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聖剣使いと契約魔女  作者: ふーみん
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迷いの森/契約(1)

 背中の痛々しい焦げ跡から黒煙を上げる巨大蜘蛛は、ようやく立てるほどの力を取り戻したのか六本の脚を地面に突き立ててよろよろと巨体を起こした。

 基本魔法とはいえ魔法使いになってから初めて全力で放った炎魔法はかなり効いていると判断していたのだが、その予想を遥かに上回る恐ろしい回復力だ。

(守護獣、っていうのは確かみたいだな)

 奇襲を仕掛けるタイミングを見計らっている最中、巨大蜘蛛とアベルの会話から聞き取れた内容を思い出しながら新田裕紀は内心でそう呟いた。


 ほとんどゼロ距離で五つの炎を炸裂させたせいか、軽度の火傷を負いひりひりする頬に冷や汗が垂れる。

 作戦通りアベルたち三人の頑張りによって奇襲は成功したが、巨大蜘蛛の回復力がとんでもないので与えられたダメージは裕紀たちが思っている以上に少ないだろう。本来ならここで致命傷を与えられれば作戦的には大いに成功と言っていいのだが、現状はそう上手く行かないらしい。

 ならば戦いはこれからと思いたいところだが、あれほどの激戦を乗り越えたアベルは剣共々満身創痍だ。

 だからと言って、この場面を裕紀一人で乗り越えるというのも無理があった。


 どうにかしてあの巨大蜘蛛を行動不能にさせる方法を導き出せないものかと思考を巡らせようとした裕紀に、前足の鎌を支えにバランスを取って立ちあがった巨大蜘蛛が思念を飛ばしてきた。

『ナゼ、ダ? オマエノ、マリョク、カンジラレナカッタ。イッタイ、ドコニイタトイウノダ』

 しかし、少しはダメージを与えられたのか、当初より迫力に欠けている思念に対して裕紀は魔光剣を構えて答えた。


「簡単なことさ。俺はお前とアベルたちが戦っている間、ずっと頭上の枝の上にいたんだ。俺の仲間が、必ずお前から隙を作りだしてくれると信じてな」

『ナラバキサマハ、ベツコウドウヲシテイタトイウノカ? バカナ! コノモリ二イルイジョウ、ワレカラハノガレラレナイハズダ』

 信じられないとでもいうように思念を飛ばしてくる巨大蜘蛛に、してやったりというように裕紀は口元に微かな笑みを浮かべながら話した。

「確かに、生身の人間がお前の行動範囲テリトリーに入っていればその生命力を感じられないはずがない。でも、その人間が別のモノに身を隠していたとしたらどうだ?」

 そう言いながら、裕紀はコートのポケットから一つの水晶体を取り出した。

 右手の人差し指と中指で挟まれたその球体はトランス・クリスタルと呼ばれる魔法道具、もといマジック・アイテムだった。

『マサカ、ソノナカニハイッテイタトイウノカ!?』


 さすがは知性を持った守護獣というだけあるのか、裕紀の発言と取り出したアイテムだけでここに至るまでの裕紀たちの作戦を察したらしい。驚きの気配を滲ませて送られてきた思念に裕紀は微かに口元に笑みを浮かべた。


 トランス・クリスタルは対象となる物体を直径五センチほどのクリスタルの中に保管する魔法と、クリスタルに衝撃を加えればその能力を解除するという二種類の魔法が保存してあるアイテムだ。

 物体は何でも保管可能というかなり便利な能力を持つマジック・アイテムを利用するというリーナの提案は、巨大蜘蛛の標的にされるであろう裕紀をトランス・クリスタルの中へ保管した状態で迷いの森の最奥部へ移動するというものだった。


 何でもとは言えさすがに人間一人を保管はできないだろうと、説明を聞いた瞬間は思ったのだが、どうやらそれが可能だったらしい。トランス・クリスタルを起動させると、肉体は光の粒子としてクリスタルに保管され裕紀は意識だけの状態でずっとリーナのポーチの中に仕舞われていたのだ。


 意識だけの状態でたった五センチ足らずのクリスタルに保管されるという貴重な体験をした裕紀は、そんなこんなで姿を見せることなく三人と一緒に小空洞から抜け出した。

 それから花畑での戦闘に突入する前に、リーナが誤射したように見せかけた氷魔法と一緒に放たれ、樹木の一つに直撃すると同時にクリスタルから解放されるという算段だ。

「・・・というわけで、クリスタルから解放されてからは、完全ではないけど俺の生命力操作で何とか自分の気配を隠しながら戦場全体を見渡せる枝の上に移動したってわけだ」

 まあ、生物がクリスタルに保管された場合はその生命力も完全に結晶内に保管されるという、何とも都合の良い効果は試してから作戦終盤まで誰も気づかなかったことなのだが。


 頭上に張り巡らされている枝たちを見上げながら最後に内心でそう付け足した裕紀は、全てを語られた巨大蜘蛛へ視線を向ける。

 まんまと裕紀たちの作戦に乗せられていたことを知った巨大蜘蛛は、完全に火傷が治ったらしい身体を大きく持ち上げた。

「グシャアアアアアアッツ」

 キンキンと鼓膜に響く咆哮を花畑に迸らせた巨大蜘蛛は、勢いよく前足の鎌を地面に突き立てた。


 仄かな紫に輝いていた八つの瞳が、会敵してから一番強い輝きを放つ。

『ミノホドシラズノニンゲンドモ、・・・ソウオモッテイタガ、ワレノカンガエガイタラナカッタヨウダ。ココマデワレ二クイサガッタコト、ナカマノシンライガナケレバ、ナシエナカッタダロウ。オマエタチノ、キズナノツヨサハ、ミトメヨウ』

 賞賛のような言葉を放つ巨大蜘蛛に裕紀は一瞬気を抜きそうになったが、しかし次に放たれた思念はまだ裕紀たちに戦いを求めるものだった。

『ダガ、ワレハマダタオレテイナイ。シレンハ、マダオワッテイナイ!』


(やはり、この蜘蛛を倒すことが試練を突破する条件だったか)

 巨大蜘蛛も己の全力を振り絞らせるつもりか、裕紀の瞳に映る蜘蛛のシルエットから薄紫の過剰魔力を放出させた。

 過剰魔力を視認できてしまうほどの強い力の持ち主であることに、裕紀は警戒心を最大にまで引き伸ばした。隣で剣を構えていたアベルも覚悟を決めたように両足を踏ん張り蜘蛛を睨み付けた。

「いいさ。最後まで戦うというのなら、こっちも全力でいくぞ! 俺は絶対に、魔女との契約を果たしてみせる!」

 そう言い放った裕紀は、魔光剣を中段に構えると姿勢をやや低くした。

 もはや隠す必要もなくなった生命力を身体全体に駆け巡らせた裕紀の全身から黄金の魔力が溢れた。


 身体強化を発動させ迎撃態勢に入った裕紀とアベルを見下ろした巨大蜘蛛は、重々しく両鎌を持ち上げると素早く二人に振り下ろす。鎌に紫の光が宿り若干リーチが長くなっているのは、溢れ出る魔力が蜘蛛に強化を与えたせいだろう。

 魔光剣の性能なら片側の鎌に対処はできても、反対側から迫る鎌への対処が間に合わない。しかも魔力で強化されているなら、同じ魔力で生成されている魔光剣では斬れずに反発を起こす可能性が高い。

 生身の身体であの鎌をまともに受けることは危険であることはすでに知っていた裕紀は、アベルと一緒に思いっきり後ろに飛ぼうとした。

「その戦い、今すぐに止めなさい!」

 しかしその寸前、戦闘によって荒らされた花畑に淡く透き通った少女の声が響き渡った。


 幼さを含んだ少女の声が響き渡ると、まるでその声にある種の制御が施されているかのように、巨大蜘蛛の振り下ろした鎌の動きがぴたりと制止した。

 捉われれば死は確実だろうと咄嗟に後ろへ回避した裕紀は、中度半端な体制で固まる巨大蜘蛛を呆気に取られた表情で見上げた。

「な、なんだ? いったい誰だ?」

 すぐ後ろからアベルの戸惑いの声が聞こえてくる。


 その声で、呆けて停止しかけていた裕紀の思考も再起動する。

 脳を再起動させてから、状況把握、そしてこの声の持ち主の正体に辿り着くまで、十秒もかからなかった。

 裕紀たちに対して大きな敵対心を抱いていた巨大蜘蛛の行動をたった一声で制止させるほどの影響力を持った存在などこの森には一人しかいないはずだ。

 蜘蛛たちと戦った時とは違う別種の緊張感に、こめかみ辺りに冷や汗を流した裕紀は自分にしか聞こえないほどの声量で呟いた。

「魔女、なのか・・・?」

 そう呟いた裕紀の声が聞こえたかのように、少女の声が再び空気を刺激した。


「スキュラ、少しやりすぎですよ。せっかく綺麗だったお花畑が荒れ地になってしまったじゃないですか」

 ややトーンの高い声。拗ねてそっぽを向いている表情が完全にイメージできてしまうほどの尖った口調。

 この声の主が魔女であるなら、彼女はいま何歳なのだろうと不覚にも裕紀は思ってしまった。

 そんな考えをぶんぶんと頭を振って振り払い、一瞬だけ和みかけた雰囲気を緊張感に塗り替える。

『アナタガ、コノモリヲサレバ、ココハフタタビ、ヤミニノマレテシマウ。ワレハ、ソレヲソシスルタメニタタカッタ。ソレニ、コレハシレン。ワレヲ、コエルチカラモタヌモノニ、アナタノマエニ、タツシカクナドナイ』

 動きを止めたままのスキュラと呼ばれた巨大蜘蛛からそんな思念が放たれると、拗ねた口調から気を遣うようなものに変わった声がどこからともなく届いた。

「この森のことを本当に愛している、あなたのそういう所は好きですよ。ですが、殺し合いだけが試練ではないわ。この戦いを視させてもらって、私も覚悟を決めました」


 魔女(?)とスキュラの会話の意味はよく理解できなかったが、どうやらこれ以上の戦闘はないだろうと思った裕紀は魔光剣を慎重に下した。

 後ろからその動作を確認したアベルも刃こぼれした剣をゆっくり下ろす気配が伝わってくる。

 二人のその動作をどこから視ていたのか、スキュラと会話をしていた魔女(?)が裕紀に話しかけてきた。

「試練を受けた選ばれし魔法使い、光を継し者よ。ここまで戦ってきたあなたの覚悟、どうか私に聞かせてください」

「え? ええっと・・・」

 唐突な要求に少々慌ててしまうがどうにか気持ちを落ち着かせる。


 落ち着いて、自分自身の心にそっと呼び掛けた。異世界に赴き、危険な魔女の試練に挑んだ理由。

 考えるまでもない。思えば裕紀が魔法使いとして戦うと誓った時と、この試練を受けると決めた動機などたった一つだった。

 たった一つの決意が、裕紀にここまで戦う力を与えてくれたのだ。

「俺は二度と、自分の手の届く範囲の大切な人たちを傷つけさせやしないと決めた。誰かが大切な人を傷つけようとするのなら、俺は俺の成せる全てを賭けてでもその人を守りたい。いまはまだ力不足で、誰かを守るより守られている側だけど、いつかきっと、俺を支えてくれている存在を守れるようになりたいんだ」


 しばらく、答えは返らなかった。

 やがて、花畑に吹いた柔らかな微風に乗せられて、少女の声が届いた。

「この先、あなたのその意志に歯向かう者は多いでしょう。あなた自身の意志を貫くために、その者たちを殺める覚悟はありますか?」

 少女のような幼さの残る声ではなく、頬を撫でる冷ややかな風と同じような冷たさを含んだ声に、裕紀は凶器を握る自身の右手を見下ろした。


 自衛とは言え既に、この手は何匹もの蜘蛛を殺めてきた。

 殺さなければ自分が殺される。だから、襲い掛かる相手を殺しても自分には何の罪もない。仕方がない、ただそれだけで相手を殺すような存在が現れたら世界は殺戮によって赤く染まってしまう。

「そんなの、わからない。人を殺せる覚悟なんて、できれば抱きたくない」

『キサマノソノカンガエハ、キサマニコロサレタ、ワガドウホウ二タイスルブジョクダ! アイマイナ、キサマノイシデ、ワガドウホウガコロサレタナラ、ワレハモウヨウ、シャハシナイ』

 曖昧な返答をした裕紀に、スキュラは怒りを滲ませた思念を放った。

 魔女(?)の制止がなければすぐにでも裕紀の胴を両断してやろうとでもいうような雰囲気を醸し出している。


 そんな蜘蛛を一瞥した裕紀は、握っていた魔光剣の刀身をデバイスに収めると腰の留め具に固定する。

『ナンノ、ツモリダ?』

 未だに敵対心のある敵を前に武器を収めた裕紀の行動が理解できないのか、スキュラからそんな思念が届く。

 その思念に答えるように、裕紀はどこにいるのかもわからない魔女(?)に向けて言った。

「これが俺の答えだよ」

「? つまり、戦わないということですか?」

 さすがに意味不明といった様子の少女の声音に、裕紀は自嘲の笑みを浮かべて首を振った。

「戦うよ。俺の決意は変わらないから。でも、俺は人を殺しはしない。誰かに殺せと言われても、綺麗ごとだとか言われても、俺は最後の最後まで相手を殺さない努力をする」

「でもそれは、とても難しいことですよ? 自分自身で力不足と言うあなたにそれができるというのですか?」


 確かに、現状ではまだ足りないものが多すぎる。

 でも、そんなものは現在の結果に過ぎない。未来の結果は、過去の経験を糧にして生きる今の自分の手で変えることができるのだ。

「そんなもの、やってみなくちゃ分からないだろ。それになにより」

 そこで一度言葉を止めた裕紀は、両手を強く握りしめて一秒だけ瞳を閉じた。


 暗い瞼の裏に思い描かれるのは大切な人たちの存在だ。

 まだ会ったこともないが裕紀をこの世界に産んでくれた両親と、今まで裕紀を第二の家族として支えてくれたエリー。

 魔法使いとして狙われていた裕紀を保護してくれた飛鳥と、短い間で様々な技術を教えてくれた昴、玲奈、ましろを含むアークエンジェルのメンバーたち。まだ数回しか話したことがないが、頼りになる喫茶店のマスター。

 八王子市に住む大切な人たち。バイト先の先輩。光や瑞希を初めとするクラスメイトたちと、担任の姿。

 異世界においては、憎いはずのアース族である裕紀を受け入れてくれたアベルを初めとするヤムル村の村人たち。

 そして、闇の魔法使いから身を挺して裕紀を庇い、今もなお呪いと戦い続ける彩香。そんな彼女の、最近見た柔らかな微笑み。


 たった一秒でこんなにも多くの人たちが浮かんできたことに心強さを感じながら、誰かに背中を押されたような感覚と共に裕紀は言葉を放った。

「皆がいるから。皆の優しさを支えに、俺が強くなればいい。どんな敵でも問題になんてならないほどの強い存在になればいいんだ」

 そう言い放った裕紀の言葉に、少しばかり唖然とする雰囲気が漂った。

 ぷっくく・・・、と何かを堪えるような声が聞こえた数秒後。

「ぷはっ、あはは、あははははっ」

 花畑を少女の高らかな笑い声が満たした。

 別に笑うような雰囲気でもなかったような気がした裕紀は、つま先から徐々に昇ってきた気恥ずかしさに頭を掻いた。


 やがて笑いが収まったのか、二、三度深呼吸を繰り返した魔女(?)は、落ち着いた声で話し始めた。

「やっぱり、私の決断は正しかった。あなたこそ、私の聖具を扱うのに相応しい。さあ、契約を結びましょう」

 そう言うと、魔女(?)が何かをしたのか荒れ果てた花畑に薄っすらと光が灯った。

 それらの光は戦闘に巻き込まれずに咲き誇る花や、散々になってしまった花たちから放たれている。

 ぽう、ぽうと一つずつ確かな光を灯していくその現象は花畑全体が金色の光に呑まれるまで終わらなかった。


「これは・・・!」

 そう言いながら、裕紀は足元で輝きを増していく黄金の光の正体を察していた。

 これは、命の輝きだ。この花畑に咲き乱れていた幾つもの花たちの、小さくて強い生命の光。

 やがてその光は、花畑中央に佇んでいた石板の一点へと光の本流となって収束した。

 かつてないほどの輝きに目を瞬かせた裕紀は、石板が光の本流に押し流され別の何かに変わるところを見た。


 花畑全体から収束した光が消滅すると、裕紀たちの目の前には五メートルもの高さはあろう石の扉が出現していた。

 傷だらけの身体を引きずりながら、アベルと一緒に扉の数メートル手前まで歩いて行く。

「これを開いて会いに来いってことか」

 所々金色の装飾が施された扉を見上げてそう呟いた裕紀に、魔女(?)は肯定するように言った。

「その扉の向こうに私はいます。一人で来てください、魔法使いさん」

「ひとり・・・」

 今まで協力してここまで辿り着いた仲間を此処で置いていくことを想像し、裕紀はアベルに振り返った。

 裕紀が消えたあとスキュラが三人を襲うことはないだろうか、と考えそうになると、まるでその不安を予想していたかのように声が降ってきた。

「扉から先は選ばれた者しか足を踏み入れることができません。それに、彼らはスキュラが安全に村まで送り届けてくれるから、安心してください」


 そう言われ、巨大蜘蛛を視ると、スキュラは何とも嫌そうな雰囲気を滲ませながらもずしずしとリーナの元へと歩いて行く。

 切れ味が良すぎる鎌でリーナからユインへと、二人を樹木に固定していた粘液をすっぱりと斬ると、二人と一緒に扉の近くまで帰ってくる。

「あ、ありがとう」

 リーナがそう言っても何も思念を送ってこないことから察するに、スキュラは主の命令にかなり機嫌を損ねているらしい。


 本当に大丈夫かな・・・、と不安になっていると後ろから肩に手を置いてきたアベルが元気付けるけるように言ってきた。

「俺たちは大丈夫だ。あの蜘蛛も主人の命令には逆らえねえみてえだしな。お前はおまえの使命をきちんと果たせ!」

 そう言いバシッと背中を叩かれては、もう後戻りもできない。

 少し前に出て振り返った裕紀がどんな表情をしていたのか、それは自分でも分からなかったが、何故か不敵な笑みを浮かべた小柄な門番は右手の親指を立てると妙に張った声で言った。

「もう少しお前と話がしたかったが、多分ここでお別れだな。お前の世界、守りたい人、絶対に救えよ!」


 これが最後、と言うわけでもないだろうが、何故か喉が詰まった裕紀は何とか声を絞り出した。

「ああ、・・・また、いつか!」

 一様に微笑むアベルたちに右手を挙げると、裕紀は扉の前まで歩いて行き、大きな石の扉に手を掛けた。

 幸い、石の扉は少し力を加えるだけで内側に開き、内包していた純白の光を外界へと解き放った。


 その光の中へ歩みを進めるべく、裕紀は一歩前へ踏み出した。内部へ進むたびに裕紀の視界が白く塗りつぶされるが、それでも足を止めずに歩みを進める。

 黒いコートが完全に光に呑まれると、それを感知したかのように押し開かれた扉はそれ自体に意志があるかのように閉まり始めた。一分後には重々しい音を轟かせて閉鎖すると、光の粒子となって扉は消滅してしまった。

 荒れ果てた花畑は来た時のように美しい花畑へと戻っており、石板だけが失われた花畑の中心でアベルたちはしばし立ち続けていた。
















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