりとだな、ピーマン専用分子レベルまで分解しても栄養素摂れるくんを使ってうウサチャーハンにピーマンを混ぜたとしてだな、今度こそ一週間口聞かないとかそんな悲しみのあまり地球を滅亡させたくなるようなことは―――」


 ぼんやりしてるといつの間にか目の前に立っていた兄貴でかいの。やたらと目が泳いでいて妙に迫力があったので、聞いてなくてごめん!とはっとして兄貴たきあせの話を注意して聞き始める内に、ひとまずこの兄貴ぼけつほりを半眼で見た後はあえて無視することにした。2日目でしおしおになっちゃったから許してあげたのに。別に怒ってないけど、つい回り込んで来るのをぷいっと顔を背けて見せてると、兄貴モップはうつ伏せに寝っ転がってひたすら沈黙してしまった。

 というかごはん前なのに汚いって!あー、もうカラフルだった白衣が雑巾みたいになってるし。





 こんな感じでうちの兄貴は常識を自分で開発したロケットに結びつけて宇宙に発射させた後、大気圏にわざと突入させて跡形も残らず燃やし尽くしたかの様な奴だし。

 いつも周りの人の迷惑にならないよう小五の幼気いたいけな女の子に奔走させる様なあんぽんたん兄貴だし。

 

 そんなへっぽこ兄貴なんてどうでもいいのが普通な筈で。いい加減甘やかしてばっかじゃダメなんじゃと思い始めてるぐらいおたんこなすなわけで。


 でも何でなのかな、ここ数日そんな兄貴のうてんきを見てるとなんだか、さ…――


「もやもやする」

「どうしたっ!?? マイエンジェル!!? 何処が悪い!? 肺か? 心臓か!? 脳か!? 待ってろ、万能細胞を基に今から新鮮な臓器を培養して来――」

「研究は常識の範囲内じゃないとダメって言ったでしょーがっ!!」


 朝ごはん中ずっと芋虫だったのに、ゾンビみたいにずりずりと這ってやって来て、席の近くで煩い兄貴しょあくのもと。思わずツッコんでほっぺを眼鏡ごとぐいっと押しやり、こいたろうの用意した朝ごはんを食べきって流し台まで持って行く。いつもの様に最近ゴワついてきたウサちゃん型のスポンジを取ろうと手を伸ばしたら、隣に立っていたこいたろうがそっとスポンジを先に取って遠ざけた。


「私の役目ですので。残さず食べて偉いですね。たまご焼はもう少し甘いほうがよろしかったですか?」


 にこりと温かく微笑まれる。こいたろうは半日は兄貴どばか特性の水槽に入っていないといけないので、さっきまで入っていたのかまだ長い黒髪や肌が少ししっとりとして見える。こいたろうは人型になっても綺麗だ。


「いえ、十分美味しかったです。ごちそうさまでした」


 大人しくスポンジを諦めて流し台の中に皿を置くだけしてお礼を言うと、こいたろうはその浅黒い肌のどこか懐かしい顔を少し困ったようにして微笑んだ。それを見て、思わずぱっと身を翻してしまう。


「えっと、学校いってきます!」

「おお、話し掛けてくる奴には全員3秒以内に髪飾りを投げるんだぞ」

「そんなルール適用出来るわけないでしょおばか兄貴!」

「いってらっしゃいませ」


 玄関まで見送ろうとする二人に捕まる前に、ソファに用意していた赤いランドセルを掴んで外に出る。一瞬だけぱっと窓を振り向けば、机に突っ伏す兄貴ぬけがらと会話している様子のこいたろうが見えて、もやもやが大きくなった気がしてもっと足を速く動かした。





「眉間に皺寄せてどうしたの、不細工よ?」

蓮花れんげ酷い」

「あら、じゃあ鏡見る?」


 私の机に腰掛けて、蓮花がポケットから取り出したハローケティのプチ鏡を目の前でぱかっと開く。見ると、確かに今にも唸り出しそうなお腹がすいた熊みたいな顔だ。


「何、特売でまたおばちゃん達に負けたの? それともまたお兄さんが世界征服しようとしてたとか?」

「蓮花は私の悩みを何だと思ってんの」

わたくしの悩みよりも庶民的過ぎる悩みよね」


 どうせ庶民的っていう言葉を使ってみたかっただけの蓮華が長い脚を組んでふふーんとばかりに髪をかきあげると、クラスのある意味ノリの良いばか男子たちはおおー!と声を上げた。確かに蓮花はおじいちゃんがイギリス人だからクウォーターで、高飛車だけど淡い茶髪とか高い目鼻立ちとかで雑誌に出れるくらいのクラス一の美少女だけど―――うん、この際手加減は必要なし。


「えいっ」

「いたっ」


 いらっとしたので思わず机に座るのは行儀悪いでしょと態々立ってデコピンする。すると額を押さえて若干涙目になった蓮花は渋々と椅子に座った。


「なによ、この私が話を聞いてあげようって言ってるのに」

「初耳だよ」

「うるさいわね、それで結局なんなのよ」


 ナチュラル女王様の蓮華に顔を赤くして席を譲った男子に、蓮花の代わりにお礼を言ってから頬杖を付いて机の模様を見る。いつも絡んできて煩い健太は、トイレにでも行ってるのか今が静かに感じる。

 相談なんて普段しないので少し迷っていたけど、蓮花が拗ねたみたいに別に無理に言わなくてもいいわよと言ったので、こいたろうがコイだとは言わずに説明してみることにした。


「ええっ!? あんたのお兄さん女をいきなり連れ込んで来たの!?」

「ち、違うって! 住み込みの家政婦というか、そんな感じ」

「あんた騙されてるわよ。女ってのはね、そっから胃袋掴んで家計簿掴んで、家乗っ取っていくんだからね」

「そんな馬鹿なことあるわけないって」


 見かけに寄らず火曜とか昼ドラとか刑事ドラマの好きな蓮花は、がたがたと肩を揺すってくる。


「なに呑気なこと言ってんの。しまいにはあんた追い出されるわよ」

「そんなこと」

「ないって言う確証ないじゃない。綺麗で料理上手で優しくて、で、あとなんだっけ」

「兄貴と仲がいい…」

「そう、それ! あんたのお兄さんに付いていけるだけで超希少じゃない。それで向こうからしたら、あんたはコブだろうしね」

「っつ、そんな風に思う筈ない!」


 優しいこいたろうがそんなことと思い、咄嗟に席を立って蓮花を睨むと、少し呆気に取られた蓮花は苛立った顔で私を睨み返した。蓮花は綺麗だけど怒ると冬の女王様みたいな怖い顔になる。


「じゃあ何であんたらしくもなくムキになってるのよ。本当はあんただって思うところがあるんでしょ? そもそも幾らあんたの為の家政婦だからって、相談も無いなんて怪しいじゃない」

「それは…」


 こいたろうはコイだから、兄貴ぽんこつと結婚する筈もないし、相談も何もどうせいつもの突飛な思いつきだったからだろうし…。蓮花は知らないから言っているだけなのだと思う反面、何故か私はもごもごと口篭ってしまった。

 本当はあんただって思うところがあるんでしょ?

 その言葉に、言い当てられた気がした。

 蓮花の言う通り、兄貴とーへんぼくは河川敷の時から何も説明してくれない。

 あれ以来、こいたろうはぽんと私たちの日常に入った。それは例えば歓迎会とか何か劇的な境目があったわけじゃなくて、するりと3人の日常になった。私はこいたろうと初対面じゃないし、友達とはまた違う大事な存在だったけど、それでもこいたろうがコイだった時みたいに振る舞えなかった。でも兄貴いみふめいは最初からずっと居たみたいな態度でこいたろうと話してて、それに最近はコイ状態で休憩中のこいたろうが居る水槽で2人で話したりもしてて――


「おい! さっきトイレにこんなでっけぇヘビの抜け殻が…って、お前ら喧嘩か?」

「健太いいところにぃ。そのいつもの勢いであそこに突っ込んで来てよ、健太ならいけるって」

「お、おう? 何か釈然としねぇけど、とりあえずヘビ見に行くか? まぁ蓮花はともかくチビはおまけだけどな」


 考えていると、前側の教室のドアが開いた。煩い奴が帰って来たようである。真っ黒に日焼けして、いかにも虫取り小僧みたいな健太は、委員長に生贄の尖兵とされたことに気づかず呑気に自慢気な顔で近付いて来た。しかも相変わらずイラつく一言付きである。そもそも健太は私のことをチビチビ言うけど、蓮花の背が高いだけで私は小さい方じゃないってのに…、うん、やっぱり健太はおバカ男子の筆頭だ。いつもは呆れたりニヤつく蓮花も、今回は同じ気持ちであるようだった。

 取り敢えず言うべきは一言である。


「「今忙しいの」」

「そーですよね」


 「何負けてんの」「いや、今日のはガチだって」とぼそぼそ聞こえるが、私達にクラスの視線が集まっていることに対して飴玉の雨が降りそうなくらい珍しく気を利かせた健太が、皆をガキ大将よろしく多分トイレへと引き連れていった。

 女の子達まで行っちゃったのは空気を読んでくれたのか、もしかしたらヘビの皮を見てみたかったのかもしれない。私も持ってると幸運が来るって聞いたことあるからちょっと気になったし。

 

 最後の子が遠慮がちに閉めていったドアを眺めていたら、蓮花がふんっと腕を組んだ。


「健太にしてはマシな行動ね。それで、私に良い案があるんだけど、あんた私の家に泊まりに来なさいよ。勿論内緒でね。そしたらあんたのお兄さんも新しい女なんか放って心配ですっ飛んでくるに違いないわ。飛んできたところにうそ泣きでもしたらイチコロで追い出すよう言ったり吐かせたりできるわよ」

「それは流石にダメだって」


 咄嗟にドタバタと部屋中の発明品を引っ張り出そうとする兄貴しんぱいしょうを想像して断る。目を離したらいつ地球滅亡クラスの発明をしだすか分からないし…。それに、今は何だか慣れなくておっきなこいたろうに前みたいに話しかけれてないけど、嫌いなわけないのだから。


「いいじゃない、1日くらい大丈夫よ」

「いや、やっぱり遠慮しとくよ。蓮花ごめんね」

「っもう! この私が誘ってあげてるのにあんたは本っ当強情なんだから。 分かったわ、その代わりちゃんと自分でその思ってること聞きなさいよ。…それに、別に泊まりに来るのだって無断じゃなかったらいいんでしょ? ママが友達もいないの?ってうるさいのよ、手伝いなさいよね」


 苦笑しながら誘いを断ると、蓮花は唇を尖らせながらふんと視線を逸らした。拗ねながらも少し赤くなりながら付け加えられたお誘いに、今度こそ私ももちろんと大きく頷く。

 ちょうどよくガヤガヤとした賑やかさと同時にドアが勢いよく開く。


「おーいっ。ほら、わざわざ持って来てやったんだぜー! チビ感謝は?」

「頼んでないし」


 直ぐに煩くなった教室で健太をあしらいながら、横目で蓮花と笑い合う。

 聞かなきゃと意気込むと少し緊張して怖いけど、今はもやもやが軽くなった気がした。





「あ、間違えて来ちゃった」


 放課後、いつもみたいに少し家へと帰る道からは遠回りとなる商店街の方へと来てしまった。今日からはこいたろうが買ってくるって言ってたんだっけと思い返す。


「お! お嬢ちゃん、今日もえらいね。今日は大根が一等安いから買っていきな」

「ほんと!? あっ、ごめんなさい、今日はちょっと…」

「ん? お財布を忘れちゃったのかい?」

「ん…、うん、ごめんね」

「はっは、謝るこたぁない。実はこれとか余って廃棄になりそうなんだ。良ければ持ってってくんな」


 指さされた小ぶりのキャベツを見て欲しくなったけど、お財布を本当は持っているので我慢してふるふると首を振った。嘘吐いてタダでもらうなんてダメだから。


「八百屋のおじちゃんありがと! また今度来るね」

「ん、そうか? お嬢ちゃんはほんと賢い子だなぁ。じゃあおじさんからコレをあげよう。コレならいいだろ? お兄さんと一緒に食べな」

「あめ? うんっ、ありがと! 八百屋のおじちゃんまたね!」


 チロちゃんマークのあめを2個手に握って、ランドセルが跳ねるのも気にせず家へと急いで走る。


「気をつけて帰りなよ~」

「はーい!」


「へへ、兄貴前気に入ったって言ってたし」


 私が作ったものは何でも「おいしい完璧至高の一品過ぎて万物に於いて並び立つものなしッ!!」と真剣に叫び出す兄貴ばかじただけど、包み紙を見ながら珍しく「ふむ、まさかこの顔の個数を用いてジンクスを成り立たせようとするとは--、上手くシステムの確率部分を突いて…-、地球の者も中々…--。妹よ! 気に入ったぞ!! これを研究対象としようではないか!! 取り敢えずダンボールひと箱分を注文--痛いぞ天使よ」とか何とか言っていたのだ。

 あの時はそんなに買ってられるかと断固阻止したので、今日のこれをあげたら喜んで小躍りするに違いない。


 何だかにやけてしまいながら、ただいまー!と玄関へ飛び込む。

 「おお! 天使よ、危険なことは無かったか? 体に異常は? ひとまずよく無事で帰ってきた。おかえり」と、いつもなら学校に行って帰ってきただけで直ぐにべたべたと煩いのだが、今日は何にも反応がないのであれ?っと拍子抜けしてしまう。

 リビングへと向かい廊下から様子を伺うと、二人して何やら難しい顔で言い合いをしていた。


「最近やけにうろつかれているのでな、周辺の警備を強化したい」

「分かりました。ですが人手を増やすというのは…」

「む、分かっている。既に考えて--」


 リビングで話し合う姿は、片方はみすぼらしくて片方はとっても品があり綺麗というチグハグさだけど、私の知らないことをお互いに深く知り合っている大人同士という感じで…


 どう、しよっか、な


 もやもや


 いつもは鬱陶しいのに、二人だけで会話している場所になんだか行きづらくて、気付いて欲しくて小さな声でただいまーって言おうとしたけど、何でだか言えずに立ち往生して俯いてしまう。

 

 忙しそうだしもう2階に上がっとこう


 そう決めてチロちゃんを無造作にポケットへ突っ込んで逃げるように後ろを向いた瞬間、カツッっとランドセルが壁にぶつかって音を立ててしまった。

 慌てて二人の方を見ると、二人共驚いた顔でこちらを見ていた。次の瞬間には兄貴しゅんそくに抱っこされてクルクルと宙を回転していたが。


「おお! マイスウィートエンジェル!! よくぞ帰ったな!! 今料理が出来るから待っているんだぞ! というわけだ、任せたこいたろう! 我輩はエンジェルと遊ぶのに忙しい!」

「ちょ、兄貴下ろしてってばっ! 恥ずかしいって!」

「ふっはっは! 中々無かっただろうこういう機会も! なに、今日は抱っこしてあげようと考えていたからな。ちゃんと前もってこの抱っこ回転補助器具を既に装着していたんだぞ!」


 どうだ、偉いだろう、さぁ褒めてくれと言わんばかりの顔と言い草である。そしてこの間もずっと回転していて流石に目が回ってきた。


「も、もう十分遊んだから下ろしてってば!」

「なぬ、我輩は物足りないのだが……ハッ! 我輩としたことが例え天使が100トンであろうと持ち上げて高い高いしてあげられる筋力補助と1秒間に100万回の回転スピードまで上げられるようにすることにかまけて妹の三半規管レベルの調査を怠っていたッ。すまない妹よ、この不甲斐ないお兄ちゃんを許してくれ」


 私を地面に下ろしてふらふらとショックで膝を付いているが、怒るべきはそこじゃない


「ひゃ、100トンなんて体重あるわけないじゃん!!」

「ま、マイエンジェル?」

「もう!」


 兄貴デリカシーゼロの発言に怒っていたら、結局、兄貴いすが何を話していたのかを聞きそびれてしまった。いつの間にか用意されていたこいたろうのご飯を食べる。何だか懐かしい様な味で、つい美味しくておかわりしてしまう。コイだったこいたろうの故郷の味にこの場合なるのかな。だったら私の前世はコイだったのかもと、朝みたいに仲良しな二人の会話を聞きながら箸を進める。


「こいたろうよ、そなた敢えてずっと無言でいたな。忠言を怠るとは家政魚の名が廃るぞ」

「あら、兄妹水入らずの場なので魚は干上がる前に遠慮していただけですのに。ではこれからは遠慮なく構って差し上げても良いという意味ですよね。寛大なお言葉ありがとうございます」

「くっ、無駄に小賢しくなりおって。知能レベルを下げてやろうか」

「愚策と思いますれば」


 この冷奴おいしい


「兄貴、こいたろうをいじめちゃダメ。そういうのはパワハラって言うんだって先生が言ってた。校長先生みたいな大人になったらダメなんだって」

「まぁ、ありがとう。ふふ、これも自信作ですので、私の分も気に入ったのならば食べてくださいな」

「む、我輩がいじめているのか? 取り敢えず情操教育に悪いので校長はクビにしよう」

「こいたろうありがとっ。もうっ、しょっけんらんよー?はダメなんだってば!」

「…こいたろうティッシュは何処だ? 天使が天使過ぎて我輩はもうダメかもしれん」

「いいことです。後のことはやっておきますので、心置きなく冥府へと旅立ってくださいませ」


 こいたろうがにこやかに兄貴はなじおとこの前の皿を回収している。兄貴まだらがおはいつも意味不明だからまぁ気にしない。それでもクセで咄嗟にお皿の方へ身を乗り出そうとしていた体を、バレないように椅子へと押し付けた。いつもなら兄貴へんじんの前に座ってたけど、今は私がお誕生日席で、兄貴が左でこいたろうがその向かいの右手側に座っている。

 少し、前とは違う距離の席。


 大人しく腰を押し付けると、固い感触がお尻の方からした。その感触でチロちゃんの存在を思い出す。ぱっとポケットに手を当てて、イタズラする前のドキドキ感をバレないように隠した。


 今渡そっかな、でも今渡したら兄貴オーバーだから鼻血酷くなっちゃうかな


 兄貴こまが喜び勇んでくるくる小躍りする姿を思い浮かべて、さり気なくどう渡そうと考えていたら、ティッシュを詰め替えに台所へと立っていた兄貴うしみたいが袋を持って戻ってきた。そうして袋をひっくり返してわくわくとした顔で机の上に色々な野菜を並べていく。


「ふむ、よくやったこいたろう。今までで一番効きが良さそうだ。やはり独特のシステムに則ったものでいけば大分楽にことが運ぶな」


 また兄貴なぞの発明の話だろうと聞いていると、放り捨てられた袋に描いてあるマークに見覚えがあった。

 ごろごろ転がった野菜の中には、大根もキャベツも一つずつまぎれている。

 兄貴あんぽんたんに頼まれてこいたろうがお使いにいったのかもしれない。私のお財布の中だけじゃ足りないだろうなって分かるごろごろ野菜。兄貴どんかんは喜んでて、八百屋のおじちゃんもいっぱい買ってくれて嬉しいだろうな。


 くしゃって潰れた包み紙が音を立てる。

 もやもや、もやもや

 何だか、お腹がいっぱいでもう入らないや


「ごちそう、さまでした」

「む? もう良いのか? 日頃の摂取量の7割にも満た…ハッ!? これが世に言うダイエットか!? ついに天使の心にまで忍び寄ってきたのか!? 果ては我が至高の天使が拒食症なるものに…ええい! そんなことにはさせんぞ妹よ! 天使はどんな状態であっても愛らしいがされどもここは心を鬼にして席を立ちたくばこの兄を――」


 しゅばーっと口で効果音を出して変な構えを出している。いつもなら何言ってんのと言い返したりするけど、何だか今はムカムカとして口も聞きたくない。なので机の上を見ながら黙ってカチャカチャとお椀を重ねていたら、そっとこいたろうの手が私の手に重なった。兄貴にわかひーろーを見るこいたろうの目が夏に放置された生ゴミでも見る様な感じだ。そっと添えられた手は、しっとりしていて人より少し低い温度。


「空気を読む能力に乏しいオスはそこで黙っていて下さい」

「ほう、元魚類が空気を語るか。だがここは長年の絆を持つこの兄に任せて今すぐその手を離すのだな」

「見苦しい男の嫉妬はどの世界でもあるものなのですね。では子孫を残せないという末路も一緒なのでしょうね」

「はっはっは」

「ふふふふ」


 見えない火花を散らし合う二人。蓮花れんげが見たら何だ、仲悪いじゃないのとか言うんだろうか。

 でも、自分でも分かんないんだ。二人共好きなのに、今だって何だかんだ楽し気な筈の雰囲気なのに、何でこんなまっくろな気持ちになるんだろ

 

 パシッ――


 気付けばこいたろうの手を振り払っていた。

 驚いた顔の二人が目に映る。


「あ、えと、ごめ」


 自分でも驚きながら、でも言い訳も出来ずにぱっと玄関に向けて走り出していた。咄嗟にランドセルに入れていた財布も取り出す。


「ジュース買いに行ってくる!」


 制止の声に敢えて聞こえないフリをして、一目散に夜の中へと私は逃げ出していた。




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