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三十路 ときどき 高校生  作者: 竹野きひめ
1 三十路 ときどき 高校生
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★ 二日酔い




う、あ。


物凄い頭痛で目が覚める。

やっぱ、飲み過ぎたかと目を開ける事も嫌になり小さく、うーうー呻きながら寝返りを打てば、やっぱりと言うか隣のベッドは空になっていた。

美緒は誰に言われたわけでもないが毎日早起きをする。

大抵は俺が起きる前に目を覚ましている事が多く、最も一緒に寝るようになってまだ日が浅いと言えば浅く、完璧かと言われると微妙なところだ。

直さずに出て行ったままの布団を眺めながら顔がにやける。


真夜中に食べた美緒特製の焦げ目の多いグラタンは思いの外、まずかった。

まずい、と言うのは料理を始めたばかりの美緒に失礼なのだが、物凄く塩が効いていて、まぁ、一言で言ってしまえばしょっぱかった。

大方、小さじと大さじを間違えたのだろう。

そんな物を食べて何で笑っているかと言えば、美緒が一人で食べているところを想像してしまったからだ。


きっと一口目で首を傾げ、二口、三口と食べ進めるにつれ眉間に深い皺を彫っただろう。

そしてなにがいけなかったのかと『くま』に問いかけながら水をごくごく飲んだに違いない。

最終的には泣きそうになりながらそれでも完食し途方に暮れたかもしれない。


にやけた顔はそのまま押し殺した笑いになりクスクス笑っていればガチャリとそれでも静かにドアが開く音がし、笑うのを止め起き上がりそっちを見れば美緒が顔をちょこんと出している。

もっとも『くま』で顔は半分隠れており目元辺りしか見えない。


「おはよう」


笑った顔のままそう声を掛ければ美緒はしばらく瞬きやら眉間に皺を作りながらもじもじと口を開く。


「お……はよ、う」


流暢じゃない朝の挨拶はいつも通り……ではなく、それがどうしてなのかの理由はよく分かっている。

しょっぱすぎるグラタンを俺が食べたことを見て美緒なりに考え寝室へと戻ってきたのだろう。

おずおずと『くま』を下ろす美緒の口元にはパン粉がいくつか残っており、朝食はきちんと食べたのだとほっとした。

俺は美緒と出会うまで人間は誰でも腹が減れば飯を食うと思っていた。

それが違っていたのは美緒が初めてで、あの時受けた衝撃は今でも忘れない。

そしてそれと同時に俺と美緒が歩んできた人生の生活の違いに、あの時涙を流した。


美緒は入り口を半開きより少し狭く開けたまま入って来ず、仕方なく布団から手を出し手招きをすると散々迷った挙句ドアを開け入って来る。

おや、と思ったのは美緒の右手が背に回っていた事で、いつも大事に両手で抱えている『くま』は斜めに左手で抱いていた。

ただそういう事を気づいても美緒に尋ねてはいけない。


そういうほんの少しのちょっとした変化でも、美緒は指摘されるのに慣れていない。

そういういつもと違う事をすると激しく怒られると刷り込まれている。


美緒はそのままぺたぺたと裸足で俺の側まで来ると困った顔をしながら立ち止まり、下を向いたり上目づかいで俺を見たりする。

おもいっきり挙動不審なのだが美緒から動くまで声を掛けず、もちろん触れる事もせずにじっと待つ。


ようやく美緒が動いたのは壁の時計の長針が数字をひとつ進めた頃で、おずおずと右手を差し出してくる。

その手には水滴がついたミネラルウォーターのペットボトル。


「俺に?」


一応の確認と思い交互にそれと美緒を見ながら言えば、ぶんぶんと首を縦に何度も振り、それをきっかけにぐいっともっと前に出してきた。

それを受け取りながら、しょっぱいグラタンのせいかと思えば美緒は何度も息を吸ったり吐いたりしながら口を開く。


「ま、まこっち、ん、昨日、お酒っ。だ、だから、ぐらた、んも……」


言いながら赤くなる顔が三十路の俺には堪らなく愛おしく、美緒は言い終わると同時に『くま』を両手でぎゅうっと抱きなおした。


俺は毎度の事なのだが、その『くま』に嫉妬する。

美緒が普通の女の子だったら、間違いなく『くま』の位置に俺が居るのに、と。

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