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聖剣使いと契約魔女  作者: ふーみん
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襲撃(7)

 光、彩香、裕紀の三人が校門まで移動してから五分ほどで、職員室での用事を済ませた瑞希が昇降口から走ってきた。

 白い息を吐いて合流した瑞希は、男子二人から荷物を受け取るとにこやかにお礼を返した。

 夕方の寒い時間帯に立ち話をするのも気が引けるので、瑞希を加えた四人は新八王子駅まで一緒に帰ることにした。

 光が電車を経由するということもあり、学校から駅までの道順は同じなのだ。

 この四人で帰宅するのは入学してから始めての組み合わせだったが、案外気まずい雰囲気にもならず談笑を繰り広げることができていた。

 特に瑞希から彩香に対する質問の数々は、遠慮を通り越して容赦がなかった。

 出身中学から趣味や好きな物、嫌いな物、さらに踏み込んで最近の裕紀との関係などもしれっと尋ねていた。

 こういうお喋りは好きな方なのか、瑞希の質問攻めに彩香も頑張って答えている。時々彩香から質問をしているところを見ると、どうやら一方的ではないらしい。

 そんなこんなで半ば男子を忘れて女子同士のお喋りとなっていたが、ただ黙って聞いていた二人も彩香と裕紀の関係については心臓が跳ね上がった。

 光は単純に綺麗で優等生な彩香に対する好奇心からであったが、裕紀は魔法使いとしての関係についても気になっていた。

 結局のところ、あの日から彩香には少しずつ魔法に関することを教えてもらってはいるが、裕紀と彩香の関係を言うなら仲間でもなければ敵でもないのだ。

 彩香にとって裕紀は新米魔法使いであり、コミュニティ的に言えば部外者である。

 彩香に限って見捨てるという選択肢はないだろうが、ある程度のことを教えてもらったら裕紀は一人の魔法使いとして行動しなくてはならない。

 ただ、魔法と日常では話も別であり、瑞希の質問は当然日常についての関係だった。

 まあ、彩香がこの場で魔法に関係することを口走るようなミスを犯すはずもない。

 さて、瑞希の質問に彩香はどう答えるものだろうか。

 目を輝かせる瑞希とそわそわする男子二人の視線を一身に受け止めた彩香は、右手の人差し指を下唇に当てて言った。

「うーん、まあ、クラスメイトかしら。あまり話もしないし、残念だけど瑞希が期待しているような関係ではないわね」

「そっかぁ。てっきり休日の間に進展があったのかと思ったなぁ」

「あのねぇ。あの日に新田君を呼んだのは別にそういう気持ちでってことじゃないのよ。ちょっと個人的な事情で手伝って欲しいことがあっただけなんだから」

 その個人的事情が一般人には極秘である魔法や、偶然異世界に赴いてしまったなどと、トンデモナイことだったとは瑞希が知るわけもない。

「せめて友達じゃダメなのか」

 ただ、ここ数日で裕紀が彩香に抱いていた印象が最初と比べて格段に良くなっていることは確かだ。

 だから、せめて友達にはなりたいという気持ちが芽生えているのも嘘ではなかった。

 どこか落胆している様子の裕紀の呟きに、彩香はやや視線を鋭くして言い返してきた。

「まだ話して数日しか経っていないのに、男の子と友達なんてきっと早いわ」 「でも課題見せてくれたし・・・」

 女子とは仲良くやっているようだが、男子には些か警戒心の強い彩香に今朝の行いを指摘してみると、

「それはそれ、これはこれよ」

 どうやら友達としてではなく、クラスメイトとして課題を見せてくれたらしい。

 この汚れのない親切心には、傷つくよりも心底感服してしまう。

「よかったな。まだチャンスあるぜ」

「うっさい。次言ったら撲殺よ」

 こそこそと光と瑞希がそんなやり取りをしていたが、容赦のない低評価に落ち込む裕紀と、その姿にため息をついた彩香は気づくことはなかった。

 色々な話が盛り上がりいつまで続くのかと思われた帰路だったが、新八王子駅が見えると自然と会話は中断された。

「そんじゃ、俺は電車だからここで」

「あ、あたしも買い物があるからここで別れるね」

 光の自宅は電車を用いるほどには離れているので、裕紀にとってこの言葉はお馴染みだった。

 だが、続けて放たれた瑞希の言葉は三人を一様に心配させた。

「お前の住んでるとこにもデパートはあるだろ。そこで買えばいいじゃねぇか」

 裕紀と瑞希が住んでいるアパートは商業複合施設なので、光の言う通りデパートもあり、ある程度の品々は揃っている。

 何も新八王子駅に立ち寄る必要はないのだ。

 素直に心配していることを言えないことが光らしいが、今回は裕紀も一言言わねばなるまい。

「光の言う通りだと思うよ。この時間から一人はさすがに危ないぞ」

 萩原先生から気をつけるよう注意を受けたばかりだというのに、無神経過ぎる瑞希は口を尖らせて言った。

「だってあそこでしか売ってないやつがあるんだもん。しかも期間限定で個数も限られてるし」

「んだよ、その期間限定で数量限定の限定づくしの商品は」

 どうでも良さそうに(実際どうでも良いのだろう)その商品について聞いた光に、瑞希は瞳を輝かせながら答えた。

「小さくてふわふわなキーホルダー。その名もメリーくんだよ!」

「「メリーくん?」」

 その可愛らしい名前に聞き覚えのない男子生徒二名は声を揃えて復唱した。

 もう何らかのスイッチが入ってしまったのか、興奮の熱で霞み始めた瞳で瑞希は『メリーくん』を力説し始めた。

「そう! 羊のキーホルダーなんだけどね、見た目も触った感じもまるで綿あめみたいにふわふわしてて、しかも壊れにくいのっ。顔も可愛いし、いっぱい種類があって、女の子の間では今ちょっとしたブームなんだよ!?」

 丁寧に携帯端末にまでサンプル画像を写している瑞希は、聞かれればまだまだ答えてくれそうだった。

 それに、彼女の持っている学生鞄にもさりげなくメリーくんらしき羊のキーホルダーがつけられている。

 確かに、見た目はもこもこしているし触ってみればそれなりにふわふわなのだろう。顔も何だか子供っぽくて可愛いいし、女子に人気があることは間違いなさそうだ。

 ただ、そんな瑞希の説明を聞いていられるほどの時間的余裕もなかった。

 そろそろ光が乗車するはずの電車が来る時間帯だからだ。

 時間が迫っていることを光に知らせようと、裕紀が口を開きかけたときだった。

「しゃあね。電車一本乗り過ごしちまうけど付き合ってやらぁ!」

 普段は瑞希といがみ合ってる光からそんな言葉が飛び出すとは思いもよらなかった裕紀は、空いた口が塞がらないような状態だった。

 このメンバーで帰宅するのは始めてなはずの彩香でさえ黙り、瑞希に関しては胡散臭そうな表情で手を振った。

「別にいいわよ。一人で行けるし、男子と二人きりだと誰かさんみたいに勘違いされちゃうからね」

 言われてその誰かさん二人のうちの彩香は居心地悪そうに苦渋の表情を見せた。裕紀も朝のことを思い出して中途半端な苦笑を浮かべる。

「お前だったら別に何も起きねーよ」

「な!? アンタ失礼ね!! いいわよ、もう絶ッ対に一人で行くから。あやちゃんバイバイ。裕紀君も!」

 頬を怒りで赤くしてそう吐き捨てた瑞希は、挨拶を一方的に交わしてからプンスカと歩いて行こうとするが。

「ったく、しょうがねえ奴だな! ほら、場所教えろ。連れてってやら!」

 ガシッと瑞希のスポーツバックを鷲掴みズルズルと引っ張って行く。

「ちょっと放してよ! ていうか、自分で歩けるから〜!!」

 人前で男子生徒に引きずられる女子生徒という奇妙な絵図を作り出した、瑞希の悲惨な叫び声が儚く遠ざかって行った。

「あの二人ってほんとに仲が良いのね。羨ましいわ」

 遠ざかり横断歩道を渡り終えた親友二人を眺めて、ぽつりと隣からそんな呟きが零れた。

 眩しそうに瞳を細める彩香が何を思っているのか気になったが、時間を優先的に考えることで裕紀は気を紛らわした。

 周囲を見渡せばもう夕暮れ時を越して空は暗くなりつつあった。

「暗くなってきたし、俺たちもそろそろ行こう。柳田さんは電車だっけ?」

「そうだけど、その前に立ち寄りたい場所があるからここで別れましょう」

 ここは一緒について行くのがお決まりなのだろうが、彩香の視線から心配は無用という意思をひしひしと感じ、裕紀は大人しく了解した。

「わかった。じゃあここで別れよう。また明日な、柳田さん」

「ええ。また明日ね新田君。…あと、もし君の身が危ないと思ったらすぐに連絡を頂戴ね」

 挨拶を返すついでにそう言われた裕紀は、相変わらずの真面目っぷりに微笑ましくなりながらも了承の意を込めて腕を挙げた。

 さすがに警備網が広がりつつかるこの時代に、街中で堂々と襲ってくる襲撃犯はいないだろう。

 万が一の場合は彩香から託された道具を駆使して戦えば、体術を修めている裕紀なら何とかなるはずだ。

 そう思い、はたはたと手を小さく振る彩香へ手を振り返すと裕紀は彩香に背中を向けた。

 万が一のときは彩香も駆け付けてくれる。だから裕紀は心配はいらないと決めつけ、自宅のあるアパートへ歩みを始めた。


 この時代の人々は戦争の恐怖を、殺し殺される恐ろしさを知らない。

 それも当然、一部の犯罪者を除き、彼らはどんな理由があれど人を殺めるということはしないからだ。

 そして、そのようなことをしろと強要されても躊躇いなく殺れる人間も稀だろう。

 だから、このときの裕紀の心情はある意味では仕方がないのかもしれない。まさか、自分が人を殺める状況に陥るなどと誰が想像するだろうか。ましてや相手を殺さなければ己が殺される状況など、想像することさえしないだろう。

 ただ、その軽薄な油断が自分自身のみならず大切な人を傷つけてしまうことになるとは、このときの裕紀はまるで考えようともしなかった。

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