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聖剣使いと契約魔女  作者: ふーみん
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特訓と、二度目の異世界(10)

  エリー・カーティの研究所を出てから体感時間で二十分は走った裕紀の視界に、小さくだが昨夜訪れた月夜家の古びた屋根が見えた。


  八王子市街地からエリーの研究所がある八王子市近郊までの距離は遠くないとはいえモノレールを扱うほどの距離は離れていた。

  普通に走ったとしたら一時間は掛かっただろう。

  そんな距離をたったの二十分くらいで走ってしまうのだから、もう裕紀の身体能力は人間離れし過ぎていた。

「これが魔法か・・・」

  などと複雑な心情を全てひっくるめて感慨深く呟いてみる。

  厳密には魔力ではなく生命力を扱っての技術なので魔法ではないが、つい最近まで少し異質な一般人だと思って過ごしていた裕紀からしてみれば同じようなものだ。


  まだ魔法については魔晶石だの魔力変換だのよく分からないことが多いが、生命力を操作する技術についてはコツは掴めた気がした。

  その証拠に、今朝は息を荒げていたであろう距離も今となっては軽く弾んだ呼吸を繰り返すだけだ。

  今は走るスピードを考えて脚部に意識を集中させていたので、必要最低限の生命力だけで脚力を強化することでこの速さを出せたのだった。

「よし、あと少しだな」

  そう考えていた裕紀は、月夜家の寺が視界に入るなり気合を入れて速度を上げた。


  勢いを付けて走り出すべく軽く膝を曲げた裕紀は、大きく息を吸うと路面のタイルを蹴り飛ばす。

  市街地と言っても人の集まりが少ない場所だからか、はたまた時間の関係もあってか歩道に人の姿はなかった。

  新八王子駅付近は公共交通機関や市販店が多く点在するためにこの時間帯でも人通りは多いだろう。

  人混みの中で異常な速さを出して走ってしまえば人目を惹くことになる。

  敵に狙われている身としてはあまり目立つ行動は控えた方が身の為というものだろう。

  だが、幸いにもこの道は人がいなかった。

  そんな中を常人以上の速さで走るのは、生命力操作の特訓以外に裕紀の心に刺激するものがあった。


  そんなこんなで、先ほどより断然速い走行を開始した裕紀だったが、お寺まであと五十メートルの場所で両脚を踏ん張りブレーキをかけた。

  靴底がタイルに削られながら数メートル進んだ位置で停止する。

  お寺を前にして急停止を余儀なくされた裕紀は、驚きと懐疑の表情を浮かべて一点を凝視した。

  煉瓦色のタイルの一部が、一部分だけ底なしの穴の如く黒ずんでいる。

  だが、それが単なる地盤沈下などの現象によってできたわけではないことは、直後穴から出現した黒い影を見た途端に理解できた。


  艶かしく動く液状の影は日本の男性の平均身長並みに盛り上がり、やがてみるみると形を変えた。

  やや丸い顔にずんぐりした体型。黒いローブを羽織った全身は黒いオーラのようなものが纏わりつき、僅かに露出している肌は幽霊のように青白い。

  丸い眼鏡の奥の瞳に光はなく、どこか虚空を眺めているようだ。

  生理的に嫌悪感しか感じさせない奇妙な動きで、影は太り気味の中年男性へと変形を遂げた。

  目の前に立つ男性がもう死んだ魔法使いであることを、裕紀はその容姿を見たときから察していた。

  そしてこれが魔法であり、術者は裕紀を殺すために柳田彩香を重傷に追い込んだ人物であることも。


  まさかこんな場所であの魔法に出くわすとは。

  脳裏に師匠、月夜玲奈の言葉が過る。

(操られている死者は可哀想だけど、あれはそういう魔法なのよ)

  裕紀はまだあの言葉を素直に受け入れるつもりはない。

  魔法だから仕方のないことだと割り切れるほど、裕紀はまだ魔法使いとして戦い慣れていないのだ。

  だが、相手に同情していては自分が殺される。

  ただ標的を殺すという目的のみを与えられ、死してなお縛られ続ける死者に哀れみの心情は持つまいと、心を殺して奥歯を噛み締める。


  鞄の中にしまっていた自身の魔光剣を取り出し臨戦態勢を取ろうとしたときだった。

  どこか虚空を眺めていた男の瞳がギョロリと動いて裕紀を捉える。

  光の消えた瞳にようやく感情の光が宿った。

「お前、殺す・・・。殺す、殺す、コロス、コロスッッ!!!」

  考えるまでもなくそれが殺意であることを察知し、裕紀は鞄から魔光剣を取り出した。

  群青色の刀身が暗闇を払い裕紀の姿を仄かに照らす。

  しかし、それは敵に裕紀の姿を視認されていると同じことであり。

「オオオオオオオオッ!!!」

  中年男性はその体型からは考えられないほどの速さで裕紀目掛けて突進してきた。

  黒ずんだオーラを振り撒きながら迫る凄まじい迫力に、裕紀は身体強化の対象を脚部から全身へと変える。


  裕紀の身体に黄金の輝きが微かに宿り全身に力が漲る。

  突進してくる男をすれ違いざまに迎撃するために姿勢を低くして魔光剣を横に構える。

  微かにだが地面を揺るがす振動を身体が捉える。

  男と接触するまであと五秒、四、三・・・。

(ん?)

  男と裕紀が会敵する寸前、迫る男の背後から何かの気配を感じた裕紀は、男から視線を逸らして意識を男の背後に広がる夜空へと向けた。

  裕紀の視線の先には一筋の光となってこちらへ飛来する何かが近付いてきている。

 見るからに尋常な速さではないことはみるみる拡大する飛来物から明らかだ。そしてそれが途轍もない威力を内包している魔法であることを直感的に判断する。

  脳内で幾つもの警告アラームが鳴り響き、裕紀は防衛本能に従い横へ全力で飛び退いた。

  裕紀の目の前を標的を外した男が横切った直後。


  ズガァァァンッ!

  隕石でも落ちたのかと思わせるほどの轟音と共に男の姿が掻き消えた。

「うぉああ!?」

  同時に発生した衝撃波が裕紀をも吹き飛ばす。

  何とか転倒は防ごうと、使える身体の部位を器用に扱い、吹き飛ばされながらも体勢を整え路上で着地する。

  いったい何事!? と顔を持ち上げた裕紀の視線の先には、小規模のクレーターを歩道に作り上げた人影らしきものが砂埃越しに視認できた。

「いやー、ちょっと派手にやり過ぎちゃったかな」

  てへっ。

  漫画だったらそんな感じのロゴが飛び出そうなニュアンスで放たれた言葉と共に姿を露わにしたのは、茶髪のショートボブをふわっと揺らした女性。

  魔法使いコミュニティ《アークエンジェル》のメンバーにして、早朝ランニングでは裕紀の教育係を務めた赤城ましろだった。

 立ち上がりながらその姿を確認した裕紀は、安心からか大声で怒鳴っていた。

「やり過ぎちゃったって、誰がどう見たってやり過ぎですよ!? 人払いとか使ってないのに!?」

「大丈夫だって。こんな事もあろうかと、わたしが事前に発動しといたからさ」

  どこか自慢げにそう言った魔法使いの言葉に裕紀は小さくため息を吐いた。


  気を静めてみれば空間が隔絶されている違和感は感じるし、車道まで吹き飛ばされた裕紀の身に何も起きていないことが何よりの証拠だ。

  物凄い勢いで吹き飛ばされた中年男性を横目で確認すると、離れた場所に建っている電柱に埋まり込んでいた。

  生きている間は絶対に体験したくない光景を目の当たりにした裕紀は、すぐに視線をはずすと気持ちを切り替えることにする。

  ぱたぱたと服を叩くましろの側に歩み寄ると、裕紀は彼女の服装がいつもと違うことに気付く。

「えっと、一応、ありがとうございます。ところでましろさん、その服装は?」

  隕石の如く姿を露わにしたましろの服装は、言ってしまえば全身が闇に溶け込む程に黒ずくめだった。

  吹き飛ばされた中年男性や、それを生み出した魔法使いも黒いローブを身に纏っていたが、服装というだけあって比較してみるとましろの方が怪しげだ。


  黒い無地のロングコートの下は動きやすいようにするためか黒色のアンダーウェアを身に付けている。下半身はショートパンツに黒タイツというこれも動きやすそうな格好だ。

 底が薄い運動靴を思わせるデザインの靴も全体に合わせているのか、所々赤いラインが入っている以外は黒かった。


「ん? ああ、コレね~」

  そのことを指摘されたましろは両腕を広げると一回だけその場でくるりと回る。

  黒いコートの外套が風に舞うと、ショートパンツから伸びる細い脚が露わになった。

  黒いグローブに包まれた手で襟をぴしっと整えたましろは、キリッとした表情に似合う笑みを浮かべて言った。

「アークエンジェルの戦闘服みたいなやつかな。外見は頼りなさそうだけど、色々便利よ」

「へ、へぇ」

  構成メンバー以外はアークエンジェルという組織のことを詳しく知らない裕紀は、この格好だけでは怪しいことをしているコミュニティにしか思えない。

  短い期間だが裕紀が見てきた限りアークエンジェルのメンバーが悪い魔法使いという印象はないし、そうであると信じることにしている。

  そう思っていた裕紀は、少し離れた場所で響いた物音に視線を向けた。

  そして、視界に映った生々しい光景を目の当たりにしたことで僅かに生じた吐き気を顔を歪めながら堪える。


  ましろの超威力の跳び蹴りを受けたことで電柱にのめり込んでいた中年男性が、口からヘドロのような血を垂らしながらゆっくりと立つところだった。胸はその部分の肉や骨、臓器が吹き飛んだらしく大きな穴が空いている。辛うじて心臓は残っているようだが、それでもなぜ生きていられるのか不思議な状態だった。

  あの様子では先ほどのような突進をするだけでなく、まともに歩くことすらできないだろう。

  それでも、魂を束縛された死者は主人の命令を果たすために、鉛になってしまったかのように太い足を重そうにゆっくりと踏み出した。


(もう、やめてくれよ)

  目の前の光景を見た裕紀が思ったことはただそれだけだった。

  同じように気付いたましろも、さっきまで笑っていた表情を苦痛に歪めている。

「ましろさん」

  裕紀は小さく、自分でも説明できない感情を含ませて呟いた。

「あの人を、死なせてあげてください」

  こうして二人の前に立っているのだから、あの男性も何らかの形で術者に殺されたのだろう。

  どのような経緯があったかは知る由もないが、二度目の死くらいせめて安らかに最期を迎えて欲しかった。

  その気持ちはましろにも伝わったのだろうか。

「わかった」

  そう言ったましろは、ゆっくりと男の元へ歩き出し、互いの距離を縮める。

  ほとんどゼロ距離まで近づいた両者の間に眩い閃光が一瞬だけ迸ると、やがて男は仰向けに倒れ込んだ。

  裕紀もましろの側へ歩み寄ると、目の前に倒れる男を見た。

  肌の色や身に纏うオーラに変化はないが、何故だか裕紀には男の表情が穏やかなものになっていると思えた。

  倒れた男はしばらくすると、その身体を細かい粒子に変えてその場から消え去った。


  また、自分は何もできずに目の前の光景をただ見ていることしかできなかった。

  ましろの力を借りずに自分の手で男を葬ることもできたはずなのに、彼女に男を殺すことを頼んでしまったのだ。

  しばらく何も話さない嫌な沈黙を打ち破るようにましろが声を張って言った。

「それにしても間一髪だったね! まさか警告して来た直後に本人を襲うなんてさ」

  ニカッとした笑顔でそう言うましろを見ると気遣わせてしまった申し訳なさと、女性に励まされてしまったことの情けなさに泣きそうになってしまう。

  ただ、いつまでも気を沈ませていても今度はましろに失礼だろう。


  ここは気分を切り替えて、今後のことを考えることにした。

  そして間一髪というましろの発言には頷かざる負えなかった。

  死人とはいえ元魔法使いであるはずのあの男性の突進を躱しきれても、裕紀が最後まで戦えたかは別問題だ。

  新人の魔法使いである裕紀が勝てる確率は半分も達しないだろう。

  その点においては、助けてくれたましろにしっかり礼を言わなければならない。

「本当に助かりました。助かりましたけど、あの乱入の仕方は色々危ないと思うんですけど」

(主に周りの建物や戦っていた俺が・・・)

  未知の生物が暴れた後のような周囲の光景を見回しながら内心で付け足した裕紀の言葉に、ましろは困ったような笑みを浮かべて頭を掻いた。

「あはは。君が襲われてると思ったらつい焦っちゃって」

  そうは言うが、仮に裕紀でなくとも窮地に陥った仲間を見逃せるほど薄情な性格をしているとは思えない。

  それに、性格的に不器用なところのあるらしいましろへ敵に手加減しろなどと言うのは、寧ろ彼女のモチベーションを下げることになってしまうだろう。

  校門で手を振るましろを思い浮かべると、仕方がないと納得できてしまう。

  まあ、助けてもらっていてこれ以上愚痴をこぼすのも失礼というものなので、裕紀は小さく微笑を浮かべるだけにした。

「他の人に気づかれるのはマズいからさっさと直しちゃおっか」

 当然事後処理のことも頭に入れていたらしいましろは、またまた裕紀の知らない魔法で半壊状態だった周囲の建物などの修復を始めた。


  数分かけて建物の修復を終え、人払いを解除させたましろへ、裕紀はずっと気になっていたことを尋ねることにした。

「それはそうと、どうして俺を探してたんですか? 今日の特訓場所も変わらず月夜家なんですよね?」

  今朝の玲奈の連絡から特訓場所は月夜家で特訓開始は八時ということだが、裕紀は何か聞き間違えていただろうか。

  その疑問は表情を真面目なものに戻したましろの口から回答が送られた。

「その事なんだけど、ついさっき変更があったんだ。わたしは今からその場所へ君を連れて行く任務を受けているの」

「でも、それじゃあ転移魔法を使えばすぐに行けませんか?」

  離れた場所へ瞬時に移動できる魔法を使えば敵に狙われたりする心配もないし、一瞬なので到着時間を気にする必要もない。

  そう思ったが故の発言だったのだが、ましろは首を振ってその提案を否定した。

「まだ魔法に慣れない君を転移魔法で連れていくのは少しばかり不安要素が多いからね。自分だけ別の場所に飛ばされるのは御免でしょ?」

「そうですね。わかりました、今は走りましょう」

  彼女の言う通り、まだ魔法という存在を使い慣れていない裕紀には不安要素が多い。狙われている立場ではぐれてしまわれるほど、厄介な事態はないだろう。

なので、裕紀は気合を入れてましろの提案に了承した。


  それに身体強化も熟練者と比べれば完璧には程遠いが、ましろに付いて行ける気がしていた。

  自慢ではないが半年以上の間、裕紀は彩香の持久力とスピードについて行けたのだ。

  ましろの実力が如何程かは定かではないが、少しくらい自信を持っても良いだろう。

「よし! じゃあ、さっそく向かうけど、無理そうだったら言ってね。いつでもスピードは合わせるから」

「はい! いつでもどうぞ!」

  元気よくそう答えた裕紀は、やはり常人では出せないであろうスピードで走り出したましろの背中を追いかけた。


  なるべく人目に付く場所を避けての道を選んでいるのか、裕紀達が走っている場所は基本的に人気が少ない。

  八王子市街地を大きく迂回する形で二人は目的地へと走っていた。

  ましろの速さは想像以上ではあったが、決して追いつけない速さではない。

  これならましろとはぐれることなく目的地へと到着できる。

  走りながらそう思っていた裕紀の考えは、しかしながら軽率だった。

  走り始めてから十分が経過した頃には、ましろの背中と裕紀の距離は徐々に離れつつあるのだ。

  走り慣れない道や生命力の扱いがまだまだ未熟であることを考えても、ここまでましろに差を付けられてしまうとは思いもしなかった。

「裕紀くん大丈夫!?」

  もはや五メートルは前を走っているましろから心配そうな声が掛かる。

「だ、大丈夫ではないです!!」

  正直、ここまで差が離れていて大丈夫ですなどとは言えない。

  走るスピードを緩めすんなりと、ギブアップした裕紀の隣に並んで走ったましろが息を弾ませながらアドバイスを言う。

「いつも通りに走っていたら疲れるだけだよ。ステップを踏むように、リズム良く身体強化を発動させて走ると楽になるよ」

  そう言うとましろはリズムを取り始め、脚力を強化してトントン拍子で前進する。

  よく見てみるとましろが地面に足を着いている時間は極端に短い。走るというよりスキップをしているようだ。


  一気に二十五メートルの距離を走ったましろは、自然の動作で地面を蹴り丈夫そうな木の枝に軽やかに着地した。

  太い木の枝の上にしゃがみながら、チョイチョイとこちらに手招きする。

  そうか、と裕紀は今更ながらに気付く。

  ましろはただ目的地へ行くために走っているわけではない。裕紀に身体強化と生命力の扱いの特訓をさせているのだ。

  そうであるなら、裕紀にこの特訓をしないという選択肢はなかった。


  リズムを取りながら走る。すなわち極力地面と足の接地時間を短くするということ。

  裕紀は先ほどのましろの走りをイメージしながら、脚部に生命力を集中させた。

  裕紀の両足に薄っすらと黄金色の光が宿り、羽が生えたかのように両足が軽くなる。

  そのまま、裕紀は一度の踏み出しで数メートルを跳ぶように地面を蹴った。

 足元に落ち葉が微かに舞うと同時に、裕紀の体は森林を吹き抜ける風のように動き出す。

 一歩目で一メートル半は進んだ裕紀は、徐々に進む距離を伸ばすために少しずつ脚力の強化を強めていく。

 ましろも再び前進を始め、背中が遠くなった。

(しっ!)

 その背中に追い付くために、裕紀は気合いを入れると自身の走るスピードをもう少し上げた。

 

  どのくらいの距離を走ったのかはもう関係ない。リズムを刻みながら、息切れを起こさないように自分で調整をしながら裕紀は走り慣れない道を走る。


 ずっとましろの背中を追い掛けていたからか、目の前を走る黒いコート姿が停止すると裕紀も間を開けて足を止めた。

 汗を滝のように流し、肩で息をする裕紀は初めて視線を周囲へと巡らせた。

 自分の庭のように素早く走るましろの背中を注視していたために、裕紀は周囲への気配りを忘れていたらしい。

 裕紀とましろは人々の活気が満ちた市街地ではなく、静かな静寂に包まれた森の中にいた。

 裕紀たちを照らすのは月明かりだけで、街の灯りもここまでは届かない。むしろ、木々が立ち込めすぎていて街並みすら見渡せない。

 それら周囲の情報を収集した裕紀は、目の前に立つましろの更に前方に建てられた廃墟を見上げた。


 二十一世紀も終盤に差し掛かろうとしているこの頃、都会化の影響もあるのかこの辺りでは余り見掛けないお屋敷のような外観の建物は、壁に苔がへばりつき明らかに劣化が進んでいる。

 長い間、ことによると半世紀は人の手が加えられていないだろうことは素人目でも分かった。

 言葉通りの廃墟を仰ぎ見ながら、足を止めたましろの隣に並んだ裕紀は口を開いた。

「あの、この建物は?」

 興味深げに尋ねた裕紀に、ましろは再び歩み初めながら言った。

「アークエンジェルの本部だよ」

「え!? この建物が!?」

 本部と聞いてかなり大きな建物だと(この建物も別荘のようなのでそれなりに大きかったが)予想を踏んでいた裕紀は、この言葉には驚きを隠せなかった。

 別に古いとかカッコ悪いとかそういうわけではない。

 これでは、他のコミュニティの襲撃があったとしてもすぐに崩壊してしまうだろう。

 そんな裕紀の不安を知ってか知らずか、ましろはひらひらと手を振りながら歩いて行く。

 それが、とりあえず付いて来てというましろの意思表示であることを察した裕紀は、夜の森に不気味に佇む廃墟を見上げながらましろの後を付いて行ったのであった。


 

遅くなりましたが、今年もよろしくお願いします!

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