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聖剣使いと契約魔女  作者: ふーみん
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帰還(3)

彩夏の提案で新八王子駅内にあるショッピングモールを北口から出た裕紀は、直後吹き付けた寒風に身を震わせた。モール内では暖房が効いており寒さはまったく感じなかった。だが、外に出れば暖かさを届けてくれる源は一つもなく、季節が季節だけに独特の寒さが人々を襲う。

太陽が出ている日中ならまだしも、もう完全に日が沈んでしまっているこの時間帯では感じられるのは寒さと孤独感だけである。

加えて今日一日の疲労のせいか、寒風を受けた裕紀の体の節々が一斉に悲鳴を上げた。

「さすがに冬のこの時間帯は冷えるなぁ。なあ、柳田さん。まさかこの寒さの中で話をしようってのか?」

声を震わせながらそう問う裕紀に、首元にマフラー、上半身にカーディガン、終いには温かそうな手袋という完全暖房装備の彩夏は肩を竦めて言った。

「まさか。短時間なら私は問題ないけど、それよりあなたが風邪引いちゃいそうよ」

「あ、ははは」

そう苦笑する裕紀の服装は、泥だらけのシャツを隠すように羽織られた学校指定のブレザー。あとは首元に巻かれた紺色のマフラーという、彩夏と比べると何とも簡素だった。冬という季節を馬鹿にしているほど寒さに対する耐性がない。

まあ、もう少し厚着をして来なかった裕紀自身にも原因はあるのだが、今日こんな時間まで外出していることすら想定外だったのだから仕方あるまい。

そんな裕紀の内心をよそに、さっきから何かを探すようにきょろきょろしていた彩夏が、突然袖をくいっと引っ張った。

「人気がない場所ならどこでも良いから、あそこにしましょ」

言いながらそう指を向けた方向へ裕紀も視線を向けた。

新八王子駅の北口には道路一つ挟んだ先には、敷地面積が一キロ半というまあまあな広さの公園がある。数は少ないが幼い子供たちが遊べるような遊具も幾つか設置されており、それ以外のほとんどは芝生で覆い尽くされている。日中の暖かい日に芝生で昼寝をすればさぞ気持ちが良いだろう。

そんな公園の中に、一件だけ寂しそうに建てられている建物があった。噂によれば、中年の男性がマスターを務めている喫茶店らしい。

一軒家相当の大きさの建物は、全面ガラス張りで外からも中からも丸見えな、プライベートなんじゃそりゃと言った様子の構造だ。しかも、ご丁寧に形がきっちりとした立方体なのだから、普段見掛けはすれど足を運ぶには勇気のいる店である。

だが、あれでまだ経営できているのだから、一応お客さんは足を運んでいるのだろう。外見はともかく、出されるメニューが絶品なら客足が途絶えることはないに違いない。

一度も入ったことがない不審感を曖昧すぎる結論で抑え込み、裕紀は喫茶店へ場所を移すことを決意する。その決意の中に、屋外よりはまだ寒さを凌げる屋内で話をするほうが断然良いに決まっている、という真っ当な考えも裕紀にはちゃんとあった。

見たところ明かりは点いているようなので、まだ営業時間内であることは間違いなさそうだ。

遠くからオレンジ色の暖かそうな輝きを眺めていると、気持ちはどうあれ早くあの建物へ入りたい衝動が溢れてくる。

焦る気持ちを何とか抑え込みながら、裕紀は彩夏に賛同の答えを返した。

「そうだな。とにかく外は寒いから、さっさと行こう」

「ええ」

半ば衝動を抑えきれなくなった裕紀は、話しながら足を動かした。彩夏もマフラーを口元まで上げると裕紀の後を着いて歩き始めた。


信号が点滅し始めている横断歩道を忙しなく渡って行く通行人たちに紛れて歩道を渡り切った二人は、そのまま公園内を一直線に突っ切ってガラス張りの喫茶店へ向かった。

彩夏の指定した喫茶店は、間近で見るとより一層開放的な建物のようだった。

ガラス一枚隔てた部屋の奥にはカウンターがあり、そこに立つマスターが丸見えだ。当然、客席も同じような状態で今は誰も店に入っていないことが即座に判った。

さすがに建物を構造する柱などは鉄製だったが、それ以外の全てが透明のガラスだった。地震などの自然災害に備えて建てられているだろうから、使われている素材はただの代物ではないだろう。店の中にあるテーブルや椅子もプラスチック製か何かの素材を使った、とにかく近代的な雰囲気が伝わってくる。

「この喫茶店に使われているガラス。聞いた話だと戦闘機の爆撃でも傷一つ付けられないらしいわ」

ドアの前でさらりと恐ろしいことを言った彩夏に、裕紀は口元を引き攣らせた。

「いや、いくらなんでもそれは。ただの強化ガラスとかじゃないのかよ?」

「気になるのならここのマスターにでも聞いてみるのね」

この喫茶店のマスターとは何か関係がありそうなことを口走った彩夏は、意味深な笑みを浮かべながらこれまた器用に作られたガラス細工のドアノブを掴み、そのままドアを開けた。

チリリン、と風鈴のような鈴のような軽やかな音に迎えられた二人はそのまま喫茶店へ入る。

喫茶店へ足を踏み入れた裕紀の嗅覚をコーヒーのほろ苦い香りと、樹木の独特な香りが混ざり合い襲った。

周囲から丸見えな状況で果たして落ち着いていられるか、今更そう思った裕紀は店内を見回そうと視線を上げた。

「・・・え・・・?」

途端、持っていた学生鞄が重い音を立てて木製の床へ落ちる。衝撃のあまり一歩足を後ろへ引いた裕紀は、目を瞬かせて辺りをきょろきょろと視線を巡らせた。

その様子にくすっと密かな笑い声が聞こえたが、そんな些細なことにいちいち反応していられるほどの余裕はなかった。

彩夏に勧められて入った喫茶店に使われている素材は鉄骨やガラスだった。そのことは、ついさっき間近で見たばかりなので錯覚ということではない。

では、今見ている景色は、この匂いは一体何なのか。

外で見た時とは異なり店を構成している素材は木だ。所々には木製の柱が立っており、カウンターはもちろんテーブルや椅子もよくできた木製の代物へ変わっていた。漂ってくる匂いも、仄かな甘さを感じさせる独特な木の匂いだ。

もちろん、素材が木へ変わったことで中からは外の様子は伺えない。仮にこの現象が屋外にも影響しているなら、外から内の様子も伺えなくなっているだろう。

天井から添え付けられているライトも、この自然な店内を象徴するかのように明るすぎない光量で照らし出している。

無機質ぞろいだった空間が一瞬で暖かい空間に変わったことに、裕紀は我知らず呟いた。

「なん、で? この喫茶店、たしかガラスで」

驚愕に染められていた裕紀の呟きに答えたのは、この喫茶店のマスターであろう男性だった。

「いらっしゃい。そんなとこで突っ立ってないで、さっさと座ったらどうだ?」

低く張りのある声でそう促した男性へ視線を向けると、頭部を隠すように朱色のバンダナを巻いたマスターはコーヒーカップを拭きながら顎で近くのテーブルを指定した。

戸惑いながら彩夏に視線を向けると、彼女は安心させるためか微笑みながら頷きテーブルへ歩み寄った。

落としてしまった学生鞄を拾った裕紀は、彩夏が腰を掛けた椅子のあるテーブルへ向かう。

椅子はテーブルを挟んで向かい合った状態で設置されているので、自動的に裕紀は彩夏の正面に座ることとなった。座ってみても、鉄やプラスチックのような硬い感触ではなく、見た目通り木そのものの硬くも柔らかい感触が伝わってくる。

椅子に座った彩夏はマフラーと手袋を外し、羽織っていたカーディガンも椅子へ掛けると気持ち良さそうに大きく伸びをした。

今更ながらに気付くが、彼女のよく発達した胸部が伸びと同時に制服の下で大きく揺れ、裕紀は咄嗟に視線を斜め下へ向ける。

裕紀の不埒な行いに気付くことなく伸びを終えた彩夏は、テーブルの隅に据え置かれたメニュー表をひょいっと摘まむ。

あらかじめ頼むメニューは決まっていたのか、メニュー表を手に取るやたった数秒で裕紀に差し出した。

「? どうかしたの?」

なかなか受け取らない裕紀のことを不審に思ったのか、彩夏は小首を傾げながらそう声を掛けた。

一方、真っ向から立ち向かえば精神的ダメージを受けるのは必須な相手から視線を逸らし続けていた裕紀は、その質問にさえ答えるのに数秒のタイムラグがあった。

「あ、いや、この喫茶店のイメージ、というか内と外の構造が違いすぎて圧倒されたっていうか。もしかして、外もこんな現象が起きているのか?」

正直に、あなたのその豊かな胸から視線を逸らしていました、などと言えばその瞬間裕紀の色々なものが終わってしまうだろう。

そのため、つい数分前に一度気になった疑問を咄嗟に思い出し、何とかつっかえずに言えたことに内心肩を下す。

まったく推測不能な現象に戸惑っている裕紀の言葉に、彩夏は苦笑すると手に持ったメニュー表を置いてから答えた。

「君の戸惑う気持ちは分かるわ。でも、いまは暖かい飲み物でも飲んで気持ちを落ち着かせましょう。詳しい話は、そのあとでゆっくり話すから。・・・ちなみに、君の予想通り外の人からは見えていないから安心して」

仄かに笑いながらそう言う彩夏に、裕紀は落ち着くために深く息を吸った。

確かに、分からないことを一人で考えても仕方あるまい。原因は不明だが、屋外から他人に様子を見られることもないらしい。

ここは彩夏の言う通り、暖かい飲み物で冷え切った体を温めるのが丁度良いだろう。

「そうだな。じゃあ、さっそくメニューを決めるとするか」

そう言ってから、裕紀は彩夏がテーブルに置いたメニュー表を手に取った。

木の枠で囲まれたメニュー表は、ほとんどのオーダーが電子端末で行われているこの時代では珍しい。

裕紀も実際に用いたことは滅多になかったが、いちいちスクロールしなければ次のメニューが見れない電子表よりは、一遍に見れるこちらの方が扱いやすい。

幾つもあるメニューの中から、甘くて暖かい飲み物が飲みたかった裕紀は、ホットココアを注文することに決めた。

裕紀がメニュー表を木製のスタンドに戻すのを確認した彩夏は、テーブルの隅に置いてあった鈴を一度だけ鳴らす。

ドアを開けた時と同じような軽やかな音色が響き、それを聞いたマスターはカップを置くとこちらに歩み寄ってきた。

「注文は決まったかい? あやちゃん」

黒いサングラスを掛けているマスターは、お冷を置きながらにやりと笑いながらそう言った。

(・・・あやちゃん?)

マスターの親しみ切ったその態度に内心で眉をひそめていた裕紀の正面で、その呼び名が不服だったらしい彩夏は頬を膨らましながら反論した。

「マスター、その呼び方は止めてくださいって言ってるじゃないですか。しかも同級生の前でなんて、恥ずかしいじゃないですか」

「ははは。それは悪いな」

反省した素振りを見せずに太い笑みを浮かべたマスターは、やがて笑みを収めてから真面目な声で言った。

「さて、おふざけはこれくらいにしてオーダーを聞こう。彩夏はいつものでいいのか?」

そう聞かれて彩夏はこくりと頷いた。

いつもの、と言うのだからどうやら彼女はこの喫茶店の常連さんらしい。普段頼んでいるメニューが気になる裕紀ではあったが、マスターが視線を向けてきたので自分の頼むメニューを言うと頷いてカウンターへ戻って行く。

マスターが戻って行くとすぐにからかうような声音が正面から届いた。

「新田君、意外と甘党なのね」

「気分だよ」

ココアが昔からの好物だということは、この優等生には口が裂けても言えない。

裕紀の答えを聞いた彩夏は、何を思ったのかくすくす笑っている。その笑顔を見ていた裕紀は、わけもなく自身の頬が熱くなることを自覚し、それを隠すように黒髪を掻いた。

そして、ふと思う。これまで(まだ入学から半年だが)、裕紀は彩夏と一定の距離を保って高校生活を送ってきた。おそらく周囲から見れば仲が悪いと思われても仕方がないくらいに。事実、裕紀は彩夏のことを少しばかり苦手としていた。

頭も良く学年では常に上位三名に入っている成績優秀者。運動神経も抜群で、加えて学校一の美貌の持ち主。

そんな彼女が体育の時間に話しかけてきたときは動揺したし、瑞希や光が居なければ適当に話を流してその場から退避していたかもしれない。

しかし、今にしてみればあの誘いを断らずに承諾していて良かったと思う。こうして裕紀の見えなかった柳田彩香という女子生徒のことを、改めて見ることができたのだから。

それと同時に、答えの見えない謎も増える。

どうしてあの時、裕紀はショッピングモールの休憩室で倒れていたのか。泥だらけの制服から察するに何処かで転倒した可能性も無きにしも非ずだが、裕紀にはその記憶がなかった。

直接的には関係ないが、夢に出てきた少女。彼女の存在も大きな謎だ。

彩夏について見えてきたこともあるが、それに比例するかのように深まる謎に裕紀は無意識に身震いした。

裕紀の微かに怯えた気配を感じたのか、笑うのを止めた彩夏は静かな声音で話しかけた。

「飲み物ができるまで少し時間があるわね。その間に、君に話したいことがあるのだけど、いいかしら?」

間を開けて問い掛けたのは、それだけ重要な話だということの表れか。彩夏の表情も、緊張で強張っているように見える。

この話を聞けば、恐らく裕紀はいつもの新田裕紀ではなくなる。そんな予感が胸を過ったが、裕紀は黙ってただ頷いた。

これから話されるだろう事柄は、今後、彼に訪れるであろうどんな出来事よりも重要なことだと思ったからだ。

その答えに彩夏自身も内心で覚悟を決めるように瞳を閉じた。やがて瞼を開けた彼女の瞳には強い光が宿っており、鋭い眼光で裕紀の眼を貫いた。

この喫茶店のスタイルはコーヒーを豆から挽くものらしい。

コーヒー豆が挽かれるざらついた、心地よい音を響かせる店内で、彩夏の透き通るような問い掛けは静かに店内に響いた。

「君は、この世界に魔法が存在すると言われたら信じる?」


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