表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖剣使いと契約魔女  作者: ふーみん
119/119

捜索(2)

 それから約二時間半、裕紀と光は休まずにクラスメイトや先輩、後輩。とにかく瑞希の知人に連絡を取り続けた。

 しかし、これと言って有力な情報を得られたと言うとそうでもないのが事実であった。

 意外だったのはクラスメイト以外の知人との連絡をすべて光が受け持ってくれたことだ。

 そんな光でも知人から情報を得ることは難しかったらしい。

 長時間の通話による疲労で意気消沈していると、障子戸の向こうから春風のような穏やかな声がした。

「兄さん、お茶を持ってきました」

『兄さん』とはもちろん光のことだ。そしてこの声の持ち主は光の妹の剣山夕香(けんざんゆうか)のものだ。


 障子戸を見てみると、小柄な人影が伺えた。

 久しぶりに聞いた声に、裕紀は座布団の上で崩していた姿勢を正した。

 彼女はとても行儀がよく、ついついこちらもその雰囲気に当てられてしまうのだ。

「おう、ありがとう。そうだ。お茶は裕紀の分もあるか?」

 裕紀がこの家を訪れていることは妹は知らないのだろう。お茶を運んできたは良いものの裕紀の分は持って来ていないことは何となく分かった。 

「えっ!? ゆうに、新田さんがいらっしゃっているのですか!?」

 障子戸の向こうから可愛らしい驚き声が聞こえ、裕紀の予想が的中していることを知らせる。

「ああ、すまん。言ってなかった俺も悪い」

「で、では、すぐにお茶を持ってきますので!」

 慌てながらそう言う妹に、光は椅子から立ち上がってそれを制止した。

「いや、大丈夫だ。俺と裕紀で下に行くから、夕香は少し休んでろ」

「で、ですが…」

「お前は身体が弱いんだ。そんな身体で働いてんだから、仕事が終わった後くらいはゆっくりしてろ。お茶も俺が下に運んでおくから」

「…わかりました。ありがとうございます。兄さん」

「おう」

 そう言い残し、妹は障子戸の向こうから姿を消した。


 階段を下りていく音が遠ざかっていくと、裕紀はニヤリと笑って言った。

「優しい兄貴だな」

「バカッ。そんなんじゃねぇよ」

 気疲れしながらもからかった裕紀に、気恥ずかしそうに光は言い返した。

 それから裕紀も座布団から立ち上がる。

 部屋から出て運ばれてきたお茶を盆に乗せて一階へ向かう光と一緒に裕紀も階段を下った。

 階段を下り真っすぐに廊下を歩くと、左側に居間があり右側には台所がある。

 廊下の突き当りには一つの扉がある。その扉は和食料理亭「幸」に繋がっており、剣山家とお店を自由に行き来することができる構造となっているらしい。


 だが、お店は午後八時で閉店しており、鍵は現当主である光の母と後継人である妹の夕香しか持っていないので、八時を過ぎている現時刻ではお店に入ることは出来ない。

 そのため、光に居間に案内された裕紀はこたつに足を入れて待つことにした。

 居間に案内されてから最初にお茶を貰ってからたっぷり二十分が経過してから、台所からお盆を持った光がやって来た。


 お盆に乗せられた物は、大皿に乗せられたおにぎりだった。

 ほかほかと湯気を立ち上げて並ぶ六個のおにぎりを目にした途端、裕紀の腹の虫がさっそく抗議を始めた。

(そういえば、まだ夜ご飯食べてなかったな)

 クラスメイトたちと連絡を取り合うのに夢中でご飯のことをすっかり忘れていた。

「メシも炊き立てじゃなくてな。何もかも簡単で悪いな。一応、料理屋の息子だから、味の保証はしとくけどな」

「ありがとう、光。じゃあ、遠慮なく頂きます」

 合掌して熱々な白米のおにぎりを焼きのりで挟んで食べる。

 中身は何も入っていないようだが、絶妙な塩加減と熱さ加減で食欲が進む。


 気が付けば三個目の白米おにぎりも半分まで減っていた。

 食べている人の食欲を次々と引き立たせる魅惑のおにぎりに度肝を抜かされ、更にはそんなおにぎりを作れてしまう光の料理の腕前に裕紀は舌を巻いた。

「凄いな。具材は何も使ってないのに、あと十個は食べられそうだよ」

「はははっ。今の時期は食べ盛りだからな。もっと作りたいところだったが、さすがに飯を炊く暇もなかったわ」

 そう言う光の言葉を聞いて、裕紀はおにぎりの最後の一欠けらを口に頬張り少しばかり名残惜しく呑み込んだ。

「ごちそうさまでした。本当に美味かったよ」

「ありがとさん。こんなので良ければいつでも作ってやるよ」

 そう返した光も自分の分のおにぎりを食べ終わったようだ。

 二人して熱いお茶を啜り、一息吐く。


 少しの沈黙の後、光が悔しそうに言った。

「あー、ちきしょう。瑞希のやつマジでどこ行ったんだ?」

「あれだけ連絡を取り合って一つも手掛かりが掴めなかったのは悔しいな」

 いのりの訪問からおよそ二時間が経つが、クラスメイトや知り合いたちから瑞希と連絡が着いたという報告はない。

 今頃はいのりが警察にこのことを通報しているだろうから、あとはプロの捜索に任せるしかないようだ。

 だが、普通の人として探せる手掛かりは一つも無くても、魔法使いとしてなら何か手掛かりが掴める可能性はゼロではない。

 無論、魔法のことは光には秘密にしなければならないので調査は裕紀一人で行わなければならないし、そもそも魔法使いが関与していることすら裕紀の妄想である可能性が高い。


 新米の魔法使いが一人で何処まで手掛かりを掴めるのかは正直不安なところだが、こうして大勢の人が不安を抱えている姿はいつまでも見ていたくはない。

「俺はもう少し情報を集めてみるぜ。手掛かりがなくても、探していればちっとはマシな情報が見つかるかもしれねぇから」

 まだ諦めきれないという気持ちは光も一緒らしい。

 つくづく、この親友とは気が合うと思いながら、裕紀も言った。

「光ばかりに無理はさせられないからな。俺も、俺の出来る範囲でやれることをやろうと思う」

「おう。そっちは任せる」

 裕紀の言葉に心強さを感じたように、曇っていた光の表情に少し光が差したような気がした。


 …とは言ったものの、二時間半休まず電話し続けた疲労を回復させるためにも、こたつの温もりとお腹が満たされた幸福感に裕紀はしばらく浸ることにした。

 三十分だけゆっくりして、気力を回復した気分になった裕紀は名残惜しくこたつから出た。

 光の見送りで玄関まで移動し、和風のドアを横に滑らせる。

「うわっ、寒ッ」

 途端、肌寒いを通り越して刺すような外の寒さに裕紀は身を震わせる。

「じゃあ、また。おにぎりご馳走様。夕香ちゃんによろしく伝えといて」

「りょうかい。帰り道気を付けろよ」

 親友の言葉に左手を軽く振った裕紀は来た道(建物の屋上)を戻ろうとして、慌てて歩道を歩き始めた。

「裕紀っ!」

 と、少し歩いてから光に名前を呼ばれて立ち止まる。


 振り返った裕紀に、光は拳を突き出して宣言した。

「大晦日までに絶対見つけるぞ!」

 その言葉を聞いて、裕紀はあの約束を思い出した。

 つい昨日、半ば強引だか決定した新しい予定だ。

 確かに、イベントの発起人がいないイベントほど冷めたものはないだろう。

「ああ! 絶対に見つけ出そう!」

 裕紀も左拳を親友に向けて突き上げそう宣言し、再び前を向いて歩き始めた。


 剣山家から離れて旧八王子駅まで歩いて来た裕紀は、人の気配がないことを確認すると再び身体強化を用いて地面を蹴った。

 行き先は新八王子駅だったが目的は電車に乗ることではない。

 昨日の解散時、瑞希が帰宅したであろう道順を探ろうと考えたのだ。

 たったの数分で新八王子駅に到着した裕紀は、昨日最後に解散した交差点まで歩くと、意識を集中させて生命力探知を行った。


 裕紀の意識に丸一日ここを通った通行人たちの生命力がなだれ込み、膨大な情報量に意識を持っていかれそうになる。

 だが、魔法使いとして裕紀に出来ることとしたらこの程度のことだけなので、簡単に諦めるわけにはいかなかった。

 何百、何千人もの人々の生命力からたった一人の生命力を探し出すのは至難の業だった。

 しかし、瑞希とは半年もの付き合いがあり、彼女の生命力はすぐ近くでずっと感じていたのだ。

 たとえ何千人もの人々の情報が集まっていたとしても必ず見つけ出してみせる。


 どうにか意識を持っていかれずに堪えた裕紀は、深呼吸をして呼吸を整えた。

 まずは自分の中で憶えている上原瑞希の生命力の感覚を再認識する。

 まるで色の異なる幾本もの毛糸がぐちゃぐちゃに絡まったような空間から、上原瑞希の生命力というたった一本の毛糸を探り出す。

 通行人にはいつまでも立ち止まっている裕紀がただの変人のように見えるだろうが、そんな視線を気にしている余裕は欠片もなかった。

 一瞬でも気を散らせば裕紀自身の意識がこの膨大な情報量に呑まれそうだったからだ。


 宙を探るように右手を持ち上げ、意識を集中させるために目を閉じた裕紀の額には大粒の汗が滲んでいた。

 そして、探していた生命力の毛糸をとうとう見つけ出し、すぐさまその細い糸を掴んだ。

(掴んだ!)

 個人の生命力を限定して辿るためには、完全にその生命力を記憶していなければならない。

 なので裕紀は、掴んだ瑞希の生命力を必死に感覚に刷り込ませた。もう二度と手放さないように、彼女の存在を裕紀の感覚に覚え込ませた。

 刷り込みが完了した裕紀は、力尽きるように瑞希の生命力を手放した。

「ぷはぁ! はぁ…はぁ…、これで、どうだ…?」

 集中するあまり息すら止めていた裕紀は、尻餅を着きながら肺いっぱいに冬の冷気を吸い込み、大きく肩を上下させた。


 このまましばらく座り続けたかったが、さすがに裕紀の異常を訝しみ始めた人々が数人近付いて来ているため、気合で立ち上がり手助けは不要であることを示した。

(頼む瑞希。君が何処に居るのか教えてくれ)

 周囲の人々の意識が裕紀から逸れると、心の中で祈りながら再び意識を集中させた。

「生命力限定探知」

 より精度を高めるために、生命力の技術名を呟く裕紀の視界に、一点の輝きが現れた。

 オレンジに輝くその光球こそ、瑞希の生命力の残像であり、昨日の彼女の同行を示す道標なのだ。

「頼む、案内してくれ」

 そっと語り掛けると、光はふわふわと浮遊しながら裕紀が追い付ける速度で移動を始めた。

 その行く先を、裕紀は歩いてついて行く。


 驚くべきことに、昨晩の瑞希は無事に自宅のある複合マンションまで帰っている。

 裕紀と同じ中層のマンションに暮らしている瑞希も、やはりショートカットコースとして高層マンションのフロントを突っ切っているようだ。

 しかし、リッチな高層マンションのフロントに入る手前で瑞希の生命力は激しく点滅して勢いよく踵を返した。

「瑞希? いったいどこへ!?」

 そんな裕紀の問い掛けに応えるはずもなく、そのままマンションの敷地から出てしまった生命力を見失わないよう、裕紀も小走りで追いかけた。


 生命力が向かう先は萩下高校や新八王子駅とは真逆の方向だった。

 瑞希が何処へ向かっているのか、その意図が裕紀には分からなかった。

(いや、違う。瑞希、まさか)

 生命力を走って追い掛けながら、裕紀は恐れていたことを肯定してしまう要因を考えた。

 複合マンションまで辿り着きそこで引き返したということは、きっとあの場所で何者かに追われている可能性がある。

 単に気分転換に走っているだけかもしれないが、裕紀の考えを肯定するように瑞希の生命力は段々と人気のない路地へと追い込まれていく。

 彼女はそのことに気付いていないのか、ひたすらに人気のない路地の奥へ追い込まれていく。


 それ以上先に行っては駄目だ! そう叫びたいが、裕紀が追いかけている生命力は過去の瑞希のものだ。

 いくら制止の声を上げても過去の瑞希に裕紀の声が届くことはなく、また過去が変わることもない。

 やがて、とうとう塀によって先に進めない道まで追い込まれた生命力は、いっそう激しく明滅すると塀の一歩手前で四散した。


 白い息を吐きながら、裕紀はしばらくその場に立ち尽くしていた。

 生命力が四散する理由は、裕紀の知る限り一つしかなかった。

 それは、その生命力の持ち主が息絶えてしまったときだ。

 もしかしたら外的要因によって生命力が遮断された可能性も考えたかったが根拠がないし、もし仮に瑞希が誘拐されているなら生命力の残像は保持されたまま再び移動を開始するはずだ。

「まだ…、まだ、そう決めつけるのは早いはずだ」

 絶望を色濃く滲ませた自身の声を聞きながら、裕紀は携帯端末を取り出しある人に電話を掛けた。


 相手は後藤飛鳥だったのだが、何故か圏外におり電話は繋がらなかった。

 光とともに連絡による聞き取り調査の時も圏外で出なかったのだが、そもそもなぜ圏外になっているのかが分からない。

 いったい何処にいれば圏外になるんだろうかと考え、思い付いた場所は一つしかなかった。

「もしかして、アークエンジェルの本部に居るのか?」

 あの施設は山の中にある廃墟の地下に創設されているので、色々な意味で圏外になりそうな場所ではある。

 雷門和成の推薦を受けた裕紀は今やアークエンジェルとは無関係な魔法使いだ。

 そんな立場で組織の中枢に再び立ち入らせてくれるだろうか。

 そんな逡巡は、瑞希の安否を一刻も早く明確にしたいという裕紀の気持ちが振り払った。

(もうひと踏ん張り、行けるはずだ!)

 二度による身体強化で、もう膝を曲げるだけでも痛みの走る両足に気合を入れ、裕紀は身長以上の塀を飛び越えてアークエンジェル本部のある廃墟へと向かった。


よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ