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三十路 ときどき 高校生  作者: 竹野きひめ
1 三十路 ときどき 高校生
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★ 薬

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さて。


伸びをした腕を下ろし残っていたミネラルウォーターを飲み干し首を左右に倒してコキコキと鳴らす。

感情表現の乏しい美緒が小走りで出て行ったところを見ると今日のデートのお誘いは合格点だったようだ。

たったそれだけの事なのに気分が良くなりすっかり二日酔いなんて忘れた気になる。

いや、元々酒には強い方なのだからシャワーを浴びれば大丈夫だろうと寝室のドアを開ければ向かいの美緒にあてがった部屋のドアが開いており中からカタカタと音がする。

ちゃんと支度をしている事を確認し廊下を歩きリビングダイニングまで行けばすっかり綺麗にテーブルは片付いており、壁にかけてある薬カレンダーを見れば美緒の言う通り今朝の分はきちんとなくなっていた。


美緒は身体が弱い。

それは先天性ではなく後天性で、言い方は悪いが俺が保護した時が生きていくのにギリギリのラインだった。

会社で繋がっている病院へ連れて行き精密検査を一通り受けさせ、結果を美緒に席を外させて聞いた時は愕然とした。


―内臓がだいぶ痛んでいます。壊死している部分がかなり多い。

―長年に渡る暴行による物だと思われます。

―特に、特に……女性器周辺や子宮、卵巣は……。


そこで言葉を濁すのは男性の医師だった。

立ち尽くしたままCTの画像やレントゲン、たくさんの数値が書かれた紙を見ながら手が震えた。

その時、美緒は初めて経験するたくさんの検査に疲れ処置室でぐっすりと寝ていた。

美緒に聞かれなくてよかった、と思うのと同時に怒りと憤りが沸々と沸き上がり、手にしていた結果を握りつぶした。


―警察を呼びますか。体中の痣や体内に残る体液で十分被害届は出せますよ。


それに俺は首を振った。

あんな細い体で、汚い体で、警察に行き、おどおどした態度で聴取を取られるなんてあの子のためにならないだろう。

そんなものは後からだって、良いんだ。


今は。

今は。


「写真を撮ってください。あと体液のデータを公式な文書として」


そう言うのが精一杯で、後はよく覚えていない。

自分で引き取ると告げ、今夜の事は内密にしておくと言われ、それから美緒が飲むべき大量の薬を貰い、そのほとんどが何の薬か分かってしまった。

それから寝ている美緒をゆっくり抱き上げ、彼女が最初から持っていた真っ黒に変色したペラペラの毛布でくるんで家に運んだんだ。


美緒は薬を飲まないと生きていけない身体に、俺と出会った時に既になっていた。



シャワーを浴びながら昔のあの日の事を思い出し目頭が熱くなった。

もうあれからずいぶんと長い時間が経つのに、俺はまだ美緒に真実を告げていない。

たくさんの薬は全部【元気が出る薬】だと言った。

最初は不審がっていた美緒も飲むごとに褒めてやればいつの間にか何も言わずきちんと一日三回飲むようになった。


ただ、薬カレンダーにはたくさんのカプセルや錠剤や粉薬が一回分のスペースに収まっている。

俺はそれを見るたびに願わずにはいられない。


どうかこれ以上美緒の身体が悪くならないように、と。

どうかこれ以上美緒の薬が増える事がないように、と。


熱めに設定したシャワーを頭から被り、顎から滴る水滴が本当にお湯なのかはたして俺の目から零れた水滴なのか、もう分からなかった。

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