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聖剣使いと契約魔女  作者: ふーみん
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襲撃(2)

 八王子市立萩下高校の朝礼開始のチャイムがなり終わる寸前に、新田裕紀は荒い呼吸で教室に飛び込んだ。

 予想以上に教室の扉が音を発し、静かに朝礼へ臨もうとしていたクラスメイトたちの視線が突き刺さるのが見なくても分かる。

 ただ、家から学校まで全力疾走してきた裕紀にはそんなこと気にする余裕はなかった。

 ぎりぎり間に合った! などと心の中で安堵するのも束の間。

「新田君、凄い勢いで飛び込んできたところ悪いんだけど」

「は、はい…?」

 出席をとろうとしたのだろう。教卓から出席簿を取り上げかけていたクラス担任、萩原恵はその童顔に引き攣り気味の笑みを浮かべて裕紀に指示を出した。

「ぎりぎり朝礼には間に合ってないから、朝礼終わるまで廊下で待機ね。先生もこういうことはやりたくないけど、最初に言ったことだからね」

「そうだぞー。遅れた新田が悪い」

「めぐみんに辛い思いさせんなよー」

「.新田ドンマイ!」

 この先生に本当に申し訳なさそうにそう言われてしまうと、言い訳もできないほど居心地の悪さを感じてしまう。

 生徒たちからはふざけてだろうが軽く野次が飛んでくる。

 今まで遅刻は一度もしたことがなかったので意識してこなかったが、言われてみれば入学式初日にこの先生は言っていた。

『私が担当するクラスはいつも特別ルールを設けているの。これから一年間、少しでも遅刻した人は朝礼終了まで廊下で待機しててもらいます』

 あの頃は時間さえ注意しておけば遅刻はしないだろうという自信があったが、まさか今日に限って寝坊をするとは。完全に失念していた。

 まあ、忘れていたのは裕紀であり突発的な罰でもないので、忘れていた自分を戒めながら大人しく廊下へ出ることにした。

 外に出た裕紀を次節通りすがる他の教師や、最悪教頭や校長にまで目撃される恐れもあったが、バケツを持たされないだけまだマシだろう。

 静かに教室の扉を閉めた裕紀は、そのまま教室の壁に体を預け朝礼終了まで待機する。

 数分後。特に何の連絡もなかったのかスムーズに終わったらしく、教室の前後の扉が一斉に開かれ生徒たちが出てくる。

 こういう親切心にはもう頭が上がらない。

 そのタイミングを見計らい、どさくさに紛れて裕紀は教室にある自分の机へ向かう。

 素知らぬ顔で目的地に到着した裕紀を出迎えたのは、からかいの色に染まった光の声だった。

「お前が遅刻なんて珍しいな。昨日は夜遅くまでなにやってたんだか」

「別に疚しいことなんてなに一つしてないよ。ただ、ちょっと眠れなかっただけだよ」

 終わらせたはずの課題を一つやり忘れ、しかも半分以上が終わらなかったなど、この友人には口が裂けても言えない。

 ちなみに終わらなかった課題というのは、萩原恵が担当する世界史の課題だ。

「どうせ課題やり忘れて、夜更かししたんでしょ?」

「な!? おまっ」

 にやにやと笑いながら裕紀の机に腰を掛けたのは、今朝日直があるからと走って行った瑞希だ。

 この様子だと日直の当番は間に合い、当然遅刻はしなかったらしい。

 そんな瑞希に秘密を暴露され、彼女の口を閉ざそうと立ち上がったがひらりと軽々回避されてしまった。

「むふふん。裕紀君の速さでは、私の素早さには勝てないのだ」

 何が楽しいのか少しはしゃぎ気味の瑞希に続いて、光が顔を青ざめながらひそひそと話してくる。

「おい、それはやべぇぞ。今日の課題忘れた奴は放課後補習って、めぐみん前言ってたろ」

「うげっ。すっかり忘れてた」

 あの先生の補習はやることは単純だが、内容が厳しい。

 配布されたプリントの内容を覚え、その後のテストで九十点以上を採れば解放されるのだ。覚える時間は決まっていないので、確実に採れるまでやればいいのだが、プリント一枚の問題量が多かった。

 採れない生徒は完全下校時刻ぎりぎりまで何度でも違う問題をやらされる。

 世界史の授業は昼前の三時間目だ。課題はレポートなので、それまでに残っている問題を自力でやるのは少しばかり厳しい現状だった。

 ならば、ここはこの親しい友人二人に懇願するしかあるまい。

 ほぼ百パーセント貸しは作られるだろうが、成績の低下と補習だけは何としてでも避けなければならなかった。

 意を決した裕紀は二人が次の授業の必需品を取に行かないうちに、なかなか開きずらい口を何とか開けながら言葉を並べる。

「あのさ、良かったらレポート見せてくれないか?」

「ちょっといいかしら」

 理由も不明な緊張のなか言った裕紀の言葉は、残念なことに同時にかけられた透き通った美声によって掻き消された。

 非情にも二人の友人は裕紀の声ではなく突如かけられた声に反応し、それぞれ顔を声のした方向へ向ける。

 折角の決意を台無しにしてくれた声の主が誰なのかを確かめようと、裕紀も一緒に不満顔で見上げた。

 まあ、あの印象的な美声が誰のものであるかは確かめずとも予想は付いていたが。

「柳田さん?」

 裕紀の机の上に腰を掛けていた瑞希は、ちょうど真横に立っていた彩香を見て小首を傾げた。

 光もどこか訝しむような表情で僅かに眉を顰めながら彩香のその美貌を見上げていた。

 瑞希や光だけではない。すでにこの教室にいるクラスメイトの全員が、各々の行動を全て中断させ一つの机に集まる集団へ目を向けていた。

 その視線に彩香はもちろん、裕紀も気付いている。

 男子からは憧れの美少女が、今まで口もきかなかった相手へ初めて起こす行動の行方についての好奇の視線。

 女子からは校内一の美少女が行動を起こすような魅力(?)を持つ男子生徒の器を見定めるような視線だ。

 瑞希は周りからの視線に居心地の悪さを感じているのかむず痒そうに身を捩り、光はどういう訳か何かを察したような瞳でこちらを眺めていた。

 どうやら皆はとても大きな勘違いをしているみたいだ。

 数多の視線の中心にいた裕紀はというと、他の生徒たちのようなお気楽な考えは浮かびすらしなかった。

 そんなことより、どうやって世界史の課題を提出させるべきかということが裕紀にとっては最も優先されるべきことだった。

「おう、柳田さん。おはよう」

「ええ。おはよう、新田くん」

上辺だけの、ただ声をかけられたから反応したに過ぎない裕紀の挨拶に、

「「「えっ!?」」」

教室中が一斉に驚愕の声で埋め尽くされた。

それこそ、いきなり教室の中心に大人気アイドルグループのメンバーが音もなく現れたときのような。

 そんな挨拶ぐらいで大袈裟な、とこの時の二人の思考は意識せずとも共通していたが、クラスメイト達にとっては大きすぎる衝撃だった。 

 入学式を終えてこのクラスが結成されてから八ヶ月が経とうとしているが、これまでこの二人は会話はもちろん挨拶すらまともにしてこなかった。座る席もお互い常に離れており、ことあるごとにいがみ合い、実はこの二人とても相性が悪いのではと他の生徒たちや担任教師などに思われてしまうほどだ。

 そんな二人が今日初めて挨拶を交わしたのだ。この休日の間に何かあったのだろうと気になるのは、年頃の少年少女では仕方のないことだ。

 ざっと四十人分の注目の視線を集めているにも関わらず、すまし顔で余裕を保ったままの彩香は片手に持っていたモノを裕紀に差し出した。

「「「おおっ!?」」」

 裕紀の目の前に差し出されたのは、A4サイズの一枚のレポート用紙だった。

「課題忘れて困ってるんでしょ? これ私のレポート。授業までには返してよね」

 そう一方的に言うと裕紀にレポート用紙を押し付けて、自分はすたすたと教室の外へ出て行ってしまった。

 彩香はその余裕そうな印象以上に繊細でおっちょこちょいだ。あの速さで教室を出て行ったことから考えるに、

(相当恥ずかしかったんだな・・・)

 苦笑しながら彼女の出て行った出口へ視線を送る。

 嵐のような彩香の行動にしばらく唖然としていた裕紀だったが、すぐに意識を現実へ引き戻し渡されたレポート用紙を確認する。

 幾つかの課題に対して決して空欄を作らずに考察を書いているところは、さすがは優等生だ。その字も書道でもやっているのかと思わせるほど流麗で、とても読みやすかった。

 他人の課題を写すことは気が進まないが、それも今更だ。ともあれ、これで課題は何とか仕上がりそうだった。

 突発的な出来事によって成績減点&放課後補習は免れそうだったが、教室中に広まり始めている騒動を収束させることは難しそうだった。 

「え? なになに、彩香ちゃんと新田君ってそういう関係!?」

「柳田さんって意外と大胆ね!」

「おいおい、これはどういうことだよ! 校内男子の憧れの的である柳田さんを目の前で掻っ攫いやがったぞ」

「あやつ・・・許せん」

 どうやらこの集団内でのやり取りを詳しく見ていなかった生徒たちは、彩香が裕紀にラブレターか何かを差し出し裕紀がそれを受け取ったと、完全に勘違いしている。

 女子は好奇心が尽きないのかさらに盛り上がっているようだが、男子からの視線や会話が、何だか怖かった。

 放置しておけば何をされるか分かったものではない。

「あの掲示板の記事は本当だったのか」

「ん?」

 そんな騒ぎの中、裕紀は一人の男子生徒が放った一言に全意識を持っていかれた。

 面白がっている光と、ジト目でこちらを睨んでくる瑞希を完全スルーして、裕紀はその言葉を零した男子生徒へ歩み寄った。

「なあ、ちょっと。その掲示板の話、詳しく聞いてもいいか?」

「ん? ああ、いいよ。まあ調べてみればすぐに分かることだけどね」

 そう言って佐伯という名の男子生徒は、とあるサイトの存在を裕紀に教えてくれた。

 校則上昼休みと放課後以外は携帯の使用は禁止となっているため、この場で閲覧することはできない。

 だが、そのサイトへのアクセス方法と例の掲示板の閲覧方法は教えてもらったので昼休みに観ればいい。

「それより柳田さんと関わるのは、気をつけた方がいいよ」

「え、何で?」

 会話を終えた佐伯から一言そう言われ、裕紀は意味が分からず聞き返す。

 質問で返された佐伯は、周囲を伺うように視線を巡らせると、耳打ちするように小さな声で言った。

「三年にえらく裕福な家の先輩がいてね。柳田さんその人は同じ部活で、どうやら目をつけられてるっぽいんだ。本人は否定してるらしいけど、まああの容姿だからね。いろんな男子に狙われてるのさ」

 要するに校内の男子生徒全員を敵に回したくなければ大人しくすることだ、と忠告してくれているのだろう。

 裕紀としては別に彩香は恋人のような関係ではないので、何でもないことでやいやい騒がれても困る。

 まさか魔法について一般人の生徒に話すわけにもいかないだろう。

 かと言って、上手く相手に感づかれないよう会話を進める自信も裕紀にはない。

 その上級生にはなるべく出くわさないようにしなければと、机に戻った裕紀はしなくてもいい心配に深々とため息をついた。

 自分の椅子に着いた裕紀は、佐伯との会話の内容を視線で問うてくる友人に話した。

「ま、あれほど綺麗でしかも優等生なんだから人気なのは仕方ないだろ。とりあえず、ここ何日かはそのぼんぼん上級生には会わない方が良さそうだな」

「ああ。関わったら何されるか分からないしな」

 話を聞いた光は、椅子の背もたれに寄りかかってそう言い同意を示す。

「でも三年生の教室って二階下よ。そうそう出くわさないでしょ」

 瑞希の言う通り四階建ての萩下高校の構造上、一年生の教室は四階に三年生の教室は二階にあるためそうそう上級生とは出会わない。

 その上級生本人がわざわざ三階にある教室へ出向いてくるか、はたまた裕紀が呼び出されたりしない限りは平穏無事に暮らせるだろう。

 直後、裕紀の背筋が何者かに撫でられたような鳥肌が立った。

 とても、嫌な予感がした。

 そしてその予感は、不幸にも現実のものとなって裕紀を襲った。

「失礼するぞ、諸君!」

 妙に偉そうな台詞と声音が、一年生犇めく教室中に響き渡った。

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