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聖剣使いと契約魔女  作者: ふーみん
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魔法(3)

「ん? ああっ!」

「ぶっ。ど、どうしたの!?」

 とりあえずは魔法に関することについて、彩香から聞けるだけ聞くことのできた裕紀は何の気なしに伺ったタブレット端末の時計を見て驚き声を上げた。

 その声に、初めての試みが成功したことに安堵しコーヒーを飲んでいた彩香は盛大に咽込み要件を聞いてきた。

 まあ、静かな喫茶店で落ち着いてお茶をしているところにこの大声だ。彩香でなくとも事情を知らない人なら誰でも驚くだろう。現にカウンターからは、マスターの鋭い視線が裕紀の頭部へ直撃していた。

 マスターまでとは言わずとも、いささか機嫌を悪くした様子の彩香の冷たい視線が正面から照射され続けていた。

 ここではぐらかしでもしてしまえば、冷たい笑みとともに粛清されてしまうことは間違いないので、裕紀はわざとらしく咳払いをしてから口を開いた。

「ごほんっ。大したことじゃないんだが、俺、そろそろ行かなきゃならない場所があってさ。よろしければここらで解散の許可を頂きたいんだけど」

学校が終わってすぐに協力してくれている研究者には連絡を送っているので時間は遅れても大丈夫だとは思う。

 しかし、遅刻の連絡を送ったのは夕方くらいで現在時刻はそろそろ七時を回ろうとしていた。放課後が大体五時頃だったので、かれこれ二時間は経とうとしている。一応研究者からは何時になろうが構わないと返信が来ているが、それは研究好きなあの人の性格だからこその返信だろう。さすがに遅くまで研究を引っ張ることは、裕紀は申し訳ない気分になってくる。

 それに、この話の場が解散されれば当然彩香も家へ帰るであろう。ショッピングモールでの出来事もあるし、防犯システムが次第に普及しているとはいえ世の中はまだまだ物騒だ。

 先ほどの戦闘能力を兼ね備えると心配は不要なのだろうが、一応は二十歳にもならない女の子なのだからあまり夜遅くにならない方がいいだろう。

 そんな考えで提案した裕紀の言葉に彩香も自身の端末を確認して納得顔で頷いた。

「そうね。確かにあまり遅くなっても良くないわね。まだ君には話しておきたいことはあるけど、それはまた今度でいいかしら?」

 真面目な性格からしてあまり重要な話を後回しにすることは好きではないのだろう。誰もが目を奪われそうな美しい美貌をやや顰めさせて彩香はそう言った。

 まあ、裕紀からしてみれば今日の会話で知り得た情報はかなり貴重かつ重要だ。むしろ一度頭をクールダウンさせなければ、色々と思考の整理が追い付かなくなる。

 それに、今の裕紀には自身の力について落ち着いてよく考える時間も必要だった。それほど魔法という存在は稀少な力であり、逆に言ってしまえばとても危険なものなのだ。

 そういうわけで、時間的な兼ね合いもあり裕紀と彩香による話し合いの場は解散となり、それぞれ注文した飲み物を飲み干すと何を話すことなく席を立った。

 そういえば、この喫茶店の風景が急変したトリックについて聞き忘れていたことを思い出し口を開きかけた裕紀だったが、魔法を知った今ではその質問は今更だろうと飲み込んだ。

 どうせ裕紀が入店したタイミングで錯覚を引き起こすような魔法を使ったに違いないのだ。今は香り豊かな木材を使った建物に見せていても、きっと本当は簡素な強化ガラス素材に違いない。

 それにしては材質や匂いが本物に近いことに関しては、魔法の優秀さに舌を巻くしかないが。

 入店したときよりも違った気分で店内を見渡しながらカウンターへ向かった裕紀は、一つだけやけに現代的な入金システムを搭載した端末を視界に留めた。

 個人の持つ電子端末の情報から金額を読み取り、ネットワーク上で支払いが可能となるいわゆる電子マネーというやつだ。

 約半世紀前までのお金のやり取りは小銭や紙幣が大半で、電子マネーは便利であるがセキュリティの問題から一部の国民のみが利用していた。

 だが、二十一世紀も終盤に差し掛かったこの時代では大抵の決済はすべてが電子マネーで行われている。

 資源戦争中に起こった国内サーバーのハッキングが原因で厳重に強化され生み出された日本国内限定の国内ネットワークの確立。さらには国民一人ひとりに発行された八桁のネットワークアドレスによって、インターネット上のあらゆる犯罪が減少したため、国民が安心して利用できるようになったのである。

 また、実物と仮想では持ち運びが便利だとか、硬貨や紙幣では何かの拍子に落っことしてなくしてしまうという案件が高齢者の国民から殺到したためでもあるらしい。

 実際問題、扱ってみるとやはり便利なものである。端末にチャージした金額のデータは個人に設定されたネットワークアドレスとともに各金融機関の国内サーバーにも登録されているため、端末の故障によるチャージ金額の損失も防がれる。

 遊びまわる学生たちにはがさばらずにとても扱いやすいシステムだ。

 しかし、便利なものが普及すればそれまで活躍していた代物は衰退していく。硬貨や紙幣を仕舞うために用いられてきた財布という存在は、おしゃれ以外に扱っている人々はあまりいないだろう。

 例に漏れず裕紀もどっぷり電子マネーに浸りきっているので、学生鞄から自分の電子端末を取り出して画面を入金機へかざした。

 直後、ピーッという独特な電子音が鼓膜を震わせた。

 入金機から特殊な電波を照射し、それを読み取った裕紀の端末から新田裕紀という国民に登録されたアドレス番号を発信させるという仕組みだ。

 番号を読み取った入金機は、裕紀の端末にチャージされた電子マネから注文分の金額を支払い、同時に裕紀の端末画面にも領収書代わりに支払った金額が表示されるのだ。

 自分が支払った金額を確認すべく電源を入れ画面を見た裕紀は、意識せずに眉を顰めていた。

 どうしたことか、画面には注文された商品の金額はすでに支払われており、裕紀の支払金額はゼロ円となっていた。

 その画面を見た裕紀は、半ば反射的にもう一度自分の電子端末を機械へかざそうとした。

 その前に、背後から雪解け水のように澄んだ声音がその行動を制止した。

「私が二人分先に支払っておいたから、それ以上は無駄なお金になってしまうわよ?」

「え? いや、でも悪いよ。俺は何もしていないのに」

「そんなことはないわよ。異世界で私が斬られそうになったとき、剣を弾いてくれたのは新君でしょう? 君のおかげで私はこうして立っていられるのよ」

「でも、その前に柳田さんは俺を守るために戦って、腕に切り傷を・・・」

 制服の裾が荒々しく切り裂かれ露わになった素肌へこっそりと向けた裕紀の視線を感じたらしい。彩香はつられるように左肩へ視線を落とす。すでに応急処置を施してあるので、今や絆創膏の下にあるであろう傷の部分を一目見た途端、彩香は苦笑を浮かべながら言った。

「あっちでも言ったけど、これくらいの傷は大したことはないのよ。それよりも、私は君を守れただけでも今日は満足なの。だから、せめて今日ぐらいは私に奢らせて」

 桜の季節にそんな表情をされてしまえば一発で恋をしてしまうように思わせる、暖かく柔らかい微笑みに目を奪われながらも、裕紀はせめてしっかり喋らなければと意識はしっかり保ち続ける。

「そ、そっか。じゃあ、今日は柳田さんに奢ってもらおうかな」

「ふふっ、そうこなくっちゃね。でも、次にこうして一緒に行動することがあったら今度は私が君に奢ってもらおうかしら」

「ああ。今日のレクチャーのお礼も兼ねて、存分に奢らせてくれ」

 胸を張ってそう言った裕紀に、暖かい微笑みを悪戯っぽい笑みに変える。

「魔法に関してのレクチャーは半分は義務みたいなものだから気にしなくてもいいのだけど・・・。うーん、それじゃあ結構高そうなお店を何軒か決めておくわね」

 最近の女子高生のお買い物については、親友の瑞希から光共々みっちり教え込まれている。

 彩香も女子高生には変わりないので、結構高そうなお店、というフレーズを耳にした裕紀はこめかみに一筋の冷や汗を流した。

「えっと、普通の高校生が支払えるような値段にしてくれよな?」

 きっと常識もわきまえているであろう優等生に、念のためそう言うと、素直な笑みと共に予想通りの回答が返ってきた。

「冗談よ、冗談。ちゃんと常識はわきまえているから安心して。ただ・・・」

「ただ・・・?」

 最後の一言を言う前に言葉を切った彩香にそう続きを促すと、彼女は前髪を左手でまくり上げると右手でもう一つの傷跡を人差し指で示した。広く深雪のように真っ白な額には一つだけ目立つように絆創膏が貼られている。あの下には裕紀自身が付けた傷が残っている。

「また私の頭に頭突きをしたら、本当にお高い買い物になるからよろしくね」

「あ、はは・・」

 半ば冗談に聞こえない忠告に、裕紀は隠そうとしてもほとんど引き攣っているのがまる分かりな笑みを口元に浮かべた。

 前髪を上げながらその笑みを見た彩香は何がそんなに嬉しいのかにこにこと笑い、やがてカウンターへ向き直りお会計を済ませてしまうのだった。


 その後、会計を済ませて解散となった裕紀は独り喫茶店から外へ出た。

 どうやら、というよりやはりと言うべきか。彩香とここの喫茶店のマスターは魔法に関して何らかの関係を持っていたみたいだ。

 それがどんな関係なのかは残念ながら教えられないらしい。魔法使いにはなったものの、まだ新参者も良いところの裕紀には教えても意味がないし、今日はまだ余計な先入観を抱いて欲しくないというのが彩香の言い分だ。

 そろそろ夜も本番に入ってくる時間帯に女子高生を一人帰させるのも気にかかったが、さすがにそこまで心配する関係でもない。それに、ショッピングモール内での戦闘から余計な心配であるようにも思い、裕紀は奢ってもらったことに対してもう一度礼を言って店を出たのだ。

 そういうわけで久々の外の寒さは相変わらずで、頭の中の情報整理は後回しにして、裕紀は体を縮めて新八王子駅へと歩みを進めるのであった。

あけましておめでとうございます。

今年もどうぞよろしくお願いします。

おしるこはおいしいですね。

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