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聖剣使いと契約魔女  作者: ふーみん
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魔法(4)

駅とショッピングモールの集合施設である新八王子駅から少し離れた公園の敷地内で店を構える喫茶店にて、彩香はしばらく何も着飾れていない簡素な扉へ視線を向け続けていた。

 正確に言ってしまえば、今頃は電車に乗り遅れないよう急ぎ足で駅の改札へ向かっているであろう同級生の見えぬ背中を眺めていたのだ。そんなことをしても特に何かが起こるわけでもないことは彼女も分かっていた。にも関わらず視線を送り続けていたのは、彩香の真面目な性格から来る不安によるものだった。

 あの同級生、新田裕紀とこうして真正面から言葉を交わし合わせたのは今日が初めてだった。学校では同じクラスではあるが座席も離れているし、彼には彼の友達がいる。授業間の休憩や、昼休みなどは常に周りにクラスの男子生徒や女子生徒と話をしていた。

 彩香も高校に入学してから最初の頃は機会があれば話してみたい相手ではあった。入学してから早くもクラスに溶け込んでいる彼へ個人的な興味を持ったのだ。

 だがそんな興味は、高校生となり初めて受けた体育の授業で綺麗さっぱり別の興味で上塗りされてしまった。

 体育の項目は、確かちょうど今日と同じメニューだったはずだ。十五分間、学校の校庭を何周も走らされる過酷なことこのうえない内容だ。こっそり身体強化の魔法を使えば楽なのだが、人前で魔法を使うことはリスクが高い。

 なにより、一人だけ反則をして楽をするという考えを彩香自身が許さなかった。

 彩香が魔法使いとなり普通の人間とは違う存在へとなったのは小学生の頃だ。正確な時期はだいたい小学二、三年といったところか。

 先刻彼にも説明した通り、この世界では新資源たる魔晶石が手元になければ生命力を魔力へ変換することができない。よって魔晶石を持たない魔法使いはこの現実世界では魔法が使えない。

 ただ、魔法使いになり長い年月を過ごしている人や魔力の扱いに長けた魔法使いなら、自身の生命力を用いて事象の改変は不可能だが物理的な変化を起こすことは可能になる。

 例えるなら遠くの物体を動かしたり、使用者の体に簡単な身体強化を施したり、更には自分以外の生命力や魔力を感じることが出来たり、などだ。

 ちなみにこのことは彼には内緒にしている。仮に教えて軽い悪戯心でも働かされてしまっては、魔法でなくとも超常現象のような存在として世間に暴露されかねない。最悪の場合は彼が卑劣な考えを持った研究者に連行されてしまうことだ。自分たちの目的のためには手段を択ばないだろう彼らに連行されれば、これから先の彼の人生はモルモットとして生きていくという残酷な運命が待っているだけだ。

 まあ彼に限って連行されたり暴露されるようなことはないだろうが、念には念をという言葉があるように、新参者の彼には教えていない。

 ところで、彩香も特別魔力の扱いに長けているわけではないがこれでも七年近くは魔法使いとして生活している。なので、他人の生命力や魔力を故意に感じとることはそう難しいことではなかった。

 それは他の魔法使いも同じことだった。魔法使いの世界は何かと物騒なので、入学する学校などはなるべく選んでいる。と言うより、色々とコネを使って入学先の学校の新入生の詳細を調べてもらっているだけなのだが、これもバレれば警察が関与する問題になってしまうので秘密にしている。

 おかげさまで中学校からは魔法使いがいない学校へ通い、そこそこ普通の学生と遜色のない暮らしを送っていた。

 この高校へ入学するときにも、同じように新入生の詳細を一人残さず調べてもらい安全だと判断したうえで入学している。

 その過程で彩香の通う高校には、魔法使いはいなくともその素質を持つ人間がいることは、入学前に知り合いにそう告げられ承知していた(そのことも考えると多分世界中の高校に進学できないだろうから仕方がないことだ)。

 頭の片隅で素質を持った生徒のことを考えながら、彩香もクラスメイトと一緒にグラウンドを走っていたわけだが、偶然すれ違った彼からとても強い生命力を感じさせられたのだ。

 もしやと思い走り終えてから声をかけたことが運命の分岐点だったのかはわからないが、彩香の予感は的中し彼は魔法使いとなった。

「心配ならついて行けば良かったじゃないか。あれだけの素質を持った彼を放って置くなんて、ちっと

無理し過ぎたんじゃないのかい?」

「無理だなんて、してないわ。それに、高校生の情報網も伊達にならないみたい」

 心配してくれているらしいマスターにそう言われた彩香は、何気なく端末で開いた学内掲示板を見て苦笑しながらそう答える。

学内掲示板のトップを堂々と飾っているのは放課後の校門で二人で話している男女の写真や、ショッピングモールに入る寸前を捉えた写真などだ。

 写真に写っている男女は紛れもなく彩香と裕紀だ。どうやら好奇心旺盛な生徒がこっそり盗撮を試みたらしい。

 このような誤解を生む情報は学内掲示板とは言え、本人たちの許可を取らずに勝手に載せるのはマナー違反だ。場合によっては学校側へ通報したり、申請を出せば画像を載せた生徒を特定することも可能だ。

 ただ、彩香はあえてそうせず放って置くことにする。

 端末の電源を落とした彩香にどこか意味あり気な声がかけられた。

「へえ、そのままにしとくのかい? 変な噂が流れることはまず間違いないだろうけど」

 魔法使いの間では結構有名な情報屋としてしられているマスターに的確な意見を貰うが、彩香はただ首を振るだけだった。

「これでいいのよ。所詮噂は噂だし、本人が関係を拒否すれば自然に収まるわ。それに、これで獲物が釣れるか試してみたいしね」

 今度は意味深な言葉を呟いた彩香に、マスターはサングラスの奥の瞳をすっと細めた。声音を普段よりも落としているので、大木のような重く太い声で言う。

「お仲間には連絡したのかい? まさか一人でやるつもりかな?」

「モールでの男が魔法絡みなのは間違いないけど、まだ彼が魔法使いとして目覚めたことは知らせない方がいいから。一応、恵みさんには情報収集を頼むつもりだけど」

「なら俺から連絡しておこう。君も敵の対象になっていることだし、ちょっとした行動も相手に捕まれると危ない」

 マスターの提案に彩香は悩むことなくすぐに頷いた。確かにちょっとした行動を相手に捕まれ、情報が漏洩してしまうことは魔法使いの世界では当然と言っても過言ではない。

 その分、数々の情報の隠密ルートを確保しているというマスターに任せれば漏洩の心配は激減する。

 その間に彩香は、魔法使いになったばかりの裕紀の身の回りの監視や調査に専念できるというわけだ。

 情報屋という立場もあるので、常に中立を保っているマスターにあまり手は借りたくないというのも事実だが、この際は仕方ないだろう。正体の掴めていない敵を相手にしつつ、学校に通いながら裕紀の保護をすることは結構精神的にもきつい。

「ありがとうございます。えっと、手数料は・・・」

「ああ、いいよいいよ。お金ならきっちり貰ってるから」

 そう言って支払機をぽんと叩いたマスターに彩香は素直に感謝の笑みを浮かべた。

 正直に言って高校生のお小遣いで飲み物代と手数料(幾らするのかは不明だが)を支払うとなると少々覚悟がいる。現在、絶賛一人暮らし中の彩香にとっては月々の収入が生活へと繋がるのだ。

「・・・それじゃあ連絡のほうはよろしくお願いします。また状況が進展し次第こちらからも連絡を入れますね」

 喫茶店のドアを開けてそう言った彩香に、マスターは逞しい両腕を胸の前で組みながら太い笑みを浮かべた。

「おう! 情報屋の名に懸けてちゃんと伝えるさ。そっちも連絡を頼むよ」

「ええ。次から手数料は・・・」

 ふと、何を思うことなくそんな疑問が頭を過った彩香はそっとマスターへ尋ねてみる。

 答えは思った通りだった。

「ははっ。ちゃんと払ってもらうからな。高校生のお小遣いで払える程度に、な」

「あ、ははは・・・」

 ウインクが似合わないにも関わらずあえてやってのけたマスターに、彩香は思わず苦笑を浮かべて弱々しく笑い声をあげた。

 当分は節約しないとなぁ、などとそんなことを思いながら彩香も帰宅をするべく新八王子駅へ向かった。


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