魔法戦闘兵器(6)
裕紀の住む商業施設複合型マンションは、幾つかのマンションと商業施設がほとんど一体になっているような構図だ。
敷地に入って中心へ真っ直ぐ突き進めば、目的地であるバイト先のスーパーはある。
ただ、スーパーを含む商業施設はとてもリッチな内装をしているお高い高層マンションと一緒になっているので、入るときは少しばかり心の準備が必要だ。
(相変わらず高っかいマンションだなぁ)
つくづく、周りに建つ中層建てのマンションと比べて一回り高い高層マンションを見上げて思う。
ここに暮らす人はさぞかし良い暮らしを満喫しているのだろうなと、どうしようもない妄想を膨らませかけて裕紀は頭を振った。
他人の生活より自分の生活だ。
実現しない生活に想いを寄せてもただ虚しいだけだ。
そう思い、裕紀は高層まんマンション一階へと足を進めた。
商業施設と複合されているだけあってフロントのある一階も相当広い。
とても広いフロアの地下に、商業施設の一部が建設されている。
裕紀がバイトでお世話になっているスーパーは地下の商業施設にあった。
目的のスーパーの事務室へ入った裕紀を出迎えたのは、事務業務がよく似合う眼鏡を掛けた女性従業員だった。
「あの~、こんにちは。新田です」
売上の集計をしているのか、取引先の企業に関して情報をまとめているのか。
裕紀が声を掛けると、ディスプレイ型のパソコンのキーボードを叩いていた指が止まった。
「あらっ、新田君!? 久しぶりの出勤ね」
ショートヘアの女性は、眼鏡の奥の瞳を大きくして驚いたように言った。
親しみのある声音でそう言いった女性従業員に、裕紀は苦笑を浮かべて返答した。
「お久しぶりです。佐倉さん。実は、昨日店長から連絡を頂いたので来たんですけど」
今日来た理由が仕事ではなく、このスーパーの店長と話しに来たことを話すと、佐倉さんは心当たりがあるような反応をした。
「そういえば成瀬さんが言ってたわね。新田の奴、電話したのに連絡返してこねぇし! て」
「そ、それはすみません…」
妙にモノマネが上手い佐倉さんに、裕紀はどきっとしながら頬に冷や汗が伝うのを感じた。
とその時、事務所のドアが開き白髪の混じった黒髪の中年男性が入ってきた。
「ふぃ~。休憩、休憩っと」
そう言う背が高く少し細い男性は、このスーパーの店長である成瀬さんだ。
どうやら休憩時間に入ったらしく、自分の机の椅子に腰掛けるとこちらを見た。
「おっ!! 新田じゃんか! 久しぶりに見るなぁ」
「ど、どうもっす。お久しぶりです、成瀬さん」
連絡をすっぽかしたことに対する気まずさがあり、やや言葉をつっかえながら挨拶をする。
その挨拶に片手で応えた成瀬さんは、机の上にある缶コーヒーを手に取り栓を開ける。
プシっ、と歯切れの良い音を鳴らして、ブラックコーヒーをゴクゴクと飲む。
ぷはっ、と缶から口を離した成瀬は机に缶コーヒーを置いて言った。
「まあアレだ。連絡をすっぽかしたことは、こうして直接職場に来たってことでチャラということにしておこう」
「ありがとうございます」
頭を下げた裕紀にうんうんと頷くと、成瀬さんは缶コーヒーを手に取り再び飲む。
「そんで、もう体調は大丈夫なのか?」
「ええ、まあ。もう調子は良くなりましたけど」
生命力も生命力操作の特訓ができる程には回復している。
もちろん、魔法使いではない成瀬さんには体調が戻ったくらいのニュアンスで伝える。
成瀬さんはうんうんと頷くと、缶コーヒーを裕紀の背後にあるドアへ向けた。
「じゃ、今日はもう帰っていいぞ。来週からの活躍に期待しているからさ」
「はい。来週からよろしくお願いします!」
頭を下げてそう言い、裕紀は事務所から立ち去ろうとした。
「あーそうそう。昨日電話したときの女の人なんだけど…」
「すみませんけど、その人俺の母なので。紹介とかはしませんよ」
即答した裕紀に頭を掻きながら成瀬さんは言った。
「そうか~。新田の母ちゃんか。そりゃ残念…じゃなくて!」
「というか、成瀬さん結婚してるじゃないですか」
冷ややかな佐倉さんの言及に、追い打ちとばかりに裕紀も冷たい視線を送る
確かに成瀬さんの左手薬指には結婚指輪が嵌められている。
「いやいや、そうじゃなくて! 新田の母ちゃんは外国人なのかと思っただけだよ!」
「そうですけど。それがどうかしましたか?」
エリーは外国人でも流暢に日本語を話す方だが、ときどきおかしな日本語を使ったり、すこし発音がおかしかったりする。
成瀬さんとの会話でたまたま日本語が流暢に話せなかったのだろう。
今までバイト先で家族関係のことを話してこなかったため、両親が日本人と思っていれば、そう思うのも無理はない。
問返す裕紀に、成瀬さんは缶コーヒーをぐびぐびと飲んでから言った。
「いんや。少し気になっただけ。ほれっ、昼飯でも買ってさっさと家に帰れ」
「引止めたの成瀬さんじゃないですか…」
何かはぐらかされた様な気がしたが、そろそろ休憩時間も終わりだろうと、裕紀は諦めて事務室を後にした。
事務室を出た裕紀は、スーパーの中をうろうろとしていた。
成瀬さんの言う通り、お昼ごはんでも買って帰ろうという算段だ。
家はこの近くなのだし一度家に戻って出直すことも考えたが、帰ったらむしろ家から出るのも面倒臭くなりそうだった。
なので、何か簡単に済ませられる食材を調達していこうと冷凍食品コーナーを歩いていると、その感覚は唐突に訪れた。
自分自身が周囲の空間から強制的に隔離されるような感覚。
周囲から人気が消え、自分独りがこの世界に残されたかのようなこの感覚。
(人払い…!?)
裕紀はそう呼称される空間隔離魔法を内心で呟いた。
それと同時に、裕紀は緩んでいた気持ちを引き締め直す。
生命力操作にあたる生命力感知を発動させ、近くにいるであろう何者かを探し出した。
沈黙した空間で自身の鼓動と吐息がよく聞こえる。
首筋に冷や汗が伝い、緊張した空気に肌がピリピリする。
いつでも来い…と言いたいところだが、運が悪いことに裕紀は魔光剣を壊してしまってから代わりのものを貰っていない。
使える武器は本来この世界で使うには負担の大き過ぎる聖具エクスのみだ。
どうにかエクスを使わずに敵を撃退することができるか。
そう思案する裕紀の生命力感知に反応があった。
人数は一人。
凄い速さでこちらに近づいて来ている。
そう状況を把握した途端、頭上から威勢の良い声が降って来た。
「見つけたぜ! 新田裕紀ぃ!」
「上から!?」
なんと敵は、商品の陳列棚の上を飛び乗ってこちらに接近していたらしい。
頭上から自分の名前を叫びながら落ちてくる小柄な男性は、短刀のような魔光剣の切っ先を振り下ろしてくる。
聖具を顕現させるより先に、裕紀はその場から跳び退いた。
さっきまで立っていた場所のタイルに魔力の刃を突き立てた小柄な男性は、ゆらっと起き上がると短剣を裕紀に向けて叫んだ。
「なんで躱しやがる、テメェ!?」
急に襲われた側からすれば至極当たり前な反応に難癖を付けられて、裕紀はしばらくポカンと口を開けて呆然としてしまった。
「いや、誰だって襲われれば避けるでしょ?」
我に返り、呆然とした気分が抜け切れないままそう言い返した。
襲撃してきた男性の身長は小柄だ。黒い衣服で身を固め、その上に同色のローブを羽織っていた。
魔法使いというのはいつもあんなローブを纏っているのだろうかと、疑問には思うがいまは考える時ではない。
「なら今度は避けんじゃねぇぞ!」
そう叫び、男はタイルを蹴った。
小柄な身長を活かすためか短剣を構えた男性は、低姿勢で裕紀との直線距離を一息に跳んだ。
身体強化により一瞬で裕紀との距離を詰めた男は真下から構えていた短剣を突き上げた。
肉薄してきた短剣に対して、裕紀は身体の重心を少し倒して剣を躱す。
ジッ、と魔光剣の刀身が鼻先を掠る。
攻撃を外した男は、続けて裕紀の心臓を目掛けて短剣を突き刺す。
重心をやや後ろに倒してバランスが不安定だった裕紀は、完全に躱しきれずに肩に浅く突き技を受けてしまう。
「くっ!」
少し肩を斬られただけでも鋭い痛みが走り裕紀は顔を歪める。
裕紀に生まれた隙を逃さず、男は笑みを浮かべて追撃を畳み掛ける。
それらの攻撃をすべてギリギリで躱していくが、不安定な体勢を立て直さない限りは裕紀に勝ち目はない。
「ほらほら!! 避けてばかりじゃ死ぬだけだぜ!?」
(くそっ。どうにかして、体勢を立て直さないとッ)
まったくもってその通りな男の言葉に内心で悪態を吐き、裕紀は右手に意識を向けた。
右腕に生命力の輝きが宿る。
斜め下から繰り出される突き技に四苦八苦しながら、右手に必要な分の生命力が宿ったことを感じた裕紀は、次の男の突き技を躱し、左手で男の右手首を掴んだ。
「掴まえた!!」
「なっ!? てめ! 話しやがれ!!」
「離さない!」
男より身長の高い裕紀の方が、腕への力の入れ具合は大きい。
男に体術やら格闘術の心得があったなら、状況は返って悪くなっていたかもしれないが、生憎男はそのような心得はなかったようだ。
力任せに腕を引っ張る男の身体に生命力の溜まった右手を添える。
それから、右手から生命力を噴出させるようなイメージで、溜まっていた生命力を解放する。
「ごふぅっ!!!」
男の体感からすれば、力のある格闘家から不意打ちで腹を殴られたような衝撃を受けたに違いない。
口から空気を吐き出し、十メートルほどの距離をゴロゴロと転がった。
生命力による物体干渉。
それを人に使ったのはこれが初めてだった。
「はぁ…はぁ…」
(気絶させる程度の力で放ったつもりだけど、大丈夫かな…?)
正直、生命力を完全に操作しきれていない裕紀には、良くも悪くも力の入れ加減が分からない。
それも、いきなりの実戦だったのでまったく力加減が分からない状態で放ってしまった。
転がった男はそのまま起き上がらない。
まさか、死んでしまったのだろうかと不安に思い、裕紀は男の容態を確認しようと足を動かそうとした。
「ごほッ。くそっ、情報と違うじゃねぇか…!」
むせ返しながら起き上がった男に、裕紀は安堵しつつもう一度気を引き締め直した。
「確かに素質のある新米だと聞いてはいたが、生命力まで使えるとは、聞いてないぞ…ッ。クソッ」
「なぜ、俺を狙ったんだ?」
男の愚痴から、どうやら手当たり次第に人を襲っていたわけではないことを察する。
襲撃したときも自分の名前を叫んでいたし、どこかで裕紀の情報を仕入れてきたのだろう。
情報から勝算アリと判断しての襲撃だったのか、勝ち目がないとわかった途端、男から殺気が途絶えた。
戦闘の意志がないように、短剣型の魔光剣をタイルに放り投げた。
「知らないのか? 闇の世界じゃお前は有名人だぞ。あのネメシスの計画を頓挫させただけでなく、異界の巨人まで討伐したんだからな」
「アンタもネメシスの一員なのか?」
もしこの男がネメシスの構成員なら、捕まえるべきだと裕紀は判断した。
しかし、男は「はっ」と笑い飛ばして裕紀の問いを否定した。
「俺はネメシスの構成員ではないないぜ。あの組織は闇の魔法使いでも限られた奴らしか加入できないらしいしな」
聞いた通り、ネメシスは闇の魔法使いの世界でもかなり位の高いコミュニティらしい。
襲撃者がネメシスの構成員でなかったことには安堵するが、まさか敵に自分自身の情報がここまで浸透しているということに緊張感を覚える。
そんな裕紀の前で、男は立ち上がるとフードを被り直して言った。
「ま、そんなコミュニティもトップの側近である暗黒魔女が殺されたって噂で持ち切りだけどな」
だが、その暗黒魔女がまだ生きていることは知られていないようだ。
その情報が伝わるのも時間の問題だろうが、今は不用意に不必要な情報を流すのも良くない。
それよりも、さりげなく逃げようとしている男に裕紀は制止の言葉を掛けた。
「ちょっと待て! このまま逃がすと思っているのか?」
自分を諦めてくれたことには感謝するがそれでも相手は闇の魔法使い。
恐らく何かしらの罪を犯しているに違いない。
これ以上、この男に道を踏み外させるわけにもいかないのだ。
そのためにも、裕紀はここで男を拘束する。
しかし、男はそんな裕紀に余裕の笑みを浮かべて見せた。
「残念ながら、そう簡単には捕まるつもりもないぜ。前は国際魔法機関を捲いたことだってあるんだ」
「国際魔法機関を?」
その単語が不意に出てきたことで、裕紀の思考は一瞬だけ余所に逸れてしまった。
その隙を男が見逃すはずもなく、裕紀の意識が男へ戻った時には既に二人の距離は離れていた。
「あっ!! ちょっと…、待て!!」
慌てて制止を掛けるが、もちろん男は言うことを聞くはずもなく、スタタタッと走って行く。
もちろん、裕紀もこのまま追走を諦めるわけではない。
膝を折り生命力を両足に集約させて真っすぐに遠ざかっていく男の背中を睨む。
地面を蹴ろうと足の裏に力を込めた時だった。
裕紀の視界に映る男の向こう側に、もう一人、男が陳列棚の陰から姿を現した。
男の着ている服装が、どこかで見たことのある制服だと思い、裕紀はアークエンジェルの制服と色違いであることに気が付く。
だから、あの魔法使いはアークエンジェルのメンバーではなく、何処か他の組織に属する魔法使いであることになる。
まさか、男と同じように闇の魔法使いなのかと、裕紀は焦りすぐさま地面を蹴ろうとした。
いきなり現れた魔法使いに、逃げていた男は威嚇するように声を荒げて言った。
「誰だテメェ! どきやがれ!」
裕紀に攻撃を仕掛けた時と同じように低姿勢で下からナイフを突き上げる。
その速さは裕紀と戦ったときよりもいっそう速い。
それなのに、魔法使いは怯むことなく立ち続けていた。
裕紀も逃げた男を拘束するために、右足を踏み込み、タイルを蹴った。
裕紀と二人の魔法使いの距離はそう離れていない。
生命力で脚力を強化した状態なら、瞬きする間もなく追い付けるだろう。
そんな加速された世界のなかで、今にも男のナイフに刺されてしまいそうな魔法使いは、一瞬で男の背後に回り込んだ。
加速した視界のなかでも目で捉えることが出来なかった魔法使いのスピードに、裕紀は内心で度肝を抜かれていた。
一方、ナイフを持った男は、力が抜けたようにそのままタイルの床へ倒れてしまった。
「ぐぉぉっと!」
逃走していた男の背後に回り込んだため、正面に乱入してきた魔法使いが現れ、裕紀は強化された脚力でブレーキをかけてギリギリ停止する。
あと数センチで衝突しそうなほどの位置で停止した裕紀にビクともせず、文字通り一瞬で男を失神させた魔法使いは何故か関心したように言った。
「ほぅ。素人にしては身体強化の扱いに慣れているな。普通、今のタイミングだったらテンパってオレに衝突するか、勢いを殺しきれずに衝突するかのどちらかだと思ったんだけどな」
金髪をやや粗く整えた魔法使いは、まるでこの状況に陥ることを予測していたみたいに言う。
それに対して、裕紀は初対面の相手にも関わらず少し怒り気味に言った。
「誰だか知りませんが、急に前に出て来られても止まれませんよ。ぶつかるのは当然だと思います」
「だが、お前はぶつからなかっただろ? それに、こうして取り逃した犯罪者を捕まえてやったんだ。これで水に流してくれ」
見ず知らずの魔法使いにそこまでずうずうしく言われても、むしろこちらの鬱憤が溜まるだけな気もする。
だが、こちらの不始末を片付けてくれたことは確かなので、ここは反論を我慢して押し黙った。
それに、この魔法使いが何者なのか裕紀にはまだ把握しきれていない。
そんな相手に自身の内面を無暗に晒すことは出来れば避けたい。
裕紀やアークエンジェルのメンバーが着ている魔法戦闘服と酷似した服を着ているので敵である可能性は低いが油断はできない。
そんな警戒心を男は感じ取ったのか、軽く両手を上げて言った。
「安心しても大丈夫だ。オレはお前の敵じゃない」
「その証拠は、どこにあるんです?」
当然の台詞だろうと思って返した裕紀の応答に、金髪の魔法使いはコートの内ポケットから手帳のようなものを取り出して、それを裕紀に向けて差し出した。
地球を囲うように、何かの植物の葉で形造られた十三個の小さな輪と、それらから造られた一つの環のエンブレムが特徴的な手帳には、魔法使いの顔写真と、氏名、所属部隊が記されていた。
雷門和成。国際特務機関。所属部隊、特別魔法部隊。
「国際魔法機関…、特別魔法部隊?」
見覚えのある単語と、そうでない単語を、裕紀は呟くように口に出した。
改めて組織名を口にしてみると、国際特務機関とよく名前が似ていると今更ながらに気が付く。
しかし問題はそこではなく、目の前の魔法使いがあの国際魔法機関に所属する魔法使いであるということだ。
そして、そこまで分かるとこの遭遇が偶然によってもたらされたものである確率は低くなる。
「お前が新田裕紀だな。話を聞いて気になったんで様子を見に来たんだが、直で視てわかったよ。なかなかの素質を秘めているみたいだ」
「あなたは、俺を連れに来たのか?」
裕紀が国際魔法機関から誘いを受けていることは、既にこの男の所属している部隊内では周知されているのだろう。
だとすれば、このタイミングで接触を図った雷門和成の目的は裕紀の連行。そう思ったのだが。
裕紀の発言を聞いた本人は目を丸くしていた。
続けてぷくくっと笑いを堪えながら説明した。
「いや。確かにうちの隊長はお前を欲しがっているようだったけど、強制連行に踏み切るほど強引な人じゃない。あくまで加入は本人の意志でってことらしいからな」
「じゃあ、どうしてこのタイミングで俺に会いに来たんですか?」
偶然ということも無きにしも非ずだが、こういう人間関係で偶然という言葉はほとんど信頼できない。
雷門和成は粗く整えられた髪を掻くと言った。
「聞いた話だと炎の巨人スルトを倒したらしいじゃないか。そんな魔法使いは素人となるとまずいない。お前は、どこか他の魔法使いと違うような気がしたんだ」
「それで気になって様子を見に来たって言うんですか?」
そう訊ねると、雷門和成は一度だけ頷いた。
強制的に連行されるとなると良い気分はしないが、こうしてこっそりと様子を見に来てもらうと不思議と悪い気分にもならない。
「こうして俺のことを見に来てくれるのは嬉しいです。でも、俺は国際魔法機関ではなく…」
「やっぱアークエンジェルか?」
「ど、どうしてそれを!?」
裕紀は国際魔法機関とアークエンジェルのどちらの組織を選ぶか悩んでいることをまだ大勢の人に言いふらしてはいない。
せいぜい後藤飛鳥や柳田彩夏くらいだ。
それに、どうして雷門和成はアークエンジェルのことを知っているのか。
月夜家に集まるメンバーからの話によると、八王子市防衛戦より前のアークエンジェルは活動を控えていたと聞く。
そんな状況だった組織の名前がすぐに出てくるのは、さすがは世界中の魔法界の治安を管理している組織に所属する魔法使いだ。
「あのコミュニティとは付き合いが長いからな。大抵の情報は入ってくるんだ」
言いながら近くで伸びている小柄な男を肩で担ぐ。
そう言えば、国際魔法機関が裕紀を勧誘しているという話は飛鳥が持ち出して来たのだ。
この際だから、彼を通じて隊長とやらに裕紀の意志を伝えてもらえば良いと考えた裕紀は口を開きかけた。
「そうだ。いきなり勧誘されても覚悟が決まらないのはその通りだろうとオレも思う。そこで、正式加入とはいかないが体験として国際魔法機関に加入してみるのはどうだ?」
「え? 体験…ですか?」
勧誘を断る返事をしようとした矢先に、そんな提案が雷門和成から飛び出し、裕紀は完全にその話に引き込まれてしまった。
「オレの推薦ってことで、色々と情報は提供してもらうことになるだろうが、内情を知らないで加入するよりは全然マシだと思うけどな」
「体験…」
確かに、雷門和成の言うようにいきなり正式加入より国際魔法機関の雰囲気を肌で感じられれば、裕紀の答えも見えてくるだろうと思えた。
『体験加入』という新たな選択肢を与えられた裕紀は、たっぷり三分も悩んでからようやく口を開いた。
「…雷門さん。体験加入の申請はどうすればいいんでしょうか?」
熟考した末の質問に裕紀の並々ならぬ覚悟を感じ取ったのか、雷門和成は男性を担ぎながら笑みを浮かべて言った。
「いま了承したぜ。詳しい知らせは明日にでもアークエンジェルの連中に伝えておこう」
「よろしくお願いします」
言いながら深く頭を下げた裕紀に、雷門和成は背を向けて言った。
「おう。次に顔を合わせるのは年明けだろうからな。楽しみにしてるぜ、期待のルーキー」
その言葉を最後に、雷門和成は担いだ男性とともに姿を消してしまった。
それと同時に、隔離された世界が元の世界と融合される感覚が起こり、裕紀の周囲はスーパーマーケットの賑やかさに包まれた。
(さっきの人払い。雷門さんが発動させていたんだ…)
どうりで、男の意識が途絶えても人払いが途切れなかったわけだ。
大きな選択をしたにもかかわらず、そんなことを裕紀は思うのだった。
お待たせしました!
今週もよろしくお願いします!




