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聖剣使いと契約魔女  作者: ふーみん
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誓い(1)

八王子市の交通機関のうち、鉄道路線は新八王子駅を中心に市内の東西南北それぞれに位置する駅へ線路が伸びている。また、新八王子駅は空間浸食からの緊急用の駅だけでなく他県と都心を繋ぐための中継駅にもなっていた。

 あの喫茶店を後にした裕紀は、新八王子駅創設から新たに導入されたモノレール線で市街地の北方へ十分程度の時間をかけて移動した。この時代のモノレールは普通電車とは違い、乗用車程度の大きさの乗り物に最大で四人が乗員できる。通勤ラッシュなど大人数が収容されている空間には入れないという人たちへの配慮だ。希望があれば専用座席として切符購入時に駅員へ申請し、乗員人数を制限することができる。

 裕紀も一人でモノレールに乗ることが多いので、余程のことがない限り乗員人数を制限させてもらっている。見ず知らずの人間と一緒ではリラックスすることはできないし、余計なことで気を使ってしまうからだ。

 多くの利用者の申請要因がそのような精神的な問題なので、一人乗り専用の車体も製造しようという意見も出ているという噂だ。

 ともあれ、今回の乗車も乗員人数を最低の一人になるよう申請を出した裕紀は、モノレールが駅に到着するなりそそくさと乗り込み市街地の北側に位置する北八王子駅へ向かった。

 モノレールからは夜の八王子の市街地が一望できるのだが、今日は色々と疲れ切っているので裕紀は軽めの仮眠をとることにした。

 電車が着くなり学生や社会人と共に改札から出た裕紀は、そこからさらに徒歩で二十分ほど北側を目指す。

 知り合いの研究者が所属している研究施設は、市街地から離れた郊外に寂しげに建てられている。

 単純にその研究者が人混みが苦手なことと、あまり外に出たがる性格ではないことから本人が人気のない地域を希望したのだ。市街地から離れているだけあって暮らしている住民は数えるほどしかいない。それ故か、周囲には大きなマーケットなどもなく営みの光はないに等しい。

 遠くで市街地の光が伺えることから、同じ都会化の進んだ市内でありながらもこの辺りだけ田舎のように感じられる。唯一ある明かりと言えば均等に並べられている街灯ぐらいか。それでも数はまちまちで、道も舗装されていないため、一昔前の日本へタイムスリップした感覚に陥りそうになる。

(そう言えば、異世界の道も舗装とかはしていなかったな)

 土の地面がむき出しの歩道を見下ろして、およそ一時間前の記憶を思い出す。彩香と裕紀が訪れた村は全てが木材を用いて作られていた。民家も、お店も、宿屋も。建物に使われている部材を見渡す限り、無機質という要素は一切伺えなかった。強いてあった無機質と言うのなら、広場中央の大広間に敷き詰められていた石や、転移に使った巨大な滝を取り囲む池を囲う大きめの岩くらいだ。街灯なども見当たらなかったし、その代わりに幾つかの松明などは設置してはあった。

 風景的な意味で比べれば、点々とだがまだ街灯が存在している郊外のほうが近代的だ。だが、こうして寒い夜に歩いていると異世界のあの村が羨ましい。

 夜間の明かりは松明の炎の光だけ。それでも人々の活気があるとないでは大きく差が付く。村人同士のいざこざが起きることはあるだろうが、人々が協力して暮らしている様子を窺えば何とかなりそうな気がしてくる。

 そんな村と比べてこの現実世界の施設はしっかりしているが、夜はあまり治安はよろしいとは言えないだろう。

 裕紀たちが訪れたとき、あの村の門番がやけに現実世界(彼らはアース族と言っていた)から来る魔法使いを警戒していたが、果たして大丈夫だろうか。

 魔法使いとして目覚めて異世界に赴いてしまった裕紀は、もはや現実世界と異世界の間で起こる問題に無関係だとは言えない。自分たちの行いのせいで、異世界の人々から見た裕紀たちの印象が悪くなってしまうことは避けたいことだった。

(まあ、詳しいことはまた柳田さんに聞けばいいか)

 魔法使いになりたての裕紀がそんな難しい事情を考えても、ただ時間を消費するだけでしょうもないことだ。

「・・・ん?」

 悪く言ってしまえば人任せとなってしまう選択を選んだ裕紀は、ふと背後から視線を感じて振り返った。

 しかし、背後には薄暗い闇の向こうに市街地の光が映るだけで人影は一つもなかった。時節点滅する街灯がその視線に奇妙さを上乗せさせ、裕紀は気味の悪さに微かに身を強張らせた。

 気のせいだと自分に言い聞かせ目的地へ急ぐ。学生鞄を握る利き手にはじんわりと手汗がにじみ、無意識のうちに歩行速度を上げていることに裕紀は自覚することなく歩き続けた。

 ちらちらと背後を気にしつつ歩き続けること五分。ようやく裕紀の前方に巨大なプレハブ施設が現れ、ほっと緊張していた気持ちを緩めた。

 スーパーバーケットほどの大きさの建物は、知り合いの研究者が所属している研究施設だ。あとは建物を囲っている鉄柵の内部へ入れば安全である。不意に感じた視線も、あの瞬間以来は感じることはなかったので、きっと裕紀の勘違いだろうと思い込む。

 ともあれ、これで目的地に到着した裕紀は駆け足気味にプレハブ施設の入り口へ駆け寄った。

 裕紀の研究を担当している研究者は、自分の研究事項やその結果を他人に知られることを非常に嫌っている。それはどの研究者も(研究者でない人も)自分のやってきた記録を見ず知らずの他人に知られることは嫌だろうが、裕紀の知り合いはその度合いを超えていた。

 入り口のドアの前に立った裕紀を感知したらしいセンサーが、赤いランプを点灯させてビーっと不快な音を響かせた。

 知り合いの研究室へ辿り着くには、カード認証、虹彩認証、指紋認証、などなどありとあらゆる認証を合格して行かなければならない。そもそも、虹彩や指紋などの生体認証は一人ずつ異なっているのだからどれか一つだけで済ませて欲しいのが裕紀の本音ではあるが、本人の用心深さ故にその提案は却下され続けている。

 以上のような理由があり、裕紀はまず預けられていたカードを認証装置へ掲げた。研究を始めてもらう前に本人から直接渡された暗証番号が登録されたカードだ。

 一応のため肌身離さず持っていた裕紀のカードは当然システムに認証され、暗証番号を読み込んだ認証装置がドアを開錠させた。

 一歩進むとドアは横へ自動スライドされ、何も飾られていない簡素なプレハブ通路が目の前に現れた。

 これから行われる様々な認証システムを面倒くさがるように裕紀は溜息をつくも、入らないことには始まらないのでさっさと建物の中へ入って行った。

 スーパーマーケット並みの大きさを持つ研究所には、もちろんそれなりの大きさに値する設備や部屋が割り振られている。主に身体をスキャナーするための部屋や、研究者が寝る寝室。執務や休憩、来客を招待するための来客室などがある。

 カード認証を始めとする暗証番号入力から、さらには身体の隅々まできっちり調べつくされた裕紀は、研究所に幾つかある部屋のうちの来客室へ足を運んでいた。

 各部屋にも懲りずにカード認証のみの認証装置が設置してあるため、裕紀は疲れた動作でカードを翳すとドアが開くなり部屋へ入った。

 壁や床、天井までもが白色の目立つ部屋の中央には、それなりに大きいテーブルと二人掛けのソファが対照的に置かれている。部屋の奥には簡単な料理ができるようにキッチンがあり、ちょうど中央のテーブルの延長線上に二人分の椅子と脚の長いテーブルが置かれていた。来客が来るときは基本的に部屋を仕切ってしまうのだが、あの空間は主に裕紀が使わせてもらっているので今は開放されていた。

 中央右側にはパソコンのディスプレイとキーボードを載せるための机に、パソコンの使用者の座る回転式の椅子が一つ。それと裕紀にはよく分からない精密機器が綺麗に設置されてある。

 左側は別の部屋と隣接しているため、壁の大半がガラス張りになっている。隣の部屋は裕紀の体をスキャンするための、いわゆる身体測定室だ。あちらの部屋にも一般人には知る由もない機械がたくさん置かれていた。

 ざっと一五平方メートル四方の大きさの部屋に、精神的な疲労で疲れ切った表情の裕紀が入ると、まるでそれを待っていたかのようにパソコンデスクを前に座っていた女性研究者が言った。

「もう用事は済んだのかい? ・・・というか、なぜそんなにも疲れ切っているんだ?」

 くるり、と椅子を回転させた研究者は裕紀の表情を見るなり不思議そうに問いかけてきた。

 髪は癖毛一つないすらりとした艶のある金髪ロングヘア。眉にかかる長い前髪を、水色の髪留めで留めている。瞳の色は青空のように澄んだ青色。

 肌は出身が西欧だからか透き通るような白色だ。モフモフとした実に暖かそうな灰色のニットスカートの上に白衣を着ている。胸の辺りがそこだけ強調するようにもっこりしているのは、彼女の成長が発達しているとだけ言っておこう。

 そんな彼女のニットスカートから伸びるすらっとした脚は黒いタイツに包まれていた。スカートの丈が短いこともあり、異性の裕紀としては目のやり場に困ってしまう。

 赤い縁の眼鏡をかけている彼女は大人びた雰囲気と子供らしさが入り混じっていた。そのせいか、白衣を着ていなければ海外留学中の大学生かと勘違いしてしまいそうだ。

 そんな金髪碧眼の持ち主の名前はエリー・カティ。裕紀の症状を聞くなり遥々英国から来日した研究者だ。

 ところで、裕紀を疲れ切らせている大半の原因を作っているのが、研究所内に設置された多種多様な認証システムだということに彼女は気付いているのだろうか。

「あなたの設置した認証システムのおかげで、精神的なダメージを半分以上削られましたよ」

 口調も声音も本気で疲労困憊な裕紀を見た女性研究者は、いまさら何をと言った様子で椅子に座りながら言い返す。

「そんなもの、もう何年も前からやっているじゃないか」

「じゃあ積もり積もった疲労が今日俺に襲い掛かったんですね」

「過ぎたことだ、まあ気にするな」

 少しも詫びる様子のないエリーは、右腕をソファーのほうへ向けた。その指が伝えたいことは、とりあえず荷物を置いて座ってくれ、的な意味合いだろう。とりあえず疲労面では気に掛けてくれているらしい。

 彼女の言う通り、この認証地獄は今に始まったことではなくおよそ四年間ずっと行われている。

 正直のところ裕紀のこの気持ちの疲れは彼女の認証システム半分と、残り半分は異世界や魔法といった未知の存在を知ったからだと思う。もちろん、エリーは魔法などには関わっていないはずなので魔法使いの規約から絶対に口外はできない。

 反対に、ここで魔法に関する情報を暴露してしまえば裕紀はその瞬間魔法使いの力を失うこととなる。

 そうなれば、壊れかけているいつも通りの日常へ戻れるということになるが、裕紀はそうはしなかった。

 知らず知らずならまだ仕方のないことだろうが、自分からそれをしてしまったらついさっきまでの彩香との関係が儚く散ってしまうのではと思ったのだ。それに、一生懸命魔法や異世界に関するレクチャーをしてくれた彩香に、これほど失礼で裏切りのようなことはないだろう。

「ん? どうかしたのかい?」

 エリーのジェスチャーに、ぼーっとした反応を返してしまった裕紀は彼女に小首を傾げられてしまう。

「いや、何でもないよ」

 重要な事情を隠していることだけは悟られないように気を付けながら、裕紀はそう答えてソファーへと歩み寄った。

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