「えっ? 漫画の世界に行けるの?」
挿絵を描いて頂きました。最後に挿入しておりますので、苦手な方は右上より、非表示設定にして下さいませね(´`)
ミニあらすじ: 家の兄貴はあんぽんたんである。何でも出来る代わりに、常識を全てドブに捨て去りやがったドアホである。そんな兄貴がまた変なものを作ってきた。何でも漫画の世界に入れるらしいが…
「マーイエンジェールッッ! 妹よ! お前が常々言っていた夢を、この我輩が今から叶えてあげようぞ!!」
「別にいい。兄貴は寝てて」
ドアを開けて入ってきたのは、ボサボサの黒髪に今時見ない丸底眼鏡、謎な液体が付着した白衣をいつも着ている不審者…改め兄貴である。
いきなり入ってきたかと思えば、胸を反らして両腕を腰に添え、ふーはっはっはなどとほざいている。…うん、通常運転の兄貴だね。
しばし半眼で見ていたが一向にポーズを変えないので、私はため息を吐き、仕方なしに算数の問題をストップして兄貴の相手をすることにした。
「んで、今度は何を作ったのさ?」
「ふっふっふ。ほら、前キャーーーッ! この漫画の世界に行ってみたい~~~~! と叫んでいただろう?」
「叫んでない。…えっ、もしかして行けるの?」
「そのまさかだ! この我輩に不可能など存在しないからな!! どれ、今から行ってみないか?」
「行きたっ……。いや、やっぱり止めとく」
「!? なぜだ!?」
「いや、だってさ…」
私はいかにも「目ん玉飛び出て顎が今にも外れそうです」という顔でポーズを取っている兄貴を見て、先日のバカ騒ぎを思い出していた。
◇
「兄貴ー、これ教えてー」
「んん? 仕方の無いやつだなぁ。どれ、この我輩が完璧に教えっ…」
「ありがとー。この計算のやり方が分かんなくってさ。えっと、少数点が」
「……」
「兄貴?」
なぜだか石像のように固まってしまっている。不思議に思って突っついていると、少ししてようやく復活した。
「くっっ、何故…、何故なんだ。1=0だろうが1を0で割ろうが容易く証明してみせるというのに。
なぜ 1÷10=お なのだ! これがヒントだと?
…そうか、ふふふふふ、分かった、分かったぞ。これは教師の陰謀だな。ふはは、だがな教師よ、これごときで兄としての威厳を削ごうなどとは片腹痛い!神も悪魔もねじ伏せ済み。この我輩に不可能はないのだ!! 待っていろ、妹よ! 今に証明してみせるからな!」
「あっえっ兄貴ー? …、まぁいっか、そういや兄貴ヒントって言ってたっけ。ヒントひんとー、あ、おってこのことか」
韋駄天の如く走り去る兄貴なんぞ放っぽって、この時の私はパズルでも解いた気分で明らかなミスプリを修正しておいた。そのあとは勉強をやる気も起きず、算数は明日にでも聞くかとご飯の支度をしに台所へ向かう。
――今思うと、しばらく平穏だったからと油断していたのが敗因であった。悔やんでも悔やみきれない失態である。まさか数日後あんなことになるとは、この時の私は考えてもいなかったのだ。
2・3日はいつも通りであった。兄貴が時々部屋に篭るのも普通だし、ご飯持ってったら元気そうだったので全然気にしていなかった。むしろ静かでいいなぁとすら思っていた。
そして4日目の朝、お日様が顔を出し始めた頃に、私はドアを叩き開けられる音で強制的に起こされる。
「んもぉー、兄貴うるさいよぉ。どうしたのさー」
「ほら、出来たぞ。後でお兄ちゃんと呼んでくれ」
「はいはい、何が出来たの」
すっかり何のことか忘れていた私は、兄貴の手にある赤いうさちゃんマーク型のボタンが付いた機械を不思議そうに見ていた。すると、兄貴は意気揚々と話し始める。
「最初は我輩も公式や法則を見つけようとしていたのだがな、不覚にも見つからなかったのだ。だが、ここで止めては兄が廃るだろう? 発想を転換し、全生物の意識に 1÷10=お が正しいと植え付ける装置を開発してみたぞ。装置は数分で出来たのだが、小5の好みが分からなくてなぁ。思考錯誤を繰り返し、お前の髪型と同じマークにしてみたのだ。ほら、お前にあげた髪ゴムと同じ色だぞ」
「…え?」
「そうか、言葉も無いほど嬉しいか! 我輩も作ったかいがあるぞ。ほら、お前以外が押すと爆発する仕掛けもしといたのだ」
そう言って嬉々として機械を私に押し付けてくる兄貴に、だんだんと理解の追いついてきた私は無言で機械を兄貴から受け取った。そして、顔を俯けながら問う。
「これ、本当に私しか押せないの? 絶対に兄貴でも無理?」
「なんだ、そんなことを心配していたのか? 勿論お前だけだぞ。新構築した金属だから、軽くて持ち運びも便利な仕様だ」
やれやれ、困った妹だなぁとでもいうかのような声に、私の怒りのボルテージが上がったとしても私は絶対悪くない。
「こんの…おばかあっっ!! 人様に迷惑を掛けちゃダメでしょーがっっ!!!」
勇ましく顔を上げ、叫びながら振りかぶって投げた機械は、見事な放物線を描いた後、兄貴という月面に見事着陸して潔く有終の美を飾った。
「げほん。なんだ、イルカさんマークの方がよかったのか?」
しかし、兄貴は立ち上がり、おもむろに工具を取り出しては洗脳兵器を作り始めようとする。こうなっては仕方がないと、私も屈辱を飲んで兄貴を止めることにした。元はと言えば私が蒔いた種である。2度目で慣れているのか、すでに枠組みが完成しつつあるというカウントダウンにもめげず、私も武装を整えていった。
髪を兄貴から貰った赤とピンクペア、橙と黄色ペアの硝子珠が付いた髪飾りで結ぶ。耳の上で結べば、いつも小学校に行く時の髪型の完成である。パジャマはそのままでいいから――、よし、武装は整ったぞ。
意を決して兄貴に向き直ると、真剣にイルカさんマーク型のボタンに青色を塗ろうとしていた。
「あ、あーー、うん。兄貴、ちょっといいかな」
「ん? あとは色塗りだけだから、もう少しだけ待ってくれ。面白さが足りないから不満だったのだろう? ボタンを押すと校歌が流れるようにしといたぞ」
鼻歌を歌いつつの発言に、最早一刻の猶予もないと覚悟を決める。女は度胸だと亡きママも言っていたのだ。今こそ、そのとき!!!
喰らうが良い!!兄貴にしか効かぬ必殺の一撃!!!
「おにいちゃん、そんなものより私をかまって?」
「!?」
滅多に使わぬ「おにいちゃん」呼び。もう既に身悶えする程恥ずかしいアニメ風の甘えた声!ツインテールとパジャマと涙目上目遣いの相乗効果!!!私の精神と朝の貴重な時間を生贄に発動した高度な必殺技だ。
案の定、驚きから一転してでれでれっとした顔をし、そうかぁ、構ってほしいのか!と機械など放って構ってくる構ってくる。その隙に兄貴が放置した機械を回収しておいた。
あれ?どこ置いたっけか?などとキョロキョロしている兄貴を煙に巻き、要らないから絶対にもう作るなと厳命し、おにいちゃん凄い!と持ち上げて宥めて――…。地雷処理班か、はたまた猛獣の調教師の気分で頑張った。そりゃもう頑張った。
こうして私は世界を救ったのだ。
1÷10=お など認めない!!!
◇
さて、そんな事件からまだ数日しか経っていない中での発言である。私の警戒心はマックスにまで高まっていた。なので答えとしてはノー一択である。一択であるが…。
「主人公に会えるんだぞ」
ピクッ
「魔法の世界にだって入れるぞー」
ピクピクッ
「もふもふもドラゴンも本物だ!!」
ピクピクピクッ
行きたい。果てしなく行ってみたい。いや、でも兄貴のだし…。
「そうか、残念だなぁ。ならこれは壊すしかないようだ」
「や、やっぱり行く!!」
はっ、しまったと思った時には既に遅く、兄貴はいそいそと準備に行ってしまう。
いや、これはあれだ、せっかく作ったのに壊すのは勿体無いしで、別に乗せられたわけじゃなくて、ママも残したら勿体無いお化けが出るって言ってたし…。
咄嗟に挙げていた手を下ろしつつ、ぶつぶつ言い訳をしていると、兄貴が変なコードがいっぱい付いた黒いヘルメットと一冊の漫画を持ってきた。
「その漫画って兄貴が買ったやつー?」
「いや、さっき描いてきたやつだぞ」
「読んでみていいー?」
「いいぞ、機械用にしたからつまらんがな」
ふーんと適当に流し見ようと思っていたのに、予想以上の面白さにハマってしまっていた。兄貴の才を舐めていた。絵もストーリーもドストライク。行ってみたかった漫画より面白いという理不尽さを噛み締めつつ、夢中でページを捲っていると兄貴に漫画を取り上げられる。
「この漫画でいいだろう?」
「えー、でもどうせだったらこっちの世界に行ってみたい」
兄貴の漫画は面白かったけど、やっぱり知ってる憧れの世界に行ってみたいのだ。後で絶対続きは読むけどな!
私の言葉に珍しくいいのか?と聞いてきたので、もちろんだと元気良く答えておく。
「じゃ、行ってこい」
その言葉と同時に何の説明も無くスポッと頭に被せられた。
「ちょっ、まだいいって言ってない!」
「一時間で終わりだから楽しんでくるんだぞ」
「だから待ってって、兄貴はどうすんのっ」
「家にいるぞ。電話は繋がるから安心しろ、ほれポチっとな」
「説明足りてない!!!」
改めて兄貴の理不尽さを感じつつ、それでもドキドキと目をつぶる。
一瞬の浮遊感のあと、瞼越しに日の光を感じて目を開けた。
すると、そこには夢にまで見た少女漫画の舞台となる学校が――
がっこうが…あれ?なんかおかしい?
思わず目を擦ってもう一度見てみたが、こう、なんというか…ちゃっちい。
首を捻っていると、プルプルといつの間にか襟に付いていたウサギのブローチが震えていた。いや、好きだけどさ、ウサギ。
そうじゃなくって!
「兄貴ー、さっそく故障してんだけど」
「ん? 異常無しと出ているぞ」
「えー、それごと故障してんじゃない? 学校がなんかペラペラというかツルツルというか…変」
「ああ、それは仕方ない。絵のまま三次元化したらそうなったというだけだ。描かれていない箇所は普通だろう?」
「たしかに。そっか、ありがと兄貴ー」
「うむ。そろそろストーリーが開始されると思うぞ」
「役にはなれないんだね。ちょっと残念だなぁ」
「我輩の漫画なら何にでもなれるから、次に試してみるいい。あと、一応お前もモブの一人と入れ替わっているぞ。ストーリーには口出し出来んがな」
「あれ、そうなの?」
「ああ、あと授業は別に参加しなくても構わん」
「んー、せっかくだし行ってみる。また何かあったら連絡するよ」
と、話しているとチャイムらしき音が鳴る。思わず学校の方を向くと、白黒のカタカナの文字が学校の上に浮いていた。
おおう、と思いつつも急いで教室まで走る。位置は何度か描かれていたので何とか辿り着くことが出来た。
恐る恐る教室の後ろドアを開けるが、先生はまだ来ていなかったようなので、ざわついた教室が私を出迎えた。
なんかすごいなと感動しつつ、ドアを開けてすぐ前の席しか空いていなかったのでそこに座る。
セーフと一息付いていたら、タイミング良く前のドアがガラッと開いた。
これは冒頭の転校生のヒロインが、教室に入ってきてヒーローに一目惚れされるシーンだ!!実はヒーローは財閥の御曹司で、影武者の子と三角関係になって…。
うわあーー、やばい!どうしよう!とテンションが上がりまくっていると、教室の様子が変わり始める。
なんというか、ちゃちい方向に。
えっ?
と思わず固まっていると、目の前の席の子が影法師の様なホラーな存在へと瞬きの間に変化した。
止まる思考とは裏腹に、ぎりぎり人間っぽい先生が入ってきて、吹き出しを横に浮かせながら喋っている。そして花を浮かせたヒロインがご入場。
教室は、シーンという文字を文字通り浮かせた後わっと熱気を帯びて盛り上がった。
夢にまでみたシーンのはずなのに、その間私は恐怖にフリーズ。
うわあ、これはやばすぎる、どどどどうしよう…、と果てしなく震え上がっていた。
迷いなくウサギのブローチを取り、兄貴に現状の説明を要求する。
「兄貴ぃーー! これどういうことーー!!??」
「どうしたっ? 何があったのだ?」
「なんか教室のほぼ全員が影法師みたい真っ黒いもやもやになって、それで、ええと、女の子の目が顔の三分の二くらいあって、肌が陶器みたいで宇宙人てかクリーチャーみたいで怖くって…」
「うむ、仕様だな。言ったであろう、描かれている部分をそのまま立体化するとそうなるのだ」
「そ、そんなぁ、聞いてないよぉ…、もうやだ帰る!!!」
「すまん。稼働中は下手に弄れん。大人しく一時間待ってくれ」
「兄貴ぃーーっ!!?? こら!! 切るなあああ!!!」
嘆願虚しく、地獄できっかり一時間。もやもやが、ヒーローが、ヒロインががが――
ちょうどクリーチャーがクリーチャーの肩にぶつかって、お姫様抱っこして運んでいるのをもやもや達と一緒に眺めている所で目が覚めた。
「うむ。意識はばっちりであるな。妹の夢を叶えれて兄は嬉しいぞ」
にこにこと顔を覗き込まれ、妙にスッキリとした表情。
怒りもあったけど、安心しちゃったのもあって、悔しくってでも怖かったから―――
「夢、YUME、ゆめ…、なんざ崩壊したわ! こんちくしょおーー!! うわーーーん」
訳がわかんなくなって涙腺が決壊してしまった。
「な、泣くなっ! 兄が悪かった、すまん! この通りだ! ま、待っていろ、今すぐアメちゃん製造機を作ってやるからな!」
「お、おにいちゃんのばかあーーー」
大声で泣き疲れて寝たあとは、兄貴がへろへろになるまで口をきかなかった。
ざまあみろである。
そんな、なんだかんだで平和な、天才こじらせたあほ兄貴とその妹の日常
おわり