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聖剣使いと契約魔女  作者: ふーみん
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アークエンジェル(10)

 喫茶店が建てられる公園の敷地から出た裕紀は、目の前を歩く黒髪の女性こと月夜玲奈の後を静かに歩いていた。

 行き先は教えてもらっていないが、新八王子駅から南へ進んでいることから学校方面へ向かっているのだろう。

 時間は午後六時を回り、いわゆる帰宅ラッシュ真っ最中な八王子市街は、下校の時より勝って人が多い。

 電車に間に合うよう新八王子駅へ集まる人々が多いのか、押し寄せてくる人たちを危なげなく躱しながら玲奈に追随する。

 対する玲奈は荒波を乗りこなしたサーファーのように、スイスイと通行人を交わして歩いて行く。

(ペースが早い・・・っ)

 正直、この気持ちになるのは三度目である。

 魔法使いは皆そうなのか。

 はたまた裕紀の関わる人たちがそうなのか。

 もはや裕紀の動きが鈍いためか。

 人並み以上に運動はできる自信があるので、せめて最後が理由であることは信じたくないなと思いながらも、目的地を知らされていない裕紀は歩き続ける。


 人混みを抜けてからさらに三十分ほど歩き続けた二人が辿り着いた場所は、萩下高校を通過してさらに進んだ場所にひっそりと建てられた古いお寺だった。

 新八王子駅周辺は街の中心ということもあり街並みは都会に近い雰囲気があるのだが、裕紀たちが訪れている場所は近郊に近いこともあり人気は市街地よりも少ない。とはいえ、エリーの研究所がある場所よりは人気は多いのは間違いないが。


 それでも人気のない雰囲気の中で建てられているからか、玲奈に連れられて訪れたお寺を裕紀は落ち着いた気持ちで眺めた。

 お寺の古びた門の前で一度頭を下げた玲奈に続いて裕紀もお辞儀をしてから境内に入る。

 周りが砂利に覆われ、中央のお寺まで一直線に伸びる石畳の上を歩きながら裕紀は辺りを見回した。

 石を積み上げて造られた塀の両側には松の木が何本か植えられており、右手側には然程の大きさはないが小池があった。

 遠目からではよく見えないが、池にはしっかりと水が張られている。もしかしたら鯉が泳いでいるのかもしれない、などとお馴染みな光景を思い浮かべていた。

 池と言えば、異世界で訪れた村にもこれよりも大きい大池があった。

 岸壁から止めどなく流れる滝の水を、飛沫をあげながら受け止める様は絶景と言っても過言ではないだろう。

 あの池には異世界と現実世界を繋ぐ重要な役割が与えられている。

 水の上を走り抜けたことは忘れられない初体験となるだろうが、それよりも裕紀はあのとき手を伸ばしてくれた彩香の微笑みの方が忘れることはないだろう。

 きっとその微笑みの裏には長く辛い魔法の修行を行ってきた、つらい気持ちもあったに違いないのだ。

 玲奈によれば魔法を完全に習得するためには最低でも数年はかかるらしい。

 裕紀たちを襲った魔法使いも、玲奈や飛鳥、それに彩香も、それだけ長い時間をかけて魔法を習得したのだろう。

 そんな魔法使い全員が通過してきた険しい道を、裕紀はこれから週単位で成し遂げようとしていることに後ろめたさを感じられないわけではない。

 だが、この特訓で上手く魔法が上達するとも限らない。

 もしかしたら、裕紀の想像を絶するほどの過酷な試練に心が折れてしまうかもしれない。

 それでも。

 それでも裕紀は、これ以上自分自身の弱さのせいで誰かを犠牲にしたくはなかった。

 己の心身がボロボロになってしまったとしても、それで大切な誰かが助かるなら裕紀は最後までこの試練を受け続けると心に決めていた。


 二人とも黙ってお寺の本殿まで歩くと、玄関に辿り着いた玲奈が赤い瞳でこちらを射抜いた。

 目が合わさった裕紀は、視線を逸らすことをせずに赤い瞳を見つめ返す。

 そんな裕紀に、玲奈は淡々とした口調で尋ねた。

「ここから先へ足を踏み入れれば、あなたは私の弟子となります。私は私のやれる限りのことをあなたに教える。その代わり、あなたはその教えを自分のものにしなくてはならない。普通でも難しいことを、短時間でしなければならないこの無茶について来れるならば、こちらに来なさい。新田裕紀」

 掛けられたその言葉の重さを忘れないようしっかりと感じながら、裕紀は迷わずに頷き玄関に足を踏み入れた。


 お寺というだけあるのか、蛍光灯というもののない廊下を歩き、曲がり角を一つ右手に曲がると稽古場へと繋がるらしい通路を渡る。

 一直線に伸びる通路の先には、お蔵にあるような扉で内と外を遮られた木造の建物があった。

 なぜか取っ手のない扉は頑丈に閉ざされており、ここから先が普通の場所ではないことは聞かずとも感覚で分かった。

 恐らく、この建物こそ稽古場なのだろう。

 ここには多くの魔法使いたちが己の魔法や身体を鍛えるために、稽古に励んでいる。耳をすませてみれば、建物から魔法使いたちの活気に満ちた声が聞こえてきそうだった。

 そんな扉のすぐ手前まで近づいた玲奈は、取っ手の代わりにほんの少し窪んでいる溝に躊躇いなく人差し指を入れた。

 このご時世特有の指紋認証なのだろう。

 しばらくしてから小さな電子音が鳴り、重々しい金属の施錠音が鳴り響いた。

 開錠された扉を玲奈は右手だけで難なく押し開ける。

 厚い扉によって閉ざされていた建物の中の空気が一気に解き放たれた。

 室内から漂ってきそうな緊張感のある雰囲気に、裕紀は無意識に生唾を飲み込んだ。

 だが、実際に伝わってきたのは魔法使いたちの活気に満ちた声でも、汗と熱でむさ苦しくなった空気でもなかった。

 無音。無臭。暑くもなく寒くもない、そんな違和感のある空気だった。

 本来感じられるべきはずの感覚を感じられずに、やや拍子抜けの気分になった裕紀は開ききった入り口に視線を向けて気がついた。

「これは?」

 目の前に広がる光景に思わずそんな言葉が零れてしまう。

 玲奈が扉を開いた建物の入り口は深い霧のような靄が掛かり室内がよく伺えない。

 匂いや音、温度などを感じられないのも、すべてこの霧が遮っているためだと考える。

 そう考察を立てる裕紀の問いに、玲奈は淡々と答えた。

「これは魔法霧という霧の壁よ。この先へ進むことを私が許可した者以外は、全員お寺の外に出るようになっている」

「じゃあ、これも魔法なんですね?」

 風に流されることなく、その場で留まり続けている霧の壁を手で扇ぎながら裕紀は好奇心の含まれた声音で玲奈に問うた。

 裕紀の質問に、玲奈は隠すことなく答えた。

「ええ。この魔法は常時発動するよう魔晶石にあらかじめ保存しています。ちなみに、魔法を保存することができるのは魔晶石の特性です。その際、自身の魔力も必要なだけ込める必要がありますが」

「は、はぁ」

「・・・新田君。どうやらあなたは、魔法については実技と知識の両方を学ばねばならないようですね」

 魔晶石に魔法を保存できるというようなことは何処かで聞いたような気もするが、ともあれ要領を得ていない、知識不足感が否めない裕紀の反応に玲奈はため息混じりにそう言った。

 実技のみならず勉強の方も教育有りの言葉を受けた裕紀は、何も知らない自分自身とこれから起こる面倒臭さにガックリと肩を落とした。

(こんなことなら、柳田さんから詳しいことを聞いておくべきだったな)

 そう心の中で呟いた裕紀にバレないよう、昔の自分の姿を重ねていた玲奈は小さく唇を吊り上げた。

「行きますよ」

 困り顔で頭を掻く裕紀に、玲奈はそう声を掛けて厚い霧のカーテンを潜って行く。

 一言そう言われた裕紀は、玲奈の背中が霧に隠れる前に後をピタリと付いて慌てて霧の中に入った。


 玲奈に続いて霧のカーテンを潜った裕紀は、霧に視界を塞がれると同時に霧全体に体を包まれるような感覚に陥った。

 浮遊しているわけではないのにふわふわした感覚を味あわされた裕紀は、霧によって閉ざされていた視界が開けると同時に、まず聴覚に様々な声を捉えた。

「声出せぇ!」

「「「せあっ!!」」」


「もっとだもっとぉ!」

「「「「どりゃぁああ!!」」」」


「気合いがたりねぇぞ!?」

「「「「「はぁぁああ!!」」」」」


 その多くは気合いの入った力強い声で、裕紀はここが魔法を鍛える道場であることを強く意識させられた。

 おかしな浮遊感からしっかり地面に足を着けている感覚に戻った裕紀は、その気合いの入り方にやや怖気付いてもいた。

 お蔵のような外見の稽古場の中とは思えないほどに広々としたドーム型のホールでは、三十人もの魔法使いが特訓をしていた。

 どのような特訓をしているのかは不明だが、なぜか岩に向けて手を伸ばし気合いを放つ人もいれば、人間相手に魔法を使っている人もいる。

 三原色を基調とした様々な色合いの魔光剣(フォトンセイバー)を互いに振り合って稽古をしている人もいた。


 そんな本格的な魔法道場の雰囲気に、少しばかり後ろに後ずさった裕紀の背中を玲奈が優しく支えた。

 横顔を見つめ返した裕紀の視線を受けながら、玲奈は静かに稽古の中心へと足を進める。

 その瞬間、騒がしかった道場が一斉に静まり返った。

 どうやら気配だけで誰かが道場に来たことを察知した魔法使いたちが、それぞれ裕紀たちの方向へ視線を向ける。

 すると、今度は慌ただしい様子で稽古中の仲間に声を掛けていく。

 ものの数十秒でこの道場にいる魔法使い全員が綺麗に稽古を中断すると、全員が一様に歩いて来た玲奈へと頭を下げた。


「お帰りなさいっす! お嬢!!」


 そして、綺麗過ぎるほどに合わせて頭を下げ全員の声を合わせて放たれた言葉は、広い道場全体を振動させた。

 もっとも、まるで事前に練習してきたかのようなお辞儀や挨拶よりも、裕紀は「お嬢」と呼ばれる玲奈の様子が気になっていた。

 喫茶店での飛鳥や裕紀のやり取りから、彼女はそこまで自分のことを他人に騒がれたい性格ではない。むしろ嫌がる類の人だろう。

 そんな彼女に対して、ここの道場の人たちは思いっきり格を持ち上げている。

 これは玲奈も機嫌が悪くなったであろうと思ったのだが、しかし彼女は怒ることはなくただ頷くだけだった。

 頷いたあと、玲奈は憤りのない静かな声を広い道場全体に響かせた。

「お話があります。今日来ている者は全員ここに集まってください」

「はい!!」

 びりびり、というよりしんっと響いた声を聞いた魔法使いたちは、姿勢を正して返事をすると一斉に玲奈の元へ隊列を組んだ。

 およそ三十人くらいの魔法使いが作った隊列を見回して欠けている人がいないか確認した玲奈は、数歩後ろに立つ裕紀に手招きをした。

 この場の空気と、これだけの魔法使いを一斉に従えた玲奈の雰囲気が合わさって裕紀の体は考えるよりも先に動いていた。

 裕紀が玲奈の隣まで歩いて来たことを確認すると、玲奈は首に巻いていたマフラーを取ると言った。

「この道場で新たに修行を共にする魔法使いです。期間はあまり長くないですが、指導などよろしくお願いします」

 そう言い終えた玲奈は手振りで挨拶をするように裕紀へ合図する。

 玲奈の隣で立っていた裕紀は、人前で話す仄かな緊張感を味わいながら一歩前へ進み出た。

 一対一ではコテンパンにされそうなほどの逞しい体躯から、裕紀でも簡単に投げ飛ばせそうなほどに細い体つきの魔法使い。

 男性の比率が高い集団の中に、少数だが女性の姿も伺えた。

 習い事というものを幼い頃からしてこなかった裕紀は、学校やアパートの住人を除いた人とはあまりコミュニケーションをとってこなかった。

 あまり人前で何かを話すことが得意ではなかったからだ。

 だが、今は目の前に立つ魔法使いたちは誰であろう裕紀の自己紹介を待っている。

 あまり長く沈黙を守ると裕紀の人格を疑われかねないので、緊張を飲み込んで思い切って言葉を放った。

「新田裕紀です。魔法使いになったばかりの初心者ですが、皆さんと一緒に魔法を上手く使えるよう頑張ります。よろしくお願いします!!」

 たった三文ほどの言葉を言い切り頭を下げた裕紀に、しばらく誰も声を掛けなかった。

 その沈黙の間、裕紀の脳裏に嫌な思考が巡った。

 それは自身がこの道場の門下生として歓迎されていないのかもしれないという、極めて否定的な考えだった。

 だが、そんな裕紀の考えを打ち消すようにな拍手がパラパラと集団から湧き上がり、やがて道場全体を響かせるほどの拍手が満たした。

 咄嗟に顔を上げた裕紀は、何十人もの魔法使いの笑顔を視認した。


「よろしくな!」

「歓迎するぜ、新人くん!」

「一緒に頑張りましょう!!」


 彼らの笑顔と拍手、そして口々に言われる言葉に、自分が歓迎されてなどいないなど杞憂に過ぎなかったと裕紀は思った。

 突然、裕紀の胸に今まで感じたことのない暖かな思いが込み上げてきた。

 その暖かな感情から、誰かに歓迎されることがこんなにも嬉しいことだと初めて知った裕紀は、にやける唇を隠すように再び深く頭を下げた。

 ただ、目の前に誰かが歩み出た気配を感じると裕紀は笑みを消すと下げていた頭を上げた。

 魔法使いの集団の前で腰に手を当てて立っていた玲奈が、僅かながらも笑みを浮かべて手を差し伸べた。

「そういうわけです。これからあなたは我々の仲間、大切なものを守りたいという同じ想いを志す同志です」

 そう言う玲奈の赤い瞳に吸い込まれるように、裕紀は差し出された白く綺麗な右手に自分の手を差し出した。

 差し出された裕紀の手を、玲奈はしっかりと握りしめた。

「新田裕紀。あなたを我々のコミュニティ、《アークエンジェル》における魔法戦闘部隊に歓迎します」

 そう言う玲奈と後ろに控える魔法使いたちの瞳は一様に強い光を帯びていた。

 その眼光は、様々な死線を潜り抜けてきた戦士と多くの存在を救ってきた救世主を思わせる、強く逞しいものだった。














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