聖夜の日(2)
裕紀の暮らしている自宅は八王子市立総合病院から徒歩で三十分、車で十分くらいと、それほど遠く離れていない場所にある。
退院してすぐの身体にはバスなどの交通機関を用いることが最善と思えるだろうが、鈍っていた足腰を少しでも慣らすために、裕紀は三十分の徒歩を選んだ。
よってたっぷり三十分近く歩いた裕紀は、道路の向かい側に建てられた広い敷地を持つ商業複合マンションを見上げた。
最近は研究者エリー・カーティーの研究施設で泊まることが多かったので訪れなかったが、登録されている裕紀の住所は一応このマンションの一室ということになっている。
自分の家だというのにここ半月くらいは訪れていないマンションの敷地に足を踏み入れた裕紀は、そのままずっと奥側に建てられている十階建てマンションを目指して歩く。
此処の商業複合マンションは正三角形を作るように三地点に建てられたマンションと、中央に建てられた高層マンションがある。
北側のマンションに辿り着くには幾つかルートがあるのだが、外周のマンション同士を繋いでいる中継通路を利用するとやや遠回りになってしまう。
遠回りをするのも面倒なので、裕紀は中央に建てられている高層マンション内のロビーを通過して北側のマンションを目指すことにした。
芝生が敷かれた敷地の間に舗装された歩道を歩き、高層マンションへ歩いて行く。
さすがはお金が裕福な人たちが暮らしていると評判のある中央マンションのロビーは、他の三つのマンションのロビーと比較すると広さや造りが違う。
まあ、ショッピングモールと複合されているのだから造りが異なるのは当然ではある。
ちなみに、裕紀はこの複合施設内で営まれているスーパーで学生バイトとして働かせてもらっている。
本来ならば週に一回は必ず顔を出さなければならないのだが、ここ最近は度重なる事情で思いっきりバイトを休んでしまっている。
店長も他の従業員も優しい人ばかりだが、その優しさに甘えてしまっては駄目だ。
幸い、三週間に及ぶ入院生活から解放され、魔法使いとしても目先の脅威がなくなった裕紀は今のところただの学生だ。
不幸なことに冬期補習もあるが、それは平日なら放課後。休日は土曜日のみなので、休日などはバイトのシフトを入れても何ら問題ないだろう。
(近いうちに顔を出して、今後のシフトを組んでもらわないとな)
今は居ない両親の貯蓄があるとはいえ、裕紀にも月々の収入がなければ困る。
そう考えながら、裕紀はマンションのロビーを通過し、正面に見えたマンションに向かった。
十分と少しの時間を掛けて、裕紀は十階建てのマンションのロビーに到達した。
どうやら裕紀の足腰は三週間の入院生活でかなり鈍ってしまっていたらしく、たった四十分の有酸素運動で足腰にすでに疲労が溜まっていることを実感する。
そのため、もはや階段を使うことは躊躇われた裕紀は、素直にエレベーターを使って自宅のある五階まで上がる。
更に上の階には親友である上原瑞希の自宅があるが、学校に通っているはずの彼女は当然このマンションにはいない。
目的の階に到着したエレベーターから降りた裕紀は、歩いて三つ目のドアの正面で立ち止まる。
八王子市立萩下高校の生徒手帳からカードキーを引っ張り出すと、ドアのすぐ右側に設置してある認証装置にカードを翳す。
ピッ、という軽い電子音が鳴ると同時にドアが解錠された音が裕紀の鼓膜を刺激した。
カードキーを生徒手帳に挟み、空いた右手でドアノブを回した裕紀はドアを引き暗い部屋に入った。
お待たせしました。
四月も中旬に差し掛かって、花粉も少しずつ和らいできましたね~
来月には大型連休も控えていることですし、体調管理には気を付けたいですね。
というわけで、今回もよろしくお願いします。




