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聖剣使いと契約魔女  作者: ふーみん
115/119

魔法戦闘兵器(4)

 燃える街。

 血に染められた大地。

 炎と黒煙によって濁された空。


 止まらない悲鳴の中を少女は走る。

 人々を守るために。

 大切な人を救うために。

 倒すべき敵を倒すために。


 息を荒げて足を止めた少女のもとに、共に走っていた少女が駆け寄った。

 彼女は少女に手を差し伸ばす。

 少女も彼女に手を伸ばした。


 二人の少女は一際大きく燃える、大きな建物へと走り出した。

 大切な人を救うために。

 倒すべき敵を倒すために。




 …ピピピピッ、ピピピピッ。

 あらかじめ設定しておいた携帯のアラーム音に、裕紀の意識は強制的に眠りから引き上げられた。

 目が覚め視界に映るのは黒煙に濁った空ではなく、無機質なコンクリート素材で造られた研究所の天井だった。


(今の夢…一体何だったんだ?)

寝起き早々、眉を顰めてそんなことを思いながら、裕紀は鳴り続ける携帯端末のアラームを止めた。

 夢の内容は非現実的なことが多いが、今回はまるで本当に起きた出来事をそのまま俯瞰(ふかん)しているような夢だった。


 そして、この感覚は初めてではない。

 異世界でマーリンと契約したときも、裕紀は他人の体験した出来事を視たのだ。


 もう一度思い出せば何か分かるかもしれないと、裕紀はさっきまで視ていた夢を思い出そうとした。

 だが、さっきまでは鮮明に覚えていた夢の内容は、今ではもう濃霧に隠されてしまったかのようにぼやけて思い出せない。


 しばらくモヤモヤとした気持ちで天井を見上げていたが、すぐに冬の寒さが全身を襲い身震いする。

 寒さから逃れようと必死に掛け布団を肩まで上げるが、本来なら夏場に大活躍するはずの薄手の掛け布団二枚(一枚は落ちていた)ではこの寒さは防ぎきれない。

 それでもしばらくソファの上で猫のように包まっていたが、無駄な抵抗は諦めて仕方なく身体を起こした。


 それに、せっかくアラームを設定しておいたのだから起きなければ意味がない。

 もぞもぞとソファから立ち上がった裕紀は、身体を縮こませながら暖房を入れに研究室の扉の近くまで歩いた。


 この広い研究室に暖房の暖かい空気が循環するのには最低でも五分は掛かる。

 その間に、裕紀は自室に向かい自分の着替えを取りに行くことにした。

 研究室奥側にある自室へと続く扉の前に立つと、裕紀はそっと暗い自室のドアを開ける。

 人が眠っているためか、自室は研究室よりもやや暖かみがあった。

 普段自分の寝ているベットには、ふかふかの毛布を被った彩夏が気持ち良さそうに静かに眠っていた。


 実のところ、彩夏を裕紀の自室に寝させようと提案したのは裕紀自身だ。

 昨晩、女性二人が入浴している間に課題を進めていた裕紀は、お風呂上りにしては過剰に赤面する彩夏と、少しやり過ぎた雰囲気を出しているエリーを見て何が起こったのか瞬時に把握したのだ。

 エリーが他の国とは少しだけ独特な風習のある国の育ちであることは理解している。

 だから二人で入浴までは許容していたが、同級生の女子生徒に手を出すところまでは許容できない。


 エリーの弁解曰く、疲労が溜まっているようだったから上半身の疲れを解消してあげただけ、らしい。

 研究者にまともな人間はいないという教訓をエリー自身の行動から学んだ裕紀は、それでもかなり疑っていた。

 ただ、彩夏もその弁解に同意を示し、実際に身体の疲労もかなり解消できていると言った。


 そう言わされているような風ではなかったし、エリーもそこまでするほどの性格でもない。

 なので裕紀はこの行いに対して許すことにしたのだが、さすがに今夜はエリーと別室で寝てもらった方が良いと考えた。


 そこで、もう一つの寝室である裕紀の部屋へ彩夏を招待し、裕紀はソファで寝ることを提案した。

 もちろん彩香は、自身がソファで寝るべきだと抵抗を示したが、ここは頑なになった裕紀が勝利した。

 そんなこんなでも、気持ちよく眠ってくれている彼女を起こさないように、裕紀は極力音を出さない歩行方法で衣服が収納されているタンスまで歩く。

 静かにタンスを開き下着とジャージを取り出すと、入ってきた時と同じように音もなく外へ出た。



 暖かな空気が循環した室内でパジャマからジャージに着替え、就寝道具の片付けを済ませると、裕紀は上着を羽織って研究室から出た。


 現在時刻は朝の五時。

 十二月下旬の八王子市はまだ太陽の光を浴びていない。

 まだ暗い外に厚手の上着を羽織って出た裕紀は、そのまま研究所の敷地から山の方角へ移動する。


 研究所から山の方角へ一キロほど離れた場所には、周囲に生い茂る木々とは異なり少しだけ開けた場所がある。

 ほんの十メートル四方なので派手な運動はできないが、これから裕紀が行おうとしている修行はこれくらいの狭さがちょうど良かった。


 季節が冬だけに木々の葉は全て地面に落ちている。

 修行の条件も整い、周囲が静かな今がチャンスだ。


 冷え込んだ空気を肺いっぱいに吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

 脳が冴えていくと同時に瞳を閉じ、全身の血の巡りに意識を集中させる。


 周囲の木々や枯葉の存在を感覚で感じられるようになったとき、深呼吸を繰り返しながら裕紀はゆっくりと腰まで両手を持ち上げていく。


 周囲に落ちている枯葉の一枚一枚をすべて浮かせるイメージを持ちながら、徐々に徐々に意識を研ぎ澄ます。


 やがて裕紀の集中力が最高潮に達した時、落ちていた枯れ葉が少しずつ宙に浮遊していく。


 体感時間でおよそ一分ほど瞳を閉じていた裕紀は、集中力を絶たないように慎重に瞳を開けた。

 そして、落胆のため息を吐いた。


「やっぱりそう簡単にはいかないか」

 裕紀の視界に映る限り、枯葉は一枚も宙には浮いていなかった。

 瞳を開けてしまったことで集中力が途切れ、纏っていた生命力が分散してしまったのだ。


 三週間前の戦いを終えたと同時に何かの力に目覚めた裕紀は、一つの物体なら生命力を使って対称に干渉をすることが出来るようになった。

 しかし、退院前に少しだけ生命力操作を行って分かったことがあった。

 それは、現状の裕紀の実力では()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだった。

 敵が一人であるなら単体へ生命力干渉できる術を持つ裕紀でも戦えるが、複数人の相手と同時に戦うとなると単体のみの干渉だけでは限界があるだろう。


 なので、複数に対する生命力干渉を習得できれば戦術の幅も広がると思っているのだが、裕紀自身、一朝一夕で生命力操作を完全マスターできるとは到底思っていない。

 簡単にマスターできるようなら、とっくにこの世界の魔法使いは生命力操作をマスターしているだろう。

「今度、ましろさんにコツでも教えてもらおうかな」

 生命力操作をマスターしている先輩魔法使いからなら何か物にできるかもしれない。


 そうぼやくものの、すぐに答えを得てしまっては身に付くものも身に付かない。


 まだ時間はたっぷりある。

 コツを教えてもらうのも一つの方法だが、できれば自分自身の力で会得したい。

 そうも思っていた裕紀は、よしっ、と自身に活を入れると修行に戻った。


 両足を肩幅まで広げてから深く息を吸って、ゆっくりと吐き出す。

 再び意識を身体に向けて、裕紀は集中力を高めていった。


 一時間後。

「はあ、はぁ…つ、疲れた…」

 倒れ込むように落ち葉の絨毯にへたり込んだ裕紀は、恐らく今日一番になるだろうため息を盛大に吐いた。


 一時間という長い時間休まずにずっと集中していたためか、やや頭がくらくらする。

 その割に成果はあまり出せなかったのだから、裕紀の気疲れは相当のものだった。


 あたりはまだ暗いが、時間は午前六時を回っている。

 せっかく早起きしたが、さっさと研究所へ戻って気疲れでもう一眠りしたい気分だ。

(結局、調子の良かったときに落ち葉数枚を浮かせられただけか)

「生命力操作をマスターするのも、まだまだ先だな…」


 そうは言うものの、三週間というブランクを得て早々に枯葉を浮かせられる初心者もなかなかいない。


 現実世界で顕現した炎の巨人を倒したり、異世界で魔獣をたった一人で討伐したりと、すでに裕紀は魔法初心者とは思えない成果を出していた。


 だが、自覚のない裕紀はただただ満足のいかない結果に顔を歪めるだけだ。

「いえ。魔法初心者にしては十分過ぎると思いますよ」

 ふと、そんな声が背後から聞こえ、裕紀はびくっと飛び上がった。


 この空間に生物がいるはずがない。

 少なくとも、生命力探知を使ってる裕紀の半径二十メートル以内には、生物が存在すれば気付くはずだ。

 それが、思念ではなく肉声が聞こえるほどの距離まで近付かれるとは。


「誰だ!」

 緊迫した声音で警戒する裕紀に、何者かは落ち着いた声音で返した。

「安心してください。敵ではありませんから」

 澄み切った声を聞いて、裕紀は後ろを振り返った。


 裕紀が魔法修行場として扱っていた木々の空間に、一人の女性が音もなく歩いてくる。

「なんだ、柳田さんか…」

 見慣れたシルエットに安堵して、裕紀は小さく呟いた。


 薄暗い森の中では、歩いてくる女性のシルエットしか確認できない。

 身長と体格そして頭髪や声音を総合的に評価して、そのシルエットが彩夏だと裕紀は判断した。


 だが、お互いに距離を詰めてようやく視認できる位置まで近づいて、裕紀は自身の判断が間違っていることを自覚した。


 体型や髪型、顔ですら柳田彩夏と瓜二つの女性だが、視認できるようになると彼女とは異なる部分が確かにある。

 それは、桜色の髪と瞳だった。


 彩夏と瓜二つな容姿の人物は、裕紀の知る限り一人しかいなかった。

 忘れるはずもない。

 その人物は三週間前に裕紀を異世界へ赴かせ、契約魔女のマーリンの下へ導いた現実世界の魔女だ。


 よって、裕紀は心に若干の緊張感を抱きながら女性の名を呟いた。

「…エレイン」

「はい。エレインです。決して柳田彩夏ではありませんよ」

「す、すみませんでした…」

 どうやらばっちり間違いは聞かれていたらしい。


 肩を落として謝罪をする裕紀に、魔女エレインは薄く笑った。

 不思議な雰囲気を纏う桜色の髪と瞳の持ち主は、今は暗い茶色のフード付きローブを羽織っている。


 現代ではあまり見ない衣装を纏うエレインに裕紀は問い掛けた。

「だけど、どうしてここに?」

 裕紀はエレインの素性を名前と彩夏に関係のある魔女としか知らない。


 そんな裕紀に、エレインは清らかな響きのある声で答えた。

「私は彩夏の意識が弱いときに行動できます。彼女が眠っている間は、ある程度の距離はこうして自由に動くことができるのです」

「ある程度?」


 そう問を重ねる裕紀に、エレインはローブに隠れた両手を正面に上げた。

 雪のように白く細い五指は、暗い森の中でもはっきり見える。

「今は大丈夫なのですが、彩夏から一定以上の距離が離れると私は消えてしまいます」

「そうなんだ…」

「彼女が眠っている間は、こうしてあの娘の周囲の危険を監視しているのです。そこで貴方の魔力を感じたので様子を見に来たのですよ」

「そうだったんだ。じゃあ、かっこ悪いところを見せちゃったかな」

 エレインの素性は不明なことが多いが、彼女の魔法の実力が高いことは確かに分かる。


 そんな彼女に、上手く成果が出せないところを見せてしまった裕紀は恥ずかしかった。

 しかし、エレインは首を横に振り、裕紀の発言を訂正した。

「恥ずかしいことはありません。そもそも、貴方はまだ魔法使いとしては未熟で仕方のない時期です。むしろ、現状の貴方の力が少し異常なのですよ」

「い、異常…」

 同性でも異常と言われれば少しばかり傷付くこともあるが、異性に面と向かって言われると普通に傷付く。


 まあ、エレインが言うことは他の魔法使いが聞いてもごもっともなことで、彼女にもそれ以外の意図はないのだが。


 勝手に誤解の解釈をして気落ちしてしまった裕紀は話題を変えることにした。

「そ、そうだ。あの時は助けてくれてありがとう。おかげであの暗黒魔女を倒すことができたよ」

 咄嗟に思い出した出来事を引っ張り出して礼を言った裕紀に、エレインはまた首を振った。

「貴方が死んでしまったら彩夏が悲しみます。それに、私もあの暗黒魔女を放っておくことはできませんでしたので」

「でもこれで暗黒魔女に心を弄ばれる魔法使いもいなくなるんだよね?」

 あのとき、夢の丘公園にある植物園での戦いで暗黒魔女は消滅した。


 そう裕紀は思っていたのだが。

「いえ。暗黒魔女はまだ生きています」

 エレインの返答を聞いた裕紀は、一瞬間を空けて鬼気迫る形相で問い詰めた。

「嘘だ! 確かにあのとき、俺はエクスで暗黒魔女を倒した。手応えもあったんだッ!」

 取り乱した裕紀の声は、静かな森に響き渡った。


 そんな裕紀を宥めるように、エレインは落ち着いた声で言った。

「確かに、あのときは私も確かな手応えを感じました。ですが、それは暗黒魔女の作り出した分身にすぎなかった。術者となる本物の暗黒魔女は、まだ生きています」

「そんな…じゃあまた、加藤みたいな傷付いた魔法使いの心に付入って…、関係のない人達を巻き込んで…、悲しみや憎しみを振り撒くっていうのか…?」

「暗黒魔女は何かを起こそうとしている。それがこの世界(アースガルズ)でなのか、あちらの世界(マイソロジア)でなのかは分かりませんが」

「とにかく、次に戦うことになったら、今度こそ倒してみせる…!」

 じわじわと滲み出てくる怒りを完全には抑えられなかった裕紀の言葉は震えていた。


 そんな裕紀の内心を悟ったのか、奥歯を噛みしめる裕紀に向けてエレインは口を開いた。

「…話が逸れてしまいましたね。先程の話ですが、あなたは既に魔法使いとしての素質は十分に持っています」

 どうやら裕紀の怒りを抑えようと、エレインはこの話題を強制的に打ち止めるつもりらしい。


 裕紀もこのやり場のない怒りを鎮めたかったのは確かなので、エレインの気遣いに乗ることにした。

 冬の冷たい空気を深く吸い込み、頭を冷やして気持ち落ち着かせる。

「エレインにそう言ってもらえるのは嬉しいよ。だけど、それはいくら何でも傲りなんじゃないか?」

 魔法使いになってまだ一ヶ月しか経っていないが、裕紀は誰かしらに魔法使いとしての才能を認められている。


 それが嬉しいことは確かだが、逆にその言葉が裕紀には少しプレッシャーでもあり信じられなくもあった。


 そんな重圧から少しでも逃れようと、裕紀はエレインにそう言ったのだが、彼女もまた根拠もなしにそんなことを言っているのではなかった。


「マーリンと契約を果たし聖具エクスを授かったことが、あなたが魔法使いの素質を秘めている確かな証拠です」

 確かに裕紀がマーリンから授かった聖具は、たった一回の槍による投擲で炎の巨人を倒してしまうほどに強力だ。


 これだけの力を自分が操れたことを、未だに実感が湧いてこないのも確かだった。

「聖具エクス…。確かにこの武器は強力だと思うけど、エクス以外の強力な聖具を扱う魔法使いは他にもいるんだろ?」

 いくら聖具エクスが強かろうとも、それより強力な聖具もこの世界にはあるだろう。


 そう問われたエレインからは、肯定と否定の両方が発せられた。

「そうですね。確かに、聖具単体の性能であるならエクスを上回るものもあるでしょう。しかし、問題はそこではありません」

「そこじゃない?」

 首を傾げる裕紀を、エレインは細い指を裕紀の胸元へ指差した。

「あなたがエクスの所有者となったこと。その事実が、あなたに魔法の才能が秘められていることの根拠です」

「俺が、この聖具を手にしたことが…?」

 未だ困惑気味にそう問返す裕紀にエレインは頷いた。

「そうです。その聖具はこの世界の闇を払うためのもの。世界の闇は恐ろしく深くそして醜悪なもの。それらをすべて払うための力を、その聖具は持っているのです」


 マーリンと契約するときもマーリン自身が言っていた。

 聖具エクスを手にすることは、同時に裕紀が異世界の闇を払う使命を背負うことにもなると。

 二人の魔女が一様に同じことを言うのだから、この聖具エクスを持つ人間の役割は否応なしに理解させられた。


 一つの世界の命運が自分の手に掛かっていることを考えると、その重圧は凄まじいものだ。

 重圧を改めて自覚した裕紀は、途端に身震いした。


 そんな裕紀を余所に、エレインは更に言葉を続けた。

「もしかするとその才能は、選ばれし者(オーダー)の中でも秀でているかもしれません」

 選ばれし者(オーダー)という聞き慣れない言葉と、それが裕紀一人を対象に言っているものではないことに裕紀は気に掛かった。

「待ったエレイン。選ばれし者って誰なんだ?」

 裕紀の問にしばらく間を開けてから、エレインはある決意を固めたように真剣な眼差しで裕紀を見た。


 そんな彼女から伝わる張り詰めた雰囲気に、自然と裕紀の意識も引き締まった。

「選ばれし者。それは…」

 朝方の涼しい空気にぴりぴりとした緊張感が張り詰めさせてエレインは話し始めた。




「新田君。おはよう」

「お、おはよう…」

 午前七時十分前に研究所へ戻った裕紀を出迎えたのは、裕紀の部屋から出てきた彩夏の挨拶だった。

 トーンの低い声で挨拶をした彩夏の頭は、寝起きで栗色の長髪がやや乱れている。


 昨晩は急な訪問から宿泊となったので当然ながらパジャマもなかったのだが、エリーがパジャマを二着持っていたことが幸いした。


 ただ、エリーと彩夏の身長差が合わなかったためか、彩夏の着る水色のパジャマは少しだぼだぼしていた。

 そんな服装でも、何故だか似合ってしまうのが不思議だった。


 そんな感想を心中で抱いていた裕紀を他所に、まだ起きて間もないからか、朝の挨拶を終えた彩夏はうとうとしながらすーっと裕紀の目の前を通り過ぎていった。


 実のところ、エレインと話した直後ということもあり、ばったり彩夏と鉢合わせてしまった裕紀は掛ける言葉が見付からなかったのだ。


 せっかく友達として親しくなれたというのに、挨拶をしてから何も話せないというのは少し虚しい。

 相手は寝起きなので、せめて「よく眠れた?」とか、そう言う軽い会話でも良かったのだ。


 そんな自分の行動を後悔しつつも、裕紀は朝食の支度に取り掛かろうと部屋の奥側へ歩こうとした。

 しかしその時、洗面所へ続くスライド式のドアがスーッと音を立てて開いた。


 洗面所は彩夏が使用していることを知っている裕紀は、足を止めて少しだけ振り返った。

 すると、洗面所の出入り口から彩夏の頭だけがゆっくりと覗く。


 顔を洗って眠気が覚めたのか、彩夏は囁くような小さな声で言った。

「あの、寝癖…。大丈夫だった?」

 唐突に聞かれて反応が遅れたが、裕紀はすぐに返事をした。

「あ…ああっ。大丈夫…だったかな?」

 疑問系であるのは許してもらいたいところだ。


 実際のところ、彩夏の寝癖は大丈夫とは程遠かったのだから。

 気を遣わず正直なことを言ってしまうのも一手かと思ったが、裕紀には少しだけ勇気が必要だった。


 そんな裕紀の気遣いに、彩夏は栗色の髪を右手で抑えると苦笑を浮かべた。

「そう。ありがとう」

 それだけ言った彩夏に、裕紀は思い付いたようにこれからやろうとした事を報告した。

「そ、そうだ! これから朝食を作ろうと思ってたんだけど、柳田さんって朝食はパン派? それともご飯?」


 口を開いてから途轍もなくどうでもいいと思い至り、内心で頭を抱えてしまう。

 そんな裕紀の質問に、彩夏はやや沈黙してから答えた。

「どちらといえばパン、かしら?」

 彼女らしい正直な答えに、頭を抱えていた裕紀は少し嬉しくなってしまった。

「そっか、パンだな! じゃあ朝食はパンにしよう」

「ええ。私も身支度を終えたら手伝うわ」

「ああ、ありがとう!」

 そう言って裕紀は軽い足取りでキッチンへ向かった。


(そういえば、エリー以外の誰かにご飯を振る舞うのはこれが初めてだな)

 そう思うと些か調理に熱が入ってしまうが、朝食なので程々にしようと裕紀は心掛けることにした。


長らくお待たせしました。

今回もよろしくお願いします。

猛暑が続きますが、みなさん脱水症・熱中症などには気を付けてください。

では。

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