★ ワインとウィスキー
25
玄関を開け客である亜紀を招き入れれば亜紀は上品にヒールを脱ぎ俺が上がるのを待った。
時がゆったりと流れるような感じがするのは俺だけじゃないようで亜紀は久しぶりに実家に帰ってきたような顔をし深呼吸をしている。
そして何も言わずリビングダイニングへ向かっていく。
俺はキャリーバッグを引いたままその後を追う。
まるで立場が逆のようだ。
「わ、おいしそう。……レトルト?」
ダイニングのテーブルに並ぶ皿の数々を見た亜紀はからかうようにそれを言い、俺はテーブルの傍らにキャリーバッグを置いてから肩を竦めた。
好きなように解釈しろよ、というそれに亜紀はクスクス笑いながら窓際の椅子を引き腰を下ろす。
俺はリビングにある棚に向かい中からワイングラスとウィスキーと、下段のワインセラーになっている場所から赤ワインを一本抱えて戻る。
「ビールはたらふく飲んできたんだろ?」
俺の抱えてきたものを見て、わー、と小さく声を上げ手を叩く亜紀に言えば彼女は頷きテーブルにそれを置いてから、コルク抜きに手を伸ばした。
瓶を守るように巻き付いているアルミを剥がしコルクを抜いてそれを亜紀に渡す。
亜紀がその香りを嗅いでいる間にグラスにことこととワインを注ぐ。
それからようやく俺は椅子に座り、向かい合った亜紀と笑みを交わした。
乾杯。
小さくグラスの当たる音が響きごくりと一口飲めばふわりと葡萄の熟成した香りが抜ける。
亜紀はと言えば一気にグラスを空け、舌なめずりをしてからグラスをテーブルに置き、俺はそれにまた注いでやる。
何度かそうやってワインを二人、無言のまま飲み続け一瓶空ける頃、ようやく亜紀が口を開く。
「ね、窓開けていい?」
もちろん、と答えテーブルの脇にあるエアコンのリモコンで薄く掛けていた暖房を切れば亜紀は立ち上がり背後の窓を全開にした。
さっきと同じ秋風が部屋に入り込み、ワインで火照った体をやんわりと冷やしてくれる。
亜紀はしばらく窓の外を眺めた後、テーブルに戻り、ウィスキーの瓶の蓋を開け、ワイングラスへ半分ほど注いだ。
それから俺に瓶を向けてくる。
それに応えるため、俺もグラスに残っていた最後のワインを体に流し込み、同じ分だけウィスキーが入るのを見ていた。
亜紀は瓶をテーブルに置き蓋をせずにつまみのひとつとして用意したピクルスに手を伸ばし、口へ手づかみで放り投げた。
そのまま咀嚼をしながら長く爪まで整えられた指先から滴り落ちるピクルスの漬け汁を見ながらぽつりとつぶやく。
「今頃、だったね。【猫】ちゃん」
グラスに入った液体を一気に飲むのは今度は俺の方だった。
ワインと違いグウッと焼け付くような感覚に眉を寄せながらグラスをテーブルに戻せば亜紀は何も言わず同じ分だけウィスキーを俺のグラスに注ぐ。
「ああ、そうだな」
トクトクと金茶の液体が注がれるのを見ながら返事を返す。
それは催眠術のように当時の記憶を頭に蘇らせてくれた。
たった一年前の事なのに、普段があまりにもゆったりとしていて、その記憶は濁ってしまう。
一年前、外でたらふく呑んだ俺と亜紀の前に、美緒は……全裸で突然現れた。
身体を覆っていた茶色く変色した薄い毛布は俺にぶつかった衝撃で宙を舞い、地面にはらりと落ちた。
その時の衝撃を俺も亜紀も忘れていない。
美緒の身体は、首から下はどす黒い色に変わっていた。
その上に赤紫色の真新しい痣や少し時間が経った痣がまるで花が咲いたようにつけられていた。
そして細すぎる太ももに流れ落ちているのは俺も亜紀も見た事のある、白濁した液体、だった。




