魔法戦闘兵器(5)
先に調理を始めていた裕紀のもとに彩夏が合流し、続けて起きてきたエリーに食器等の準備を頼み、三人で朝食のサンドウィッチを食べ始めたのは八時近くとなった。
朝食や昼食にサンドウィッチを作ることは、この研究所の家事担当を任される裕紀にしてみれば珍しくない。
ただ、(家族であるエリーを除けば)この研究所で誰かと共同で料理をすることは初めてだった。
意外だったのは、成績優秀・容姿端麗で萩下高校では有名人である彩夏にも、料理という苦手分野があるということだった。
ただし、エリーよりかは調理の常識は持ってるようだったので、そこが救いではある。
彩夏だってまだ十七歳の高校生だ。
苦手なことがあるのも当然だろうが、少なからず裕紀も優等生な彩夏の一面のみで評価してしまっていた。
そんなところを見直しつつも、裕紀は調理がぎこちない彩夏の面倒をみながら、どうにか朝食を作ったのだ。
一苦労して作った朝食が並べられた食卓を三人で囲み、テーブルの中央に置かれた皿からひと切れずつサンドウィッチを手に取りそれぞれ頬張る。
「うん! このタマゴサンドは美味しいな。味がくどくないから、朝なのに食が進むぞ」
三人揃ってもぐもぐと口を動かし続け、第一声を放ったのはエリーだった。
そんなエリーに、彩夏もサンドウィッチ片手に言う。
「それは新田君が作ったサンドウィッチですよ。素材の味をしっかり活かせてると思います」
自身の作ったサンドウィッチを口に運びながら、女性陣二人の食レポを聞いていた裕紀は気恥ずかしさで一言しか言えなかった。
「と言っても、使った素材といえば卵やレタスくらいだけど」
もちろん、胡椒とか多少の調味料も使っているが、裕紀は必要以上の調味料を使わない主義なのだ。
「それだけの素材と調味料でこの味を作れるのは誇っていいと思うぞ」
そう言いながら二つ目に手を伸ばすエリーの言葉に、裕紀は歯がゆさを感じていた。
「これはトマトとハムのサンドウィッチか? 美味しそうだな」
エリーが手に取った二つ目のサンドウィッチは、少しばかり形が歪んでおり、具材もパンからはみ出ていた。
「あっ! エリーさんっ。それは私が…!」
裕紀が作ったサンドウィッチとは対象的に、形が崩れたサンドウィッチを口に運んだエリーはこれまた美味しそうに咀嚼する。
「うむ。少し掴みづらいが、これもさっぱりしていて食べやすい。トマトも大きめだし、朝食に野菜を多く採れるのはいいことだな」
もぐもぐと美味しそうに咀嚼してから、エリーは嘘偽りのなさそうな、素直な感想を述べた。
そんなエリーを見ていると、何故だか裕紀まで同じものに手を伸ばしたくなる。
「…じゃあ俺も貰おうかな」
一言そう言ってスッと手を伸ばす。
「あ、新田君まで!? 私が料理下手なのは分かってるから気を使わなくても…」
あわあわと慌てて静止する彩夏を他所に、裕紀はサンドウィッチを大口で頬張った。
シャクっ、というレタスの歯切れのいい音と、大きなトマトの酸味と甘みが口の中に広がった。
ハムの塩気も感じられ、トマトに存在を掻き消されることもない。
不細工と誰が見てもそう言うだろう見た目のサンドウィッチも、裕紀はその一品に込められた想いを間近で見ている。
それを分かっていて不味いと感じる訳もなく、むしろ美味しいので微塵もないのだ。
「柳田さんの気持ちは籠もってるよ。それに普通に美味しい。エリーのダークマターとは雲泥の差だね」
「しれっと何を言っているんだい…?」
アレを一度でも食せば、多分、この世に存在する大抵の食べ物は口にできる。
ガーン…、とショックを受けたように落ち込むエリーとは対象的に、彩夏は苦笑を浮かべて言った。
「何だかよく分からない例えだけど…そうね。料理は諦めずにまた挑戦してみることにするわ」
彩夏の前向きな宣言に、裕紀は頷きながら言った。
「それがいいよ」
二人の女性陣から食レポを頂いてから、三人は黙々と食卓のサンドウィッチを食べていると、一足先に食べ終えたエリーが口を拭いてから裕紀に話し掛けてきた。
「そういえば、昨日の夜に裕紀のバイト先から電話が来たんだよ。次のシフトはどうするかって、言っていたな」
「そっか。じゃあまた連絡し直さないとな…」
何の気なしに放たれた言葉に、裕紀はたっぷり五秒ものあいだ放心状態となってから、慌てて言い返した。
「…って、違う! なぜそれをもっと早くに言ってくれないんだ!? 急いで連絡を返さないとっ!」
そう言って、裕紀は椅子から立ち上がり電話をするべく研究所から出ようとした。
「あ、新田君!?」
突然の行動にさすがの彩夏も戸惑い気味に名前を呼ぶ。
そんな彼女に、裕紀は一つの指示を出した。
「悪い、柳田さん、食器の後片付けをお願いできる!?」
食器の片付けくらいいつでもできたが、今日は早くに出掛ける予定が出来てしまった。
彩夏から課題を教えてもらおうかとも思ったが、それもまた今度に延期となりそうだ。
そう思いながら指示を出すと、裕紀は彩夏の返答を聞かずに研究所から出て行った。
「え、ええ…。わかったわ」
「何をあんなに慌てているのやら…」
取り残された彩夏は唖然としながらも消えた裕紀へ了解の返答をする。
その正面では、落ち着ききった雰囲気で紅茶を啜るエリーが座っていた。
二〇六七年十二月二十六日、日曜日。
午前九時三十六分に北八王子駅を出発した新八王子駅行きの電車の車両で、裕紀は正面に座る彩夏に改めて謝罪した。
「ほんとにごめん。急に出掛けることになっちゃって」
「ううん。私も今日は予定があったからちょうど良かったわ。それに、長居してエリーさんの研究の邪魔をしても悪いから」
彩夏の口からエリー・カーティーの名前が出て、裕紀は忘れていたイライラを思い出して言った。
「エリーもこういうことはもっと早くに言って欲しいよ」
幸い電話の用件はエリーの伝言通り、次のバイトのシフトについての話で、何か重要なことを伝えるためのものではなかった。
それでも、いつもお世話になっている店長には迷惑と心配を掛けてしまった。
早速、来週の土曜と日曜にバイトを入れることにしたのだ。
今日はここ数週間、まともに働いていなかったことに対する、裕紀なりの謝罪をしに行くところだった。
「それにしても、新田君ってバイトをやっていたのね。全然知らなかったわ」
窓の外を眺めていた裕紀に、彩夏はそんなことを言う。
「エリーの研究所に居座ることが多いけど、一応アパート住まいだからさ。親の残してくれた貯金もあるけど、いつまでも貯金に頼っているわけにもいかないからさ。それに、俺も働いて少しは稼がないと、自分で暮らしてるってことにはならないから」
窓を眺めながら言った裕紀へ、彩夏は質問を返す。
「新田君は自立したいの?」
そう問われて裕紀は少し考えた。
裕紀の両親は裕紀が赤子だった頃に、双葉咲夜という女性に自身を託して姿を消した。
それから小学五年になるまで、その女性にお世話になり、エリーと出会ってからは彼女の研究所で過ごしていた。
親の残してくれた貯金を当てにアパートを借りたのは、義務教育を卒業して高校に入学してからなので、つい最近のこととなる。
それからバイトも始めてあたかも立派に働いて生きています感が出ているが、実際は自立など少しも出来ていない。
そもそも、まだ自立したいと思ったこともなかった。
ただ、顔も名前も知らない自分の両親の貯金を躊躇いなく使えなかったのかもしれない。
いつか出会えたときに、自分が二人の貯金を当てに生きていることを知られるのが恥ずかしかったのかもしれない。
「自立したい、とか、そんなことを考えたことはなかったな。一人で暮らしていても、俺はまだ高校生で、一人じゃできないこともあるし。もちろん、その逆もやればできるわけだけど…」
などと、段々自分が何を言っているのか解らなくなり、声が徐々にフェードアウトしていく。
「つまり分からないってことね?」
「全くその通りです」
苦笑して言う彩夏に、裕紀も頭を搔きながらそう返した。
二人して苦笑を浮かべ合うと、彩夏は裕紀と目線を合わせて落ち着いた声で言った。
「でも、そう悩めることはいいことよ。結果次第では自分自身をもっと知る事ができるもの。人にとって自分に詳しくなることはとても重要な要素の一つだと思うわ」
彩夏らしい答えに内心で少し納得しつつも、ならば君はどうなんだ? と少し悪戯に聞いてみた。
「そう言う柳田さんは、自立したいと思っているの?」
そう言ってすぐに、彩夏の整った顔立ちに影が差した、ように見えた。
微笑みとも嘲笑ともとれる笑みを僅かに口元に浮かべながら、彩夏は窓の外を向きながら静かに言った。
「私は」
『まもなく、新八王子駅に到着します。ご降車の準備をしてください』
しかし、タイミング悪く電車の連絡と重なってしまい、裕紀は重要な部分をきっちり聞き逃してしまった。
「え? なんて?」
そう聞き直す裕紀に、彩夏は正面を向くと、今度ははっきりと笑みを浮かべて言った。
「なんでもないわ。さ、もう新八王子駅に着いちゃったわ。早く降りましょう」
確かにもう電車は新八王子駅のホームに入り停車したところだ。
このままでは延滞料と次の駅までの料金が発生してしまう。
スタスタと先を行く彩夏を追い掛けるように、裕紀も座席を立って電車から降りた。
さっき、裕紀の質問に対して彩夏の顔色がやや悪くなった。
そんな気がしたのは裕紀の目の錯覚による気のせいか、それとも本当に彼女の気に触る何かに触れてしまったのか。
相変わらず人波を縫うようにスイスイと前を歩く彩夏の背中を見つめながら、うんうんとそう考えるものの答えは得られない。
生命力操作を少し会得してからというものの、裕紀も人混みでスムーズに歩くコツを掴めたような気がする。
昔ならこんな考え事をしながら歩いていれば、ごめんなさいを何度連呼する羽目になっていたことか。
休日の新八王子駅前はやはり人混みが多く、どうにか落ち着ける場所まで移動すると、彩夏は振り返って裕紀に言った。
「私はこのまま家に帰るわ。新田君は自分のアパートに?」
「あ、ああ。バイト先がアパートと合併してるから…」
「そう…」
「……」
…沈黙。
新八王子駅へ続く歩道の信号が点滅し赤に変わる。
恐らく彩夏が渡ろうとしている横断歩道の信号が赤から青へ変わる。
「…じゃあ、また明日」
「あ、ああ。また学校で」
何を言い出すでもなく黙り続けた結果、彩夏から先に別れの挨拶を切り出されてしまった。
つられて挨拶を返すものの、裕紀の中には、まだ払拭しきれないモヤがあった。
聞かずに後悔するか、聞いて後悔するか。
考えるまでもなく裕紀は後者を選んだ。
「柳田さん!」
意を決して名前を呼ぶ。
「新田君!」
それとほぼ同時に、横断歩道を渡ろうとしていたはずの彩夏も裕紀の名を呼んだ。
またしても間が悪く、二人して黙り込む。
このまま黙っていたら埒が明かないと、裕紀は言葉を続けた。
「自分の悩みも分からない奴だけど、もしも柳田さんに悩みがあるなら、俺は君の力になるよ」
彩夏の力になると裕紀は心に決めた。
であれば、今こそがその時なのだ。
そう言う裕紀に、学生鞄を両手に持った彩夏は笑みを浮かべて言った。
「明日、私の家に来て」
「え? …ええ!?」
そう言った彩夏は、慌てふためく裕紀に背中を向けて、彩夏は歩道を走って行った。
唖然とする裕紀の携帯端末が振動する。
完全に思考が止まった状態で携帯端末を手に取る。
電源を入れると、すぐに彩夏からメッセージが届いていた。
【場所の詳細は後で送るわ】
端末に映る情報を脳が処理して、感情を口に出すまで、たっぷり十秒は有した。
「…マジですか…」
結局出てきた言葉はそれくらいで、裕紀はそのままバイト先であるスーパーへと歩き出した。
お待たせしました!
今月もよろしくお願いします!




