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聖剣使いと契約魔女  作者: ふーみん
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襲撃(4)

 無事課題も終わり、朝の一件を除けば何事もなく午前中の授業を終えた裕紀は、昼休みで賑わう教室から場所を中庭へと移していた。

 萩下高校は上空から見ると中心がぽっかりと空いた長方形のような構造をしている。

 校舎は東棟と西棟に別れており、それらを繋ぐように中央を渡り廊下のような通路が通っている。北側の廊下と南側の廊下には生徒会室や放送室など、校内の設備が集中している部屋が多くある。

 渡り廊下の周りは煉瓦と芝生が敷かれ、南側に結構大きな植木が生えている。植木の周囲は全面芝生なため、昼休みや部活の休憩時間などに生徒たちのくつろぎの場として活用される。

 これと言った特徴のない場所だが、裕紀にとってもここが学校で一番落ち着ける場所だ。

 緑の葉がなり木陰ができる夏場はとても涼しく快適であり、春はその暖かさから優しい眠気を運んでくれる。

 葉が散ってしまい寒々しい秋や冬も、今日のように快晴だとやや肌寒いものの仄かな暖かさが感じられた。

 それに、この時季の生徒たちは暖房の効いた教室や学食に篭っているので、現在この広い中庭には裕紀しかいない。

 なんだか自分専用の敷地のようで、言いようのない解放感があった。

 しかも、外は生徒が多い室内とは違い人影はないので静かだ。校舎から響く明るい声も、この中庭までは微かにしか届かない。

 人と関わりたくないわけではないが、昼食くらい静かに食べたい。

 そんな気持ちで購買で買ったパンと自販機で買ったイチゴオーレをそれぞれ片手に持ちながら、裕紀は芝生の上に腰を下ろした。

 サンドイッチを袋から出して、何を考えることもなく、ただくつろぎながら口へ運ぶ。

 卵のまろやかな風味が口の中に広がり、夢中で咀嚼しているとあっという間になくなってしまった。

 食後に喉を潤すべく、イチゴオーレのパックに細いストローを突き刺し、甘いイチゴとミルクの味を堪能する。

 飲み物を半分ほど飲み干した裕紀は、満腹による睡魔に促されるまま身体を横に倒した。

 瞼を閉じ呼吸を落ち着かせ、しばらくの間心地よい空間へ身を委ねようとした裕紀の聴覚に、何者かが芝生を踏む音が届いた。

 多分移動している生徒か教師だろうと決めつけ、昼寝を続行しようとするも続けて女子の声が届く。

「こんなところで昼寝なんて、呑気な人もいたものね」

 呆れたように放たれた女子の言葉に少しばかり反論したい気持ちではあるが、そんな身勝手な反論をされた女子生徒は迷惑だろう。

 そう思い、反論を訴える自身の本能を抑えて遠ざかって行くだろう足音を聞きながら裕紀は再び昼寝をする。

 しかし、なんたることか足音は徐々にこちらへ近づいてくる気配がした。

 気になるものの目を瞑り続けた裕紀だったが、自分の頭あたりで足音が途切れたことで薄く瞼を持ち上げた。

 半分が瞼で遮られている視界に映るのは、黒い長靴下で包まれた雪のように白い美脚と、萩下高校指定のスカートだった。

「こんなところで昼寝なんてしてたら、寝過ごしても誰にも気づかれないわよ?」

 裕紀のことを思って注意してくれているその声は、今朝の一件からご機嫌斜めな彩香のものだ。

 相変わらず人間のものかと疑ってしまうほど美しい、きめの細かい肌の脚にはつい魅入ってしまう。

 しかしながら、裕紀はその両脚から目を逸らし、その注意には何も答えずに再び瞼を閉じた。

 ここで返事をしてしまえば、この現場を万が一にも目撃した生徒を伝って、おかしな誤解となり生徒会長へ伝わるかもしれないと思ったのだ。

「ちょっと、無視!? 新田君? あーらーたーくん!」

 まあ、呼びかけた本人からすれば無視されてイラっとくることも仕方ないことだろう。無視を続ける裕紀の態度が気に入らないらしく、彩香は懲りずに何度も名前を呼んでくる。

 しかも両手をメガホンの代わりにして、結構なボリュームで呼んでいた。

 ちょっとくらいしつこく名前を呼ばれることに関しては耐えることはできるが、どんな生徒が聞いてるか分からない校舎の中心でこうも声を大きくされると耐え難い。

 しかも今朝あんなことがあったというのに、彩香は生徒会長のことは気にもかけていないらしい。

 大した度胸だ、と素直に感心できる。

 ただ、その度胸が裕紀にもあるかというとそんなことはなかった。

 多分、次に彩香と関わっている場面でも目撃されれば何をしてくることか。想像するだけでも面倒くさい。

 そんなことを考えている間も、彩香は立ちながら控えめな大声で裕紀の名前を呼び続けていた。

 呼ばれ続けてから一分弱、そろそろ裕紀の我慢も限界だった。それ以前に、これ以上無視を続ければ今度は彩香の機嫌を更に損ねることになるだろう。

 課題を見せてもらったり生徒会長を退けてくれたりと助けてもらっている手前、あまり彼女の気に障ることはしたくはなかった。

「・・・なんだよ、しつこいなぁ」

 なので、裕紀は多少不機嫌な声音になりつつも瞳を半開きにして声の主へ顔を向けた。

 ようやく反応を得られた彩香は、口元に手を当てた状態で、少しばかり嬉しそうに目を細めた。

「やっと返事してくれたわね。もう、本当に寝てるのかと思った」 

 寝てなかったら昼寝じゃないだろうに、と突っ込みたい衝動を裕紀は抑える。

 それから彩香は手を下ろすと、横になる裕紀の隣にすとんと腰を下ろした。

 互いの距離を開けてくれているのは、まともに話したのがつい最近なので何も言わない。むしろ裕紀にとって、この状況ではありがたかった。

 芝生の上に脚を崩して座った彩香は、午前中の疲れを発散させるべく伸びをしながら気持ち良さそうに言葉を発した。

「んん〜。ここの木陰には初めて来たけど、気持ちいい所ね。お昼寝したくなる気持ちも分からなくはないわ」

 どうやらこの植木の下で昼寝をすることの素晴らしさを知ってくれたようだ。

 上品に小さな欠伸をしている彩香に裕紀は、そうだろう? と彼女の意見に同意を示す。

「この時季は少し肌寒いけど、春や夏は暖かくてもっと気持ちいいよ。今度柳田さんも昼寝すれば?」

 ついでにお勧めしてみたものの、彩香は微笑を浮かべて軽く首を横に振った。

「私はやめておくわ。いくら学生でも、女子生徒が一人でお昼寝は恥ずかしいわよ」

「そっか。まあそうだよな。学校とはいえ変な騒ぎになっても厄介だしな」

 特に何の意図もない言葉だったが、彩香は勇気の言葉にピクリと反応すると表情を曇らせた。

「そういえば新田君。今朝のことについては本当にごめんなさい。まさかあの日のことが盗撮されていたなんて思わなかったから」

 実のところ彩香はすでにこの写真については先週の時点で承知していたが、そのことを知る由もない裕紀は彼女の困り果てた言葉に頷いた。

「まったくだよ。お陰で俺は朝から疲れた。盗撮したやつは許せないよな」

「そうね。私もそう思うわ」

 これについては彩香も本心だった。興味本位だろうが、犯罪まがいのことはやってはならないことだ。

 こういう悪質なイタズラは、時にちょっとした騒ぎにまで発展する。

 今朝の事件が良い例だ。

 彩香としては獲物が釣れるまで放置しておきたかったが、これ以上裕紀を巻き込むことは危険だと判断した。

「とりあえず、あの写真に関しては生徒会から先生に報告しておくわ。明日には削除されているでしょうから、一応安心してもらってもいいと思うわよ」

「そっか。何にせよ、よかったよ」

 裕紀もあんなデート写真のような画像をいつまでも載せられていては、精神的にも窮屈だった。

 いろいろと裏の事情を知らない裕紀だったが、ともかくあの写真が削除されるのは嬉しいことだ。

 そこで裕紀は、あの写真が掲載された掲示板を閲覧することをすっかり忘れていたことを思い出す。

 おもむろにポケットから携帯端末を取り出すと、佐伯から教えてもらったサイトにアクセスし例の写真と記事を確認する。

「おお・・・。これは凄いな」

 開いたサイトの掲示板を観て裕紀は笑いながら呟いた。

「ん? どうかしたの?」

 突然そんな反応を見せられた彩香も気になったように体を寄せてくる。

 互いの距離が少し縮まったことは意識することなく、裕紀は携帯端末を彩香へ見せた。

 画面を目にした彩香も困ったような微苦笑を浮かべる。

 サイトに載っている写真は確かに今朝生徒会長が見せてきた写真そのものだ。

 ただ、その写真の真上に表示された見出しがこの二人を困らせる原因となっていた。

『悲報!! 我らが憧れる一年女子生徒が何処の馬の骨とも知らぬ男子生徒に奪われる!? 相手は同級生の男子生徒とのこと!!』

 これだけで色々と誤解が生じそうな題名に二人は揃ってしばらく黙り込む。

 数日前まではこんな題名はなかったと驚く彩香と、この誤解をどうやって皆に解消すれば良いのやら途方に暮れる裕紀。

 しばらく校舎からの騒ぎ声と、微かな風の音だけが聴覚に響いていたが、やがて気持ちを切り替えた彩香の声が高らかに響いた。

「こんなウソ、数日もすれば綺麗さっぱり消えるわよ。君にはやっぱり迷惑をかけてしまうけど」

「だったら、まずこの状況はマズくないか? 生徒会長に絡まれたばかりだし、・・・こんなに近いし」

 寝転びながら頭だけ動かして彩香に問い掛ける。

 そこでようやく、裕紀は彩香の体が自分の間近にあることを意識した。彩香と裕紀の距離はいつの間にか一メートルを切っていたのだ。

 そう言われた彩香もようやくそのことに気づいたようで、恥じらいながら完全に一メートル以上は距離をとった。

 動揺した声音で何かお小言を言ってくるだろうと予想した裕紀だったが、彩香は澄ました顔で(恥じらいは隠せていなかったが)謎の単語を口にした。

「ハイド」

「?」

 ハイド、というのは確か英語で隠れるだとかそんな意味だったような。

 そう思考を巡らせた途端、裕紀は周囲の存在が遠ざかるおかしな感覚を味わった。

 校舎や植木の存在は近くに感じるのに、校舎の中にいるだろう生徒や教師の存在は何処かに隠されたようになくなっていた。

 ただ感じられるのは、近くに座る彩香の存在だけだ。

「何したんだ?」

 身体を起こして訝しむような視線を向けて裕紀は問い掛ける。

 その問いに、彩香は一度こちらに瞳を向けると、胸元から澄んだ赤色の石が括られたネックレスを取り出して掌に乗せた。

 赤い石は微かに発光しており、ただの石ではなかった。つい数日前も、形状は違うが本質的には同じであろう石をこの目でしっかり見て記憶している。

 そして、それを見た裕紀はすぐにこの現象が何なのかを理解した。

「・・・魔法」

「そう。正解」

 独り言のような問い掛けに、彩香はにこりと柔らかい笑みを浮かべてそう返した。


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