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聖剣使いと契約魔女  作者: ふーみん
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特訓と、二度目の異世界(6)

文章に誤りがあったので一部削らせていただきました。

 朝食を綺麗に食べ終わった裕紀は、各自トレーを厨房に返却する決まりに従って食器を返すと食堂を後にした。

 各々が食事を終えると、そこからは時間を早送りしているかのように忙しくなった。

 どうやら、構成メンバーが社会人と学生であるアークエンジェルの活動は主に夜に行われるようだ。

 日中は社会人として一般市民と変わりなく働き、夜間は魔法使いとしてこの世界の秩序を守るために活動する。

 それがこのコミュニティの活動方針となっているらしい。

 もう午前七時をとっくに回っている今では、支度を終えた多くの魔法使いたちが自分たちの会社へ出勤していた。

 月夜家から裕紀の通う萩下高校との距離は自宅からの距離より近いので、いつもより余裕を持って登校できるというメリットがある。

 そういうわけで全ての支度を終えて制服の上から上着を着込み、首元にマフラーを巻いた裕紀も学校へ向かうべく歩道へ歩み出した。

 萩下高校を通り過ぎた場所に位置する新八王子駅へ向かう玲奈、ましろ、昴とは学校まで同じ道行だ。

 しかも驚くべきことにこの三人は小学校から大学まで同じ学校に通っているらしく、早朝特訓と大学の講義が同じときはほとんど一緒に出席するらしい。

 三人とも仲は悪くはないので、登校が苦というわけでもなく、ましろに関しては何だか楽しそうだった。

 まさしく腐れ縁というやつなのだろうと、三人の姿を何処か眩しげに眺めてしまう。

 そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか萩下高校の校門近くまで来ていた。

 会話をしながら歩く生徒や、はたまた小走りで校門をくぐる生徒もいた。

 いつもよりもあっという間に学校に着くという気がしたのも束の間、時間を確認すると既に八時を回ろうとしていた。

 朝礼まであと十分くらいしか時間がないが、そのくらいの時間があればぎりぎり朝礼までには教室に着くだろう。

 しかし、つい最近も同じように教室へ駆け込んだ裕紀としては遅刻寸前は避けたい事態だった。

 裕紀のクラス担任である「めぐみん」こと萩原恵の前で二度の遅刻など、怖いもの知らずもいいところだ。

 あの女性教師は普段は優しいのだが、怒らせるとかなり怖い。噂によると、新米教師だというのに怒らせると怖い先生ランキングでは校内堂々の一位に躍り出ているらしい。

 一部の生徒たちからは笑顔が素敵なめぐみん先生と呼ばれる反面、泣く子も黙る鬼めぐ先生など言われるほどだ。

 生徒指導と体育を担当する後藤飛鳥の恐ろしさは怒らせなくても察せるところがあるが、恵の怖さはまさしく未知の領域だ。

 もし、今回遅刻でもすれば未知の領域に問答無用で引き摺り込まれることは間違いないだろう。

 そうなった後の自分の姿など絶対に視たくはない。

「もう校門が近いので、俺はここで失礼します」

 そんなようなことを予備知識として備えていたためか、若干トーンが下がった声で三人に話し掛ける。

 励ましてくれているのか、単純に鈍感なだけなのか、もうテンションが最高潮に達しているましろが手を振って答えた。

「そっか。じゃあ裕紀くん、学校頑張ってね!」

 そんなましろの両隣から未だに欠伸をしていた昴と、閉じそうなほどの瞼を擦る玲奈が見送りの言葉を送る。

「おうっ。また放課後にな〜」

「・・・今日の特訓は八時からです。それまではゆっくりしていてください」

「ちょっと二人とも、もっとテンションあげようよ!」

「お前はテンションあげ過ぎだ。もうちっと抑えろ」

 ましろが眠そうな二人の肩を叩きながら声を掛けるが、朝は低血圧らしい二人は昴のお小言以外は微動だにしない。

 そんな二人と同じように朝は眠気と戦っている裕紀は二人の気持ちには十分に同情できた。

 ただ、そんな三人の絡み合う姿を見て、改めて昔馴染み同士に繋がる絆のようなものを裕紀は感じていた。

「三人も大学頑張ってください!」

 歳上の三人へそう言って軽く会釈してから、裕紀も睡魔に対抗しながら駆け足で学校の敷地へと入って行った。


 前回のように駆け込むことなく落ち着いて教室へ入った裕紀は、朝礼前の賑やかなクラスメイトの声を聞きながら椅子に座った。

 そこでチラッと、教室中央に位置する席へと視線を向ける。

 視線の先には、この教室ではそこそこの規模の人だかりができていた。

 男子数人と女子数人が一つの机を中心に談笑している。

 その集団がクラスでも異常だったというわけではなく、裕紀が伺ったのはその中心にいるだろう一人のクラスメイトだ。

 クラスのムードメーカー的な存在の長谷川隼人とは昨日口論になったばかりだが、裕紀が彩香を大切に思う気持ちを分かってくれたことで大きな喧嘩にはならなかった。

 だが、裕紀とは違う感情を彩香へ抱いているらしい長谷川の提案で土曜日にクラスメイト総出でお見舞いをすることになっている。

 昨日は放課後から忙しかったのでエリーの研究施設へ足を運ぶ暇もなかった裕紀は、お見舞いの件については一言も話していない。

 別れ際に練習時間を伝えた玲奈曰く、今日の特訓は八時からということになっている。

 学校が終わる時間が大体五時過ぎだと考えると三時間の猶予はあるだろう。

 特訓が佳境に入ってくれば確実に研究所へ足を運ぶ機会はなくなると考えた裕紀は、今日の内に一度顔を出しておこうと放課後のスケジュールに加える。

(柳田さんも心配だしな)

 最後に確認した彩香の様子から想像して、まだまだどちらに転がるか分からない。

 もちろん、山を越えてほしいがそうならない最悪の事態にも備えておかねばならない。

 以上の事柄を思案し終えた裕紀は、もうそろそろ始まるだろう朝礼に備えて静かに椅子に座ることにした。


 教室の中央を横切る途中、生徒を避けながら通った結果か偶然瑞希の目の前を通った裕紀は、一言挨拶をする。

「おはよう、瑞希」

「・・・はよ」

「?」

 いつもなら元気よく挨拶を返してくるのだが、どういうわけか素っ気ない挨拶を返されてしまう。

 何か機嫌を損ねることでもあったのだろうか。

(そういえばメリーちゃん、手に入れることができなかったのかな?)

 二日前、駅前の交差点でふわふわキーホルダー「メリーくん」を手に入れるべく光に引き摺られて別れたことは記憶に新しい。

 彩香を含めて三人に熱弁するほどのメリーくん好きだったのだから、手に入れられなかったら相当ショックなのかもしれない。

 そんなことを考えていると、ちょうど時間となったのか朝礼のチャイムが教室中に響き渡った。

 各々の目的で席を離れていた生徒たちが一斉に着席し始める。

 裕紀も席に座ると、前の席の光が待ってましたと言わんばかりの勢いで後ろに座る裕紀に小声で話しかけてきた。

「なあなあ。さっきお前が校門で話してた人って知り合いなのか?」

「光、一応朝礼中だぞ」

 そうは言うものの教職員の会議が遅れているせいか、いつもは時間ぴったりに来る恵の姿はない。

 そのことも見越して話しかけてきたのだろう光の話題に、裕紀は誤魔化す必要はないと思い簡潔に答えた。

「・・・まあ、ちょっとな。最近通い始めたジムで知り合った人たちだよ」 

 一部内容を改竄している部分もあるが、決して裕紀は嘘を言っているわけではなかった。

 魔法使いとしての制約があろうがなかろうが、魔法とは関係のない光に詳しい事情を話すつもりはない。

 悪く言えば単純な光のことだ。変な勘ぐりはせず、きっと表側の事実だけを理解してくれるだろう。


 そんな思惑を知る由もない光は、裕紀の言葉を聞くなり何を確信したのか目を細めて「ほぉーう」などと呟く。

 こちらの心配など察することもなく、どうせくだらない推測でも立てたのだろうと、この時裕紀は確信していた。

 本人が聞けばそれなりに傷つくかもしれないと思われるのも仕方がないが、それすらも数分後には気にしていないのが剣山光という男だ。

「それはアレだ。お前は親友の俺を差し退いて、あんなに綺麗なお姉さん二人とジムに通っているってわけだ」

・・・ここまでこちらの推測通りに動いてくれる人もなかなかいないだろう。

 案の定、(改竄された)表の事情を完璧に信じ込んだ光が恨めしそうな視線を送ってくる。

 そんな光へ裕紀も呆れた視線を注ぎ返して、彼の誤解をしっかり解いておく。

「一つ言うぞ。別に俺はあの人たちと仲良くジムに通っているわけではないからな? むしろ一緒にトレーニングをしている人というか、一人は俺にトレーニングを教えてくれている人だよ」

 その一人は早朝から常時体力消耗という条件下で町内ランニングを一時間以内にやらせるような鬼の化身のようなお方ですが。

「ほ〜う」

 なんとか誤解を解こうと言った裕紀の言葉を信じてくれたのかそうでないのか、光はわかりずらい返事をした。

「絶対に信じてないだろ?」

 だが、こういうことに関しては妙に疑り深い光の瞳は曇っていた。

 半目でそう問うた裕紀に、光は誤魔化すことを知らないように口を動かした。

「そりゃ、校門前で大きく手を振られるお前を見れば信じたいけど信じられねぇよ」

「・・・・・・」

そう言われて裕紀は額に手を当てたい気分になる。

「そういや、一緒に見てた瑞希は表情が少し怖かったな」

「マジか・・・」

 その言葉を聞くなりじわりと冷や汗も滲み出てきた。

 どうりで教室に入ってからというもの、光の絡みはあれど瑞希の絡みはなかったわけだ。挨拶をしたときに素っ気なかったのはメリーくん云々の事情ではなかったらしい。

 ついでに裕紀が校門をくぐるまでましろが通行人からの視線すら無視して手を振り続けていたことを思い出す。

 途中で見かねた昴が止めに掛かったから良かったものの、誰もいなかったら手を振り続けていたのだろうか。そうだとしたら、さすがに加減というものを知って欲しいものだ。

 ましろ本人の天真爛漫な性格は決して嫌いではないので、ただ内心で苦笑を浮かべるだけだったが。

 そんなこんなで反論も難しい状況となった二人の会話に終止符を打ったのは、ようやく会議が終わり慌てて駆け込んだ恵だった。

「ごめんなさい! 会議が長引いてしまって、先生が遅刻しちゃいました!」

 相当焦って来たのだろうことが伝わるほどに息を上げた担任が教壇に上がると、日直の生徒が号令をかける。

「起立。礼!」

 この会話から逃げるように裕紀は生徒全員に合わせて挨拶をする。

「・・・てなわけで、この会話はここで終了だな」

「くっそ〜。うまく逃げやがって・・・」

 悔しそうに唇を噛んだ光を見てしてやったと思う傍ら、この誤解はずるずると引きずるべきではないと考えてまずは光に念を押して言う。

「言っておくけど、光の思っているようなことは本当にないからな」

「まったくどうだかな!」

 口ではそういうものの、口調にはさっきのような疑わしい雰囲気は包まれていない。

 念を押して言ったこともあるのだろうが、やはりしつこく掘り下げない光の性格によるものだろう。


 これ以上の言及はないという安堵感と、近いうちにされるだろう尋問の恐怖を感じる裕紀の前で、恵が連絡事項を話し始める。

 話されたのは裕紀もよく知る事柄だった。

 それは、不審者の出没から住宅街での殺人についてだった。

 おそらく市内のニュースや新聞記事などで情報が広まり、市内というだけあるのか生徒へ注意を促すよう伝えられたようだ。

 裕紀もこの情報は早朝に伝えられてはいるのでそこまで驚くことはなかった。

 だが、他のクラスメイトたちはそうでもないらしく、殺人という単語を聞いてから一様に不安の表情を作っている。

 その反応を予想していたのか、恵は暗くなった教室を明るくするような笑顔と声で言った。

「犯人は捕まってないけど、その件に関しては大人に任せて。あなたたちはなるべく一人にならないよう行動してください。それと、これからしばらくは部活は休止となったので、学校が終わり次第速やかに下校してくださいね」

 そうは言うもののやはり生徒たちから不安は拭えきれないようで、いつもはこの笑顔で元気になる男子生徒も今は大人しかった。

 恵の童顔から放たれる眩しいほどの笑顔の効果を本人が自覚しているのは、以前女子生徒がそれとなく教えてくれたからだ。

 ただのおふざけで教えてくれたことは分かってはいたが、それで生徒たちと少しでも距離を縮められるのならいいと思い時々使っていた。

 恵の記憶通りなら、このクラスを担任として任されてから、今日ほどこの教室が不安に満たされたことはない。

 自身も暗くなりつつあった声を明るくしても、いつもは効果のあった笑顔でさえも生徒たちの不安を拭うには至らない。

(私がもっと担任としてしっかりしていれいれば、この子達を安心させられたのかな・・・)

 教室中に充満する不安や怖れの空気に当てられ、とうとう恵までもが暗い表情になりかけてしまおうとしたときだった。

「ちょっとみんな、なんか表情暗いよ! さっきまであんなに元気あったのにどうしちゃったのよっ?」

 そう言って立ち上がったのは、教室の中央辺りの席に座っていた上原瑞希だった。

 女子陸上部であり、太陽のような明るい性格の持ち主な彼女はこんな状況下でも、決して心に蔓延る負の感情を露わにしようとはしない。

 それよりも、彼女を見ているとそんな心は微塵もないように感じられる。

 そして、瑞希の前向きな姿勢に便乗するかのように窓際に座る男子生徒も声を大きくして呼び掛けた。

「だな! 不安なのはみんな同じだ。だったらここは元気出していこうや! な、裕紀」

 制服の上からでも感じられるほどに鍛えられた男子生徒、剣山光は後ろに座っていた一人の生徒に同意を求める。

 この三人はこのクラス内でも仲が良い印象が恵にはあった。

「え、俺!?」

 急に話を振られた黒髪の男子生徒、新田裕紀は少々疲弊しているように感じられたが、さすがにこの流れで発言を断る気にはなれなかったようだ。

 先日は怪我で動かなかった右腕ももう治ったらしく、裕紀は両手を使って立ち上がるとみんなに聞こえるように言った。

「犯人は絶対に、いや、必ず捕まると思うから。だから、俺たちはいつも通りにしていれば良いんじゃないかな。何事もいつも通りが一番って言うし?」

「そこはきっぱり断言しとけよ!」

 最後の言葉を疑問形で話した裕紀に光が漫才師の如く突っ込みを入れる。

 教師に加えてそんな生徒三人の呼びかけに、不安に包まれていたクラスメイトたちも僅かながらリラックスすることができたようだ。

 教師一人ではできなかったことを、生徒三人で成し遂げてしまったことに素直に感心してしまう。

 そんな教え子から勇気をもらった恵は、教室の空気が和らいだまま朝礼を終わらせる為に言葉を連ねた。

「では、今日も一日みんなで協力して学校生活を送っていきましょう!」

 朝礼最後の言葉はしっかり生徒たちに伝えられた実感があった恵は、自身も教師としてやれることをすべく教室から立ち去った。





















今回は二つ投稿しました!

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