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三十路 ときどき 高校生  作者: 竹野きひめ
1 三十路 ときどき 高校生
6/39

☆ 安堵




「ふっ……うぇっ……」


あたしはまこっちんの顔を見た瞬間から泣き声を抑えられなくなった。

頬に添えられたまこっちんの手が濡れちゃうって我慢しなくちゃって思ってても、その温かさがあんまりに優しくて嬉しくてほっとして。


よかった。

戻って来れたんだって、こっちが現実リアルなんだって、あれは夢だったんだって、心の底から安堵して堪らなくなっちゃう。

こういう風になるのは本当はしょっちゅうで、くしゃくしゃに顔を歪めたまま、床に寝っ転がったままのあたしが泣き止むまでまこっちんはずっと身動きひとつしないで待っていてくれる。


「落ち着いた?」


ようやく泣き止んだあたしにほっとしたように微笑むまこっちんは目を細め、穏やかな顔をしていて、うんうんと何度も頷いてから体を起こす。

その間もずっとまこっちんは身動きしないで、頬に手を当てていてくれて、その時にも、やっぱりこっちが現実リアルなんだって確信する。

それから床に寝てたから体がすごく冷えていて、それであんな夢見ちゃったんだって思った。


「ごめんなさい」


消え入りそうな声で言えばようやくまこっちんは頬から手を離し立ち上がる。

靴も脱がないで鞄も持ったままずっとしゃがんでいてくれたその人を見上げる。


少し長めの黒髪を後ろにワックスで撫でつけた形の良い頭。

物凄く整った綺麗な顔に掛かる銀色の細いフレームの眼鏡。

一流店で作ってるパリッとしたスーツを着るバランスの整った長身の体。

本革の長く愛用し艶が出ているバッグ。


「何が? 謝らないといけないのは俺の方。ごめんね、美緒。連絡しなくて」


まこっちんはあたしのごめんなさいに分からないふりをしてくれる。

本当はまこっちんにいつも言われてるんだ。


床で寝ちゃダメだよ、とか。

俺が遅くなりそうな時はちゃんとベッドに入ってね、とか。

心配になったり寂しくなったらメールして良いんだよ、とか。


だから、約束を破ったのはあたしの方でぶんぶんと首を振り、まこっちんが靴を脱げるようにずりずりと玄関先を開ける。

本当は立ち上がってまこっちんのバッグを持ってあげて一緒に歩きたいけど、あの夢を見た後は体が痛いような気がしちゃう。

それは心理的な物、というらしく、本当は痛くないけれど、腕や足がなくなった人が感じる幻痛というのに近いらしい。


まこっちんは靴を脱ぐとバッグを脇に置きもう一度しゃがんであたしに視線を合わせた。

それからそっと手を伸ばし大きな手で頭をそっと撫でてくれる。


まこっちんの手はあたしを絶対に傷つけないって分かってるのに、体は勝手に少しびくっとしてしまい、まこっちんはあたしを絶対に怒らないのに恐る恐る見上げてしまう。

けれどまこっちんはそれに何にも気づかないふりをして、ふふっと柔らかい笑みを浮かべて口を開く。


「歩ける? 抱っこがいい?」


まこっちんは本当に優しくて、これもよくあるやり取りなのに、涙が出そうになる。

それを見られたくなくて慌てて俯いて、それから少し考えて、小さく返事をする。


「……抱っこ」


ぼつんって呟いたそれにまこっちんは、はいよ、と軽く返事をしそっとあたしの両脇に手を伸ばし、ゆっくりゆっくり手を入れて、ふわって何でもないように抱き上げてくれる。

あたしは『くまさん』がまこっちんとあたしの体にきちんと挟まったのを確認してから、恐る恐るそっとまこっちんの首に手を回した。

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