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聖剣使いと契約魔女  作者: ふーみん
92/119

八王子市防衛作戦(3)

「近くまで来るとやっぱり大きい…!」

 夢の丘公園の敷地内を走っていた裕紀は頭上を見上げながらそう言った。視線の先には、巨大な灰色の身体に紫炎を纏う巨人の姿があった。

 あれほどの巨体の魔獣から視れば裕紀たちなど米粒のようなものだろう。

 この作戦に参加しているメンバーで唯一聖具を扱える二人だが、あの巨人を相手に戦える自信が裕紀にはなかった。

「そうね…。でも、あの大きさなら私たちが優位に戦うための弱点も必ずあるはずよ」

 裕紀の心配を払拭させるようにそう答えた玲奈の声には少しだけ疲労が滲んでいる。


 その理由は裕紀も痛いほど分かっているし実感もしていた。

「それもですけど、その前にまずこの暑さをどうにかしないとですよ」

「そうね…」

 冬では考えられないほどの汗を大量に流している裕紀は、同じく汗を流している玲奈にそう言った。返ってきた玲奈の返答は珍しく力がない。


 冬の深夜だというのに、二人の魔法使いは異国の砂漠をランニングしているような気分になっていた。

 いや、足元が砂で目隠しされていれば実際に走っていると勘違いするだろう。

 そうと思えてしまうほど、いまの夢の丘公園ドーム型植物園付近の温度は急上昇していた。


 それもこれも、全ては召喚された魔獣、炎の巨人スルトの仕業だ。

 炎の巨人と言われるだけあってか全身に紫炎を纏うスルトの周辺はかなり高温になっている。

 退避する直前、植物園の敷地内に敷かれる芝生からはチリチリと火種が生まれつつあった。

 巨人の周囲で橙に揺らめいている光源は、敷地内の芝生や周囲の木々を燃やしている炎だろう。


 巨人スルトの討伐はもちろんだが、それと同じくらいに燃え盛る炎の消火も急がねばならない。人払いが展開されているとはいえ、過剰な被害は元の世界に影響を及ぼす。

 しかし、あり得ないほどの熱感に大量の汗を流しながら走った裕紀と玲奈は、スルトの位置する植物園からおおよそ一・五キロの場所で立ち止まらざる得なくなった。


 体力が尽きたのではない。これ以上進むと高熱により己の肉体にダメージが入る可能性があったのだ。

 周囲の木々は自然発火で燃え、呼吸をすると肺に熱い空気が入ってくるので袖で口元を塞ぐ。

 肌をひりつかせるほどの熱さに耐えながら炎の巨人スルトを見上げる。


 かなり近くまで接近してみると、スルトの迫力も凄まじさを増して見える。

 こちらの行動に気付いていないのか、半分以上が紫炎に包まれている顔は八王子市街へ向けられていた。

 あの熱光線魔法は作戦が発動されて以来一度も使われていない。

 威力は畏怖すら感じさせるほど強力な魔法だが、だからこそあれほどの魔法をそう簡単に連発はできないのだろう。裕紀たちが思っている以上に、スルトへの反動が大きいのかもしれない。


 移動中、再び飛鳥からもたらされた巨人の核の位置は胸部の中央ということだった。

 完全体ではないため行動が限定されている今なら、巨人スルトの核を攻撃する可能性はある。

「私の風鎧ウィンド・アーマーは大抵の気温を身体から防ぐことはできる。でも、これほどの熱気を防ぐとなるとかなり魔力を消費するの。よって、後半戦なれば私はほとんど戦力になれないと思う。だから、最初のうちに可能な限りスルトの対処法を見付け出し、核を破壊する」

 だがスルトに極力接近するということが、推定温度百度以上の外気に身を晒す行為であることは変わらない。

 いくらアークエンジェルの戦闘服を着ていると言えど、生身の身体が無事でいられないだろう。


 その対策として、風魔法を得意としている玲奈が風の加護で二人を守護するということだ。

 生命力不足で風の加護が切れれば、戦場に立つ二人は瞬く間に焼死体になってしまうことだろう。

 それだけは避けたい事態なので、玲奈の提案に裕紀はこくこくと頷いた。


 裕紀からの異論はないことを確認した玲奈は了承の頷きを返した。

 それから聖具を呼び出すために、玲奈は瞳を閉じて意識を集中させた。

 とはいえ、聖具は魔法とは違い決まった詠唱があるわけではない。所有者に聖具顕現に必要な生命力があれば、あとは必要としたときに聖具を求めれば簡単に顕現する。


 目を瞑った玲奈が右手を前に出すと、彼女が深く呼吸をしたタイミングでどこからともなく風が巻き起こる。

 それらは全て右手に集約し、やがて発生した小規模の竜巻を右手で握る。

 握られた竜巻が散ると、玲奈の手には全長二メートルはある日本刀が握られていた。


「来てくれ、エクス」

 玲奈が聖具を顕現させたタイミングで、裕紀も胸元のペンダントを握り聖具エクスに呼び掛けた。握り締めた右手から光が溢れ、右手に一振りの聖剣が生成される。


 裕紀の聖具顕現を見届けた玲奈は、左手を裕紀に突き出して言った。

「風よ、纏え」

 一言、そう言った玲奈の声音に応えるように、彼女と裕紀の全身に薄く風が纏った。

 それまで裕紀を攻撃していた熱感が、風を纏ったことで随分と遠ざかった。


 体感的には一気に二十度近くは温度が落ちた気分になった裕紀に、玲奈が落ち着いた声で言った。

「では行きましょう。あと風鎧も絶対の耐性ではないので、何か変化があれば言ってください」

「わかりました」

 エクス・カリバーを構えてそう言った裕紀から視線を外した玲奈は再びスルトへ接近した。


 燃え盛る木々が並ぶ並木道を玲奈と走っていた裕紀は、突如上空から重低音の叫び声を聞いた。

「オオオオォォォ…」

 顔を上げると、見上げなければ全体像を伺えないほどの高さにある巨人の顔がこちらに向けられていた。

(気づかれた!!)

 禍々しい光を宿した両の瞳がしっかりこちらを視認している。


 そのことに玲奈も気付いたようだ。

 右手に長身の日本刀を携えて走る玲奈が、隣を走る裕紀に指示を出した。

「敵の攻撃が分からない以上焦っても仕方ないわ。魔獣に取り付ける距離に到達するまで、このまま走り続けるわよ!」

「はい!」

 言いながら速度を上げた玲奈の後ろを、裕紀も速度を上げて追いかけた。


 巨人も二人が速度を上げたことに反応を示した。

 紫炎を纏っていた背中から六本もの触手のようなものが現れると、それらはまっすぐに二人のもとへ向かってくる。


 裕紀と玲奈は迫りくる触手をぎりぎりまで引き付けるとステップで回避した。

 舗装された道を容易く溶解させた触手に恐怖を感じつつも裕紀は前へ進んだ。

 しかし、触手も諦めるつもりはないらしい。一本の触手を躱した裕紀の回避先に残りの触手が迫る。

「うおっ!」

 それに気付いた裕紀は反射的にバックステップで躱すが、時間差で迫る残りの触手に対応が遅れた。


 触手の先端が裕紀の身体を捕らえようとする。咄嗟にエクス・カリバーを構えようとするが、ぎりぎり裕紀の反応速度を触手が上回った。

 あの触手の威力では、玲奈が与えてくれた風の加護も貫かれるかもしれない。

 そう思った裕紀は、自身の身体が触手に貫かれる瞬間を想像してしまい、両目を閉じてしまう。


 しかし、澄んだ風切りの音が聴覚を刺激し裕紀の想像していたシーンは訪れない。

 恐るおそる目を開けると、裕紀に迫っていた触手は先端から半ばまでが切り刻まれていた。

 ボタボタボタッと地面に落ちる触手をただ茫然と見ていた裕紀に玲奈の声が届く。

「戦闘中に目は瞑らないで! たとえ無理な状況でも、最後まで自分の命は諦めないで」

「す、すみません!」

 どうやら裕紀は、いつの間にか抜刀していた玲奈によって助けられたようだ。


 聖具の名前は不明だが、抜刀した月夜玲奈は味方ながら戦慄を感じるほどの強さを発揮していた。

 聖具である日本刀を抜刀しているせいか、彼女の周囲には風が吹き荒れ迫る触手を身体に触れる前に微塵にする。

 一メートル半はあろう白銀に煌く刀身を振るえば離れた宙に位置する触手が斬り落とされた。


 だが、巨人スルトの触手もかなり手強く、どれだけ玲奈が斬ろうが木端微塵にしようがすぐに再生してしまう。

 やはり、本体であるスルトの核を破壊しなければこの戦いは裕紀たちに不利なものとなる。

 玲奈ほどではないが回避行動を駆使しながらも触手と奮戦していた裕紀がそう思っていると、突然玲奈の顔色が変わった。


 表情の乏しい彼女だが、いざという時には必ず何かしらの雰囲気が醸し出される。

 今の玲奈の瞳からは、何かに挑もうとする、それでいて必ず相手を倒そうという気迫が感じられた。

 全ての触手を斬り払った玲奈は、抜刀していた刀身を鞘に入れる。納刀されると同時に彼女を守護していた鎌鼬も消える。

「玲奈さん!?」

 突拍子な玲奈の行動に、戦っていた裕紀は思わず名前を叫んでいた。


 別に玲奈の実力を疑っているわけではない。裕紀や他の魔法使いたちに月夜流の剣術を教えてくれている彼女の実力は確かなものだ。

 だが、終わりの見えないこの戦いで鎌鼬による防御というアドバンテージを自ら捨てる理由が分からなかった。


 敵も玲奈が武装を解除したことに対して攻撃を放つ。

 頭上から振り落とされた触手を、玲奈は身軽な動きで躱す。続けて三本もの触手が玲奈を襲うが、彼女は表情一つ変えずにそれら全てを回避し的確に無力化していった。

 三本目の触手を斬らずにただ回避すると、ようやく玲奈に動きがあった。


 玲奈の身体をより強い風が纏う。

 地面を溶解させた触手が持ち上がる前に、暴風を纏った玲奈が地面を蹴ると表面温度は五百度以上あるだろう触手に飛び乗った。

 そのまま忍者の如き素早さで触手を駆け上がる玲奈を見て、裕紀はようやく彼女の狙いが分かった。


 スルトの身体から伸ばされた触手は、当然巨人の身体に繋がっている。

 巨人が触手を伸ばしてきた以上、何もスルトの身体付近まで接近する必要はないのだ。巨人の身体の一部である触手を伝ってスルトの胸部まで到達すればいい。

 そんな彼女の意図を巨人も察したらしい。

「オオオオオ!」

 腹の底に響く重低音の雄叫びを轟かせると、五本すべての触手を玲奈に向けた。


 触手を駆け上がる玲奈も敵の攻撃に気付いたようだ。

 襲い来る触手を器用に躱し、時には別の触手に飛び移りながら確実にスルトの身体へ迫る。

 相手が触手だけでは抑えられないと悟ったのか。

 バランスをとれずに支えにしていた両腕を地面から離し、とうとう炎の巨人スルトがその巨体を持ち上げた。


 身体を捻り、右腕を玲奈に向けて振り払う。

 そして、玲奈もその行動を待っていたかのように触手から足を離して飛び上がり、スルトの右腕へ飛び移った。

 高速ダッシュでスルトの右腕を駆け上った玲奈は、肩まで走ると暴風による加速を合わせてスルトの正面へ跳んだ。


 スルトの核は胸部中央に位置している。両腕を突いたスルトの姿勢では攻撃を当てずらかったのだが、上体を起こしている今は正面が隙だらけだ。

 もとからそのつもりで駆けたらしい玲奈は、空中で聖具を抜刀する構えを見せた。

(でもこれだとっ)

 空中に身を晒し身動きの取れない玲奈に、六本の触手が一斉に押しかかった。


 一瞬、空中の玲奈と地上の裕紀の視線が合わさった。

 念話による思念が伝わったわけではないが、裕紀は自分のやるべき事をすぐに見つけた。

「させるか!」

 エクス・カリバーの剣先を玲奈へ向けた裕紀は、弓の形状を脳裏に思い浮かべた。


 すると、長剣の形状を保っていた聖具エクスは光へと戻り純白と金色の装飾が特徴的な弓へと変わった。

 弦も射る矢もなかったが、裕紀は右手で弦を引く動作を取る。

 その動作に呼応し、裕紀の生命力を糧に光の矢が生成される。

(もっとだ、もっと矢を造れ)

 念じた裕紀の指先に、更に五本もの光の矢が生成された。


「マルチ・ルミナリア・ストローク!」

 魔法詠唱と同時に矢から指を離すと、六本の光の矢はそれぞれの触手の先端へ飛翔した。

 裕紀を信じ、完全に抜刀の構えを取っていた玲奈に迫る全ての触手に矢は着弾し、先端から触手を弾き飛ばした。


 これで完全に無防備となったスルトの胸部目掛けて、玲奈は空中で暴風を利用して胸部まで高速接近した。

「月夜流秘伝抜刀術、雷光斬」

 目にも止まらぬ速さで長身の日本刀を振り抜く。一拍遅れて発生した衝撃に、スルトの巨躯が揺らめいた。


 やった! そう思った裕紀だったが、それは思い違いだった。

 確かにスルトの胸部中央に玲奈の渾身の斬撃は直撃した。事実スルトの胸部は大きく真っ二つに切り裂かれ、傷口からはドロドロとした粘液質のものが垂れ流れている。

 だがそれだけだ。その更に奥にある真紅に輝く魔獣の心臓は傷つけることができなかったのだ。


 さしもの玲奈もこれには驚いたようだ。驚愕のせいか、普段は冷静な彼女の思考にしばらく隙が生まれてしまった。

 その隙を突くように再生された触手が無防備になった玲奈の身体を地面へ叩きつけた。

「玲奈さんッ!!」

 緊迫した声音で叫んだ裕紀だったが、玲奈は空中で姿勢を立て直すと裕紀の前で着地した。

 威力を殺しながら数メートル地面を滑った玲奈は、裕紀の後方で身体が停止すると顔を上げた。


 心配そうに駆け寄った裕紀へ左手を上げることで制止すると、日本刀を支えに立ち上がる。

「大丈夫ですか!?」

 それでも心配ではいられなかった裕紀はそう声を掛ける。

 どうにか触手の攻撃は風鎧と剣で防いだらしい玲奈は、生命力の使い過ぎか疲弊した声音で言った。

「ええ、大丈夫。それより、さっきはいい支援だったわ」

「あ、ありがとうございます。…そ、そんなことより、玲奈さんの攻撃が通らなかったなら、どうやってあの魔獣を倒せば…」


 幸い、今は玲奈に受けた負傷の再生のためかスルトからの攻撃は止まっている。

 だが、この時間を無為なものにしてしまえば再びスルトへの対策がないまま戦うことになってしまう。


 深刻な表情で言う裕紀に、玲奈は微かに笑みを浮かべて言った。

「あの技は貫通性に長けた技ではなかったから、そこまで期待はしていなかった。むしろ、私はあなたにあの魔獣を倒す可能性を見出しているわ」

「お、俺に?」

 玲奈の笑みはあまり記憶になかったため少しだけ得した気持ちになっていたのも束の間。

 玲奈の言葉に困惑した声を漏らすしかなかった。


 そんな裕紀に玲奈は頷くと、左手に握られているエクス・アローへ視線を向けながら言った。

「その聖具は、あなたのイメージした形状なら制限なく変形させられるのかしら? たとえば、スルトの頑丈な肉体を容易に貫き、核をも破壊できるほどの貫通力を備えた武具とか」

 そう問われた裕紀は、エクスに意識を傾けた。


 裕紀の頭の中にエクスの情報が魔力として流れ込む。濁流のように流れる情報からすべてを得ることは裕紀には不可能だが、求めていたものを手に入れることはできた。

 エクスから裕紀の脳内に伝わってきたイメージを記憶に焼き付け、玲奈に答えた。

「変形できる限界は分かりませんでしたが、玲奈さんの希望に応えることはできるかもしれません」

 その答えに、玲奈は満足したように頷いた。

「私の剣ではスルトの身体を裂くことはできても、核を斬ることはできない。ですが、あなたの持つ聖具ならば、それが可能になる」


 言いながら玲奈は左手を裕紀の右肩に乗せて言った。

「いい? 新田君。あの魔獣を倒す魔法使いは私ではない。あなたよ」

「でも、俺は出来るのでしょうか? 加藤徹すら止められなかったのに」

 やれるのだろうか? 

 自分より遥かに強い玲奈でも倒せなかった魔獣を、聖具を持っているとはいえ魔法使いとしては未熟な裕紀が倒せるとは思えない。

 しかし、すぐ近くにある玲奈の赤い瞳は真剣な光を宿している。


 弱気になっていたことを自覚した裕紀は、両手に力を込めて心を覆いそうになる不安と戦った。

 いまこの状況において、魔法使いとしての経験など関係はないのだ。

 あの炎の巨人を倒せる力を持っていたのが裕紀だから。その力を以てあの魔獣を倒さなければならない。

 あの魔獣を倒せるのか、そう不安に思うのはみんな一緒だ。


 それに、マーリンと約束したではないか。彼女と契約し、聖具エクスを所持する一人の聖騎士として、世界を覆う闇を払うと。人々に希望の光をもたらす存在として戦うと。

 裕紀は一度、巨人スルトを見上げた。

 すでに傷口の大半は再生が完了しており、もうしばらくすれば再び触手による攻撃を再開するだろう。


 視線をスルトから玲奈へ戻した裕紀の瞳に不安の色はなかった。

 いや、不安が完全に心から払拭されたわけではない。それを上回る感情が裕紀を戦わせる原動力となっていた。


 右肩に置かれた玲奈の手から伝わる意志のようなものを感じながら、裕紀ははっきりとした声で言った。

「やります。俺がスルトを倒します!」

『よく言った、新田!』

 威勢よく答えた裕紀に、いつの間にかこのやり取りを聞いていたらしい飛鳥が張りのある声で答えた。


 玲奈も気付いていなかったらしく、何事かと目を丸くしていたが、すぐにそんな表情は消え去った。

 疲労を滲ませた声の中に、ややイラついた雰囲気を滲ませて言う。

「覗き見をしたり、盗聴したり、そろそろあなたには厳しい懲罰ペナルティを課したいところなんですが?」

『ま、まあ、その件に関してはあとでゆっくり話すとしてだ』


 なかなか気になる案件を言及されていた飛鳥は、一度咳払いをすると本題に移った。

『ごほん…。こちらとしても、再びあの熱光線を撃たれるわけにはいかない。早急にあの魔獣を倒さなければならないわけで、確実に敵を屠れる手段を探していたんだ』

「そこで、俺の聖具というわけですか?」

 飛鳥たちの結論を言った裕紀に、通信機側から頷く気配が伝わった。


『残念だが、あの魔獣と玲奈とでは相性が合わないようだからな。正直、君の力はまだ未知数。聖具においても然りと言えよう。本来なら危険過ぎてあまり気は進まないが、今回は君の力に賭けることにしたんだ』

 そうならざる得なかったような言い方だが、ともかく誰かに期待されることはとても気持ちのいいものだ。

 その快感を少しだけ感じながら裕紀は言った。

「俺も、みんなの期待に応えられるように頑張ります。必ず、この街を救ってみせます」

『うむ。その意気だ。無事な帰りを待っている』

 そう返し飛鳥からの通信は途切れた。


 飛鳥との通信を終えた裕紀は、炎の巨人スルトを仰ぎ見た。

 玲奈が胸部に与えた一撃は完全に再生したらしい。先ほどよりも全身に纏う紫炎を盛んに燃やしているスルトは、付近にいる裕紀たちには目を向けようとしない。視線は八王子市街へ向けられている。

(まさか、もう撃てるのか!?)

 スルトの行動からそう予測した裕紀は玲奈に振り返った。


 玲奈も裕紀の言わんとしていることは察したようだ。

 紅色の鞘から日本刀を引き抜くと裕紀に指示した。

「これから君を、スルトの頭上まで風で送るわ。そこで決着を付けてきて」

「はい!」

 玲奈は鞘を左手で持ち、右手に持った刀を裕紀の足元に向けて構えた。


 構えられた日本刀の刀身に風が纏い、同時に裕紀の足元にも小規模の竜巻が巻き起こる。

「くっ、う」

 風による浮力によるものか裕紀の足裏が地面から離れる。徐々に足元に発生する風圧が増していき、バランスを取ることに集中する裕紀の黒髪が風により雑に揺れる。

「ォォォオオオオオッ」

 どうやらスルトも裕紀たちが何かしらの企てを実行しようとしていることに気が付いたようだ。


 背中から超高温の触手が現れ真っすぐに裕紀たちに迫る。

「飛んで、新田くん!!」

 それと同時に玲奈の準備も完了し、彼女が掛け声とともに刀を上に振り上げた。

 裕紀の足元に凝縮されていた風圧が一気に開放され上空に解き放たれた。


 爆発的な勢いの上昇気流によって一瞬でスルトの頭上まで運ばれた裕紀は、左手に持つ聖弓エクス・アローを別の武具へ変形させた。

「聖槍エクス・ボルグ!」

 裕紀の呼び掛けに応えるように右手の聖弓が光となる。

 やがて光は純白の槍を生成し、裕紀は右手でそれを握った。


 炎の巨人スルトは頭上で槍を構える裕紀に反応すると顔を上へ向ける。

 牙が並ぶ楕円形の口が紫に発光し紅蓮の魔法陣が展開する。

 スルトは街を焼き払った熱光線魔法を、最大の脅威であろう裕紀に向けて放つつもりだ。


 スルトの狙いが分かっても、裕紀は怯むことなく己のやるべきことを実行する。

 裕紀は全身を巡るありったけの生命力を右腕と聖槍に流し込んだ。

 右腕に金色の輝きが纏い、聖槍の鋭い先端から純白の魔力が溢れる。

『新田くん、触手が全てそちらに向かっているわ!』

 脳内に玲奈の切迫した声音が届くと同時に、裕紀の視界に六本もの触手が先端を向けて迫った。


 この触手を回避すればこの一撃は放てないという確証が裕紀にはあった。

 そして、そうなったらあの熱光線の直撃も食らうということも。

 ならば。

(この触手ごと核を貫くだけだ!)

 そう決意した裕紀は、右腕を限界まで後ろへ引き絞った。

 徐々に右腕と聖槍に魔力が集約し、限界点を迎えようとしたときだった。

『そのような無謀なことはしないで下さい』

 限界を迎えスルトへ槍を投擲しようとした裕紀の脳裏にそう呼び掛ける声があった。

 その瞬間、真紅の軌跡が迫る六本の触手を一瞬で貫き破壊した。

「—―ッ!?」


 それだけに留まらず、真紅の軌跡は不規則な軌道を描くと発動寸前の熱光線魔法を放とうとするスルトの額にも直撃した。

「オ、オオ…ッ!?」

 謎の軌跡によって額を撃たれたスルトは仰け反り、発射口となる口が真上を向いた。

 真上を向いた姿勢で魔法が発動し、眩い閃光を放ちながら遥か上空に熱光線が放たれた。


 そして、上体を仰け反らしたことで巨人スルトの胸部が裕紀の槍の射線上に入った。

 チャンスは一度。これを逃せば、恐らく裕紀は生命力不足でもう戦えない。玲奈も前言通り生命力不足で戦えないだろう。

「これで…、終わりだ!!」

 叫びながら、限界まで引き絞った聖槍エクス・ボルグを裕紀は放った。


 純白に輝いた聖槍は夜空を駆ける一線の流星のように真っすぐに突き進んだ。槍は吸い込まれるようにスルトの胸部中央を抉ると、その最深部にある核をも貫き砕いた。

 スルトの背中を槍が貫くと、轟音とともに背後に広がる森林に純白の光が広がった。

「オォォォォ……」

 核を失ったスルトの両目から禍々しい光が消え、身体から紫炎も消失する。


 消え入るような悲鳴を上げながら、背後で広がる純白の光に浄化されるように炎の巨人は灰となって風に流された。

 同時に植物園を覆っていた闇の魔力も消え、炎の巨人スルトは現実世界から完全に姿を消した。


 半壊した植物園内の巨大な植木の幹にもたれかかる、一人の魔法使いの穏やかな顔を愛おしそうに見つめていた加藤千穂は、最期に優しく微笑むと淡い光となって消滅した。


お待たせしました。

この連休を利用してどんどん投稿していけたら良いなと思っています!

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