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聖剣使いと契約魔女  作者: ふーみん
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アークエンジェル(4)

 萩下高校の一階は、学校を運営するための組織が活動するための部屋が設けられている。

 校舎の北側は校内の先生方やその関係者が扱っている部屋が多い。そうは言っても、印刷室や放送室なども北側に位置しているため、あまり生徒が足を運ばない場所ということでもない。

 現に一昨日、瑞希が日直担当で出席簿を届けに行っていることからも分かることだ。生徒玄関に繋がっている通路の一つとして、裕紀もよく足を運んでいる。

 大体の使用権が教師たち大人に与えられている部屋が多い北側校舎一階とは違い、南側の校舎はその使用権のほとんどが生徒に与えられている。

 代表的なものは生徒会が使用権を持っている生徒会室だ。

 所詮は生徒が持つ部屋ということで広さは教室より少し大きいくらいだが、その部屋のすべての機能の使用権が生徒会所属メンバーに譲渡されているというお得なシステムがある。

 生徒の自主性も教育していこうと採用されたこのシステムは、実はたった二年前に実装されたものらしい。

 まあ、生徒会に所属していない裕紀には特に関係のないシステムではあるのであまり深くは考えていない。

 そして、南側校舎には限られた教師しか足を運ぶ動機がないので先生よりも生徒たちの姿の方がよく見かける。

 入学当初はその異様な光景に違和感を感じていた裕紀だったのだが、半年もこの学校に通えばそんな環境にも馴染んでしまい、今ではすっかり慣れてしまっている。

また、一階に創設されている部屋は大概学校では重要な部屋でもあるので警備面も教室より厳重だ。

 北側も南側も共通して、部屋を使用するにはあらかじめ申請とそのための許可が下りなければ使用はできない仕組みとなっている。

 申請先は萩下高校理事長管轄の総務。対象は教師生徒問わず、この学校に籍を置く者ということだ。

 今日、裕紀が足を運んでいるのは萩下高校北側の校舎でも、一番隅にあたる部屋だった。

 生徒指導室は生徒指導担当の教師ぐらいしか使用しない。

 そしてこの学校には生徒指導の先生は二人いた。だが、一人は副主任扱いなので授業が始まっている時間はいないことが多い。

 それに、数分前に放送室から流された青年じみた声に聞き覚えのある裕紀は、室内で待ち構えている先生が誰なのか見当がついていた。

 生徒指導室へ向かう前に総務室へ申請とセキュリティーカードを受け取った裕紀は、件の部屋の正面に立つと認証装置にカードを翳した。

 カードに内蔵されたICチップを装置が認識し、ピッという軽快な音を響かせる。

 これで裕紀は心おぎなく生徒指導室に入れるわけだが、その足はなかなか前には進まない。

 生徒指導の教師から何を聞かれるのかは理解しているし、そのための気持ちの整理も来る途中で済ませている。

 それでも部屋へ入ろうとしないのは、生徒指導の先生と裕紀には、教師と生徒以外の関係があるからだった。

 自分が巻き込まれた事件にこれ以上知人を巻き込みたくないことと、万が一知られてはならないことまで知られてしまったときの場面を想定して、裕紀は怯えていたのだ。

 ただ、このまま呼び出しを無視して教室に戻ったところで何かが良い方向へ変わることはまずない。

 少なくとも裕紀が得することなど一つもないだろう。


「よし」

 一分ほど逡巡した後、意を決して左手で扉を開いた裕紀は床に張り付くように動かない足を一歩前へ踏み出した。

 ベージュのカーペットが敷かれた床を歩き、広々とした部屋を一目見渡す。

 まず目に入ったのは、左手に設置してある棚だった。生徒指導に関する大量の資料が綴られているのだろうファイルが、ぎっしりと整理されている。

 中庭を一望できる正面の窓の手前には、植物が植えられていたのだろうか、植木鉢が二つ並んでいた。

 右手には作業用のノートパソコンが二台と、机と椅子が二脚ずつ並べられていた。

 部屋の中央には長机と左右六脚ずつ椅子が並べられているが、用途は不明だ。

 恐らく生徒と話すためのものだろうが、一度に最低でも三人以上の生徒がこの部屋へ徴収されることなど有るのだろうか。

 浮上してきた疑問に悩まされながら、ひんやりとした長机を触る。

すると、ちょうどそのタイミングで裕紀の背後から声がかかった。

「すまん会議が長引いてしまって遅くなってしまった。待たせてしまったら謝るよ」

 青年じみたその声音に振り向いた裕紀は、半拍入れずに答えていた。

「いえ、俺もいま来たばかりですから大丈夫です」

「そうか。それは良かったよ」

 裕紀の返事に対しての返答も一秒もかからなかった。

 安心しながらもどこか忙しそうな声の主を視界に収めた裕紀は、脱力していた全身に力を入れ直した。

 ぴったりとしたスーツ姿の教師は裕紀の隣を通り過ぎると、書類などを抱えながら二つある机のうちの手前の机に歩み寄る。

 閉じた状態のノートパソコンの上に重そうな書類を乱雑に置いた教師は、ふぅ、と息を吐きながら首元のネクタイを緩めた。

 次いでシャツの第一ボタンまで外し始めたために、胸元がやや見え隠れし裕紀は密かに視線を斜め下へと下ろす羽目になった。

 キリッとした外見から一変、ダラ〜っとした服装となった教師は自分の椅子の背もたれに腰を掛けた。

「よし、お待たせしたね。大丈夫、胸元は見えてないから安心して視線を上げていいぞ」

 視線を逸らしていることをばっちりと指摘され、裕紀はゆっくりと視線を前に戻した。

 再び正面に戻された裕紀の視界には、一人の女性教師の姿が映っている。

 カラスの如く黒い髪は首元まで短くカットされ、顔の輪郭は細くくっきりとしている。黒く細い眉はキリッと揃えられ、同じく黒色の瞳は女性にしてはやや鋭い。

 口紅によるものか紅が差した唇には小さな微笑みが浮かべられている。

 背もたれに腰掛けているその肢体はとてもスリムで、ぴったりとしたスーツ姿がよく似合っていた。

 エリーや彩香の体型はどこかモデルや女優のそれに近い感じがするが、この教師の場合はスポーティーな感じだ。

 開けている胸元にはなるべく視線を移さないよう意識しながら、そこまで情報分析を終えた裕紀は少しばかり呆れた声で言った。

「生徒指導の先生が、そんなにオープンになっていいんですか? しかも健全な男子高校生の前で」

 ついでに軽い戯言も挟んでみると、女性教師は唇に浮かべていた笑みをやや鋭くして返答する。

「疲れているときはこの格好が一番リラックスできるからね。それに、例え健全でもそうでなくとも私に 手を出せるほどの度胸の持ち主がこの学校にいるとは、考え難いと思うけどね」

 詫びることなく堂々とそう言い張れるのは、彼女にその発言を裏付けできるほどの実力があるからだった。

 無論、その実力と言うのは教師としての発言力も然りだが、どちらかというと武道などによく精通しているからだ。

 裕紀もそれを分かっているから他に何を言うこともない。

 そんな女性教師は、ただ口を閉ざすだけの裕紀をニヤニヤと見詰めている。

 裕紀の反応を楽しむようにしばらく眺めていた女性教師だったが、いつまでもそんな態度をとっているというわけでもない。

 しばらくすると緩めていた表情筋を引き締め直し、凛々しい表情に戻った女性教師は腕組みをすると唐突に尋ねた。

「そういえば、今朝何者かに襲われたんだってね? おかげで死にかけたとか」

「はい・・・」

 ふと投げかけられた質問に、朝の出来事を思い出した裕紀は沈んだ声で肯定を返す。

 女性教師の言う通り裕紀は男に襲われ、そして殺されそうになった。

 いや、あの時、最後の足掻きに必死で抵抗していた裕紀であっても彩香の助けがなければ今頃はここに立ってすらいなかっただろう。

「右腕に力が入らないのは、その時に受けた傷の影響かな? 打撲…というより状況から察するに刃物でつけられた切り傷といったところか」

「まあ、はい、そうですけど」

 裕紀の右腕に現れている症状を的確に言い当てた女性教師に、当人である裕紀はやはり頷くしかない。

 どちらかと言えば切り傷よりも刺し傷に近いが、一目見ただけで大体の状態を把握した女性教師は只者ではなかった。


 今朝、転送魔法を用いた異空間からの脱出を図る直前、裕紀はほとんど死にかけの男性が行ったナイフの投擲によって右腕に傷を受けた。

 放たれたナイフは裕紀の右腕に深々と突き刺さったが、転送先でエリーに治療を受けている。

 学校に向かっている途中は特に変化は感じられなかったが、教室に入った時から徐々に右腕に痺れを感じていた。

 しばらくすれば治ると思い込んだことが仇となったのか、今となってはまともに動かすのもやっとな状態だった。それこそ、扉すら開けることができないほどに麻痺していた。

 それにしても、どうして目の前の教師は裕紀の身体の状態をこうも正確に言い当ててくるのか。

 こればかりは教師だからだとか、師匠だからだとかそういう確証のない理由は思いつかないし、女性教師もそんな適当なことは言わないだろう。

「何にしても大変な目にあったな。聞き飽きだろうが、よく頑張った」

「・・・・・・」

 ただ、それでも幾度となく聞かされた労いの言葉に、裕紀は相変わらず黙ることしかできなかった。

 他人を犠牲にした上での励ましなど裕紀には苦痛でしかなかった。

 そんな裕紀に、女性教師は組んでいた腕を解き右手をひらひらと振った。

「あ、私は周りと違って労いはするが君を励ましたりはしないぞ」

 当然のことを言うようにそう口にした女性教師に裕紀はぽかんと口を開けていた。

 てっきりこの女性教師も裕紀がしたことを労い励ますものかと思ったのだが、どうやら違うみたいだ。

 呆気にとられた表情の裕紀に、女性教師は青年じみた声でぺらぺらと喋り始めた。

「むしろ周りよりきつく罵ってやろう。はぁ、まったく君ってやつは、この私に武術を習っていながら犯罪者一人から女の子も救えないのかい? そんなに甘い稽古をつけた憶えはないのだけどなぁ。・・・ああ、もしや不覚にもビビってしまったということか!」

 一人で言うだけ言って最終的にそう結論付けた女性教師に、聞いていた裕紀は堪らず言い返していた。

「先生が思ってるほど、あいつは弱くなかったです」

 あの男性は魔法を使わなくとも裕紀を十分に苦しめた。魔法という力がなければ、裕紀は彩香の救援を待たずに殺されていただろう。

 そう返した裕紀に、女性教師はからかいの口調を真面目なものに変えた。

「そうだ。君は弱く、相手は手強かった。そのせいで柳田は重傷を負い、君も怪我をした。だが、新田。君は生きているだろう? 生きてるからこそできることが、まだあるはずだよ?」

 裕紀はまだこうして生きている。

 生きているからには、裕紀にはやれることがある。

 そして、それはもう自分でもよく理解していた。

「俺が今できること。それは、強くなって大切な人を守ることです」

 友達になりたい、そう思った女子生徒を何者からも守れるような強い力が必要なのだ。

 希望の光を灯したその瞳でそう言われ、女性教師は満足そうに答えた。

「その通り。生きている限り、君はまだまだ強くなれる。そして、犯罪者が君たち二人を取り逃がしたからには必ずまた仕掛けてくるはずだ。君が本当の答えを出すのは、犯罪者と対峙したその時だよ」

 いくら服装を乱していても、態度が砕けていようとも、こちらの瞳を射抜きながら放たれる女性教師の言葉は何故か信頼できた。

 だから、裕紀は自分には誰かの協力が必要でありその相手が誰なのかが分かった気がした。

 裕紀一人では強くなろうにも強くなれない。

 ならば、目の前に立つ己の師からもっと様々なことを学ばなくてはならなかった。

 これから過ごすであろう毎日のことを想像すると、すでに心が挫けそうになるが、奥歯を噛み締めその重圧から耐える。

 勢いのまま、裕紀は言い放った。

「俺は強くなりたいです。でも、そのためにはあなたの協力が必要です。どうか俺に力を貸して下さい!」

 深々と頭を下げた裕紀に、女性教師は椅子の背もたれに腰を掛けたまま悠々と言った。

「私も教師だ。生徒が望むなら可能な限り協力しないわけにはいかないね。だけど残念、いまは無理だけどね」

 やる気を削ぐような言い方をした女性教師を上目遣いで見ると、彼女は右の人差し指を天井に向けていた。

 つられて見上げた視界には、白い天井と蛍光灯が輝いていた。

「学生の本分は勉強! 私が聞きたいことは全部聞いたから、早く授業に戻れ」

「は、はぁ・・・」

 個人的には今回の件についてはあまり答えていない気がしなくもないが、女性教師は十分な答えを得られたらしいし、これ以上の長居はこちらには損しかない。

 気を悪くした女性教師ほど怖いものはないことを知っていた裕紀は、相変わらず麻痺の消えない右腕の代わりに左腕で生徒指導室の扉を引き開けた。

「もしも、本気で強くなりたいというのなら放課後またここに来るといい」

「・・・はい!」

 椅子から立ち上がってそう見送った女性教師に、裕紀は廊下へ出た後もう一度頭を下げた。

 裕紀が扉を閉めるまで、女性教師は手をひらひらと振り続けていた。




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