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三十路 ときどき 高校生  作者: 竹野きひめ
1 三十路 ときどき 高校生
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★ 帰宅




ようやく捕まえたタクシーに乗って逸る気持ちを何とか押し留めながら自宅までの指示を出す。

滅多にしない貧乏ゆすりをしている俺に気を使ったのか法定速度を守らずに飛ばしてくれた運転手に万札を押し付け、釣り銭を貰う前に開いたドアから飛び出した。


和田テクニカルの御曹司となってる俺が住むマンションはそれなりに高層できちんとしたセキュリティがあり、鞄の外側にあるポケットからカードキーを出しロビーへ続く重厚なガラスのドアの左手にある壁のインターフォンにそれを通す。

開くドアの隙間から体を入れ足早に明るいロビーを抜け、二基あるエレベーターの右側のボタンを押し体を入れ、最上階のボタンを連打した。


こんなに遅くなったのに、俺は美緒みおに連絡を入れなかった。

あの子はいくら言っても俺に連絡を入れないのを知っている。

それなのに入れなかったのに言い訳なんて通じない。

暇はいくらだって作れたんだ、本当は。


深夜の廊下をカツカツ靴音を鳴らして歩き一番東側に位置する自宅の玄関のドアの前に立ち、持ったままのカードキーを握りしめたまま一呼吸置く。


どうか、あの子がちゃんとベッドで寝ていてくれ、と。

むしろ、俺を待っていて起きていてくれ、と。

俺に会う前の忌まわしい記憶を思い出すような事になっていないでくれ、と。


それからゆっくりカードキーを玄関脇のリーダーに通し、そっと玄関を開いて体が止まった。



ああ、やっぱり。

やっぱり。



どっと後悔の念が押し寄せる。

『くま』を力いっぱい抱き締めて玄関の敲きのギリギリの所で丸くなる細くがりがりの体。

Sサイズの服だというのにぶかぶかの胸元からはそこだけ無駄に発達してしまった胸が見えている。

ボブカットのこげ茶色の髪は顔を隠せずにその目元も頬も唇も見せつけるように向けられている。

その首から掛かった俺が買ってやった玩具みたいな携帯が目に入る。


どうして俺は連絡しなかったんだ。

メール一通、トイレに行く振りをして打たなかったんだ。

どうして俺は誘いを断れなかったんだ。

今日は駄目なんだって笑って言いながら逃げなかったんだ。


どんな言い訳もこの子は許してくれても、許される事がないって分かっていたのに。


美緒の目から流れている涙は俺がドアの前で願った事が全部覆された結果をよく表していて、そっと靴を脱がずにしゃがみこむ。


こういう時に物音を立ててはいけない。

こういう時に荒々しく触れてはいけない。

こういう時に大声を出してはいけない。


これは全部、美緒と暮らし始めてから体験で学んだ物で、そっとその頬に指先から触れる。

柔らかい感触をそっと確かめながら美緒の様子を観察する。

触っても大丈夫だと、第一段階はクリアした事にほっと息を吐き、微かに聞こえる程度の声で名前を呼び始める。


み、お。

み、お。

み、お。


みお。

みお。


美緒。


何度も根気よくそれ以上声を上げないよう注意しながら、そうやって美緒を呼び戻す。

どんなに時間が掛かっても、揺り起こすような事はしない。


どれくらい時間がたったんだろう。

きっと本来は五分も掛かっていない。


けれど俺にはそれが一時間にも二時間にも思えた。


美緒は眉間に段々と皺を寄せ、涙の流れる量が収まり、やがて。



そっと目を開けた。

その瞬間に指先だけ触れていた頬に掌をそっと添えれば何度か瞬きをしてから顔をくしゃくしゃっと歪め、ようやく小さな泣き声を上げた。


それを聞いてどんなに俺が安心したのか言葉にするのはひどく難しい。

ようやく二人が会った初場面。

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