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聖剣使いと契約魔女  作者: ふーみん
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異世界(2)

行間修正しました!

内容はあまり変わってないですけど、部分的な変更点、会話の追加などありますので是非読んでみてください。

 秋の午後ということもあり、少々冷え込んだ空気の中で生徒たちは最後の授業に取り組んでいた。

 生徒たちが取り組んでいるのは体育だ。本日の課題は、一周が一キロ近いグラウンドを十五分間走らされる持久走だった。

 デジタル数値で表示されたタイマーは既に規定時間の半分を消化している。残り時間はあと五分といったところだ。


 グラウンドでは生徒達が三つの集団となって走っていた。

 第一集団は、常に先頭を走って高い記録を出そうとしている生徒達だ。集団の殆どは運動部に所属しているのだろう。ペース配分もきちんと管理しているためか、彼らの体力が尽きる様子はない。

 そんな彼らを目標にしているのか、体力が残り少ない何人かの生徒もその集団で一緒になって走っている。


 そんな先頭集団から半周離れた場所で走る第二集団は、個人差はあるだろうが走るスピードが全体的に遅い。

 今にも体力が尽きてしまいそうな生徒や、余裕があるのに真面目に取り組まない生徒たちが多い。


 そんな二つの集団とは雰囲気も走行速度も明らかに違う集団が、いま最後尾の第二集団を追い抜いた。

 しかし、彼らは集団と言うには些か人数が少ない。集まって走っているのではなく、たった二人の生徒が並走しているからだ。

 また、二人の集中力は第一集団より研ぎ澄まされており、邪魔する者は容赦しないと言わんばかりの雰囲気があった。


「相変わらずやってんなー。あの二人」

「他の連中とは気合が違うよ」

「てか、なんで毎時間競い合ってんだ?」

 たった二人の男女に一気に追い越された第二集団の中で一人の生徒がぼそりと呟くと、周りで走る生徒たちがその呟きに同意するように頷く。

 同意を示した生徒の中には、その気合の入りように顔色を青ざめさせる生徒までいた。


 彼らの様子から二人の生徒の競争は、この体育の時間恒例のようだった。いや、前の授業でも二人は張り合っていることから体育の時間だけではないのだろう。

 そんな二人の生徒は第二集団の呟きを気にする様子はなく、追い越した男女の生徒は走る速さを緩めない。むしろスピードを上げて運動部揃いの第一集団へ迫っていた。

「お、おい。マジかよあいつら!」

「たった四分で俺ら何周追い抜いてんだよ!?」

 背後から迫る二人の男女に驚愕と畏怖を隠しきれない現役運動部員たち。

 そう口にする間にも、あっという間に二人に差を縮められ呆気なく追い越されてしまった。


 もはや野外体育専門の教師も、驚嘆を越えて呆れた表情で生徒たちを見守っている。


 二十一世紀中盤にて、日本の高等学校での体育は教育機関が提案した体力上昇プログラムに沿って教育計画が立てられている。教育、というだけあってもちろん体育の項目も進路に関わる重要な成績となった。

 だが、それでは運動が苦手な生徒にとって体育は厳しい項目になってしまう。成績の欲しさあまりに無茶なトレーニングで体を壊しては元も子もない。

 なので全国の高等学校には専用のトレーニング施設が設立されており、成績が伸びない者はそこで自主的にトレーニングができるようなっているのだ。もちろん、その施設には専門のトレーナーもいるので無茶なトレーニングはできないようになっている。

 また、運動を成績に深く関らせることで運動に対して生徒たちが積極的になり、体力低下が目立っていた日本は着実に世界の体力平均を上回っているらしい。


 だが、あの男女のように極端に運動能力が高い生徒も稀だった。

 そして、優劣の差はここまで優秀な生徒たちにも必ず生じていた。

 教師を含めグラウンドで走る全ての生徒を驚愕させていた男女二人の生徒にも、とうとう体力の差が表れ始めたのだ。

 今まで同じ速度で走っていた男子生徒が途端に失速したのだ。並走していた男子生徒と女子生徒の距離が徐々に離れていく。


 やがてグラウンドの中心に置かれたタイマーの数値がゼロに変わった時、黒髪の男子生徒は力尽きたようにその場に転がった。

「ハア、ハア……」

 そのまま仰向(あおむ)けに転がった男子生徒は、肩を大きく上下させて荒い息を繰り返した。秋の澄んだ空気を白い吐息が繰り返し染め続ける。

 全身からは滝のように汗が流れ、体内で生成された熱で十一月の寒気が嘘のように遠ざかっていた。それほどまでに男子生徒は全力で走っていたのだ。

 他の生徒達もそれぞれにタオルや上着を羽織って熱を逃がすまいと汗を拭いている。友達と水道へ水分補給へ向かう生徒やその場に座って柔軟をしながら話している生徒もいた。


 普通ならばしばらく歩いて心拍数を落とす所だが、男子生徒は火照った身体の熱に身を(ゆだ)ねていたかった。男子生徒の思考では、足を動かすよりも横になって休むことが優先されていた。

 だが、それも放っておけば身体が冷えて健康には良くないだろう。半袖短パンだった男子生徒にとっては尚更体に悪い。

 そろそろ上着を取りに行こうと思い、上体を起こすと同時に頭に何かが被さり視界が塞がれた。


 顔に被さったジャージを退去させると、目の前には友人の顔があった。

「さっさと着ないと風邪ひくぞ、裕紀」

 そう言って手を差し伸ばしてくれるのは、クラスメイトの剣山光(けんざんあきら)だ。

 髪はつんつんとワックスで固められており一見不良に見えるが、見た目とは裏腹にとても優しい性格の友人だ。


 実は現役で山岳部に入っているばりばりの運動部員でもある。そのため、体型はがっしりとした体付きで同じ身長の相手でも圧倒できそうな雰囲気があった。

 黒髪の男子生徒、新田裕紀は差し出された手を握り引っ張り上げてもらう。放られた上着を掴み上げると早速冷えた身体を保護するために羽織る。

 寒気に晒されていた肌がジャージの柔らかい生地に覆われて僅かだが心地よさを感じる。ジャージを身に着けた身体が春の空気に包まれたような心地よさに一息付いていると、今度は後ろから女子の声が掛けられる。

「あんなに飛ばして、体調とか崩さないでよね」

 呆れた笑みを浮かべてそう言うのは、同じくクラスメイトの上原(うえはら)(みず)()だ。

 所々に跳ねっ毛が目立つミドルショートの髪型に、元気そうな顔立ちがぴったり合っている。

 彼女も現役の運動部員で、所属している部は確か陸上部だったはずだ。


 呆れながらそう言う彼女の手にはスポーツタオルがしっかり所持されていた。言うと同時に振り向いた裕紀へタオルを手渡す。

 このクラスメイト二人には体育の時間はこうしてお世話になることが多い。なので、裕紀はタオルを受け取りながらお礼の言葉を言った。

「いつもありがとう。俺はこの通り、大丈夫だよ」

「だったら良かった。でも、ちゃんとストレッチはしておくことね」

「ああ、わかってるさ」

 礼と共に身体の調子を報告された瑞希のひまわりのような明るい笑顔に、裕紀も微笑みながらそう言った。


「まっ、前の授業の居眠り効果で体力は満タンだったろ?」

「いや居眠りは関係ないって」

 心配してくる瑞希とは対照的にそう茶化してきた光にそう即答する。

 その回答に愉快そうに笑っている光と瑞希はしばらく放置して、裕紀は手渡されたタオルで汗を拭う。


 この学校の持久走は最初の十五分間を生徒全員が走り、あとは記録用紙への記入と休憩時間という仕組みになっている。

 なので記入を済ませてしまえば走り終わった後の時間は全て休憩時間だ。この時間帯は問題にならない行動以外は何をやっても大丈夫なので、焦らず、ゆっくりと休憩できる。

 全力で十五分も走り続けた結果か、かなり足に疲労が蓄積されているらしい。まだ足に力が入らないので、無理をせずにゆっくり地面に腰を下ろすとクラスメイトも両側に座り込んだ。

 二人とも運動部に所属しているので持久走は第一集団に混じって走っていたのだろう。自分のペースで走った友人二人はストレッチなどを繰り返し行っている。


 自分の限界を無視して飛ばしまくった結果体力が尽きてしまった裕紀は、こうしてただ座っていることしか出来なかった。

 ぼんやりと瑞希に手渡されたタオルで汗を拭っていると、ストレッチは完了したのか右隣に座っていた光がにやっと笑って言った。

「しっかし、相変わらず裕紀はすげえや。あんだけやられてもまだ走る気力があんだからな」

 そう言う光の声音から嘘は微塵も感じられなかった。むしろ声音には尊敬するような響きがあり、気持ちを表してか表情はどこか嬉しそうだった。


 裕紀も決して光の言葉を否定することはしない。自分自身、今日まであの女子生徒のスピードについて行けたことが信じられないのだから。ここまで頑張って来た自分に労いの言葉を送ってやりたいほどだ。

「本当よね~。私じゃ絶対妥協してるわ」

 現役陸上部員で長距離担当の瑞希すら唸らせる実力の持ち主であるのに、裕紀の表情はどこか悔しげだった。

 互いに競い合っているわけでもないのに裕紀の心の中はどこかむずむずしている。


 そんな裕紀の心情を考えてか、いつになく難しそうな顔で瑞希が口を開いた。

「裕紀くん体力あるのにね。きっと柳田さんに無理に合わせようとするからだよ。だからすぐにバテちゃうんだよ」

「分かってるんだけど、あいつと走るとつい全力を出しちゃうんだよな」

 長距離を専門としている瑞希からアドバイスを貰うも、もはやそれすら通用しないような気がしてならない。裕紀と並走していた女子生徒、柳田彩香と同等かそれ以上を目指すには体力温存は危険行為だ。


 なので、苦笑しながら遠くを眺めた裕紀に合わせて瑞希と光も同じ方向に視線を合わせた。

 視線の先には友達であろう女子と話している柳田彩香が立っていた。

 あれだけ周りを突き放す程のスピードを出していたにも関わらず、彼女からは裕紀のような重たい疲労は感じられなかった。

 そんな余裕そうな態度に裕紀の心情はますますもやっとしてしまう。


 裕紀と彩香のこういった対決じみたことは今に始まったことではない。

 きっかけは高校初めての体育の時間から、ことあるごとに彩香が裕紀に対抗するような態度を取って来たことに裕紀も対抗し始めたことだった。

 彼女の運動能力が高いことは、この際裕紀は気にしないようにしている。だが、あの対抗的な態度には大人になれないところがある。

 高校生だからと言って、決して大人ではない。彩香の出した記録を次の測定の時には追い越し、また越され…、そんな繰り返しを十一月現在までやってきたのだ。


 しかし、ここ最近は彩香の記録を越せていないため裕紀一人がむきになってしまっていた。

 そんな経緯もあってか、どうしても彩香を見る裕紀の眼光は鋭くなってしまう。

 そして、他人は自分が思っているよりこちらの視線を気にするものだ。


 意識せずに鋭くなった裕紀の視線に気が付いたのか、話していた彩香の目と裕紀の目が思わず重なった。

「あ……」

 まさか視線がばっちり合わさるとは思っていなかった裕紀は、小さく声を漏らしながら視線を素早く逸らした。

「うん?」

「どうした?」

 体育の記録用紙に向き合っていた友人二人はそんな些細な反応にも気付いたようだ。両側から疑問付つきの視線が送られてくる。

「いや、今日も晴れてんなーって」

 咄嗟にそう答えるものの、裕紀の視線は斜め下を向いていた。


 用紙と向き合う前に裕紀と同じ方向へ視線を向けていた瑞希と光にはそんな言い訳は通用しなかった。

「柳田さんと目が合ったのか?」

 悪戯を仕掛ける一歩手前の笑みを隠しているだろう瞳でそう言う光に、内心を悟られないように出来るだけ平然と答える。

「ちょうど見ていた所が同じだったんだよ」

「それを目が合ったって言うんじゃない」

 隣で肩を竦めて言った瑞希は無視して裕紀はもう一度前を向いた。


 直後、運動後で固まっていた全身の筋肉が一瞬で引き締まった。

 三人とは遠くの場所で話していたはずの彩香がこちらに向かって歩いて来たのだ。試に後ろを窺ってみるも、周囲には裕紀達三人しか座っていない。

 茶色の瞳もしっかり裕紀に固定されていることから、こちらに向かって歩いているということは明白だろう。


 裕紀の動揺が伝わったのか二人もそれぞれ気付いたようだ。裕紀と彩香の関係を知る二人はそれぞれ困惑の表情を浮かべる。

 歩んできた彩香と裕紀の距離が声の届く場所にまでになった時、せめて互いに立ちながら話すために裕紀も腰を上げた。

 全力で走った疲労はある程度回復したようで、立ち上がるのにそう苦労することはなかった。

 裕紀と彩香がこうして向き合って話そうとするのはこれが初めてだ。座っている席も教室の隅と隅で離れていたし、あえて一緒に話す要件もなかったからだ。


 裕紀の正面に立っている彩香の身長は一七〇センチ程度と女子の割には高身長だった。

 服装は全員共通の学校指定の体育着を着ている。周囲の生徒たちと同じように長袖の上着を羽織り下は長ズボンを穿いていた。走っているときは束ねていた栗色の長髪は、もう必要ないためか解かれていた。

 秋の寒風が彼女の栗色の長髪を揺らす。二人の纏う緊張した雰囲気が周囲に伝わり始める。


 この一場面を目撃した一部の生徒は口を閉ざして事の成り行きを見守り始めた。

 なぜかグラウンドに訪れた周囲の静寂を気にする様子もなく彩香が言った。

「今日の放課後、校門の前で待ってるから」

「は、はい?」

 いきなりの言葉に戸惑う裕紀に彩香は簡潔に要件を伝えた。


 綺麗に整えられた眉に線の細い顔立ち。絹のようにさらさらした栗色の髪にきめの細かい肌。すらっとした長身の持ち主である彩香は、入学当初から全校生徒の間で密かに注目を集めていた。

 正直、裕紀は綺麗な人ぐらいであまり興味はなかったが、こうして間近で見ると思わず生唾を飲んでしまうほど綺麗だった。

 本当に目の前に立っているのが同じ高校生なのかと思ってしまう程だ。

 そして、間近だとより強く感じられる、彼女の只者ではないという雰囲気。


 悔しいが、そんな彼女の雰囲気に圧倒されていた裕紀に彩香はもう一言付け加えた。

「あなたと話したいことがあるの」

「ここじゃ言えないのか?」

 ただ、このまま彼女のペースに乗せられて二つ返事で了承するのも気に食わない。

 そう思い放った問いに、彩香は仄かに笑みを浮かべると透き通った声を放った。

「そうね、できれば君と二人きりで話しがしたいのよ」

 聞く人が聞けばあらぬ誤解を呼びそうなその発言に、裕紀は両隣りに座る友人を気に掛けながら頷くと言った。


「わかった。放課後に校門の前に行くよ」

「ふふっ。じゃあ、待ってるわね」

 緊張した口調になってしまった裕紀に、彩香は微笑むと踵を返して歩み去ってしまった。

 その背中を、裕紀を含め瑞希も光もただ眺めていることしかできなかった。

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