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聖剣使いと契約魔女  作者: ふーみん
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帰還(2)

現在時刻は午後六時五分ほど。

時間帯的にはまだまだ人通りの多い新八王子駅ショッピングモール一階の通路を、完全に機嫌を悪くしている彩夏はすたすたと早足で歩いていた。人口密度が最も多い時間帯にも関わらず、どういう技なのか彼女は一度たりとも他の客とは衝突をしない。見つけるのも困難な隙間を、猫みたくするする通り抜けて行ってしまう。

そんな彼女の背中を追いかける裕紀は、情けないことにこの数分で謝罪の回数を着実に増やしていた。

このままでは確実に距離を離され、終いには置いて行かれてしまうことは分かり切っていることだ。

仮にはぐれてしまったとしても裕紀は特に問題はなかったのだが、時間帯も考えると女子高生一人では何が起きてもおかしくない。

なので、なるべく離れないようにしたいのだが悲しいかなこの状態では追いつくことはできない。

「柳田さん、待ってくれ!」

もうなりふり構っていられなくなった裕紀は、人混みだということを無視してそう呼び掛けた。

しかし、本人は相当機嫌を悪くしてしまっている。この程度の呼び止めでは歩行ペースを緩めることも、ましてや止まってくれることなど砂粒一粒ぶんあるかどうかだ。

そこまで彼女を怒らせてしまったことを、裕紀は身に覚えがないわけではない。つい数分前にフリースペースにて彩夏の額と裕紀の額が正面衝突してしまったくらいだろう。それによって彩夏の額に軽い掠り傷を作ってしまったのは紛れもない事実だ。

顔に傷を付けられれば誰だって頭に来る。ましてや、女性にとって顔は様々な意味で大切にされていると聞く。

大切にしていたものを傷付けられれば、それは怒っても仕方ないことなのかもしれない。

そう反省を兼ねて考えていると、ちょうど人混みの一部が裂かれているのが伺えた。

その合間に彩夏の空いた左手が映り、裕紀は今が最大のチャンスと右腕を素早く伸ばした。

「きゃっ! ちょっと何・・・!?」

いきなり手を握られたことによほど驚いたのか、急停止して振り向きざまに悲鳴を上げかけた彩夏は途中で口を噤んだ。ここは仮にも公共施設だ。二人の体制で、しかもこんな所で悲鳴を上げれば軽い警察沙汰になりかねない。

そのことに裕紀が気が付いたのは、手を握った後だったが、過ぎてしまったことは気にしても仕方ない。

多少卑怯と思われても文句は言えない状況で生まれた一瞬の隙を、裕紀は見逃さなかった。

「待ってくれ。柳田さん、ちょっとペース早すぎ」

掴んでいた彩夏の左手を離すと、裕紀はずっと思っていたことをようやく言葉にすることができた。

額に応急処置として絆創膏を張り付けた彩夏はと言うと、その顔色は赤く、細く綺麗な眉は吊り上がっていた。

わざわざ大勢の民衆の中で手を繋がれたことの恥ずかしさと、裕紀の要件の軽さに彼女は更に苛立ちを積もらせていた。

もちろん、彩夏だって理由もなしにここまで機嫌を悪くしたりはしない。ただ、その理由は至極単純でありただの八つ当たりみたいなものだった。

今日、たった一時間も経たないうちに彩夏は関係のない一般人を自分の都合に巻き込んでしまった。そのことは決して許されることではないと言うのに、未熟にも巻き込んでしまった本人をこちら側の事情に引きずり込んでしまったのだ。

何も知らない一般人を関係者へ変えてしまったことの責任は、彩夏の世界では大きな問題だった。異世界から帰還した彩夏は、倒れた裕紀が目を覚ますまで自分の犯した責任にストレスを抱えていたのだ。

裕紀の額が彩夏の額に激突した事故やこの状況は、彼女の苛立ちを増幅させるには十分だった。

「あなた、こういうことをよく平気で」

「それで済まなかった!」

「・・・・え?」

抑制の効かなくなった彩夏の口は、直後思いもよらなかった裕紀の謝罪によって閉ざされた。

目立たないように頭を浅く下げた裕紀は、そのままはっきりとした声で彩夏に謝罪を続けた。

「悪気はなかったとはいえ、女子の顔に傷を付けた。残ったら俺を恨んでも構わない。だから、すまない」

追加で放たれた謝罪の言葉を聞いて、彩夏は無意識に額の絆創膏へ手を当てた。

正直、裕紀が考えているほど彩香は額の傷を気にしてはいなかった。

これくらいの傷、彩夏にとっては本当に些細なものだったのだ。彩夏でなくとも、数日経てば綺麗さっぱり消えるに違いない。

仮に一生残ってしまう傷であっても、この時代の医療技術に頼ればこれまた綺麗になくせるように治療は可能だった。

それでも真剣に、逃げも隠れもせずに謝るのは裕紀にとっては重要な問題だった。

自分の行動で少しでも相手に不快な思いをさせてしまったのなら、相手がその気でなくとも謝るのが礼儀というものだ。例え小さく些細な問題であっても、けじめというものはきちんと付けなければならない。

よって真剣な声音でそう言う裕紀に、彩夏は自分が恥ずかしくなるのを感じていた。

裕紀は真剣に彩夏のことを気にかけて考えてくれた。それなのに、彩夏は自身の犯してしまった責任に苛立ち、終いには被害者であるはずの裕紀にまでその苛立ちをぶつけてしまっていたのだ。

それは、単純に逃げとしか言いようのない、彩夏の立場としては決してしてはいけないことだった。

頭を下げ続ける裕紀に、彩夏は周囲を気にせず反省の意を込めて自身も軽く頭を下げる。

「こちらこそ、ごめんなさい。私の勝手な都合で関係のない君に八つ当たりしていたわ。本当は、全て説明して分かってもらわないといけないのに。魔法のことや、異世界のことも」

「ん? 魔法のことや、異世界? それって何のことだ?」

「え?」

きょとん、とした表情で顔を上げた裕紀に問い掛けられ、彩夏は呆けた表情を十秒近く維持し続けていた。

実のところ、裕紀のこの症状は魔法という未体験の力を初めて発動した反動による、異世界と魔法のことに関する限定された記憶の欠落だった。

彩香の言葉に対する裕紀の様子を見れば、明らかに記憶に障害が発生していることは判断できる。

しかし、これまで一般の人間に魔法を使わせることのなかった彩夏には、魔法や異世界といった情報の記憶を復元させるべきかの判断はできなかった。

魔法や異世界に関しては厳しく情報が規制されている。その中には魔法の存在を口外、または知られてはならないという約束事もあった。

記憶を戻さず別のことを言って誤魔化すことも彩香には可能だった。

だが、すでに魔法を使う者、通称【魔法使い】として覚醒してしまっている裕紀をこのまま放置して良いはずがない。何かの拍子で魔法が発動してしまえば、それこそ何も知らない民衆に秘密を明かしてしまうことになる。

そんなリスクを背負えるほど、彩夏の肝は据わっていなかった。

結局彩夏の選んだ選択は、裕紀に魔法と異世界に関する記憶を復元させ、全てを説明することだった。

「柳田?」

謎めいた単語を発してからしばらく黙っていた彩夏の様子が気になった裕紀は、恐る恐るそう呼び掛けた。ぴくりと反応した彩夏の瞳には、ある種の覚悟の光が灯っているようで裕紀は我知らずに息を呑んでいた。

「ごめんなさい。ちょっと考え事をしてたの」

ぼーっとしながら一体何を考えていたのか、気にならないと言えばそれは嘘になる。しかし他人の、ましてや女子の事情にむやみやたらと首を突っ込むのも躊躇われた裕紀は、話題を変えることで話を続けた。

「そっか。で、これからどうする? そういえば、柳田は俺に話があるんだっけ?」

そう言う裕紀に彩夏は軽く微笑みを浮かべてからこくりと頷いた。

「そうだったわね。でも、ここじゃ人が多いから外で話しましょ?」

「え? 喫茶店とかじゃダメなのか?」

ショッピングモールに来たのだから、てっきり喫茶店などで話すのかと思った裕紀は即座にそう問い返した。

しかし、彩夏から返ってきた答えは、どこか危ない冷笑と急かすような言葉だった。

「細かいことは気にしない。さ、行くわよ」

そう言うと、彩夏は学生鞄を後ろで持ちながらすたすたと歩き始めた。

「あ、ちょっと。だから早いって!」

なぜ冷笑を浮かべられたのか、心当たりを探っていた裕紀は、遠ざかる彩夏の背中を慌てて追いかけた。





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