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三十路 ときどき 高校生  作者: 竹野きひめ
1 三十路 ときどき 高校生
7/39

★ グラタン




美緒は軽い。

それもそのはずで美緒の年齢からすればかなり小柄な方だ。

小柄というのは良い言い方で、医者に言わせると拒食症の域に入るそうだ。

俺の首に回された手や腕もお世辞にも柔らかいとは言い難い。


「このまま寝るか? それとも……リビングまで行く?」


抱き直す事もせず首元に顔まで埋めてきた美緒に聞けば小さくううんと呻くように呟く。

そのまま美緒の返事を待つがそれは中々やってこない。

だが、それもいつもの事で、美緒は元々あまり話さない。

辛抱強く待つ事も慣れた物で、ようやく聞こえた答えは一言、ねむたい、だけで苦笑いを浮かべながら玄関からすぐの左手のドアへ近づきそっと片手で開く。

センサーで明かりが点き、十畳の部屋に置かれた二つのシングルベッドの奥、窓側の方のそこへゆっくり向かう。

抱きしめた美緒はずいぶん長い事玄関で寝ていたようでしっとりと冷たくなっており、ベッドに下ろす前に片手で布団をめくる。


「下ろすよ」


声を掛けてからそこへそっと下ろしてやり美緒の縮こまった体が伸びる前にそっと捲った布団を掛けてやる。

原田が気を利かせピンクで統一した寝具、明るい花柄プリントの掛布団の中で美緒はもぞもぞっと動き、抱きしめていた『くま』をぎゅうっと抱きしめた。


「おやすみ、美緒。……おやすみのキスをしても良い?」


体を曲げそっと顔を近づけ布団に半分顔を隠した美緒にそう尋ねれば、美緒は閉じていた目をそっと開いて見落としてしまうほど小さく頷いてくれ、それだけで俺は満ち足りた気分になる。

その気分を壊してはいけないと手を伸ばし美緒の額に掛かる前髪を柔らかく掻き揚げ、触れるか触れないかほどのキスをそこへ落とす。

美緒はそれを怖がる事無く甘んじて受け入れてくれ、俺は体を起こしてから背を向ける。

部屋のドアに向かい壁につけてあるリモコンでそっと電気を消す。

けれど真暗にはせず、オレンジ色の豆球だけは残しておいた。


美緒は暗闇を怖がる。


オレンジ色に薄ら照らされた小さな体で膨らんだベッドをしばらく眺めてからそっと部屋を出て、音を立てないようそのドアを閉めた。

それから鞄を持ち上げ廊下を抜けリビングダイニングへと向かう。

散々飲んできたせいか、美緒の様子に緊張したせいか喉が渇いている。

けれどダイニングに併設したアイランドキッチンの奥にある冷蔵庫からミネラルウォーターを取る前に俺は絶句し、立ちすくむ事になった。


ダイニングに置かれた楕円のテーブルの上にあるそれを見てしまったから。

鞄を床へ置き近寄れば桜色のメモ用紙にミミズが這った様な文字が書かれている。

見慣れていないと読めないようなそれにも慣れた。


まこっちんへ

あたためてたべてね


そのメモの先にはラップが掛かった楕円の器。

曇ったラップを剥がせば少し焦げすぎているグラタンが顔を出す。


ああ、そうか。

今日は原田が来ていなくて、美緒が。


思わず手を握りしめたのは悔しかったからだ。

美緒にとってグラタンを作ることもメモを書くことも、それがどんなに大変なのか、分かっているから、だ。

正直、腹は一杯だった。

呑んだあとのグラタンなんて有り得ないと思う。


けれど、俺はそのグラタンを一直線に電子レンジへ持って行った。

それから、温まるのを待ってテーブルに座り、置かれていたフォークを入れた。


グラタンの横にはロックグラスを置いた。

温まるまでにリビング側にある戸棚から持ってきたウィスキーをなみなみと注いで、氷も入れずに、俺はそれを呑みながらグラタンを一口一口、高級レストランの料理のように平らげた。

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