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聖剣使いと契約魔女  作者: ふーみん
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誓い(5)

 裕紀がエリーのスキンシップに付き合わされていた頃。

 エリーの研究所がある過疎地域とは逆方角の、人気のなさでは市内で一番である場所に建てられた廃墟で、一人の男が片膝をつき頭を深々と下げていた。

 男のいる廃墟は、資源戦争後に都会化が進んだ影響で使われなくなった施設の一つだ。

 故に、わざわざここまで立ち寄る人間はいない。肝試しになら好奇心旺盛な若者が訪れて来そうだが、そのことも心配はしていなかった。

 男は、魔法使いだった。

そして、それこそが心配していない理由と直結している。

 男は廃墟へ入る前、この大きな建物を囲むようにとある魔法を発動させていた。

 人払いと呼ばれる、対象となる物体を生物に感知できなくさせる隠蔽魔法だ。もちろん、大規模範囲における生物の意識へ干渉する行為は己の力ではどうにもならないことなので、この魔法には魔晶石が必要となった。

 男は黒曜石のような色合いの魔晶石を、ペンダントとして加工して首元にくぐり付けていた。ショッピングモールで戦闘となったあの女子高生が所持していた、鮮やかな真紅の輝きを放つ魔晶石とは全くの別物だ。

 魔晶石は、四十二年前に南極大陸の大半を消滅させた謎の現象≪大規模空間浸食≫の影響で生み出された新資源であり、この現実世界にもたらされた変化の一つでもある。

 その特性は魔法使いのみに有用とされる、使用者の生命力を魔力へ変換させるというもの。しかし、その特性は魔晶石の能力のごく一部でしかない。男の知る範囲では、この石にはあと数個の特性があった。

 魔法と呼ばれる能力が発見された魔法使いたちの黎明期。魔法使いは魔法を発動させる際に空間や紙または地面などモノに魔法陣を描き、その魔法の起動システムである詠唱起動句を唱える必要があったらしい。

 だが、魔法戦闘中にいちいち魔法陣を描いたりしていたら手間と時間がかかって仕方がない。

 そう考えた一人の魔法使いが、当時未だに謎の多い魔晶石について気づいたことがあったらしい。

それが魔晶石の特性の一つ、魔法陣と詠唱起動句の記憶だったと言う。

 この特性のおかげで、現在の魔法使いたちは自身の生命力と詠唱起動句一つで簡単に魔法を発動させることができていた。

 ただ異世界では、やはりそんな面倒くさいことはする必要がなかった。魔晶石を必要とせずに、詠唱だけで魔法陣の自動生成が可能な環境なのだから、現実世界において魔法は実に場違いな力であると言えよう。

(・・・・!)

 そんなことを考えていると、発動していた人払いの魔法の効力圏内に何者かが侵入した気配を感じ、男は鋭く息を飲んだ。

人払いは、発動者とその効力圏内にいる者以外は対象を認知することはできない。が、どんな魔法も発動者より遥かに魔法使いとして熟練している者や保有生命力、要は扱える魔力の量が発動者より多ければ多いほど意図的に魔法を破ることも可能だ。

 どちらにせよ、男より魔法使いとして熟練している何者かがこの建物に侵入してきたことは間違いなかった。

 敵ならば即座に迎撃態勢を取らねばならない。

 だが、男に警戒している気配は微塵もなかった。ただし、男は緊張させていた雰囲気をより一層高めさせていた。

 そして、とうとう敷地内に侵入した何者かの気配が男の跪く空間に到達したとき、男の緊張は最高潮にまで高まった。心臓の鼓動が早鐘のように早まり、全身の筋肉の硬直により思うように呼吸ができなくなる。

 とうとう男の呼吸すら困難になってきた頃、男の跪く場所から東側の、月明かりによってできた柱の影からその気配は姿を露わにした。

 ごくん。思わず生唾を飲み込んでしまうほどの威圧感を身に纏った侵入者は、コツコツとコンクリートを響かせてこちらに歩いて来る。

「マスター自ら赴いてくださるとは、いったいどのようなご用件でしょうか?」

 ゆっくり、ゆっくりと焦らすように歩いて来る侵入者に男は最小限の声音で囁くようにそう尋ねる。

 尋ねながら、男は頭を少しだけ上げて侵入者の姿を覗き見た。

 ただ歩いているだけなのに、それだけで相手を押し潰せそうなほどのプレッシャーを放つ侵入者は、闇より暗いローブを羽織っている。目深に被られたフードにより表情は目元まで伺うことはできず、侵入者が何を考えているのか察することはできない。

 羽織っているローブは身体の正面でしっかりと止められており、侵入者の正確な身体情報すら全くもって判別がつかない。

 しかし、この男は知っていた。侵入者の声音を、性別を、性格を。

 唐突に言おう。この侵入者は魔女だった。

「ふふっ。用件がなければ来てはダメなのですか? あなたも寂しいことを言いますね」

「いえ、そのようなことは。マスターがこのような場所に赴くことは滅多にないことなので、つい」

 からかうようにころころと笑いながら、明らかに女性の良く響く薄い声でそう言う魔女。

その声に男は肩を震わせ即座に誤解を正した。

 しかし、それが彼女の気まぐれによるからかいに過ぎないことは男も理解している。

 そうと分かっていても即座に謝罪をしてしまわなければならないほど、男は恐怖していた。

 それも当然のことであり、魔女は男にとっては直属の上司にであり、彼の契約者でもあった。

「ふふっ。そんなに恐れを露わにしなくとも、わたくしはあなたを殺すことはしません。ですが・・・」

 男の態度に面白そうに笑いながら言う魔女だったが、次に放たれた言葉は氷水よりも冷たく刃より鋭い殺気を纏っていた。

「次にこのような失態を犯した場合、わたくしはあなたを殺してしまうかもしれません」

 コツ、と廃墟にコンクリートの音を反響させつつ言われた警告に、男の背筋に言いようのない悪寒が這いずり回った。

 男は今日、この魔女から伝達された任務に失敗した。魔法使いの女子高生との戦闘という予期せぬ事態が起こり、結果獲物を取り逃がしてしまったのだ。

 しかし、どんな要因があれ失敗は失敗だ。この魔女が求めているものは任務の成功のみ。男が何を言おうが、それはただの言い訳にしかならないのである。

 だから男は、恐怖によって掠れた声で告げる。

「次こそは必ず、あなたのご期待に応えます。ですから、この私にどうかあの魔法を教えてください」

 男の契約者である魔女も、当然魔法使いだった。そしてこの魔女は生物を殺める闇魔法。呪詛や悪魔・魔物などを呼び出す召喚魔法。それらの総称≪暗黒魔法≫に長けていた。

男の言うあの魔法とは、悪魔や黒龍といった魔物をこの世界に呼び出し破壊の限りを行わせる召喚魔法の一種だ。

 だが、たかだかターゲット一人にそんな大袈裟な魔法を、わざわざ民衆に晒すリスクを無視して使う必要はなかった。

 しかし男は、どんなリスクを冒してでもこの任務は成功させなければならなかった。

焦る男の内心を手に取るように理解しているのだろう。

魔女はフードの下で小さく唇を歪めた。

「あなたがそれを要求するならば、本来はあなたに尽くすはずのわたくしが、断るわけがないでしょう?」

「では・・・!」

喜びのあまり僅かに頭を上げた男を見下ろし、魔女はくつくつと微笑みながら言った。

「いいでしょう。教えて差し上げます。わたくしの知る限りの、あなたに相応しい召喚魔法を」

男に相応しい魔法。それは裏を返せば、男になら扱えるだろうレベルの魔法ということだ。

最強とは程遠い、召喚できる魔物も底が知れることはこの男も言われずとも理解していた。

だが、男は深々と頭を下げて感謝の意を表した。

「ありがとうございます。では、さっそく準備を」

「ふふふっ。そうしなさい。くれぐれもあの方のお怒りに触れないよう、任務を果たせるよう魔法習得に臨むことです」

魔女がそう返すと、男は「承知しました」と威勢よく答え、別の場所で教わるつもりなのか魔女を残して何処かへ去ってしまった。

(まあ、あなたごときが倒せる相手ではないでしょうけど・・・)

 完全に男の気配が遠ざかったことを確認した魔女は、内心冷めた感情でそう呟いた。

 とはいえ、今回のターゲットはそれほどに危険人物、と言うわけでもない。

 予兆はあったものの、魔法使いとなったのがつい数時間前の新参者だからだ。この魔女にかかれば、この場でターゲットの息の根を止めることは一秒も満たないだろう。

 仮にあの魔法使い一人と男が戦っても、今の状態では魔女の教えを受けている男が勝つことは確かだ。。

 では、なぜ魔女は内心で男が新米魔法使いに負けることを確信しているのか。

 答えは単純明快、魔法使いとしての素質の差である。彼女たちが狙っている魔法使いの素質は、恐らく他の平凡な魔法使いとは比べ物にならないほど飛び抜けている。あの魔法使いなら、本来なら一ヶ月くらいでようやく覚えられる魔法をたった一日で習得してしまいそうだ。

 それに、聞く話によるとターゲットはすでに一人の魔法使いと接触しているようだった。接触した魔法使いがターゲットの仲間であることは、男の襲撃が妨害されたことからして明らかだ。

 まず間違いなく、同行している魔法使いは今日中にターゲットへ魔法についてレクチャーを始めていることだろう。

 そうなるともはや男の勝機はゼロに等しい。

 だから魔女は男に召喚魔法を教えることに決めたのである。

 魔女や男が仕えている≪あの方≫の期待に応えるためにも、今後の彼女自身の行動にもあの新米魔法使いは邪魔でしかない。

 その過程で男が犠牲になることは、もはや仕方のないことだろう。より強い闇の力を欲するのであれば、生半可な覚悟では魔法そのものに殺される。自分の死の代わりにより強大な力を得られるのであれば、それであの魔法使いを始末できるなら、男の死も無駄ではないというものだ。

魔女はコツコツとコンクリートの音を部屋に響かせて、部屋の端まで移動するとゆっくりと外を見た。

遠くに見える八王子市街地に灯る、人々の営みの光。その光一つ一つに命がある。

 それら全ては普通、人の力では到底変えられない尊いものだ。

その光の集団を見て、魔女はフードの下で不気味に嗤う。

 いずれ、≪あの方≫が世界中に灯るこの光をあらゆる闇へと染めつくすことだろう。絶望、苦痛、怒り、憎しみ、そして死が。この世の全ての闇が世界を覆う時、あの方は世界の覇者となる。弱きものは淘汰され強気者のみが生き残る、完全な強者だけの世界の王に。

 その光景を脳裏に思い浮かべ、魔女は唇の笑みをさらに深く歪めた。

「絶対強者、それが我ら≪ネメシス≫の絶対秩序であり、我々の目指す世界の姿。必ず、我らの世界を造ってみせるわ」

 興奮に揺れる、甘い花の蜜のような声音で魔女は一人街へ呟く。

 手始めにあの魔法使いを排除することがあの方の命令だ。

 命令には忠実に従うことを心掛けている魔女は、魔法を教わる準備をしているだろう男の下へ、コンクリートの地面を鳴らしながら柱の陰の底へ音もなく沈んでいった。


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