表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖剣使いと契約魔女  作者: ふーみん
51/119

特訓と、二度目の異世界(4)

 ましろや昴と趣味や職業について話し込んでいた裕紀は、しばらくして正面に現れた人物を見た途端に口を閉ざした。

 裕紀の反応に気づいて正面を向いた二人も、視界に入った人物を見るや得心したような表情をみせる。

 集合した魔法使いたちの目の前に立ったのは艶のある黒髪を後ろに結び、動きやすいようなジャージ姿の玲奈だった。

 ばったりと洗面所で出会った時のような寝ぼけた面影は跡形もなく、きりっとした表情に変わっている。

 化粧をしなくても十分綺麗な美貌のまま、玲奈は唇を動かして凛と響く声を放った。

「今日の特訓の参加者は全員揃いましたね? これから特訓に入る前に一つ、皆さんに言っておかなければならないことがあります」

 特訓の前に玲奈が何かを話すことは、ここにいる魔法使いたち全員が知らされていなかったのだろう。

 もちろん、玲奈からは何も話されていない裕紀も他の魔法使いたちと同じように困惑を表すしかなかった。

 もしかしたら、昨日加入したばかりの裕紀を改めて魔法使いたちに紹介するのかもしれない。

 だとすれば、裕紀が皆に挨拶をする流れになることは確実だ。

 いきなりスピーチの話題を考えさせられた気分になった裕紀だったが、次に玲奈から話された言葉はそんなに穏やかではなかった。

「昨日の夜、住宅街で火災があったことは既に後藤リーダーから連絡を受けていると思います。その火災が魔法使いによるものであるということも」

 『後藤リーダー』というのは飛鳥のことだろうと考える。

 火災の件については、喫茶店で飛鳥や玲奈と話していた時にマスターから報告を受けている。

 話しが終わった後、飛鳥は喫茶店で裕紀たちと別れて火災現場へと向かった。

 どうやら現場へ向かった飛鳥は、その日中にアークエンジェル所属の魔法使い全員に今回の件を報告したらしい。

 本職なのか怪しいところだが、仮にも教師という立場にいるからか素早い対応に対して素直に関心してしまう。

「そういえば、そんな連絡あったね。死者が出なかっただけ幸いだけど・・・」

「家を焼かれた住民はたまったものではないだろうな」

 当然、ましろと昴にも連絡は行っていた。

 死者が出なかったことに安堵しながら呟くましろに続いて、昴はその家を持っていた住民に同情の意見を示す。

 確かに、何が目的かは解らないがいきなり家を燃やされてしまえば持ち主の喪失感は途轍もないだろう。

 どのような人にとっても、家は様々な思い出の詰まった大切な居場所だ。

 裕紀が被害者だったなら、犯罪者に殺意に近い感情を抱いていることだろう。


 この場にいる魔法使いがそれぞれの想いを馳せているなか、玲奈は続けてさらなる情報をを全員にもたらした。

「しかし、火災が起きた直後にもう一つの事件が起きました。火災現場とはそう遠くない別の住宅街で、一人の魔法使いが殺害されたのです」

 ピリッ!

 続く玲奈の言葉が放たれた直後、言い表すならばそんな空気がこの場を満たした。

 集まっていた魔法使いたちの表情が一様に強張ったものに変わったことを雰囲気から察する。

 試しに後ろに立つ二人の表情を伺い見ると、ましろは苦虫を噛み潰したように表情を歪ませ、昴は何故か瞳に殺意のような眼光を宿していた。

 殺人ということは、誰かしら人が死んだということだ。

 そのことに対して負の感情が人に芽生えるのはある意味当然だった。

 それでも、裕紀はこの集団に漂う雰囲気が単純な負の感情ではないことに気づき、密かにましろへ尋ねた。

「あの、どうして皆さんはあれほどに緊張しているんですか?」

 いくら人が死んでしまったとはいえこの場は緊張するような空気ではないはずなのに、ここにいる魔法使いは一様に緊張感を漂わせているように見える。

 それが気になった裕紀の質問に答えたのは、顔を歪めたましろではなく、もはや全身に殺意を滾らせた昴だった。

「魔法使いたちにとって殺人はタブー、つまり絶対に禁止されていることなんだ。どうしても殺したいなら暗殺。その後は証拠が残らないよう完全に処理する。それがこの世界の殺人だ」

 昴の言う通り、裕紀が襲われたときも襲撃者は二回とも人払いを用いて人目を避けていた。

「でも、今回は死体が回収されなかった?」

 現状とマニュアルを照らし合わせて言われた言葉に昴は深く頷いた。

「俺たちのリーダーが向かった火災現場と殺人現場が遠くないということは、殺人を知ったリーダーがその足で現場に向かうことを想定してのことだろう」

「じゃあ、まさか・・・」

「この殺人は単なる偶然じゃない。敵の魔法使い、いやコミュニティがわたしたちを誘っている」

 辿り着いた裕紀の考えを代わりに言ったのは今まで黙っていたましろだった。

 そして、その狙いが誰なのかがわからない裕紀ではなかった。

「敵は俺を狙っている。殺し損ねた俺を、今度こそ確実に仕留めるために」

「そういえば、お前も魔法使いに襲われたんだよな。逃した敵を追いかけ続けるなんざ、執念深い魔法使いじゃねぇか」

 昴の言う通りだ。一つのコミュニティに戦いを申し込んでまで裕紀を狙うということは、敵にはそれだけ裕紀を消さねばならない理由がある。

 だが、裕紀には敵に狙われるようなことをした覚えはない。最初に襲われたときも、戦ったのは彩香だけで裕紀は前に出すらしなかったのだ。二回目の襲撃は裕紀も魔法使いとなっていたのだから何かしらの理由があるのだろうが、そもそも、一回目の襲撃の時点ではまだ裕紀は魔法使いではなかった。

「うちのエースを負傷さただけでは飽き足らず、と言ったところかしら」

 苛立ったような呟きを漏らしたましろに裕紀はこのコミュニティの戦力の要について尋ねようとするも、それより早くに玲奈が言った。

「このようなことが起きてしまった以上、我々はこの件を全面的に対処していくつもりです。しかし、近いうちに敵コミュニティと戦闘になることは間違いないでしょう。日々の特訓を無駄にしないために、各々集中して取り組んでください」

「はい!!」

 アークエンジェルに所属するメンバー全員に関わる重要な任務を口にした玲奈に、この場に集う魔法使いたちは声を合わせて頷いた。

 もちろん、この特訓を乗り越えた末に魔法使いとして初めて戦うことになるであろう裕紀も共に頷く。

 頼りになる部下たちの面々を見たことで緊張が解れたのか、玲奈は先ほどとは落ち着いた顔で指示を出した。

「では、これより早朝特訓を始めます。メニューはいつもと同じ、スフィアキューブを用いたランニングです。午前六時、夢の丘公園の鐘が鳴るまでにここへ帰ってきてください。終了した者から身支度を済ませてから朝御飯です」

 ここ八王子市の北端には山に面して建てられた公園がある。

 敷地面積が東京ドームの敷地と匹敵するほどの巨大な公園で、休日はもちろん平日にも多くの人々が集まる場所だ。

 夢の丘公園と呼ばれる公園の中央には丘があり、その頂上に鐘を吊る下げた大きな塔がある。

 それは毎朝六時に鐘が鳴り響く仕組みになっていた。

 もっとも、そんなに早く起きた経験のない裕紀は実際に聞いたことはないのだが。

 ただ、そんなことよりも裕紀はスフィアキューブとやらの存在が気になっていた。

 玲奈の指示が通ってからというもの、一人一人の魔法使いがそれぞれ取り出している道具があった。

 どれも一様に文字通り立方体(キューブ)の形をしている。

 特訓を受ける魔法使いは全員が持っているらしいが、どういうわけか裕紀は持たされていない。

「あの、それはなんですか?」

 周りと違うことに少しばかり焦りを感じた裕紀は、この状況を変えるために近くにいた昴に聞いてみる。

 周囲と同じように立方体を手に持つ昴は、裕紀の質問に気づくや納得顏で頷いた。

「そうか、新田はまだこいつを貰っていなかったな。簡単に説明すると、これは魔法初心者が主に魔力操作の練習に使うものだ」

「昴さんたちはもう熟練者ではないんですか?」

 生命力のみで物体に干渉することすら難しい裕紀にとって、魔力で超常的な現象を起こす昴たちは魔法を熟練していると思っていた。

 だが、そんな裕紀の疑問に昴は苦笑に近い笑みを浮かべて言った。

「そんなことは無いさ。この場にいる奴らは誰も自分が優れているとは思っていない。ま、道具も使い方では上級者専用にもなるってことだ」

「実際、この特訓いつやってもしんどいものね~」

 長い間苦しんできたのだろう。

 積み重なってきた疲労感を表情に出して言ったましろに昴も同情して頷いている。

 いったいどんな特訓のメニューなのか気になり始めた裕紀に、きちんと渡していないことを覚えていたらしい玲奈が自身の名を呼んだ。

 駆け足で玲奈の下へ向かった裕紀に、全員の持っているものと同じ立方体を手渡す。

「それはスフィアキューブと言って生命力を魔力に変換しやすくした魔法道具(マジックアイテム)です。このキューブに自身の生命力を流し込むことで、立方体の中央が分離して変換された魔力により浮遊する仕組みです。魔晶石とは異なり変換できる魔力量に制限があるので、魔力変換が苦手な人でも暴走して倒れることはありません。また、スフィアキューブが始動している間はこちらに信号が発信されるのでサボることはできませんよ」

 プラスチック製とも鉄製とも言えない魔法道具(マジックアイテム)を手渡したついでに使い方まで説明してくれた玲奈は、最後に一言だけ口にした。

「ああ、それと。本来なら初心者が走るペースはそれなりの時間が決められているのですが、今回は異例としてここにいるメンバー全員のペースに合わせてもらいますからね」

 つまるところ、難しい特訓なので初心者は本来ならノーマルモードが選択できるはずが、今回はハードモードのみの選択肢しか与えられていないというわけだ。

 そんなことで最後まで特訓に付いていけるか心配になった裕紀はそれとなく聞いてみる。

「えっと、聞くからにこの特訓はかなりハードらしいんですけど大丈夫ですかね?」

 鬼のようなことを言い放った玲奈に聞いてみると、その質問を受けた玲奈は表情の無い顔に薄っすらと笑みらしきものを浮かべて言った。

「安心してください。私も一緒に走るので、倒れたらすぐに救護班を呼べます」

・・・それはつまり倒れるまで走れと言っているのですね!?

 おそらく裕紀を安心させるための笑みなのだろうが、この場合はただただ玲奈に対する恐怖心が上昇するのみとなった。


 心なしか肩を小さくして帰ってきた裕紀の様子を見てか、すぐさまましろが背中を叩きながら言った。

「まあまあ! この世に死ぬほど辛い特訓なんて幾らでもあるんだし、アークエンジェルの特訓の中でもこんなのちょろ口だよ! 君ならやれるって!」

「・・・フォローになってんのか、それ?」

 背中をバシバシ叩くましろの横で呆れたように昴がそう呟いた。

 帰ってきた裕紀の雰囲気から落ち込んでいることを察してくれたのだろう。

 励ましてくれるほど気の優しい先輩であることに裕紀は微笑みを浮かべる。

 ただ、これから行う全ての特訓が辛く厳しいものになると知らされ、それを承知の上で参加している裕紀はため息を付かなかった。

 今は一日でも早くまともな魔法使いとして戦力になることだけを考えるしかないのだ。

 そう思いスフィアキューブに自身の生命力を送る。

 おそらくキューブに生命力を送る感覚は昨日行った特訓のような感覚で大丈夫だろう。

 己の身体を巡る生命の奔流の一部を掌に集めてこの魔法道具に流し込む。

 生命力だけで物体を動かすなどという技は出来なくとも、生命力を一つのものに流し込むことは然程難しくは無い。

 そんな裕紀の算段は的中し、生命力を受け取ったスフィアキューブの形状が変化する。

 立方体だった形が上下に分裂して二つの三角柱となる。直後、上下の三角柱に挟まれるように黄金に輝くピンポン球ほどの大きさの光球が発生した。

 身体を動かしてもいないのに既に疲労を感じ始めているのは、まだ生命力の操作が上手く出来ていないのか、それとも生命力を送っていることで体力が少しずつ減っているのか。

 どちらにせよ、何も始めてもいないこの時点で疲れているようではこの後は地獄しか待っていないだろう。

 そんな裕紀の予感を、冷たい空気を震わせた玲奈の号令が上書きした。

「それでは特訓を始めます。特訓開始!!」

 その号令に合わせて、月夜家の前に集まった魔法使いたちが一斉に公共の歩道へと走り出した。

 最初は皆それぞれのペースで走り出すと踏んでいた裕紀の予想は大いに外れ、手練れの魔法使いたちの背中は走り出すなりもう遠くなってしまった。

 そんな光景に唖然としていた裕紀へ親切に待っていてくれていたましろが声を掛けた。

「ほら裕紀くん! ぼさっとしてると朝ごはん抜きになるよ!」

「は、はい!」

 ともあれ朝食が抜きになってしまうことは何としても避けたい事態だ。

 慌てて走り出した裕紀の隣をましろが並行して走る。


 このメンバーの中で初心者は裕紀だけで、もちろんランニングも一番最後尾を走っている。

 一番最後になってもゴールまで走りきるのには、体力測定の時のようなペースではとても体力が持ちそうになかった。

 皆のペースに合わせると言われても、体力が続かない裕紀には困難だ。

 倒れてもいいと言われてもいるが、そうなってしまえば一部の人に迷惑が掛かってしまう。

 結局、周りとはペースを遅くして走るしかなかった裕紀の隣を、ましろは気にしない様子で走り続ける。

 ここまで付き合ってくれる先輩は心強いとも言えるだろう。

 ただし一緒に走った結果、最後にゴールするならばまだいいが、最悪走り切れずに二人とも朝食が抜きになる可能性もある。

 もしそうなってしまったら本当に申し訳ないので、どうやら裕紀を置いて行くつもりがないと確信してましろに問い掛ける。

「あの、先に行かなくていいんですか?」

 スフィアキューブで生命力を消費しているので話すのも一苦労だったが何とかそれだけ言葉にする。

 すると、ましろは対象的に整った呼吸のまま裕紀の質問に答えた。

「私のことは気にしなくていいよ。玲奈さんから君のことをよく見てるように言われたから。君より前にいたら君のことをよく見れないからね。雑談でもしながらのんびり走ろう」

「でも、一応皆さんのペースに合わせるように言われましたし」

「私もその皆さんの中に含まれてるから、一緒に走っていれば問題ないよっ」

 さー、がんばろー!

 そう言って元気満々の様子で左拳を突き上げたましろに裕紀は苦笑を浮かべて返す。

 まあ、上司たる玲奈の指示なのだろうから断る必要性も裕紀がその監視を拒むこともない。

 ましろの言う通り程々に雑談でもしながら走ろうと決め、早速裕紀はましろに話題を切り出した。

「あの、ここのエースって誰なんですか? もしかして、玲奈さん?」

 内容は先ほど聞き逃してしまったアークエンジェルの戦力の要についてだ。

 つい数分前、ましろは今回の件でエースが傷つけられたということを口にしていた。

 もしアークエンジェルのエースが玲奈であれば何となく納得はいく。ここにいる魔法使い全員の師匠と呼べる存在だし、実際の戦闘においてもここにいる誰よりも強いだろう。

 本人から放たれる熟練者じみたオーラと、それに伴うかのような隙の無さが裕紀にそう思わせていた。

 おそらく、玲奈と戦っても裕紀が勝つことはまずないだろう。

 ただ、そんな彼女は見たところ戦えなくなるほどの負傷をした様子もなかった。

 傷を治したということもあるだろうが、だったら特訓には参加せずに安静にしているはずだ。

 傷が開くリスクを負いながらも特訓に励むような無謀なことをする人でもなさそう・・・という裕紀の勝手な偏見からの推測だが。

 果たして、裕紀の予想はましろの苦笑とともにハズレを告げられた。

「違うわ。確かにあの人は強いけど、魔法使いとしての強さは彩香ちゃんの方が上ね」

「柳田さんってアークエンジェルに所属しているんですか!?」

 思わぬ名前と情報に驚きを示した裕紀に、ましろは目を丸くして答えた。

 彩香が魔法使いであることは知っていたし、どこかのコミュニティに所属していることも知っていた。

 ただ、このコミュニティに所属していることは誰からも知らされていなかった。ましてやこの組織の戦力のナンバーワンだったなんて予想外もいいところだ。

「あれ、知らなかったの?」

 そんなこんなで驚きを隠しきれていない裕紀に、ましろは意外そうに聞き返してきた。

「ええ。まあ、柳田さんとはほんの数日前にまともに話したばかりでよく知らなかったですし。魔法使いの話題なんて持ち上がったのは二、三回ですよ」

「ふーん。私はてっきりあやちゃんと付き合ってるのかと思ったけど」

「ぶふっ!」

 からかっている様子もなく放たれた思わぬ爆弾が直撃し、裕紀は思いっきり息を吹き出した。

 呼吸が乱れたせいで保有していた体力の三割くらいが失われた気がするが、何とか立て直すとましろに言及した。

「別に付き合ってませんよ!? 友達にはなりたいと思ってますけど」

 やや顔が熱くなった気がするが、それは走ったことで体温が上がっているということにしておく。

 同じリズムで白い息を吐いているましろは、やや顔をにやつかせると言った。

「なるほどね~。だからあの時、やけに早口だったんだね」

 ニマニマしながら意味深な言葉を発したましろの反応に、裕紀は胸の内に渦巻く強い好奇心に従うしかなかった。

「柳田さん何をしたんですか? なに言ったんです?」

「それは本人に直接確かめないとね〜。だから、この先の特訓は頑張って乗り越えるんだぞ少年くん!」

 気になってしょうがないというような裕紀を一目見たましろは、ふざけた言い方で意地悪く裕紀の質問を先送りにした。

「ましろ。私は彼を見ておけと言いましたが特訓を厳かにするなとは言っていませんが?」

 答えを先送りにされたことで不満がる裕紀と、その姿を面白く眺めるましろの間から不意にそんな声がした。

 その声に聞き覚えのあった二人は恐る恐る互いの間へ視線を向ける。

 視線の先には、さっきまではいなかった筈の玲奈の姿があった。

「ふぎゃ!」

「おわっ!」

 ましろと裕紀はそれぞれ驚きの奇声を上げて玲奈からわずかに距離を取ってしまう。

 艶のある黒髪を邪魔にならないよう後ろ結びにして走る彼女の冷たい目線に、二人に同様の緊張が走った。

「新田くんは初ペナルティとして先行する魔法使いたちに追いつきなさい。ましろは必ず先頭に追いついてゴールすること。ちなみに距離は三キロほど開いていますよ」

「ここから三キロ!?!?」

「話す余裕があるなら充分な体力があると思ったのですが?」

「ひぃぃぃ!」

 悲鳴をあげてましろは走るスピードを一段以上は上げた。

 みるみるうちに遠ざかるましろの背中を眺める裕紀に、玲奈は一言だけ言った。

「この特訓の意味、それをよく考えて。ただ走るだけでは体力が上がるだけですよ」

 そう言い残すと玲奈も先行する集団に追いつくためにスピードを上げた。

 この特訓の意味? 体力を付ける以外に何か目的があるのだろうか。

 それよりも・・・。

(この組織で一番怖いのは玲奈さんかな・・・)

 結局、一人残されてしまった裕紀は玲奈に言われた意味を考える前に、自分に課せられた課題をクリアすべくペースを上げた。

 ただ、彩香もこの特訓に参加していたことを考えると、何故だがやる気が上がってくる。

(柳田さんもやったんだ。簡単にリタイアするわけにはいかないよな)

 根拠はないが裕紀はこの課題を達成できる自分を容易に想像し、自分ならそれが実現できると確信した。

 それは体育の時間、彩香に散々惨敗してきたことで裕紀が抱いた、大切な存在へのささやかな競争心によって造られた一つのイメージと強い意志だった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ