襲撃(3)
何処かで聞いたような特徴的な声音で呼びかけられた生徒たちは、今度はその視線を教卓へ向けた。
一部の生徒だけこういう演説を胡散臭いと思っているのか構わず教室から出て行く。教室に残っている生徒たちからも、一様になんだか迷惑そうな雰囲気を感じ取れる。
裕紀もこれから始まるだろう演説を聞く余裕があるなら、早く課題を進めたい気分だった。
「ね、あの人って確か・・・」
「生徒会長、だよな」
ガサゴソとやり欠けの課題と、彩香から渡されたレポート用紙を机に並べたところで、制服の袖を瑞希に引かれてしまう。
引っ張ると同時にそんな言葉が彼女から漏れ、途切れさせた瑞希の声に光が続けてそう言う。
「生徒会長?」
光の言葉を繰り返して、裕紀は課題を睨んでいた視線を教卓へ向けた。
両手を教卓へ叩きつけて一年生を一望している男子生徒は、茶色に染めた髪をワックスか何かで固めていた。
すっと線の細い整った顔立ちはまるで売れっ子俳優のようだ。さぞ女子には人気があることだろう。
確かに、何度か全校集会や学内イベントなどで目にする顔ではあった。彼が生徒会長だというのは本当なのだろう。
さて、そんな生徒会長がこのクラスに何の用事があってきたのか。
まあ、裕紀は薄々この嫌な予感から用件については感づいてはいたが。
「授業前にすまない。だが、僕にはどうしても確認しておかなければならない事がある。申し訳ないがしばし付き合ってもらおう」
誰の意見も受け入れん、とばかりにそう言い放った生徒会長に親友二人は苦虫を噛み潰したような顔で愚痴を零した。
「偉そうだな、アイツ」
「聞いてられないわね〜」
仮にも歳上で先輩であろう生徒会長など気にする様子もなくそう言う二人に、裕紀は苦笑を浮かべずにはいられない。
「時間も押しているな。では単刀直入に尋ねたい。このクラスに、新田裕紀と言う一年生はいるか?」
(やっぱり)
佐伯との会話といいこのタイミングといい、絶対にあの生徒会長は自分を指名してくると思った。
幸い裕紀の顔は彼に覚えられていない。ここで他人事のように課題へ取り組めばバレない確証もあったが、このクラスメイトたちがこんな面白そうなイベントを放っておくはずもない。
「新田君ならあそこでーす!」
「ご指名だぜ、新田!」
(なんで言うかな、この忙しいときに!!)
今まで何に対してそんな迷惑そうにしていたのやら。
思った通りのクラスメイトたちの反応に、内心で悪態をついた裕紀へ生徒会長は視線を向けた。
まっすぐな視線に射抜かれた裕紀へ、瑞希と光は憐れみの視線を向けてくる。
どうやら二人揃って生徒会長の的にされた裕紀のことを心配してくれているらしい。
そんな彼らへ裕紀は大丈夫、と視線で返し、その間にも教卓からこちらへ向かってくる生徒会長を見上げた。
机から腰を浮かせた瑞希は裕紀の傍へ、真正面に座っていた光は些細な抵抗のつもりかその場から動かない。
真正面には光が陣取っているので、裕紀の斜め右側に立った生徒会長は、威厳ある黒い瞳で微笑みながら裕紀を見下ろして問い掛けた。
「君が新田裕紀君だね?」
「ええ」
一応本人確認で尋ねられた名前に裕紀は素直に頷く。
裕紀が頷いたことで生徒会長のなかでも本人だと確証したのだろう。
一度頷くと、生徒会役員であろう取り巻きからとある資料を受け取り、躊躇なく机の上に広げた。
それは資料というより写真そのものだった。画質も良く、そこに写し出されている二人が誰なのかは一目で分かった。
写真に写っている男女は、柳田彩香と裕紀だった。
場所はよく知った飲食店の看板が写っていることから、フードコートが密集したエリアだろう。
彩香とともに足を運んだフードコートがある建物、すなわち新八王子駅のショッピングモールを訪れたことは記憶に新しい。
というか、それはつい先週の出来事だった。
この写真が本人が盗撮したものか、はたまた何処かから入手したものかは知らないが、盗撮自体立派な犯罪だ。
いっそここで通報することも考えなくもなかったが、一応生徒会長の言い分も聞くことにする。
場合によっては、情報源が割れる可能性もあるだろう。
「これは?」
そう考え、裕紀は相手を刺激しないよう短くそう尋ねる。
その問いに生徒会長は微笑みを崩さずに簡潔に答えた。
「見ての通り君と、柳田彩香さんの写っている写真だ。ちなみに情報源は学内掲示板だ。調べてみるといい」
案外、あっさりと写真の情報源は入手できた。
「さすがに今は無理ですよ。もう授業も始まりますし・・・」
「構わない。僕が責任を取ろう」
そう生徒会長は言うが、わざわざ校則を破ってまで確認する必要性を感じず、そう意見した裕紀に生徒会長は口元に笑みを浮かべてそう返す。
生徒会長といってもその役割は学校の行事や生徒の決まりを司るもので、一生徒が校則など学校側が決めた規則を破っていいはずがない。
責任を取ると言っているが、少なからず裕紀にも何かしらの処罰が下るだろう。
本人が責任を取ると言っても、そんなことは真っ平だった裕紀は丁重にお断りすることにした。
「生徒会長といえど校則を破るのはまずいでしょう。資料の方は後で確認しますよ」
「ふむ、そうか。決められた規則を守る、当たり前のことをすることは難しいとよく言うが、君はよく守っているようだ。生徒を代表して、関心するよ」
「どうも」
にこやかに称えられた裕紀は、どうにも都合の良い目の前の上級生がやや薄気味悪く感じて短く答える。
生徒会長もこれ以上この教室に長居をするつもりはないらしい。
咳払いをすると、事前に用意していたらしい用件を尋ねてきた。
「時間もないので包み隠さず話して欲しい。君と柳田はこの後何処で何をしたのかな?」
「え? いや、別に大したことじゃ・・・」
多分写真が撮られているタイミングは、裕紀が無事に異世界から帰って来た後のことだろう。だとすれば、この後は喫茶店へ行って彩香から魔法について色々教えてもらっていたことになる。
魔法や異世界に関することは一般人へ口外は厳禁とされているので詳しいことは話せない。
だからと言って適当に話を誤魔化しても、この生徒会長はどこまでも言及してきそうな雰囲気があった。
「あれ、神宮寺先輩。こんな時間にどうしたんですか?」
質問から逃げることを許さない眼差しで、ずずいっと裕紀を問い詰められ困っていた裕紀を助けるように、いきなり涼しげな声が乱入する。
視線を移してみれば、声の主は先ほど裕紀に課題を渡してくれた彩香だった。
教室から出て行ったはずだが、戻ってきたときにこの会話が気になったのだろうか。
疑問を抱えながらも彩香の顔を見て、裕紀は背筋に戦慄を覚えた。
先輩を相手に不機嫌な表情で話すのは彼女の理に反するのだろうか、彩香の顔は春の太陽のようにほんわりと微笑んでいる。
ただ、彼女の瞳は一切笑っていなかった。
真冬の極寒の吹雪が吹き荒れる冷たい瞳で睨まれれば、誰だって背筋が凍る。
正直、対象ではない裕紀でさえ恐怖を感じ負えない。
「やあ、彩香。ちょうどいま、君のことを彼と話していて・・・」
「ちょっと待ってください先輩。彩香って、私のことですか?」
「君以外に誰がいるんだい?」
まあ、確かにこのクラスに彩香という名の女子生徒は彼女一人しかいない。
すると彩香は全身から謎の威圧感を放出し始めた。
たぶん、抑えきれなくなった何らかの感情が表に出ているのだろう。他人に感づかれるほどなのだから、相当なものだ。
「神宮寺先輩。確かに私は生徒会に所属していますし、あなたの後輩ですが名前で呼ばれる関係ではないですよね? そもそも、この写真は何でしょうか? 生徒会長でも、やって良いことといけないことがあるのではないでしょうか?」
もはや顔も笑っていない彩香さんは、生徒会長と裕紀の間に入り、机の上に散らばる数枚の印刷紙を取り上げる。
ぐしゃり、と握り潰された紙の無惨な姿を見て、さしもの生徒会長も笑みを消して表情を固くした。
裕紀も早くこの場から離脱したい一心だったが、事件の中心に居るためそれは叶わぬ願いだ。
「すまない柳田さん。だが、僕も生徒会長として役員のことは気にかけておきたいんだ。一歩間違えれば学校の面子にも関わるからね」
取り敢えず上等論で崩れかけた勢いを立て直す考えだろうか。
生徒会長は本心かどうかも分からぬ言葉で彩香を鎮めようとするも、
「ではまず会長から改心してください。授業前の教室に長々と居座るのはマナー違反ですよ」
「ああ、・・・そ、そうだな」
現在進行形で行っている自分の行動を指摘されれば、生徒会長とて渋々引き下がるしかない。
顔を顰めた生徒会長は一歩下がり、椅子に座る裕紀を一瞥してから言った。
「君たち二人の事情については後で彼女から聞くことにしよう。それに、先生を待たせてしまっているので、僕はこれで失礼するよ。柳田さん、迷惑をかけてしまったね」
言っている相手は裕紀ではなく、あくまで彩香ということらしい。
生徒会長はそれから一度も裕紀に視線を送ることなく、取り巻きを連れて教室から退出した。
(面倒な人に目を付けられたな)
内心でこれからの対処に頭を抱え、表情も朝一から険しくしていた裕紀に彩香が困った顔で話しかけた。
「なんか、会長さんが迷惑かけたみたいでごめんね。私からもキツク言っておくわ」
「あはは。お手柔らかにな。それより、大きな騒ぎにならなくてよかったよ」
「まったくね」
まさか噂をしていた当人がこの学校の生徒会長で、あそこまで常識を知らない人間だとは思いもしなかった。
同意を示した彩香も疲れた笑みを浮かべている。
二人で苦笑し合っていると、今まで蚊帳の外だった瑞希と光がいつの間にかひそひそ話を始めていた。
「なぁ、あの二人先週まで超仲悪かったはずだよな?」
「そのはず、よね」
「あの二人、休日に何をしたんだろうな。もしかしてアイツ、こ・・・」
「それ以上言ったらこの五キロのダンベルで撲殺するわよ」
「す、スミマセン・・・」
休日前に二人揃って異世界へ行ってきて、そのうえ裕紀は魔法使いになったことなどこの二人は知りもしない。
ただ、週末以降この二人の関係が特別なものとなりかけていることは察しているらしい。
「よっし、席着け〜。授業始めるぞ〜」
しかし、真相を聞く前に生徒会長と入れ違いで入ってきた担当教師の呼びかけによりそれを尋ねることはできなかった。




