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聖剣使いと契約魔女  作者: ふーみん
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誓い(2)

ソファの傍に学生鞄を置いた裕紀は、全身に溜まりに溜まった疲労をソファの背もたれにぶつけるように身を預けた。ふかふかのソファは裕紀の背中に抵抗を与えることなく、むしろ体を包み込むように受け止めた。このまま脱力しつつ目を閉じてしまえば一時間は眠れるだろう。それほどまでに、このソファの感触は心地よかった。

「おいおい、まるで年老いた爺さんみたいだぞ?」

 ソファに埋めり込んだ裕紀を見たエリーにやや呆れ気味の表情でそう言われてしまうが、もはや反論する気力すらない。

 どうやらもう一つの自宅と言っても過言ではないこの研究施設を訪れたことと、エリーのアットホームな雰囲気によって緊張の糸が途切れ、溜め込んでいた疲れがどっと裕紀に襲い掛かったようだ。

「こっちは色々疲れてるんだ。少し休ませてくれ」

「若者が何を言っているんだ。まったく、いま紅茶を用意するから待ってなさい」

 そう溜息を付いたエリーは、よっこらしょと椅子から立ち上がった。

 立ち上がったエリーはやはり日本の女性の平均身長を優に超えていた。一本一本が金糸のような輝きを放つ髪と、着こなした白衣の裾をなびかせて台所へ向かう。

 エリーが席を立ったことで裕紀の真正面にはパソコンのディスプレイが露わになった。電源は入ったままらしく、画面は何やら明るく輝いている。相変わらずよく分からない言語の羅列が画面の大半を占拠しているが、どうやら映っているのはそれだけではないらしい。

 ソファに埋まりながらそのことを確認した裕紀は、画面に映されている文字以外の何かが気になり、心惜しいもののソファから身を起こした。

 自分の研究内容はいくら裕紀でも見せることはないエリーではあるが、幸か不幸か彼女はいま台所にいる。普段は裕紀が買ってくるボトル飲料で水分補給は済ませているらしいので、パックから紅茶を作るのは滅多にないことだ。

 あまり経験のないことにしどろもどろしている様子の後ろ姿を確認した裕紀は、足音を立てずにパソコンへ近づく。ディスプレイの画面を走る言語はやはり意味不明だったが、右側に映されていた画像が何なのかは理解できた。

「これは、剣?」

 画像の中の代物は柄からグリップまでが綺麗な装飾が施され、刀身は鋼のように白銀に輝いている一振りの剣だ。まるで遥か昔のおとぎ話に出てくる英雄が使っていそうな、そんな印象を受けさせる剣だ。

 それにしても、彼女がどういった経緯でこの剣に携わっているのかが気になってしまう。いくら研究者と研究対象の関係でも、もう五年以上は関係を共にしている間柄だ。もはや裕紀にとってエリーは家族よりも長く一緒にいる、第二の家族のような存在だった。

 そんな彼女が自分の知らないところで違う研究に手を伸ばしているというのは正直すっきりしない。

映されている画像かディスプレイ上のどこかをクリックすれば、この件に関する詳しい情報が出てくることは間違いない。勝手に個人情報を開示してしまうのは厳密に言えば法律に違反するが、ちょっと手が滑ったくらいの言い訳でエリーは見逃してくれるだろう。試したことはないが、まあ、何とかなるはずだ。

 そう思い、ゆっくりマウスを動かしたときだった。

「勝手に人の研究資料を覗き見ようとするとは、あまり褒められた趣味ではないぞ?」

背後からそんな言葉がかけられ、裕紀はびくっと肩を震わせた。

 恐る恐る背後を窺うと、紅茶の入ったカップを両手に持ったエリーがじっとりとした目で裕紀を見下ろしていた。エリーの身長が高いからか、中腰の体勢だった裕紀は自動的に見上げる形になり、どことなくエリーが不機嫌そうに伺えた。

 エリーが不機嫌になるのも無理はないだろう。裕紀がいま行っている行動は彼女が一番嫌っていることであり、まさか身内にも等しい相手にやられるとは思ってもいなかったのだろう。信頼していた相手にこのようなことをされれば、裏切られたと思われても仕方があるまい。

 なので、裕紀は言い訳はせず素直に自分のやってしまった行為について謝罪を行うことにした。

「・・・ご、ごめんなさい」

 あまり、と言うか滅多に怒ることのない人が怒るとこんなにも威圧感を感じるのか。じっ、と無言でこちらへ視線を送り続けるエリーにそう謝った裕紀の声はいつもより小さかった。

 そんな様子だった裕紀から謝罪を受けたエリーは、数秒後、短くため息を付くと小さく微笑んで言った。

「いいよ。別に詳しいことを見られてしまったわけでもないし、その画像は調べれば出てくる程度のモノだから。とは言え、研究の内容は口外できないし知られてはならないことだから、もう勝手にこういうことはしてはダメだよ? 今回に限った事じゃなくても、人の許可を受けずに他人の資料は見ないことね」

 若干十六歳。高校一年生もあと少しで終わろうというのに、小学生が言われそうな注意を受けた裕紀は羞恥心と反省によって返す言葉もない。

 そんな裕紀をさらに言及するような意地悪なことはせず、エリーはくるりと体の向きを変えてテーブルに二つのカップを置いた。エリー自身は裕紀に背を向けてゆっくりとソファに腰を掛けた。

 背後にいる裕紀へ肩越しに視線を送ると、細い指で正面のソファを指差して言う。

「私も許していることだし、そんな些細なことは気にするな。それより、久々にアップルティーを淹れてみたんだが休憩がてらちょっと飲んでみてくれないかい?」

「エリーがそういうなら気にはしないよ。・・・ていうか、久々じゃなくて初めてなんじゃないのか?」

 裕紀もエリーの向かいのソファに腰を掛け直し、カップの中身を確認しながらそんなことを言ってみる。

「む? そうだったかな。まあいい、とにかく今回は自分で言うのもなんだが上手くできた気がするんだ」

 言われたエリーは果たしてどうだったかととぼけた顔でそう呟くが、続けて自分の入れたアップルティーについて自己評価を述べた。

 エリーは街に出れば誰もが目を惹かれかねない美貌とスタイルの持ち主なのだ。その点で言えば同級生で魔法使いでは先輩にあたる柳田彩香もかなりの外見を持ち合わせているが、二人の間には決定的な違いがある。

 彩香は学生と言うこともあり自宅に留まる時間はそう多くない。休日も生徒会や部活動の関係で外出がほとんどらしい。

 それに比べて、エリーは重度の引き籠りだ。買い出しなどは裕紀が担当しているので、おそらくこの日本に来てから今日まで最後に外へ出たのがいつなのか、裕紀は思い出そうとしても思い出せない。

 それほど長くこの研究所から出たことの無いエリーがやっていることは研究ばかりで、裕紀がいなければ一日三食インスタント生活を送っていることだろう。そんな彼女が自信を持って上手くできたと言っている。

 こういう時に限って舌の機能にトンデモナイことを起こしそうなほどの代物を飲まされるのが定番なのだろうが、あのエリーが自分で何かを作ったことに感激していた裕紀は、少しばかり美味しいアップルティーを想像してしまった。

「へえ。そりゃ、ちょっと期待しちゃうな」

 そう言い、待ちきれないように裕紀は忙しなくカップの縁へ唇を付けた。

「そんなに焦ったら舌を火傷するぞ?」

 早く飲みたい裕紀の気持ちを察したのだろうか、わくわくした様子のエリーがそう忠告するが裕紀は構わずに黄金色の液体を口に流し込んだ。

 瞬間、熱い液体と共にりんごの濃縮された風味が舌を走った思えば、今度は紅茶独特の風味が一斉に裕紀の口内を襲い掛かった。

 プロが淹れる紅茶とは遠くかけ離れてしまうだろうが、そこら辺のインスタント品よりは味もしっかりしている。香りも鮮やかなりんごの匂いが鼻孔を擽り、この匂いを嗅ぐだけでも心がぽかぽかしてくる。

 夢中でカップを傾けていた裕紀は、やがて口の中に液体が入ってこなくなることに気がつくと口からカップを話した。さっきまで湯気を立ててカップを満たしていた黄金色の液体は跡形もなくなり、いまやカップの底が丸見えだった。

 予想外の美味しさに夢中になってしまい、いつの間にか全部飲み干してしまったようだ。

 口の中にまだりんごの風味が残っている。何もしなければいつまでも味わえそうだ。

「・・・どうだった? 美味しい?」

 妙に真剣に尋ねてくるエリーに、裕紀はカップをテーブルに置くと慎重に答えを返した。

「エリー、これ美味しいよ。お世辞じゃなくて本気で、初めて淹れたお茶とは思えないほどだよ。りんごの味がしっかりしてるけど、どこかさっぱりしてて、優しい味だった」

「そ、そうか。それは良かった! 料理を含め紅茶も淹れるのは数十年ぶりだったからな、ちょっとどころかかなり緊張していたんだ」

「やっぱり料理はしていなかったか・・・、てっ、え!? 数十年ぶり!?」

 それは初耳だった裕紀は遅れてそんな驚きを露わにする。せいぜい数年程度だと思っていたのだが、どうやら裕紀と会う前も家事には手を付けてはいなかったようだ。

 いったい裕紀に会うまでは誰にお世話をしてもらっていたのか。気になったが訊いたところで教えてくれるかどうかは怪しいだろう。

 まあ、お茶を淹れるだけと言っても彼女が久々に淹れてくれた紅茶は美味しかった。

 裕紀の褒め言葉に気恥ずかしそうに顔を紅くして頬を掻くエリーは、彼の驚きには気づいていない。

 そんな彼女を正面で暖かく見つめていた裕紀の視線には気づいたようだ。エリーはわざとらしく咳払いをすると赤い縁の眼鏡を押し上げた。

「なんにせよ、君の疲れも多少はとれたようだね。どうせ、また学校で無茶なことをしたんだろう?」

「体育の時間に全力疾走しただけだよ」

 研究の対象である裕紀は、運動に関することはエリーに随時報告している。些細な運動を行っても裕紀の身体能力は上昇したりするらしい。

 その際裕紀は彩香のことも雑談程度に話していた。

「はあ。例の女子生徒だったね。で、結果は?」

「完敗っす。あれだけの距離を全力で走ってこっちは立つ気力もないのに、あっちは余裕で立っていて、しかも友達と話してますから」

 正直、裕紀の中では彩香の印象が和らいだ今でも、あの光景を思い浮かべると自分と彼女の差をありありと感じさせられ、決して良い気分にはなれない。

「ふむ。裕紀の身体能力について行ける体力を備えた女子高生、か。また研究のしがいがありそうじゃないか」

「一般の人を巻き込もうとしないでください。それより、早く研究を始めましょう」

 研究といっても裕紀が携わることは全身を隅々まで測定したりするだけなのでそう時間はかからない。

 決して焦る必要もなかったが、むふふ、と不気味な笑みを浮かべる研究者には早く別のことに集中して欲しかった。もしもエリーが彩香と会いたいなどと言い出したら、色々と面倒なことになることは間違いなしだ。

「そうだな。私もお腹が減ってきたところだし、さっさと済ませるとしよう」

 幸い、裕紀の提案にエリーも賛成だったようで、一時的にせよこの話題はここで打ち切りとなった。

 自身も美味しそうにアップルティーの入ったカップを傾け、すべて飲み干すと背伸びをしてから立ち上がり、研究の準備をするためにパソコンのある机へ向かった。その際、彼女の大きな胸が派手に弾んでいたが、裕紀は視線を逸らしてそそくさと立ち上がる。

 余計なことは考えないよう研究後の夕飯についてあれこれ考えながら、裕紀は一人更衣室へ向かったのであった。

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