聖夜の日(4)
リビングの灯りを付けた裕紀は、身体の疲労感と戦いながら少し遅めの朝食を作ることにした。
午後に学校がある関係で、今朝は朝食も食べず早朝に退院手続を済ませて病院を出たのだ。
朝から何も入れていないお腹が、裕紀に空腹を訴えかけてくる。
魔法使いになる前も、エリーの研究所には何日か泊まり込むことは多々あったため、消費期限の短い食材は基本的に裕紀の冷蔵庫には入っていない。
しかしながら、魔法使いとして活動していた期間を含めれば四週間以上は家を空けていたので、一応冷蔵庫の中に入っている食材を確認する。
「うへぇ……」
頭の片隅に存在していた可能性が的中していた裕紀は小さく呻いた。
やはりと言うべきか、冷蔵庫の中に入っていた消費期限の短い食材は幾つか全滅していた。
だからと言って消費期限の切れた食材をとっておいても仕方がないため、裕紀は勿体ないと思いながらも処分していく。
数分後、冷蔵庫の整頓が完了した裕紀は、生き残った野菜たちでサラダを盛り合わせ、主食は冷凍しておいたご飯と冷凍食材の副菜を用意することにした。
サラダとご飯はいつも通りだが、冷凍食材は自炊をする裕紀にとっては久々だ。
レタス、トマト、コーンにツナ缶のツナを少量加えてあえたサラダと、電子レンジで解凍した冷凍ご飯をお椀によそる。
最後にご飯に合いそうな冷凍食材をレンジで解凍した裕紀は、四人サイズのテーブルに朝食を揃えて自身も椅子に座った。
ちらっと時刻を確認すると、時刻は十時半を回っていた。
時間的にはまだ朝食の時間帯だろうと、半ば強引に考えた裕紀は箸を手に取り合掌した。
「いただきます」
入院する前はエリーや月夜家での食事が多かったためか、一人だけの合掌に何だか心細くなりながらも、裕紀はほかほかの白米を口に運んだ。
冷凍のご飯なので炊きたてとは言い難いが、それでもほかほかのご飯とその他のおかずを食べ終えた裕紀は満足感を感じながら食器の後片付けを終える。
入院中も身体などは病院の施設で洗ったりもしていたのだが、さすがに退院してそのままの状態で学校に行くことは躊躇われた裕紀は、食器を片付けた後に洗濯物を洗うついでにシャワーを浴びることにした。
久々の朝シャワーはとても気持ちが良く、身体の汚れだけでなく入院中に溜まっていたストレスも少なからず発散されたように感じる。
そんなことを思いながら予備に用意してあった学校の制服に着替え、洗濯が終わった着替えなどを干し終えた頃には、時刻も十一時とちょうど良い時間帯となっていた。
学校には午後の授業に間に合うように登校するよう、生徒指導担当の後藤飛鳥から連絡を受けている。
午後の授業は一時から始まる。職員室にて長期間の欠席についての手続きを行う必要があるので、遅くとも裕紀は十二時半前には学校に到着しておく必要がある。
自宅である商業複合マンションから萩下高校まで徒歩で二十分程度かかるが、全力疾走で十分もかからないことは偶然にも実証済みだ。
ただ、余裕をもって行動することは決して悪いことではないと思っている裕紀は、少し早いが学校へ向かうことにした。
学校指定の制服に学生鞄を持って登校するのは実に四週間ぶりだ。
まだ学生の身であるため本来であれば無欠席は当たり前のことなのだが、長期休みでもなく長らく学校を休んでいた裕紀はこのことに妙な懐かしさを感じていた。
クリスマスによるものかそわそわしている街中を歩き、いよいよ萩下高校の校門を潜ろうとしたときには、その懐かしさは頂点を迎えていた。
まだ昼前なので授業の最中なのだろう、正面玄関に人気はなく閑散としている。
代りに体育の授業を受けている生徒たちの声が、少し離れた校庭から小さく聞こえてくる。
誰もいない正面玄関前の敷地を歩いた裕紀は、そのまま玄関の扉を押し開けた。
扉を通った裕紀は、二十一世紀中盤に差し掛かっても基本的な構造は何も変わっていないらしい、ずらりと並んだ下駄箱の列から、自分の下履きがあるであろう列に向かう。
靴から下履きに履き替えた裕紀は、少し早く学校に到着したことを伝えるために、北側校舎の一階に位置する総務室へ向かった。
八王子市立萩下高等学校の理事会直轄の職員が働いている総務室で連絡を申請した裕紀は、受話器を取った職員から数分後に生徒指導室へ赴くように伝えられ、そのまま北側の一番奥に位置する教室まで向かった。
この学校の様々な教室の利用を申請するために、総務室には入学してから度々訪れることはあるが、生徒指導室は委員会にも部活にも所属していない裕紀にとってはあまり縁がなかった。
生徒指導の先生が裕紀と関係のある教師ではあるのだが、それでも生徒指導とは無縁な裕紀が一ヶ月以内に二度もあの教室を訪れることになるとは思いもしなかった。
入学当初、あまり悪目立ちはしないよう普通に学校生活を送れれば良いと思っていたのだが、今ではなんやかんやですっかり注目を浴びてしまっている。
少なくとも冬休みに入る前までは、しばらく一学年のあいだで裕紀の注目度はかなり上がっていることだろう。
それも良い噂によるものではなく、どちらかと言うと悪い噂なのだから、この先が思いやられるというものだ。
そんな心情で廊下を歩いていた裕紀は、いつの間にか生徒指導室の正面まで辿り着いていた。
お待たせしました!
今週もよろしくお願いします。
最近、筋トレをやり始めました。筋肉痛……。




